「殿下、ミナカミ殿。済みました」
「ご苦労、エル」
「しかしまあ、殺さず済ますとは。お優しいことで」
「貴殿が、殺せば大軍を動かす理由を与えると言ったのだろう。だから首を撥ねず、昏倒させるだけで済ませたのだ」
「それは、どうも」
「……で、アンナ殿はどうしたのだ?」
「あぁ、エルフリーデ卿が峰打ちで済ませたところを、首を撥ねたと勘違いしたんでしょう。気絶しましたよ」
「そうか……、配慮が足りなかったな、済まない」
「それはこの子が起きたら、言ってやって下さい」
「あぁ、そうしよう」
エルフリーデは拷問により僅かに頬に掛かった返り血を、汚らしそうに手拭いで拭くと、ルチルに跪いて報告を始めた。
「まず始めに謝罪させていただきます、殿下」
「何をかしら?」
「我々がこの村に着いた初日、この者らが放った斥候と遭遇しました事を隠しておりました。下手にお耳に入れ、気分を害したら、と……」
「そう……。なんとなく一人二人は尾行されていると予想はしていたけど、やっぱり居たのね」
「お気づきで……」
「半分予想よ。まあ、それは良いわ。エルなりワタシのことを慮ってのことでしょう。許します」
「寛大な御心、感謝致します」
「あ、ごめん。私もそれに関わってたけど、隠してた」
「……なんとなく誠意を感じないから、先生はダメ」
「えー」
「ま、まあまあ殿下、お戯れを……」
話が逸れた、と咳払いを一つしてから、報告は続く。
「して、件の斥候ですが、ミナカミ殿の御協力により、ダミアンという重鎮による物だと情報を得られました」
「重鎮、ダミアン……? どこかで……。そう……それで?」
「今しがた尋問しました指揮官からも同じ名前が出ましてございます。曰く“ダミアン閣下の命で私兵を動かした”と……」
「……その事を、お父様は?」
「斥候を放ったことは、存じ上げられているはずです。ミナカミ殿が書状を出されましたので」
「届いた保証はあるの?」
「間違いなく届いたはずだよ。魔導具を用いたからね」
「……魔導具? どんな?」
魔導具。
平たく言えば、魔導が込められた、魔導師謹製の物品である。
一般家庭に普及している、食料を保管する物や、市街地に散らばる、電灯を灯すもの。
開いて文言を唱えれば、封じられた魔導が発動するスクロールに、
かなり多くの種類が存在するので、全てを書き出すのは割愛とする。
「今回使ったのは、まあ、掻い摘んで説明すれば、“書いた文字がそのまま移る一対のノート”とでも言おうか。そんな感じのものだよ」
「……その片方を先生が持ってるのは分かるけど、もう片方は誰が?」
「陛下に情報が届く人物、とだけ。極秘情報なのでね」
「ワタシにも話せない極秘……?」
「…………貴殿は……」
主従の視線が訝しんだ物になっている。
ミナカミは特に気にしないように、話の先を促した。
「ま、まぁ、お父様に斥候がでたことが伝わったのは分かったわ。それで、今回の私兵の件は?」
「分かりません。秘密裏に私兵を動かしたとのことですので、まだ存じ上げないかと」
「そう……。どうしたものかしら……。先生、この事を先程言った魔導具で伝えられるかしら」
「…………うん……」
「……先生?」
なにやら顎に手を当て思案する様を訝しがるルチル。
自らを狙う逆臣が動いたのだ、事はもう起こってしまっている、一刻も早く動くべきではないか。
そう考えているのに、この教師はなにをのんびり考え事などしているのか。
やきもきして仕方が無いようだった。
「ちょっと、先せ」
「もう、直接陛下に話に行ったほうが、早くないかな」
「…………はい?」
「ちょ、直接……? どうやってだ……?」
が、その考えは突飛な発言により棄却された。
