「寝泊まりにはこの塾の宿舎を使って下さい。宮廷のようには行きませんが、まぁ、他の村の家々を間借りするよりは、十分な暮らしができましょう。比較するのも、村民に失礼ですけどね」
「ふむ」
ルチルらが来訪した晩、ミナカミは彼女らに寄宿舎として、自らの塾を案内していた。
アンナは既に夜遅く、自宅へと帰っている。
今頃は身内に今日あったことの自慢話でもしているのだろう。
「間取りはこのように。水回りはこの一角に纏まっています。あぁ、ここの部屋は私の研究室となっておりますので、あまり無断で入らないで下さると助かりますな」
「あら。見られて困るものでもあるの?」
「いや、そういうわけではないけど。魔導に素養がない者が触ると、死ぬものがゴロゴロ転がっているから」
「…………。極力、先生が居ない時は近づかないようにするわ」
「そうしてくれるかな。ちなみに、エルフリーデ卿は魔導の方は?」
「……私も貴殿が不在の際は近づかないようにしよう」
「分かりました」
中々にデンジャラスな発言も飛び交う中、最初から誰か泊まることが想定されていたかのように作られていた塾の内装説明が続く。
「寝室はこの部屋で。ベッドは今から用意しますが、そう狭くは感じない広さの筈です。護衛の観点から見ても二人部屋の方が良いでしょう」
「うむ、有難い。しかし、今から? ベッドを?」
「なに、組み立てに
「成る程……。便利なものだな」
「
「よければ、そのまま小間使いとして常駐させようか?」
「……いいの?」
「もちろん。男やもめが一々ちょっかいを出すより、ずっといいだろう」
読んで字のごとく、稼働する人形に、魔導により仮初の命を与えられた、魔導生命体である。
基本的には公認魔導師しか制作することを許されておらず、認可のない者が無断で制作すると研究局による罰則が下される、繊細な代物だ。
それをすぐに用意できるのは、それだけミナカミが魔導師として優れている証と言える。
「……ふふ」
「…………。ふむ……」
その
「その、気になっていたのだが」
「なんでしょう」
「貴殿は何処で眠るのだ?」
「私? なに、研究室のソファーにでも横になりますよ。慣れていますので」
「そうか、……いや、問題はそこではなくてだな。貴殿も一つ屋根の下で、か?」
「……あぁ、それですか」
「あっ」
朗らかだったルチルの顔がさっと赤らんだ。
無理もない。宮廷で蝶よ花よと愛でられて育てられた皇女である。
いくらこれから自らの師となるとはいえ、実質嫁入り前の同衾状態などと、言語道断であろう。
まさかとは思うが、といった疑惑の視線が伺える。
しかし。
「そこも問題ありません。私、“ない”ので」
「────は?」
「──────はい?」
爆弾発言が飛び出した。
「ですから、“ない”ので」
「聞こえなかった訳ではなく! ……その、貴殿は男性だろう?」
「まあ、性自認は」
「自認……? で、ではもしかして女性だったのか?」
「いえ? そちらも“ない”ので」
「は?」
「はい」
「いや。はい、ではなく……」
「もしかしなくても、魔導師はみんな“そう”なの……?」
「いいや、皆が皆“そういう”訳ではないよ」
「えぇ……?」
この広い世の中には、両性具有の種族もいる。人類の中にもそういった種族はいるものだ。
もちろんエルフリーデは知識としては知っていた。が、両性具有というのは“どちらもある”もので。
まさか“どちらもない”等とは、虚偽か、よほどの変人かとしか思えなかった。
「…………その、疑うわけではないが……。いや正直に言おう、疑っているが」
「えぇ」
「確認する方法などは……」
「肌を晒すのは、昼頃に言った通り、魔導的な観点から悪質な影響を抑えるため、出来ません。衣服の上から、触診で構いませんよ」
「触れと!?」
またも爆弾発言であった。
女性が男性の股間部を触ってみろ発言。
場合が場合ならセクハラで訴えられても可怪しくない。
にも関わらず、ミナカミは堂々と突っ立っている。
さも、何をされても問題ありませんと言った風貌だ。
そこまで自慢げにされると、エルフリーデの懐疑心も揺らいできた。
「む、むむう……」
本当に触るか?
