田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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022:閑話・教師の吐露

「アンナ、私はね。人間じゃないんだ」

「へ? うん。 ……うん?」

 

ある日の授業が終わった後、先生が急にそんな事を口にし始めた。

いつもいつもいきなりな人なのは分かっていたけども、急に何を言い出しますかね、この先生は。

こっちの心の準備ってものをわかってほしいもんですがね。

 

「……それは、祖人(ホミネース)じゃないって意味で?」

「いや、人類種のどれにも属さないって意味で」

「…………、……はあ」

 

なんとなくそんな気はしていたけど。

それはまあ言わないのが吉ってものなのだろう。

話の流れに身を任せよう。

それにしても、なんで急に、それも本人の口から言いだしたのだろう。

普通隠しておくもんじゃないのかな?

 

「いやなに、私の出自について、話していい頃合いかなと思って」

 

頃合い……、と言われましても。

なにがどう頃合いなのか。

 

「あと、そろそろ話してもアンナが引かないかな、と思って」

 

それが本音か。

話すタイミングを、先生なりに伺っていたらしい。

それがようやく訪れたということだった。

それにしても。

 

「あたしが塾で授業を受けてから一年以上、というか、村で先生を知ってからだとかなりの年月経ってるんだけど?」

「それについては、まぁ、ね」

「なにが“ね”なのか」

 

相変わらず話を誤魔化すのがヘタクソな先生である。

ていうか、意外とシャイだったのかな、この先生。

だとしたら奇妙な一面をしれた気分になるけども。

 

「それに、素顔くらいは見せてもバチは当たらないものかな、と」

「えっ。素顔って……、先生の顔?」

「そうだよ。見たい?」

「見たぁーい!」

 

思わず反射で返事してしまっていた。

だって、いつかは暴いてやろうと思っていたのだもの。

自主的に見せてくれるならそりゃ見たいと思うものだもの。

見たいか見たくないかで言えば、見たいもの。

 

「そんなに面白いものでもないけどな」

「わっ」

 

やっぱり心の準備もさせてもらえないまま、気軽にフードを下ろす先生。

初めてみた先生の素顔は、一言で言うと白かった。

透き通るくらいに真っ白な髪。

陶器かなにかと勘違いするくらい白い肌には、シワやシミどころか、汚れ一つ見当たらない。

鋭いような、気だるげなような目には、赤い瞳がいっそ異様なくらい映えていた。

耳は長く伸び、頭の左右からは角が生えている。

一目で祖人(ホミネース)ではないとわかる姿だった。

それに、顔つきはあたしと同じくらいの年齢に見えるくらい若い。

もっと大人だと思っていたのに。

総じて、その、何が言いたいかと言うと。

 

「いっ…………、イッケメェン……」

「……それが感想か?」

 

とんでもなく安っぽいセリフが思わずでてきてしまった。

いや、今のは違うんだよ。

違うんだって、つい、この口が。

 

「意外だな、面食いだったのか」

「そういう意味で言ったんじゃなくてね!?」

 

本当につい口をついて跳び出してしまっただけなんだよ。

信じてほしいんだよ。

 

「はい、もうお終い」

「あっ」

 

またフードを被ってしまった。

いつもの不審者に逆戻りだ。

ずっと顔出していればいいのに。

……惜しいとか思ってないし。

別に、そんなんじゃないし。

なんだか恥ずかしくなってきたので、さっさと先生の自分語りを促すことにした。

 

「まあ、じゃあ、話してよ。先生について」

「そうこなくては」

 

あたし達は塾の縁側に腰を据えて、話をすることにした。

 

 

「さて────まずは何から話したものか」

「うん」

 

お茶を一口すすると先生は話し始める。

 

「そうだな、人間ではないと言ったけど、私の身体はマナで出来ていてねいわゆる内蔵だとか、心臓だとか、脳だとか、そういうものは一切無いんだよ」

「内蔵が……ないぞう?」

「言うと思った」

 

大してツッコミもされなかった。

悔しいんですけど。

ちゃんとボケたらツッコんでくれないと。

先生はそういうとこ冷たいから困る。

 

「全てマナが循環して肉体を動かしているから、そういったものは不要でね」

「ふーん……」

 

確か心臓は身体の中で血を動かしているんだっけ。

心臓がないってことは先生は血もないってことなのかな。

確かに血も涙も無いような人だけど。

あ、人じゃないのか。

 

「そうそう、ルチル君たちには既に話していたんだけど、“ない”んだよね」

「……ナニが?」

「そう、アンナが今考えている“それ”」

「ナニが!?」

「うん。“ナニ”が“ない”」

 

…………無いんだ。

それもう男の人とか女の人とかで測れるような生き物じゃないよね。

 

「要するに、およそ普通の生き物らしい機能は何一つ存在しないということだ。人間ではないと言うのは少し間違いだったかもしれないな。生物ではない、と言い直したほうが正しいのかもしれない」

「生き物じゃないのかぁ……」

 

人間どころか生き物ですらないとは。

じゃあなんなんだろう、この眼の前にいる先生は。

生きてるようにしか、見えないけどなぁ。

 

「どうして……、そんな事になっちゃったの?」

「まぁ、一言で言うと()()だな」

「事故……」

「いわゆる転移事故だ。“ポータル”を使ったら、意図しない場所に付いてしまった、と思ってくれれば良い」

 

ポー……?