まさか自分より早く動くべきだと考えていたとは。
流石にその発想はなかったようだ。
「こと私兵まで動かされては、情報伝達だけじゃ手を拱いているばかりでしょう。すぐ陛下に動いていただかないと、ルチル君の身が危ないのではと思いまして」
「いや、だから……、どうやって直接行くのだ。確かに馬車はまだあるが、道中どのような襲撃にあうか……」
「
憤激するエルフリーデを抑えて、ミナカミが懐から取り出したのは、薄い円盤のような魔導具であった。
円形に文字が刻まれ、中心には宝玉がはめ込まれている。
魔導具に使う宝玉とは、基本的にマナが蓄積されているものが使われるので、小型ながらも強い効果を持つ魔導具であろうことが伺えた。
「……?」
「なんだ、それは。また魔導具か」
「えぇ。“ポータル”と言いましてね。登録した場所に瞬時に移動できる便利なものですよ。いや、全く、魔導文明の発達は素晴らしい」
「なにそれすごい」
ポータル。
魔導研究局により開発され、研究局の本部や支部に必ず設置してある、魔導師による緊急連絡用の魔導具だ。
多数の移動場所を登録できる設置型と、一つしか登録できないが持ち歩ける携帯型があり、今回の物は携帯型のようだった。
ちなみに、移動する原理は、“時空と時空を直接繋げてたった一歩で移動する”というものらしい。
らしい、というのは、開発者もあまり原理については理解していないからだそうだ。
魔導師という連中は、恐ろしいものを常用する一派である。
「ふむ。その言い分からすると、貴殿が作ったわけではないのだな」
「まさか。私がこのような発明品、作れるわけがありませんよ。語りだすと長くなるので、ある天才による物とだけ」
「そうか」
「じゃあ……、さっき言ったノートも?」
「あぁ、別に私が作ったわけではないよ」
「そう、なの……」
「……なんか、ごめんね?」
ルチルは、
そんな素晴らしい発明家が自らの教師なのだと、誇らしい気持ちもあったのだろう。
生徒による憧れの眼差しが、少し胡乱なものになったことに、意外と先生は堪えていた。
「で……、それは何処に繋がっているのだ」
「帝都にある、魔導研究局の支部です」
「局の支部? 宮廷の近くではないか」
「あら、そうなの?」
「えぇ、宮廷魔導師を派遣してもらう都合上、近ければ良いと先の皇帝が……」
「あ、よいしょ」
「────って、もう行くのか!?」
「決まったら早いほうが良いでしょう」
そそくさと“ポータル”を展開するミナカミを見て、思わず驚く主従。
展開と言っても、地面に置き、起動ボタンを押すだけの、簡素なものだが。
そうして展開された“ポータル”は、光の円を広げ、煌々と光りだした。
この男、たまに慎重なのか大胆なのか分からないところがある。もしくは気まぐれなだけなのか。エルフリーデはそう分析していた。
「ちょっと待って、ここの大量の気絶した兵はどうするの?」
「心配いらない。先ほど村の防衛用大型
「いつの間に……」
「マルチタスクをこなすのが、デキる魔導師って奴です」
「そういうものなのか……!?」
それだけ言うと、ミナカミは未だ気絶しているアンナを米俵のように抱え上げ、“ポータル”の上に乗り上げた。
気絶しているアンナの顔が“ポータル”の光に照らされる。
ちょっとした、晒し上げのような様になってしまっていた。
「アンナ殿も連れて行くのか」
「証人は多いほうが良いでしょう。襲われた村代表として、付いてきてもらいますよ」
「……それもそうか」
「この魔導具は、どうやって使うのかしら?」
「上に乗るだけでいいよ」
そうして三人と、抱えられた一人は、“ポータル”により帝都へと転移した。
後に残された中隊規模の気絶した兵士たちに向かい、村からのしのしと、大型
