田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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018:皇帝への謁見

ドアを開けた先には、背筋を伸ばし起立している、貴族御用達のような、“いかにも”なデザインの軍服を着こなす壮年の男性と、その隣で腰掛ける、ラフな格好で構えた、顎髭を蓄えた、金髪の初老の男性が居た。

二人の内、どちらが皇帝陛下など、一目瞭然であろう。

皇帝がルチルの顔を見止めると、少し目を細め、髭の生え揃った口を開いた。

 

「良くぞ無事で帰った、アウレリア。報せもなく急に現れたのには、少々驚かされたが……。仔細は、お主自身の口から聞こう」

 

マルクス・デニス・ソディア九世。

ソディア帝国現皇帝であり、ルチル──アウレリアの実の父である。

豪奢だが華美すぎない、大型のソファーにゆったりと腰掛けており、傍に控える壮年の男性は側近であろう。

その佇まいは、威厳が服を着ているようなものであり、見るものを自然と平伏させるものであった。

事実、エルフリーデとミナカミは自然に臣下の礼を取る。あわあわと慌てていたアンナも、咄嗟にその真似をしていた。

唯一アウレリアだけが、自然体のままマルクス九世と向かい合っている。

 

「火急の要件があり、こうして参りました。突然の来訪をお許し下さい、お父様」

「うむ。そちらは、護衛騎士のエルフリーデ卿か。よい、楽にせよ」

「はっ! 御心のままに!」

 

楽にせよ、と言われてもなおエルフリーデは跪き頭を垂れている。

彼女にとってはこれが楽な姿勢ということなのだろう。

実際、貴族という身分の者にとって、皇帝から“楽にしろ”と言われても、臣下の礼を取ったままのほうが、心情としてはいくらか楽なのかも知れない。

本当にその場でラフにダラダラし始める貴族が居たら、バカかよほどの豪胆か、どちらかなのだろうから。

 

「それに、そなたは……おぉ、ミナカミではないか。こうして直接会うのは久しいな」

「お久しぶりにございます、陛下」

 

そして、バカかよほどの豪胆か、どちらかなのかわからない人物がここに居た。

声をかけられるなり、すっくと立ち上がり、本当に楽な姿勢を取りながら談笑を始める。

エルフリーデはその横で、内心肝を冷やしていた。

 

「うむ。親書を送って以来だな」

「急な皇女殿下の来訪には、驚嘆させられました」

「はは、済まぬ。我が娘の受け入れ先ならば、そなただろうと思ったまでよ。許せよ」

「滅相もございません」

 

マルクス九世と平然と談笑を交わすミナカミ。

本人たち以外の全員は、“こいつ何者だ……?”と、とても訝しんだ。

特に側近からは、ものすごく怪訝な目で見られているが、本人はまるで気にしていない。

もしかしたら、豪胆かつバカなのかもしれなかった。

 

「して……、そちらの娘は……」

「あッ!? はは、はははい! あたっ、わ、わたくしめ? アン、アンナと言いま、申しモス! ごっ、ごめんなさい!」

 

二人の真似をして臣下の礼をとっていたアンナは、声をかけられると思わずピシリと固まったように直立してしまい、気をつけの姿勢のまま、覚束ない敬語を話す。

明らかに礼儀作法をわかっていないのが、丸見えである。

事実、側近は軽く眉をひそめていた。

この場に皇帝と皇女が揃っていなかったら、注意されていたことだろう。

 

「何故謝る」

「えっ……、な、なんででしょう……?」

「要領を得ぬな……。アウレリア。この者は?」

「ワタシの学友です、お父様。少々礼儀作法に疎い所があるので、それを謝罪したかったのかと」

「おぉ、そうか。お主が連れてきたからには何か理由があるのだろう。アウレリアが世話になるな、……アンアンナ?」

 

噛んだ名前をそのまま反芻されてしまった。

この皇帝、変に律儀なところがあるようだ。

愛娘の学友ということで、部外者ではないと認識したのか、優しい言葉をかけるが、アンナにとっては焼け石に水であった。

 

「いえ、あの、その、えーと、えーっと、えーと……?」

「とんでもございません、な」

「とんでもございませんッ!!」

「愉快な娘ではないか」

 

咄嗟に言葉が出てこず、耳打ちされたものをそのまま鸚鵡返しで話すアンナに、マルクス九世は気品豊かに笑う。

無学を晒してしまい、顔を真っ赤にし恥ずかしがっている。

威厳だけではなく、懐の広さを見せつけられた気分になるのであった。

 

「さて──、目通りはもう良かろう。本題に入ってもらうぞ、アウレリア」

「はい、お父様。ワタシと、疎開先の村、アゼ村に起こったことを全て、お話します」

 

 

「そうか……。ダミアンめが、か……」

 

