「じゃあ。今日は魔導の教科書を……、ん?」
今日も今日とて憂鬱な座学の時間が始まる、と思った矢先のことだった。
何やら慌ただしい音色で、塾の戸が叩かれる。
「はい」
「あぁ、先生、おったかね。よかったよかった」
「向かいの畑の……。どうしました」
慌てた様子のおじさんが、飛び込んでくる。
なんか前にもこんな事があったような?
確かあの時は、ルチルちゃん達が来たんだっけか。
じゃあ今回も、誰か来たのかな?
あたしが呑気にそう思っていたら、それは呆気なく打ち破られた。
「村の若いもんが遠巻きに見かけたんだがね、なにやら兵隊さん達がたくさんやってきてるみたいじゃないか。ありゃなんだい、先生、何か呼んだのかい?」
「…………なんですって?」
すると先生は、一も二も無く飛び出して、塾から出ていってしまった。
残されたあたし達はどうすりゃいいの、と思っていたら、となりでルチルちゃんが吠えた。
「エル!」
「はっ! すぐに支度を整えてまいります!!」
「ほらアンナ、行くわよ!」
「えっ、えっ!? あたしも!?」
何やら大慌てしているルチルちゃんに半ば引きずられながら、あたし達は先生の後を追うことになった。
塾から出て、先生何処に行ったかな、と探していると、すぐに見つかった。
村の入口で街道の方を見据えて立っている。
二人で先生のもとに駆け寄った。
「先生!」
「な、なになに。どうしたの?」
「……あれを見なさい」
「────嘘でしょう」
そう言われて見つめた先にいたのは、確かにおじさんが言った通り、兵隊さん達がたくさんやってきていた様だった。
まだそこまで近くないのに、確実に村に近寄ってきているのが分かる。
なんだか威圧的というか、恐ろしい気配がした。
「なんで、どうして……、帝国軍が動いているの……!」
「えっ? あれ、うちの国の兵隊さん?」
「ざっと見、中隊規模はあるな」
「……それって何人くらい?」
「150人くらいかな」
「多っ!?」
そんなに多くの兵隊さんが一体この村に何の用だろう。
って、とぼけられれば良かったんだけど、流石のあたしでも理由はわかった。
ルチルちゃん達だろう、目的は。
それも、多分、あまり、いや、かなり良くない理由で。
それからしばらく、先生達と一緒に、緊張した雰囲気のまま、近づいてくる兵隊さん達を見つめ続けていた。
「殿下!!」
鎧を着込んで武装したエルフリーデ……なんとかさんがやってきたのとほとんど同時だった。
どこからともなく、やけに通りの良い大声が響いてきた。
「──あ、あー。我らは、帝国に仇為す賊徒を征伐にし来た、正規軍である。下賤なる御落胤に次ぐ。速やかに投降せよ。さもなくば、村ごと焼き払われるものと知れ」
「な、なに? この声?」
「拡声の魔導だな。向こうにも魔導師がいるらしい」
「御落胤……ですって? もしかしなくてもワタシの事を言っているの……?」
「馬鹿な! 殿下は間違いなく皇妃様のお子の筈! 奴は何をほざいているのだ!?」
「上司か何かに、そうだと信じ込まされたか、動くために嘘でも大義として掲げてるか、どちらかでしょう」
「だとしても、無理筋なことを……!! おのれ、無礼な!」
ルチルちゃんたちも困惑しているが、村のみんなにも動揺が広がっていくのが伝わってきた。
ムリもないだろう。
村全体に響くように、焼き払う、なんて脅されたのだから、状況を知らない人からすれば恐怖でしか無い。
やがて何人もの村の人がこちらに走ってきた。
「せ、先生! 魔導師先生!」
「今のは一体……なんです!?」
「なんで軍の人があんなに……、我々はどうなるんだ!?」
不安の声がいくつも届く。
確かに、あたしも正直言うと怖い。