それらはやがて兵士たちにたどり着くと、命令されたとおりにテキパキと縄で縛り上げ、乱暴にずるずると音を立て引きずりながら、村へと運んでいく。
中隊規模の兵が纏めて縛り上げられて引きずられていく姿は、はたから見るとなかなかにシュールな光景であった。
兵士たちはだいぶ雑に扱われていたが、結局村の倉庫に放り投げられ、しばらく時間が立つまで、目覚めることはなかった。
「おや、“ポータル”が開いたと思ったらミナカミさんだあ。仕事かい?」
「ちょっと火急の用事で宮廷まで。これ、貰っていくよ」
「大変だね。どうぞ」
帝都にある魔導研究局支部に転移した一同は、気だるげな眼鏡の女性局員に迎えられた。
特に何を驚くでもなく、追求するでもなく、端的に話を聞くと、棚に立て掛けられていた長杖を引っ掴んで持っていくミナカミを尻目に、業務に戻っていった。
ミナカミも、簡素な説明だけを済ませ、必要なものだけを持つと、さっさと支部の出口に向かう。
それだけ済ませて、一同は屋外に出た。
「……何も聞いてこないのだな」
「局の職員は基本的に不干渉を是としますので。宮廷に召し上げられたりすると、話は別ですが」
「それは? 何を持ってきたの?」
「アンナの護身用」
局を出てすぐの、宮廷の門に走る。
すわ何者かと、衛兵が慌てて槍を構えようとするが、それよりも前に、エルフリーデの一括が轟き渡った。
「開門せよ! アウレリア・ベッセル・ツ・ソディア殿下のお帰りである!」
「アウレリア殿下!? ほ、本物だ……! は、はい、只今開門します!!」
急き立てられ、衛兵は急いで城門を開く。
皇帝の血族ともなると顔パスなのだろう、一目見られただけで、特に何を疑われるでもなく、あっさりと入廷できた。
これは、彼女が普段から宮廷を歩き回り、衛兵などにもよく声をかけていたことが功を奏した結果であり、人望、人徳によるものとも言えた。
開かれた城門と、最敬礼をする衛兵に見送られ、宮廷内部に駆け込む。
帝国の宮廷は華美すぎず質素倹約にならないよう、地味だが美しいデザインで統一されており、かつての軍事国家の色合いが見て取れる内装をしていた。
どちらかといえば機能美を意識した調度品が並べられる通路は、皇帝が住まう場所と言うよりは、軍の首脳部が集まるような砦にも見えた。
「ええと、お父様の私室は……」
「こっちだ」
「……なんで知ってるの!?」
そのような内装であるので、内部を良く知っている者か、廷内の図面を持っている者以外は迷いやすい構造をしているのだが、ミナカミは迷いなく進んでいく。
ルチルの記憶が正しければ、教師の進む道筋は確かに最短で父の私室に向かう道だった。
何故そんな事を把握しているのか、眼の前の男の謎がますます深まる主従であったが、今はそんな事を詮索している場合ではない。
宮廷内を進む一同。
長い通路を歩いている最中、アンナがようやく気絶から復帰した。
「むにゃ……ふがっ、ハッ! く、首! 首がポロンて!! ギャーッ! し、死ィ~ッ!!」
「ん、起きたかアンナ。ならここからは自分で歩きなさい」
「え……!? なに!? ここはどこ!? いまは何!? なんか豪華!?」
起きてそうそう、気絶した原因を思い出しパニックを起こしたかと思えば、明らかに村のそれとは違う光景にさらにパニックを起こす。
先程まで伸びていたとは思えない騒がしさである。
そんな騒がしさを無視し、今まで抱えていた生徒を特に優しくはなく、両足で立たせるようにさっと降ろす。
「アンナ殿、大丈夫だ。首は落としていない。驚かせて済まなかった」
「え!? そーなの!? ……じゃなくて、だからここどこ!?」