アウレリアが報告を終え、マルクス九世は静かに思案する。

沈黙が皇帝の私室を包む。

髭を指でいくらか擦り、静かに黙想しているマルクス九世の胸の内は、その場にいる誰にも推し量れない。

ただ下知を待つのみである。

やがてしばらくすると、静かに口を開いた。

 

「良し──、ダミアン・アウグスティーン・フォン・バルシュミーデを謁見の間へ」

「宜しいのですか、陛下?」

 

皇女殿下直々に語られた話とはいえ、ダミアンは帝国の重鎮である。

それを加味し、諌めようとしたのか、側近から声がかかった。

とはいえ、本気で止めようとしたわけではなく、意思確認程度のものではあったが。

 

「愛娘からの直訴だ。無碍にするには親心というものがあろう。それに──」

 

ちら、とミナカミの方に視線を向ける。

 

「ダミアンの暗躍は、以前から耳にしていたのでな。重鎮と言えど、ここで真偽を明白にさせねばあるまい」

「畏まりました。では、ダミアン・アウグスティーン・フォン・バルシュミーデを召喚するよう手続きをいたします」

「その様にせよ」

 

側近がマルクス九世に頭を垂れ、アウレリアにも向かい一礼をすると、退室していった。

配下に指示を出しに行ったのだろう。

本来ならば側近が皇帝の傍を離れることは滅多に無いことだが、この場にはその娘の皇女も、その護衛騎士もいるための判断であった。

 

「アウレリア、お主等も謁見の間に迎え。余も遅参する」

「わかりました、お父様。では、後ほどお会い致しましょう。エル、お父様の護衛をお願い」

「拝命仕りました」

 

アウレリアはマルクス九世に最敬礼をすると、静かにドアを開き、私室から退散した。

それを追うように、ミナカミとアンナが会釈をし、方やゆるりと、方や慌てて部屋を出る。

エルフリーデは、立ち上がり支度を始めたマルクス九世の近辺の警護を始めていた。

 

「…………ぶはっ、き、緊張したぁ~……。聞いてないよ、いきなりこーてーへーかに会うなんてさぁ」

「アンナ、この距離だとまだ聞こえてるかも知れないぞ」

「えひゃい!?」

「大丈夫よ、内部の会話は漏れない作りになっているから、そうそう聞こえないわ」

「……先生ェ?」

「ははは、つい」

「つい、じゃないが?」

 

ドアを潜り、まるで今まで息を止めていたかのように重苦しく息を吸う。

よほど緊張していたであろうことが伺えた。

謁見の間へ向かう道中、緊張がいくらか解れた面持ちで、アンナは杖を突きながら歩く。

いきなり皇帝陛下の眼の前に放り出された環境から解放され、少しは元気が戻ってきたようだ。

それとは裏腹に、私室に残ったエルフリーデの顔は強張っていた。

 

「……陛下、恐れながら申し上げます」

「何か?」

「先程は、ミナカミ殿と談笑をなさっておられたようですが……」

「あぁ、あれか」

 

親書を送られた人物である、という時点で分かっていたことだが、どうやらミナカミはマルクス九世と交流があるらしい。

臣下として、帝国貴族として、どうしてもそこに、猜疑心を抱かずには居られなかったようだ。

 

「まぁ、ちょっとした縁があるのだ」

「……左様に御座いますか。愚問をお許しください」

「よい。気になるのだろう、あやつが。我が娘の護衛として、その考えは正しい」

「はっ……」

 

が、返ってきたのは暗に詮索するなと言う意思表示。

今更になってミナカミという人物そのものを疑うことまではしないが、“本当に彼は何者なんだ……”という思いが強くなる一方ではあったようだ。




◆マルクス・デニス・ソディア九世

【性別】男性
【種族】祖人(ホミネース)
【身長・体重】187cm 70kg
【年齢】55歳
【好きなもの】ソディア帝国
【嫌いなもの】ソディア帝国
【特技】かくれんぼ
【食事の嗜好】豪華すぎないもの
【性格】豪胆→謙虚
【一人称】余
【武器】剣と盾

・ソディア帝国現皇帝。
 正室のもとに三人、側室のもとに三人の子がいる。
 三十歳の頃に帝位に付き、それ以来軍事・政治に尽力し帝国の発展をより広めんとする傑物。
 前皇帝時代より小競り合いを繰り返していた隣国、シルドア王国との和平を自らの娘を政略結婚させることで成し遂げた。
 全盛期はかなり豪胆な性格をしていたが、息子が一度に二人も急逝したことで、とても落ち込んだのか当時よりすぼんだ性格になってしまっている。
 自国のことは心から愛しているが、それと同時に心から嫌悪している。
 曰く、こんな扱いにくいものはない、とのこと。
 幼少の砌はかくれんぼの名手であり、何度も宮廷を混乱に陥れた実績がある。
 正室・側室ともにプライベートでは頭が上がらない弱点がある。
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