とはいえ、ルチルに触らせるのは論外。嫁入り前の皇女に何をさせようというのか。
では自分が、となると、それもかなり腰が引ける。
エルフリーデの身分は宮仕えとはいえ貴族だ。
幼い頃より、それに相応しい礼儀作法と、自国の民を案じ、護るべき精神。ノブレス・オブリージュを叩き込まれてきたのだ。
そんな高潔な騎士が、男性の股間をむんずと触れと。
二の足を踏むのも、当然と言えよう。
「……わ、分かった。貴殿の言葉を信じよう。貴殿は“ない”のだな。うむ」
「まぁ、そう仰らず。減るものではないし」
「減るのだ!! 私側の!! 確実に、何かが!!」
もしやこの男触らせたいのか?
そういう趣味か?
そうも思ったが、声音から喜色が一切感じられない。
単純に、合理的に、自らの潔白を証明したいだけなのだ。
そこに気がついたエルフリーデは、思わず頭がくらくらする感覚に襲われた。
常識が違う。
と、いうか、感性が違う。
魔導師と騎士という身分の差は、こうした軋轢を産むのかと、新鮮な発見をした気分になっていた。
「先生、ワタシは
「あぁ、構わないよ」
「殿下ァ!?」
逃げられた。
思わず敬愛し仕える殿下にそう思ってしまったのも無理からぬことだろう。
なにせ、ルチルの目はそれはもう泳いでいた。
いますぐこの話題から逃げ出したかったのだろう。
止める間もなくルチルはすたこらと、教えられた間取り通りに、寝室へと逃げ出してしまう。
残されたのは、無自覚セクハラ男と、そういった行為に一切耐性がないまま育った妙齢の女騎士。
詰みである。
「──再確認しよう。触らないと駄目か?」
「今後の信頼関係のためにも、私の身の潔白は早いうちに証明しておきたい所存でして」
「邪な考えが一切ないことは理解した」
理解したが、それがなんだというのか。
やることの恥ずかしさには一点の曇りなし。
女性が、男性の、股間をまさぐる。以上。
まるで痴女ではないか。勘弁して欲しい。エルフリーデは心底からそう思っていた。
しかし、このまま手を拱いていても、水掛け論ばかり続くのは事実。
「…………」
「…………」
無言でお互いの様子を探る時間が続く。
明らかに無駄な時間である。
こんな事をしているならさっさと終わらせて、殿下の護衛に付くほうがいいのではないか。
もうサッとやってサッと逃げればいいのではないか。
まるで小さな頃に行った健康診断を思い出すような、そんな心境をエルフリーデは覚えていた。
「…………ええい、どうなっても知らんぞ!!」
まさに戦場で的に向かい剣を振り下ろすような。
渾身の気合と共にエルフリーデはミナカミの股間部に手を伸ばした。
人生で一度も知覚したことのない、“イヤな感触”を覚悟していた彼女だが。
「………………。本当に、“ない”のだな」
「はい、“ない”ので」
「…………」
厚手のスラックスパンツ越しとはいえ、本当になんの感触もないことに、エルフリーデは呆気にとられた。
「…………………………」
「……」
「──はッ!! し、失礼!」
「いえ」
思わず数秒間、本当にまさぐってしまい、自らのしていることを冷静に俯瞰できたエルフリーデは、慌てて手を引っ込めた。
自らもグローブ、向こうはスラックスパンツ、とはいえなにも不潔な感性を感じなかったのは、“ない”という言葉が本当だったからだろうか。
それにしても、と思う。
「その、長く、触ってしまったのだが、何も感じないのだな」
「ええ、まぁ。何せ“ない”物で」
「そ、そういうものか」
仮にあろうとなかろうと、自分がその様な破廉恥な真似をされたら、即座に腰に帯びた剣を抜くだろうと想像すると、なるほど、確かに身の潔白を証明する手段としてはこれ以上無いのかも知れない。
別にそんなことはないのだが、確実にその場の雰囲気に流されているエルフリーデであった。
「あぁ、なんだ。無礼な質問ならば謝るが、どうして、あー、あれだ、“ない”のだ?」
そんな雰囲気を払拭したかったのか、話の方向転換を図った。