なんだろ。

転移事故って言ってるから、どこかに移動するような道具なのかな。

まぁそれは今はいいや。

 

「私はその事故で、深淵(アビス)という地にたどり着いてしまってね」

「あびす」

「そこは、大気中のマナが非常に濃い、この世界の何百倍も濃度の高いマナが充満している土地だったんだ」

 

そんな場所があるんだ。

危険極まりないなぁ。

そんな場所にたどり着いちゃった日には、即死だよ、即死。

 

「そう。当然、急性マナ中毒だな。それで死にかけた私は、現地人の手により、改造手術を施され、この身体になって生き延びることが出来た」

「改造手術ねぇ……。それでそんな体になったの?」

「あぁ。向こうは善意でやってくれたことだし、事故は私の不手際で起こったことだから、文句は言えないさ」

「ふーん……」

 

まあ、確かに。

命あってのものだねって言うし。

ところでこのことわざ、なんでいきなり口語調になるのか、良く知らないんだけど。

なんでなんだろう。

まぁそれは今はいいや。

 

「そんな経緯で人間をやめた、といったところかな。それ以来、私の身体そのものも深淵(アビス)のマナと同じ様な濃度の作りになってしまってね」

「えっ、すごい濃度のマナで出来てるの? 危ないじゃん」

「あぁ、危ないよ。だからこうして肌の一切を隠さなければ、周囲の環境に影響を与えてしまうんだ。私はそれを望まないので、周りから不審者と誹られようと、全てを隠しながら生きている」

「それでいつも不審者なんだ……」

 

道理で、何か理由がないと不審者みたいな格好なんて好き好んでしないよね。

たまに先生は好きで不審者のような格好をしているんだろうな、って思ったこともあったけど。

……あれ? そういえば……。

 

「いやちょっと待って」

「ん?」

「いま肌を隠さないと周囲に影響を与えるって……」

「言ったな」

「さっき思いっきり顔見せたじゃん! 危ないじゃん!!」

「大丈夫でしょ、アンナだし」

「適当すぎる!!」

 

この先生、時折あたしの扱いがこの上なく適当になることがある。

雑とも言う。

思わないところがないわけでもないんですけど?

怒りたいんですけど?

 

「いや、適当を言っているわけではなく。まぁ……、それもそのうち話すよ」

「はぁ……?」

 

まだなにか隠していますかねこの先生は。

ほんとに隠し事が多いことで。

まぁ別にいいんだけどさ、そのうち話してくれるなら。

 

「それと……そうだな、私の若い頃の話もしようか」

「若い頃って……、十分若い顔に見えたけど、今は幾つなの?」

「忘れた」

「これだもの」

 

何か困ったことがあるとすーぐ忘れた忘れたって言って誤魔化すもの。

それ言えばなんでも通ると思ってますよ、先生は。

 

「いや、誤魔化してるわけではなく、本当に。数えていないんだ、途中から。だから、今幾つなのかわからなくて」

「…………数えてないくらい年食ってるの?」

「あぁ。それくらい年寄りだと思ってくれれば良い。だいたい、魔導文明が始まる前から生きていると思っておけば間違いはないよ」

「そんなに……」

 

じゃあ、最低でも800歳以上じゃん。

人間じゃないって言ったけど、そりゃ確かにそうだよ。

そんなに長生きする人間、いないよ。

 

「どこまでお爺ちゃんなの、先生は……」

「お爺ちゃん……。…………まぁ、別に構わないけど。それはともかく」

 

ともかかれた。

別にお爺ちゃん扱いでもいいんだ。

長生きしすぎると、頓着しなくなるのかな?

 

「私が若い頃は冷淡な性格でね。あまり他人と関わるのが好きじゃなかったんだ」

「へー、今とぜんぜん違うね」

「先程言った、事故で転移してしまった深淵(アビス)の人々と交流を深めたのもあるかもしれないが。若い頃に受け持った、一人の生徒がいてね。その子の影響が大きいんだ。こんな世話焼きな性格になってしまったのは」

 

若い頃の生徒さん……ねえ。

あたしはてっきり、先生が塾なんてものを開いたのは初めてのことなんだと思っていたけど。

若い頃にも似たようなことをしてたのかな。

まあ、やけに手慣れてるもんな、物を教えるってことに。

既に先生としての経験があってもおかしくないか。

……それはそれとして。

 

