今日の授業は何じゃろな。
座学はラクなものだといいな。
実技ばっかりだといいな。
そんなことはないんだけどな。
なんてことをルチルちゃんと話しながら先生を待っていたら、ようやくやってきた先生は手ぶらだった。
あれ、なんでいつもは教本とか持ってるのに何も持ってないんだろ。
「はい、今日の授業はお休みです」
「あら」
「え?」
んん?
今日休みだっけ?
祝日でも土日でもないんだけどな……。
それにルチルちゃんも出席してるし……。
今日なんかあったっけ?
特にお祭りとかは無かった気がするけど?
あたしが知らないだけで帝国の祝日とかあったのかな?
村じゃなくて帝都に合わせたとか?
「なんだ、アンナ。お前もしかして、忘れてるのか」
「え、何を?」
なんか忘れてるらしい。
あたしが忘れてるの?
ほんとになんかあったっけ……?
授業が休みになるような事ってなんだっけ……?
「何をって……。誕生日だよ、今日。お前の」
「あらまぁ」
「なんと、それはおめでとう、アンナ殿」
「え?」
え?
…………そうだった!?
そうだったっけ!?
ちょちょ、ちょっと待って?
「え、今日何巡の何曜日だったっけ!!」
「第三巡の第四月曜よ」
「あたしの誕生日じゃーん!!」
あっれー?
なんで忘れるかなー、あたし。
普段カレンダー見ないし、完全に忘れてた。
「教室のカレンダーくらい見なさい」
「はい」
授業の日程とか、書いてくれてるのにね、先生。
なんで見ないんだろね、あたし。
いやーはは、普段のサボり癖がでていますな。
笑い事じゃないか。
「まさかと思うけどアンナ、一年の周期まで……」
「え? えぇー……っとぉ…………」
「マジかお前」
「アンナ殿……?」
「一般常識よ……?」
いや。
いやいやいやいやいやいや。
一年の周期まで忘れるわけ無いじゃないの。
そう、忘れるわけ……。
忘れる、わけ……。
………………。
…………えーっとぉ……。
「ちょ、違うんだよ! ちょっとど忘れしただけで、覚えてるんだよ! この辺まで出掛かってるんだよ!!」
「どの辺だ」
「ノドのこの辺り!」
「脳から口を通過してるじゃないか。お前の記憶中枢はどこにあるんだ」
「……はっ!?」
なんか胸の方にあると思ってた!
脳だった!
ってそんな事はどうでもいいのさ!
思い出せ思い出せあたし!
一般常識だよ!!
「……はい、先生」
「はい、ルチル君」
あぁーっ!
先に言われたぁーっ!!
「巡は第一巡から第十二巡まで。一巡は第一月曜・火曜・水曜・木曜・金曜・土曜・日曜を第四まで数える。よって、一年は七×四×十二=三百三十六日よ」
「はい。とても良く出来ました。わかったかな? アンナ」
「だからど忘れしていただけだったんだって~~!! あと掛け算まだやってないし~~!!」
未だに足し算もおぼつかないあたしに、いきなり長い掛け算とか持ってこないで欲しい。
頭がパーになったら責任取ってくれるのかな。
どうやって責任取るのか知らないけど。
「で。アンナの誕生日は今日。第三巡の第四月曜だと」
「そう。なんで忘れるかなぁ」
「うううう、あッ、じゃあルチルちゃんは自分の誕生日覚えてる!?」
「第十二巡第四日曜」
「覚えてるーッ!!」
「普通覚えてるだろう……」
ちくしょうちくしょう。
そこは忘れていてくれよう。
誰か他に忘れている人いないのかよう。
エルフリーデ……なんとかさんはきっかり覚えていそうだし……。
他にっていうと……。
あっ。
「あ! じゃあ先生は!? 先生誕生日いつ!?」
「アンナ殿そんな、藁にも縋るような……」
「忘れた」
「忘れてる人ここにも居た!?」
「しかも堂々としている!?」
なんだよ、先生も忘れてるんじゃん。
やったー。
先生も味方だとは心強いね。
ていうか、先生も人のこと言えた義理じゃないじゃん。
やーい、誕生日忘れー。
「アンナの場合“知っているけど忘れていた”、私の場合“もう昔すぎて覚えていない”だ。似ているようで、ちょっと違うぞ」
「……えぇ?」
「……先生、あなた、今いくつ?」
「忘れた」
忘れたってそういう意味?
そりゃ、ちょっとあたしとは事情が違うよ。
自分で言うのも何だけど、あたしと一緒くたにしていいもんじゃないよ。
いや本当に自分で言うのも何だけど。
「…………貴殿、本当に何者だ……?」
「だから一介の魔導師ですって。村赴任の」
「嘘よ、絶対」
「ですよね、殿下」
「さぁそんなことより今日はアンナの誕生日なんだ、盛大にやろうぜ」
あッ、話を無理矢理そらした。
先生って無理矢理話をそらすこと多いよね。
そんなに話したくないことだらけなんだろうか。
まぁいいや。
祝われるのは嬉しいので、それに乗ってしまうのだった。
乗れるもんには乗っとけって先生も言ってたしね。
言ってたっけ?
