「じゃあ。今日は算術の教科書を……、ん?」
今日も今日とて憂鬱な座学の時間が始まる、と思った矢先のことだった。
何やら慌ただしい音色で、塾の戸が叩かれる。
「はい」
「あぁ、先生、おったかね。よかったよかった」
「向かいの畑の……。どうしました」
慌てた様子のおじさんが、飛び込んでくる。
先生を見ると一息ついたようで、荒い呼吸を落ち着けながら話し始めた。
「帝都からお偉いさんが来たんだよ。この村に駐屯しとる魔導師に用事があるって、取り次いでくれって」
「私に? 査察かな。分かりました、立ち会いましょう」
先生は塾を開く前から、こうして呼び出されることが少なくない。
村の入口で、鎧を着込んだ人と何やら話し込んでいるのを、何度か見た覚えもある。
そのたびに、何をしているのだろうと、気になっていたものだ。
「アンナ、悪いけど急用ができた。少しの間自習を……」
「ハイッ! あたしも行きたいです!」
「何故……」
「後学のために見学です!」
「…………。そう言われると断れないなぁ」
気になっているので、付いてくことにしたのだ。
実際のとこ、魔導師さんが普段なにを仕事にしているかは、将来の役に立ちそうなので、その場の思いつきとは言え、
なかなか悪くない提案だったんじゃないだろうか?
別に、将来魔導師さんになる予定は、今のところ無いけど。
◆
「貴殿が御村赴任の公認魔導師、ミナカミ殿か」
「いかにも。お待たせして申し訳ない」
「予定無く参ったのはこちらだ。気に病むな」
はたして、先生にくっついていって出会ったのは、とても美人さんだが、とても背が高く、とてもいかつい鎧姿で武装した、馬に乗ったお方だった。
どれだけ背が高いかと言うと、先生よりも高い。声や顔から見るに、女性なのに。すごい。
馬はとても豪華な馬車を牽いている。
つまり、豪華な身分の人が乗っているのであろう。
要するに。
一言で言うと、めちゃくちゃ威圧感がある人がやってきたということだ。
こわい。
なんだか目線も鋭い気がする。
思わず先生の背中に隠れてしまう。
「……そちらは?」
「私が受け持っている、私塾の生徒です。ただの見学ですので、お気になさらず」
「ふむ……」
「それとも、何か一般人が紛れていて不都合でも……」
「…………いや、構わない。むしろ今後を思えば好都合だろう」
「今後?」
話題があたしに向いてオドオドとしていると、美人さんは馬から降りて一礼した。
「我が名は、エルフリーデ・アンゼルマ・マルグリット・フォン・ローデンヴァルト。ソディア帝国が首都、スキャバードに仕え、ローデンヴァルト領の統治をしている伯爵子息であり、恐れ多くも騎士の身分を拝命する者である」
「ご丁寧な自己紹介をどうも。そちらはご存知のようですが、改めてこちらも。私はケイ・ミナカミ。魔導研究局から公認されている魔導師です。今はここ、アゼ村のライフラインを任されております。以後、お見知りおきを」
「うむ、返礼、痛み入る。して、早速だが本題に入っても?」
「どうぞ」
「こちらの馬車には、……なんだ、さる高貴なお方が乗車なさっていらしてな」
「それは……まぁ、見ればなんとなく分かりますけれども」
確かに。
真面目そうな話に割って入るわけにもいかないので、あたしは内心で頷いておいた。
「その高貴なお方に関してだが……。こちらを一読願いたい」
「これは? 宛名も何も無いようですね」
「それは……、陛下からのご親書だ。密書と言い換えてもいい」
「陛下の……?」
……へーか?
誰だろう。
聞くタイミングがここくらいしかなかったので、先生のローブを引っ張り質問することにした。
「ねえねえ」
「どうした」
「へーか、って誰?」
「誰も何も……。この国で陛下といえば、皇帝陛下その人だろうよ」
「こッ!? こっここここ、皇帝!?」
「陛下をつけなさい、陛下を」
というと……この国の一番偉い人でありまするか。
流石のあたしも皇帝という存在くらいは知っている。
会ったことはもちろん無いけど、名前も知らないけど、皇帝という単語くらいは知っているのだ。
その人がなんのために、こう言っちゃなんだけど先生みたいな人にお手紙を?