「……あたしが初めての生徒じゃなかったんだ」

「うん、アンナは二人目だな」

「ふーん…………。あっそ」

「そんな露骨にガッカリされると、私が悪いことをしたような気分になるなあ」

 

別に、ガッカリなんてしてないし。

ふーんだ。

知ったこっちゃないもんだ。

気にはなるけど。

 

「その生徒さん、どんな子だったの?」

「そうだな……。今思い返してみると、アンナに似ているかもしれない」

「村の子だったの?」

「見た目の話じゃなくてね。性格とか、なんにでも興味を持つ所とか、そういう細かい所が。天真爛漫で、常に元気一杯の、優しい子だった」

「…………」

 

だった、か。

それって……、つまり……。

 

「あぁ、もうとっくに死別しているよ。なんせ私が若い頃の話だからな」

「…………そっか」

「別にそこは気にしなくてもいいよ。もうとっくに、自分の中ではいい思い出になっている話だからね」

「うん……」

「あれからどれくらい経ったのやら……」

 

そういうと先生は遠い方を見つめるように顔を空に向ける。

どれだけの時間が経過したんだろう。

若い頃ってどれだけ昔の話なんだろう。

昔話、どころの話じゃないのかもしれない。

なんとなく、ようやく先生が自分のことを真面目に話してくれているのだと気がついた。

 

「雑な手記でもいいから、年月の経過くらい数えていればよかった……。そうすれば、もう少しくらいは鮮明に思い出せただろうに……」

「先生…………」

「いかんな、話がズレてきた」

 

気まずい空気になりかけたのを心配してか、二、三度頭を振ってから先生は話を仕切り直した。

 

「かなり昔の出来事だけど、この世界にも深淵(アビス)のマナが流れ込んでしまってな」

「えっ、大変じゃん」

「あぁ、大変だ。その原因になったやつはすでに封印されているんだけどね」

「封印ってことは、やっつけてないってこと?」

「そうなる」

 

こわぁ。

深淵だか奈落だか知らないけど、ずっと封印されっぱなしでいいよ、そんなの。

出てこないでほしい。

 

「今の私は、そいつが復活して、こちらの世界に出てこないか見張っているのと、この世界にこびりついた深淵(アビス)のマナの影響で凶暴化した魔物をとっちめる作業に従事しているよ」

「魔物を?」

「ルチル君の騒動で、呪具を使って魔物になった者がいただろう?」

「いたね」

 

太っちょのおじさんがみるみるうちにバケモノになっちゃったんだよなぁ。

あれ、気持ち悪かったなぁ。

魔物そのものを見たことはあったけど、魔物になる瞬間を見たことはなかったから、なにげに珍しいもの見れたのかも?

もろもろ終わった後だから言える、気楽な感想だけども。

 

「あれも深淵(アビス)のマナの関わっていたものでね」

「へー……」

「そういう出来事にはなるべく、私自身が出ていくようにしているんだ。もしまかり間違って、その件の原因になったやつが、封印から解かれでもしていたら、大変だからね」

「確かに」

 

じゃあ先生は、警備の兵隊さんみたいなことも裏でしていたんだ。

それはまた、お疲れさまというか、ご苦労さまというか。

大変だ。

 

「……私の自分語りはこのくらいかな。多分、もっと深堀りしようと思えば出来るんだろうけど。なにぶん肝心の私自身がうろ覚えなんでね。申し訳ないけど、このくらいにしてほしい」

「まあ、あたしは別にいいけど……」

 

先生が話したいようだったから聞いてただけだもんな。

好きなだけ話し終えたのなら、それでいいんだけどね。

この様子を見るに、好きなだけ話すことは出来たのかな。

それならいいけど。

 

「ん、茶が冷めてしまったか……。淹れ直して来よう」

「あ、うん」

 

 

「────…………はぁ~……」

 

先生の自分語りという名の思い出話を聞かされて、しばらく思う。

とんでもない話を聞かされたんだじゃないかって。

文明が始まる前から生きてるとか、歴史を勉強してる人が聞いたら、飛んできて色んな話を聞きたがるんじゃないかな?

あたし一人が抱え込むには、ちょっとでかいかもしれない。

別に、だからといって誰かに話すとかはしないけど。

それでも、つい大きいため息はついてしまう。

今後、先生を見る目が変わっちゃうかもしれな……。

 

「アンナ、新しい茶を持ってき、あっつ、手にかかった」

「…………。も~、なにやってんの」

 

それはないか。

先生はどこまでいっても、いつも通り。

頼りになるけど、どこかちょっと抜けたところがある、あたしの塾の先生なのだ。

それは何も変わらないんだから。

 

「ところで、人間じゃないのはわかったけど、じゃあ今は何なの?」

「何か? そうだな……。深淵(アビス)の人だから……。深淵人(あびんちゅ)

「あびんちゅ……」

 

一気にダサくなった気がする。

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