ここでおろおろしてる事しか出来ないけど、いますぐ声を荒げたい気分ですらある。
そんな気持ちを払拭するように、先生は両腕を広げると、やけに通りのいい声で言った。
「みなさん、お静かに」
しん、と辺りが静まり返る。
さっき言っていた拡声の魔導というものを使ったのかも知れないけど、多分すぐに静かになった理由はそれだけじゃなかった。
なんだか、いつも見慣れているはずの先生の背中が、異様に大きく見えた。
「大丈夫。私が、この村には、指一本触れさせません。安心して下さい」
それだけ言うと、先生はくるりと背中を向けて、再び兵隊さんたちと向き合った。
村の人達は、それだけで納得したのか、不安そうな顔をしながらもばらばらと散っていって、それぞれの家に帰っていったり、今の言葉を他の人に伝えに言ったりしていった。
先生は、あたしが産まれる前からこの村にいるそうだけど、今の一言でみんなを安心させるなんて、よほどの実績があるってことなのかもしれない。
今まで見てこなかった先生の一面を見られた気がした。
「──繰り返す、繰り返す。我らは、帝国に仇為す賊徒を征伐にし来た、正規軍である。下賤なる御落胤に次ぐ。速やかに────」
兵隊さんの大声は、未だに響いていた。
どうでもいいけど、耳がキンキンするなあ。
うるさいよ。
「──再三の降伏勧告にも堪えず村に籠るとは、抵抗の意思有りと受け取った。よろしい、これより我々は進軍を開始するものとする。全隊、前へ!」
兵隊さんの大声をいつまでも無視していたら、とうとう兵隊さん達がこっちに向かって動き出した。
みんな、日に当てられてぎらぎらと光る武器を手にしている。
怖い。
「ど、どうするのよ、何か策があるの!?」
「ないよ、そんな大層なもの」
「……はぁ!?」
「ちょ、先生何いってんの!?」
まさかのノープランである。
さっきまでの自信あふれる態度はどこにいったのか。
もしかしてこのまま黙ってやられるなんて言い出すわけないよね?
「殿下、お逃げ下さい! ここはせめて私めが……」
「まぁ、そうお慌てなさるな、エルフリーデ卿」
「何を言うか! 大仰なことを言っておきながら、策など無いと嘯いたばかりではないか!」
「ええ、策はありません。ありませんが」
先生はどこからともなく長い杖を取り出すと、とん、と、杖を地面に付いた。
その、たった一動作だけのことだった。
大きな、何かが軋むような音が聞こえたと思ったら、兵隊さん達が巨大な氷の壁に覆われて、遮られていた。
「こうして、力付くで止めることは、出来ます」
「な────!?」
「なによ、あれ……」
「でっか」
突然のことで混乱しているのか、兵隊さん達の怒声がこちらにも伝わってくる。
気持ちはわかる。あまりのでかさに、あたしも混乱しているからだ。
最も、怒鳴り声を上げるだけで、巨大な氷の壁にはなにも対処出来ていないようだった。
「まぁ、これくらい出来ないと、公認魔導師は名乗れないので」
「なん……」
「駐屯している地を丸ごと護れると判断されてこその、公認魔導師ですよ」
「……………………」
「これが、魔導の力……」
あたし達はそろってぽかんと呆けてしまっていた。
先生がどれだけの腕前なのか、正直疑っていたけど、これほどとは。
もしかして、すごい先生の塾の生徒になったのでは?
あたしは場違いにも、そんな事を考えていた。
「とはいえ、これだけでは無力化とは言い難いので」
「……まだ何かあるのか?」
「昏睡させます」
「……どうやって?」
「あの氷壁は今密室状態になっています。内部の酸素を全部抜こうかと」
「なっ……!?」
「はい先生、さんそって何?」
「息をするために必要な空気だよ」
「……ふぁい?」
つまり……、兵隊さん達は息ができなくなる?