「では拝見させてもらいます」
そういうと先生は封を切って中に入っているとても豪華な手紙をすらすらと読み始めた。
相変わらずローブのフードで表情は見えないけど、なんとな~く雰囲気でしかめっ面になっていっているのがわかる。
何が書いてあるんだろう?
「………………。……なるほど。噂には聞いていましたけれど、どうやら事実だったようで」
「そちらこそ、噂通り耳が早い」
「どうも」
それだけやり取りをすると、先生は魔導で弱く火を起こし、手紙を燃やしてしまった。
エルフリーデ……なんとかさんが驚きもしていない辺り、読んだら燃やせ、とでも書いてあったんだろう。
「アイツも苦労するな……」
「?」
先生が、あたしに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、独り言をぽつりと呟いていたのが気になった。
気になったけど、特にそれを言及できないまま話は進む。
「確かにこの子……、アンナを連れてきたのは好都合でしたね」
「うむ」
「へ?」
あたしに来た。
未だに先生の背中に張り付いているが、あたしに何か用なんだろうか?
「え、なになに?」
「話しても?」
「話さざるを得まいよ」
「でしょうね」
そういうと先生はくるりとこちらを向き、落ち着かせようとするのか、あたしの肩に両手を添えて話し始めた。
「いいかい、アンナ。なんでそうなったか、とか。そういった詳細は今は省くけど、とにかくあの馬車にはソディア帝国第三皇女殿下……。要するに、皇帝陛下のお子さんが乗っている」
「……ふぇ?」
「そのお子さんを、私の元でいっとき、預かってほしい、という旨の手紙だった」
「…………ふぇ?」
「所謂、転校生だ。よろしくしてやってほしい」
「ふぁい」
「……………………ふぁい?」
あたしの頭は爆発しそうになった。
◆
すわ爆発から免れた頭が再起動を開始すると、くだんの皇帝陛下のお子さんがエルフリーデ……なんとかさんに跪かれ、恭しく馬車から出てくるところだった。
「ルチル殿下。御足元にお気をつけを」
「わかっているわ」
「
「ぎ、偽名? なんで?」
「理由により、名前を偽る必要があるってことさ」
「ふぇー」
ルチル、と呼ばれたお嬢様は、あたしはてっきりドレスやらティアラやらで着飾った、見た目通りの子だと思ったのだが、その実正反対の格好をしていた。
金糸のような髪の毛は乱雑に両端で括られていて、足元は動きやすそうなブーツに、いい布を使ってるのだけはわかるけど、騎士さんが身につけているような、確かサーコートとか言ったっけ、そういう様な服を着ていた。
第一印象としては、まるでこれから戦にでも出かけるみたいな装いだ。
実際武器や防具を持たせれば、それなりに戦えてしまえそうに見えてくる。
あたしの中のお姫様像がよくわからなくなっていく瞬間であった。
かくしてルチル……ちゃん? さま? が馬車から降りると、先生は片膝をついて頭を垂れた。
なんとなくそれに習ったほうがいいかな、と思ったので、あたしも慌てて同じ様な真似をする。
「お初お目にかかります、皇女殿下。下賤な身分ではありますが、御身がより良い御生活を送れるよう尽力する次第に御座います」
「そう」
先生はすらすらと台本でも用意していたかのように尊敬語を口にする。
魔導師になるってことは、こういうことなのかもしれない。
あたしはそんな、場違いな感想を抱いていた。
「我が相貌に御座いますが、魔導的な観点により、悪質な影響を抑えるためこうして隠しております。どうかご容赦を」
「先に聞いているから、構わないわ」
「ご寛大な御心、感謝の念に耐えません」
今初めて知ったのだが、先生が顔を隠しているのはなにか特別な理由があったから、らしい。
単純に照れ屋なのかと思っていた。
びっくりである。
「つきましては皇女殿下──」
「それよ」
「……恐れながら。それ、とは?」
「その皇女殿下というの、要らないわ。ワタシはこれから貴方の元に厄介になるのだから」
「左様でございますか。えぇと……、ルチル殿下」
「殿下も要らない」
「では……、ルチル様」
「様でもまだ多いわ」
「えっと……」
先生が困惑している。
これはなかなかにレアが場面なんじゃないだろうか。
いつもどこか超然として、村の仕事もなんなくこなしている先生が押されている光景はなかなかに見れたもんじゃないのである。
あたしは内心ほくそ笑んでいた。
「ワタシはこれから貴方の塾で生徒になるのでしょう? だったら、それなりの扱いをなさいな。貴方の格が落ちれば、それに伴いワタシの格も落ちるもの」
「…………。成る程。分かったよ、ルチル
「結構よ、
ほほお。なるほど。
そういう砕けた感じでいいらしい。
それはあたしにとっても気楽な話である。
ということでさっそく。
「あ、じゃあよろしく! ルチルちゃん!」
「バッ、こらアンナ」
「ちゃんだと貴様……!?」
「えっ、あっ」
ぴしり、とルチルちゃんが固まり、今まで黙っていたエルフリーデなんとかさんが激昂してきた。
……流石に軽すぎただろうか?