エルフリーデは、“起きたら謝ってあげて”と言われたことを覚えていたのか、律儀に謝罪していた。
「その辺もう全部、後で纏めて説明するから」
「今してよ!?」
起きたばかりなのに、ツッコミは絶好調。
普段、寝起きがいいのが見て取れる元気さである。
「今忙しいから。あとはい、これ持って」
「なにこれ?」
「護身用」
「護身用!? 身を護る必要が!? ……って待ってよー!」
怒涛のツッコミを入れるアンナを往なしながら、ミナカミはずんずんと歩んでいく。
慌ててそれに追従するアンナは、自らの先生が、ルチルとエルフリーデも伴っていることに気付く。
「あ……、ルチルちゃんだ。ねえねえ、これ何? 今どういう状況?」
「簡単に言うとね、今からお父様に会いに行くのよ」
「へぇー、ルチルちゃんのお父さんかぁ。ん? 皇女様のお父さん? それって……こ」
「はい、今騒ぐと面倒だから騒がない」
「むがごごご!!」
咄嗟にルチルに口をふさがれ、歩きながら口をふさがれながら喚くという、器用な真似をするハメになるアンナ。
それを見たエルフリーデは、“殿下も御学友の扱いに慣れているな……”と感慨に耽っていた。
そうして、時折遭遇する衛兵に(主にルチルが)敬礼を受けながらも、そこの道を右だ、左だ、と、通路を進んでいくと、豪奢なドアの前に辿り着いた。
「ここだ」
「……確かに、お父様の私室に着いたわ。本当になんで知ってるの……」
ミナカミが無遠慮に音を立て、備え付けのドアノッカーを鳴らす。
まるで友人の家に遊びに来た近所の子どものような気軽さである。
この男、礼儀を知っていて敢えて無視しているのかと、本人以外は内心ドン引きしていたが、知らぬは本人ばかりである。
「ちょ……!」
「行動が早い!!」
「え、え!? ウソ!? こーてーへーか!? 心の準備ができていない!?」
慌てふためく女性三人を置き去りにし、“誰か!”と壮年の男性の声が返ってくる。
待っている暇は与えられないようだ。
確かに、宮廷内に入ってまで、いつまでもぼさっとしていても、何も進まないので、正解といえば正解なのだが。
「ほら、ルチル君」
「ワタシ!?」
「君しか居ないだろう」
「え、まぁ、そ、そうだけど……。ああもう、なるようになれだわ!」
確かに皇帝陛下の私室に足を運ぶは、実子が最も相応しいだろう。
実際、ルチルは私用でこの部屋に訪れたことは、何度かあったがゆえに。
しかしそれにしたって無茶振りではないだろうか、と、己の教師を軽く恨んだ。
少しゴタゴタを挟んだせいで“どうした、何者だ?”と訝しむ声に急かされながらも、ルチルは深呼吸を一つ挟むと、毅然とした声で返事をした。
「アウレリア・ベッセル・ツ・ソディア、只今帰参致しました、お父様」
「────何、アウレリア殿下!? 面妖な、アウレリア殿下は今辺境の村にご疎開なさっているはずでは!?」
返ってきた言葉は困惑のそれであった。
無理もない。
居るはずのない人間がいきなり声をかけてきて、即座に対応しろという方が無茶であろう。
声の主の方が、常識的であるとさえ言える。
「よせ、大臣」
「へ、陛下!?」
「余が他でもない娘の声を聞き違えるか。これはアウレリア本人である。入れ、アウレリア」
「は……、はい、お父様!」
が、皇帝陛下その人は心胆そのものが常人ではない。
いくらありえない出来事だろうと、それが現実ならば即応して見せる。
そうでなくては務まらないと言わんばかりの、余裕たっぷりの対応であった。
そして、声だけで信用してもらえたルチルは、少しの喜色を含ませ、ドアノブを捻った。
「だから心の準備がぁー!?」
一行……、約一名は、なにも分からないまま断頭台に立たされたような、蒼白の面持ちで、時の皇帝陛下との謁見に挑むのであった。