とはいえ確かに彼女は気になっていた。
まさか、自主的に“取った”訳ではあるまいし、仮にそうだとしても理由くらいは聞いておきたい所であった。
何せ、帝国を取り巻く諸国の中には、後宮に仕える男性は皆去勢しなければならないという歴史を持つ国家があったと、エルフリーデは知識としては蓄えていたものであるからして。
ミナカミにそのように宮仕えの歴史があるのならば、まぁ今後の対応も変わってくるのではないか、などと思案していたためだ。
ところが。
「事故ですよ。
「体質ごと?」
「こうして肌の一切を晒していないのも、それが理由です」
「そ、そうか。……そうだったのか。その、言いづらい事を、すまない」
「お気になさらず。特に公言していないだけで、隠してはいませんので」
「そうなのか」
一瞬、“その何処から見ても不審者にしか見えない格好をするのならば、特異体質だと公言するほうがマシなのではないだろうか”と思いはしたが、そこはそれ。
人には人なりの考えがあるのだろうと、追求を棄却した。
「…………」
「…………」
なんとなく、気まずい空気が流れる。
「で、では私は殿下の元に赴くので、また用事があったら呼ばせてもらう」
「そうですか。前述の通り基本的には研究室にいますので、何かありましたらそこまで」
「う、うむ。感謝する。では」
そそくさとその場を後にするエルフリーデ。
その背中を見送るミナカミは、しばらく物思いに耽るように、棒立ちしている。
「…………。
ぽつり、と呟いた独り言は、誰の耳にも留まらず、風に乗り、消えた。
そして踵を返し、自らの研究室へと籠って行った。
◆
「殿下」
「エル! すごいわ、この子達! すっごいの! かわいいの!」
「えっ、は、はぁ」
かくして与えられた寝室に戻ったエルフリーデが目にしたのは、今まで見たこともないほど目を爛々と輝かせた、ルチルの姿だった。
はしゃいでいる。それはもう、一目見れば分かるほどに。
理由は一目瞭然だ。
今もせっせと働く
彼ら(と形容すべきなのかはエルフリーデには分からなかったが)は、無骨な石材で出来ており、一言も言葉も文句も発しないまま、木組みのベッドを黙々と組み立てている。
石材ということは、所謂
大きさはルチルの腰くらいまで。長身のエルフリーデからすれば膝ほどまでしかない小柄な働き者だ。
胸部には、それが彼らの核となるものなのか、歪な球体に近い形状の水晶がはめ込まれており、煌々と魔導の光を放っている。
「…………かわ、いい?」
どこが可愛いのだろう。
エルフリーデが抱いた感想は、それだった。
“私は可愛い存在です”と表現するような、目鼻立ちをしている顔面でも取り付けられていれば話は変わってくるが、彼らはそうではない。
頭部にはおよそ人間らしいそれらはなく、どうやって眼前のものを認識しているのか、魔導に疎い彼女には理解も出来ない。
はっきり言って、愛嬌があるか不気味か、どちらかで言えば、後者が僅差で勝つような。
今も命じられた事を命じられたままに、文句の一つもこぼさずに動いているであろう彼らは、言葉を選ばずに言えば、魔導師の奴隷、としか思えなかった。
それをだ。
「ちいさいのに頑張ってるわねえ……。偉いわねえ……」
「えぇ……?」
ルチルは目を細めて愛でている。
と言っても、作業の邪魔をしないように、遠巻きにじっと眺めているだけだが。
「その、殿下……。恐れながら尋ねさせていただきますが、どのへんが……?」
「あら、エルにはわからないの? この健気さが」
「けなげ……?」
どうやら自分と殿下の琴線はだいぶ、いやかなり違う。エルフリーデはそう考えを改めた。
ルチルが赤子の時より側仕えとして護衛兼世話係を拝命しているエルフリーデだったが、従者として新たな一面を見た気分だった。
「うふふふ」
「……」
それが良いことか悪いことかは、とりあえず、一先ず置いておくとして。
ルチルは満面の笑みのまま、ベッドが完成するまで
そして、エルフリーデは無心でそんなルチルを眺め続けていた。