そんな事を考えていると、なるほど確かに、聞こえてきていた怒鳴り声が、ぱたりと止んだ。
代わりにどさどさと大量に何かが倒れる音が聞こえる。
「こ、こ、殺しちゃったの!?」
「まさか。それではあの軍隊を動かした首謀者に、さらに多くの軍を動かす理由を与えることになる。気絶させただけだよ」
先生が再び杖と突くと、巨大な氷の壁が溶けて消えて無くなっていった。
その場に残っていたのは、倒れ伏す兵隊さん達と、何故かただ立ち続けて大慌てしている、小太りの兵隊さん一人だけだった。
「……なんか一人残ってるよ?」
「話を聞く相手が必要だろう? 一人だけは酸素を残しておいた。もちろん、指揮官を狙って」
「…………開いた口が塞がらないとはこの事か」
「無法ね、魔導って」
それはわかる。
あたしも頷いておいた。
魔導って、すごい。
そんな曖昧なことを考えていると、残った兵隊さんが踵を返して逃げ出そうとしていた。
が、足を地面ごと凍らされて、つんのめって転んだ。
「……今のも?」
「足元を凍らせて地面に縫い付けてみた」
「ふぁー」
あたしはもう、言葉すら出てこなかった。
あたし達は揃ってぶっ倒れている兵隊さん達に堂々と歩いて近づいていき、残った人に話を聞くことになった。
「聞いていない!! 閣下から聞いていないぞこんな事!! ただの村を漁って、皇女を捉えればいいだけの、ラクな任務だと聞いていたのに!!」
「えー……」
「何も聞いていないのに答えるわね、こいつ」
「口が軽いのでしょう」
みんなで囲んで問い詰めに行くと、慌てふためきながら現状の説明をしてくれた。
まだこっちは、なにひとつ聞いてないのに。
ずいぶん律儀な人だなあ。
「……一応尋ねようか。貴公は何処の手のものだ?」
先生が若干げんなりしながらそう聞くと、兵隊さんは、さぁっと顔を青くして、横にブンブンと振っていた。
絵に描いたような怖がりっぷりである。
まあ、眼の前で兵隊さん達が全滅すれば、無理もないかな……。
「い、言えるか! 言えるものか! 皇女拉致の首謀者など、口が裂けても言えるものか!」
「首謀者はいる、と」
「はッ!?」
「ええー……」
「馬鹿かしらこいつ」
「馬鹿なんでしょう」
あたしは頭が悪い自覚はあるけど、世の中あたしより頭が悪い人もいるんだなぁ。
そんな人でも兵隊さんになれるんだなぁ。
なんて、他愛もないことを考えていた。
「この調子なら、例の手段を用いなくても、ぺらぺら話しそうだ」
「……例の手段? なによ、それ」
「いや、こっちの話。卿、尋問を頼めますか」
「任された」
「えっと、あたしはどうしよう」
「変に我々の傍を離れても、別働隊がいないとも限らない。ここにいなさい」
「はーい」
さっきの“アレ”を見せられた後だと、先生のそばが一番安全な気がするから、それに従うことにした。
確か語学の授業で言ってたなぁ。
寄らば大樹の……、なんだっけ。
「……って、別働隊がいたら村はどうするのよ」
「そっちは大丈夫。もう既に防衛用の大型
「
「いや、でっかくて厳つい奴だよ。戦闘用だから」
「それはそれで……イイわね!」
「わからない……、殿下の趣味がわからない……」
エルフリーデ……なんとかさんが、頭を抱えながら兵隊さんに詰め寄る。
何をするのか戦々恐々として見ていたら、胸ぐらをつかみあげてバシンバシンとビンタをしていた。
そして、一言。
「吐け」
「ひっ……!?」
これは怖い。
あたしならもう吐いてると思う。
でもそこはそれ、腐っても兵隊さんは兵隊さんなのか。
「ばば、馬鹿め、これしきの拷問で吐け、おごっ!」
セリフの途中で、みぞおちにイイのが入った。
あれは怖い。
あたしならもう泣いてると思う。
「ごげっ……、何をずる……」
「激化するぞ」
「はい……?」
「吐かないなら、激化するぞ」
「…………」
その後も兵隊さんはしばらく耐えていたが、エルフリーデ……なんとかさんの言葉通り本当に暴力は激化した。
顔面パンチ。
剣の柄でパンチ。
鞘ごとパンチ。
さらには剣を抜いて、足を突き刺したり、指を落としたり……あぁ恐ろしい。
途中からあたしは血の気が引いて、目を背けてしまったので、何をしたかまでは見えていない。
「わ、わかっだ……、言う、言うから……、言うからいっそ殺せ……」
「良し」
そのサマを、先生とルチルちゃんは無言で眺めている様だった。
よくあんな光景見られるなぁ。
あたしにはとてもできない。
その後、しばらく息も絶え絶えに情報を吐いた兵隊さんは、エルフリーデ……なんとかさんが剣を首に添えて……。
「ひっ」
あたしはそれを見てしまい、気絶した。