言ってた気がする。
「あら、誕生祝いをするの?」
「あぁ。……そういえば、ルチル君の誕生日は祝っていなかったな。聞いていなかったというのもあるけど」
「まぁ、教えていなかったものね。でもいいわ。あまり祝われると、気持ちがここに根付いてしまいそうだから。あくまでワタシの帰る場所は帝都なのよ」
「…………、ふむ……」
あッ、これ次ルチルちゃんの誕生日来たら祝おうとしてるな。
実に良いと思う。
サプライズで盛大にやってやろうじゃないの。
第十二巡第四日曜って言ってたから、冬祭りだ。
いいじゃない、いいじゃない。
そういうの楽しいので、それに乗ってしまうのだった。
◆
「はい、というわけでね、私が焼いたケーキがこちらの出来上がりの品になりますよ、と」
「あら、素敵」
「ほう。見事なものだな」
「ワーイやったー!!」
これを待ってたんですよ、これを。
先生が作るケーキ美味しいんだよね。
収穫祭の時とかにひっそり出てくるんだけど、それがまたいいんだ。
子供の頃から好きだったんだよなぁ。
そういえば子供の頃はまだ先生って呼んでなかったっけ。
魔導師さんって呼んでたなぁ。
「クリームは使わないのね?」
「ここでのケーキはパウンドケーキが主流だよ」
「なるほど」
「代わりにバターはふんだんに使うけどね」
「…………美味しそうね」
「ルチル君も食べて良いんだよ」
「え? 誕生日の主賓が独り占めするんじゃないの?」
「……違うよ?」
「あら……?」
なにか身分の差を感じた気がする!
もしかしなくても。ルチルちゃんは誕生日ケーキを毎年独り占めしていたんだろうか!
していたのかもしれない!
「そこんとこ、どうなの!」
「……も、黙秘するわ」
「してたこれ!!」
ずるいなぁー!
実にずるい!
どうせ宮廷のとてもとても豪華なケーキを一人で……一人で……!?
そんな事って許されて良いのか。
いや、良くない。
必ずや鉄槌を下さねばならぬ。
……どうやって?
「おい、こらアンナ、顔が怖いぞ」
「はっ」
そうだった。
今は嫉妬の炎をめらめらと燃やしている場合ではないのである。
あたしの誕生日なのだった。
もっとこう、陽気な感情でいかないといけない。
誕生日ってそういうものなのだから。
「はい誕生日おめでとう」
「おめでとう、アンナ」
「二度目になるがおめでとう、アンナ殿」
「ありがとー! ありがとー!!」
本日の主役!
いい気分ですな。
声援に応えながらもケーキを切り分けて、フォークで一突き。
一口ぱくり。
ううん、美味しい。
ずっしりとした濃厚な甘み、しっとりする口触り、ほのかな苦味。
これですよ、これ。
こんな甘いもの、誕生日くらいしか食べられないからねえ。
正直言うといつだって食べたって良いと思うんだけど。
先生やお父さんお母さん曰く“こういうのは特別な日だけだからいいもの”らしいからねえ。
そういうものなのかな?
そういうものなんだろう。
それはともかく。
「ほら二人とも、食べて食べて」
「そう言うなら遠慮なく。……あら、美味しい」
「む、本当だ。美味い」
「でしょー?」
そうでしょうそうでしょう。
先生のケーキはうまいのだ。
理屈は良く分からないけど、うまいのだ。
「僅かにブランデーを入れてあるのね」
「おや、酒の味を知っているとは。大人だね」
「そ、そうかしら」
「この香り……。バニラ香料まで使用しているな。大した嗜好品ではないか」
「あら、正解です。帝都で見つけたものでしてね」
「……あれ?」
なんか理屈分かってるっぽい……?
使われてる材料とか当ててるっぽい……?
あたしよりこのケーキのうまさ知ってるっぽい……?
な、なんか猛烈に悔しいんですけど。
「ナッツや果実類を入れればもっと美味しくなると思うわ」
「あんまりやりすぎるとアンナのご両親に怒られてしまうからね」
「まあ、それもそうか」
改良案まで出してるっぽい?
く、くそう、これが育ちの差だっていうのかよう。
これが味覚の差だっていうのかよう。
ああそうじゃ、こちとら貧乏舌じゃ。
それのなにがいけないんじゃ。
くそう。
「うう、ちくしょう」
「ア、アンナ殿? 何故泣きながらケーキを頬張っておられる?」
「なんで誕生日なのに悔し泣きしてるのよ貴女……」
誕生日なのになにか明確な“差”を見せつけられたから悔し泣きしとるんじゃ。
ううう、悔しいのう、悔しいのう。
ギリギリギリ……。
あぁ、でもケーキ美味しい。
今はそのことで頭がいっぱいになってしまった。
「ま、おいしーからいいや」
「たまにわけわかんなくなるよなお前」
先生が呆れた顔でこっちを見ている。
なにさ、なんか変なことしたかよ。
変なことした覚えはないよ、あたしは。
ただ誕生日ケーキを食べてるだけじゃないか。
威嚇してやる。
「ぐるるるるる」
「はいはい、どうどう」
「あたしゃ馬か」
「先に威嚇してきたのはお前じゃないか」
何故先生に諌められなければならないのか。
ていうかなんであたしは威嚇してんだ?
自分でもわけわかんなくなってきたぞ?
「ぷふっ……、なにやってるのよ、貴女」
「くっ……失礼」
「あれぇー?」
なんか笑われてるんですけど?
笑わせるのは割と好きだけど、笑われるのは好きじゃないぞ?
いやでも……笑われる原因があったのかも?
どこに?
わかんなくなってきた。
まぁいいや。
ケーキおいしー。
「わーいケーキうまーい」
「あはははは、何言ってんの貴女!」
「で、殿下、あまり大口を開けてお笑いになられるのは無作法で……」
「あっははははははは!!」
「駄目だ、ツボに入ってますなこりゃ」
「殿下……」
笑い声の絶えない誕生日ってのもいいじゃないの。
なんだかあたしも楽しくなってきた。
笑えるときには笑っとこう。
こういう日がずっと続けば良いなぁ。
そう思いました。