「貴殿! 生徒の教育はしっかりしていて頂きたい!」
「面目ない」
先生が怒られている。
これはなかなかにレアが場面なんじゃないだろうか。
……ってあたしが言えたことじゃないか。
「──いえ、いいわ。新鮮な気分で。今までそんな呼ばれかた、されなかったから」
「しかし殿下!」
「エル。良い、と言ったわ」
「…………はっ、御意に」
許された?
なんだか許されたっぽい。
では遠慮はいらない。
「わーい! 転校生だ! これからよろしくね!」
「ちょ……こら! 抱きつくのは止めなさい! 恥ずかしい!」
「えー?」
とは言いつつも振り払われないので、あたしは勘で“いい”と判断した。
よくよくまじまじと見ると、ルチルちゃんはあたしより頭一個分は背が小さい。
つまりそれだけ年齢も低いということだろう。
おねえさんとして張り切らねば。
「いや誠に申し訳ない、未だあの子は礼儀作法に関しては教育課程の最中で……」
「いくら殿下が寛容なお方と言えど程度というものがあり我々が先んじて貴殿の話を聞いていなければ不敬罪が適応されることも……」
視線の端で先生がガミガミと怒られていた。
まぁ、気にしないでいいだろう。
多分。
◆ルチル(アウレリア・ベッセル・ツ・ソディア)
【性別】女性
【種族】
【身長・体重】140cm 31kg
【年齢】11歳
【好きなもの】盤上遊戯
【嫌いなもの】帝王学
【特技】ダンス
【食事の嗜好】温かい食事
【性格】典型的なツンデレ
【一人称】私
【武器】剣と盾
・ソディア帝国第三皇女。
帝国で起きた謀殺事件のゴタゴタから逃れるためにアゼ村に疎開した。
煌めくような金髪をツインテールに纏めた、金眼の少女。
産まれてから基本的に宮廷より出ること無く生活してきたため、世間知らずの一面がある。
偽名としてルチルクオーツ(金鉱石)を選んだのは、単純に自らの髪と眼の色と似ているから。
どうでもいいことはあまり深く考えない性格をしているらしい。
独特の美的センスを持っており、常人とは違うものを美しいと感じたり可愛いと思ったりする。
◆エルフリーデ・アンゼルマ・マルグリット・フォン・ローデンヴァルト
【性別】女性
【種族】
【身長・体重】192cm 97kg
【年齢】28歳
【好きなもの】忠誠心 武芸 茶会
【嫌いなもの】国賊 聞き分けの悪い部下
【特技】筋トレ
【食事の嗜好】スパイスの効いた味
【性格】礼儀正しい
【一人称】私
【武器】長剣
・ソディア帝国に属する騎士。
第三皇女アウレリアの疎開に追従してアゼ村にやってきた、ローデンヴァルト領の統治をしている伯爵子息。
第三皇女が産まれて以来ずっとその護衛を勤めてきており、半ば世話役のようなポジションでもある。
その影響か、歳の割にどこか所帯じみている。
長身で筋肉質なせいなのか、顔は美形なのに周囲の男性からの異性的評価はイマイチ。
婚期を逃している事を地味に気にしているが、自分は生涯殿下の護衛を務める栄誉を与えられたのだと無理矢理それを抑え込んでいる。