「そういえば、まだ帝国領内は帝都しか観ていなかったな」
事の始まりは先生のその一言だった。
確かにいわれてみればそうである。
帝都は観光したけど、それ以外の街は見たことがないし、行ったこともない。
他にも観光名所とかあるのだろうか。
そう思ってワクワクしながら先生の後をついて行ったあたしを出迎えてくれた場所は……。
「────なんで墓地なのさ!!」
すごく広い墓地なのでした。
◆
どこを見渡しても、お墓、お墓、お墓。
いかにも“出そう”な雰囲気しかしない。
まだお日様は登っているはずなのに、どこかどんよりした空気が漂っている気がする。
特になにか空気を遮るような壁とかもないのに。
雰囲気だけで気が滅入るような気がしてくる。
これのどこが観光名所なのか。
先生にそう問い詰めたかったので、問い詰めた。
「これらの墓場はあくまで“おまけ”だ。本題はあっち」
「あっち? 何が……」
でっけえ建物が聳え立っていた。
まるで偉い人の家みたいにも見える、石が積まれた建物である。
こんな墓場に住むなんてその人の気がしれない。
一体誰の住処なんだろうか。
「あれはな、始皇帝の墓だ」
「えっ、あのでっけえのがお墓?」
「そう。でっけえ墓なんだよ」
「ふぇー」
皇帝陛下ともなるとお墓まででかいのか。
純粋にすごいと思わされる。
それにしてもしこーてー。
しこーてーね。
しこーてー?
しこーてーってなんだ?
「一代目の皇帝という意味だよ」
「なるほどね?」
「よくわかってないようだからもっと噛み砕くと、この国を作った偉人だ」
「おお、なるほど!」
そりゃ、すごい。
ケンコクの父ってやつですな。
聞いたことがある。
多分、絵本がどこかで。
「あの陵墓に眠るのはオスヴァルト・ソディア一世。持ち前の人望とカリスマで一大軍勢を作り上げ、国を切り開き、ソディア帝国の礎を作り上げた人物だ。その功績から“武帝”とも称される」
「ぶてー」
「武力をもって国土を広げた皇帝という意味だな」
「ははぁん?」
武を持っている皇帝、略して武帝ってことね。
わかりやすくていい。
歴史とは、もっとそういうわかりやすい名前ばかりでいてほしい。
そうしたら覚えやすいから。
「オスヴァルト一世は国土を切り開いた後、まずは治世を厚く敷いたとされ、みだりに国を乱す者には重罰を、国を良くするべく働くものには報奨を惜しまず与え、国としての基礎を固めることを是としていた。そうして出来た統治国家としての盤石さは、今日の帝国にも表れており────」
「あのー……」
「?」
先生がいつものように長ったらしい人の頭をパンクさせる気しか感じられない話を垂れ流している時、誰かが話しかけてきた。
誰だろう、こんな墓場にいる人なんて。
「すいません、ちょっと……」
「あ、ごめんなさい、いま始皇帝さんの話を聞かされてるから、後で」
あたしはそう言って断ったのだが。
「すいません、その始皇帝なんですけど……」
「だから、始皇帝さんの話を聞いてるんだって……」
「いや、あの、ですから、余がその始皇帝なんですけど……」
「………………」
…………。
………………?
「はい?」
「あ、ていうか、今更ですけど、聞こえてます? ていうか、見えてます?」
「………………」
……………………。
……もしかして。
「お、おおお、お、お、お、お、」
「お?」
「オバケぇーーーーーーーーッッ!!」
「どうしたアンナ」
あたしは思わず叫んでしまった。
仕方ないじゃないか。
だって、本物を目にするなんて思わないじゃないか。
◆
「見えるのか」
「見えるみたい」
「見えるみたいですねえ」
あたしは落ち着いた。
落ち着いて、よく目を凝らしてみても、しっかり見えていた。
なんというか、薄ぼんやりして、半透明な人が、空中に浮いている。
そんな感じだ。
このヒト(オバケ?)が始皇帝さん……?
「こりゃ、
「ゴースト?」
「生物は死んだら魂がマナと共に体外に抜けるのは知ってるだろう」
「うん」
そのまま空気中にマナと一緒に解けて、また新しい生き物に宿る、んだったっけ。
確か。
「未練とか、生前のやり残しとか、とにかく何かしらの意思が強いと、身体から抜けた魂は大気に解けず、そのまま魂として保ち続ける。それが
「つまり……、簡単に言うと、オバケ?」
「オバケだな」
「オバケですねえ」
オバケさんからもオバケだという確証が得られた。
それじゃ、オバケだ。
「大抵は魔導師のように、マナの扱いに長けた者にしか
「?」
あたしなら見える?
どういう事なんだろう。
それも気になったけど、今はそれよりも。
「えーとあなた……、始皇帝さんって言いましたけど」
「そうなんです。信じてくださいます?」
「まあ、本人が言うなら……」
「ああ、よかった! 今まで誰にも見つけてもらえないし、見つかっても始皇帝だと信じてもらえないし、このままじゃ死んでも死にきれないって思ってたんですよねえ!」
なにやら喜んでいる。
喜ばれたならよかった……のかなあ?
「いや待て、オスヴァルト一世は勇猛で名を馳せた皇帝だ。時に苛烈な処刑を行ったという逸話も残っている。本人とは到底思えない低姿勢なのはどういうことだ?」
「あ、それですか。余も最初は威張り散らしてたんですけどね、誰にも信じてもらえないうちに、段々自分でもわかるくらい卑屈になってきちゃって……」
「……苦労したんですね」
「しましたねぇ……」
オバケもオバケなりに大変なんだなぁ。
あれ?
というか……。
「先生、今の皇帝陛下となんか仲良さそうにしてたじゃん。じゃあ、始皇帝さんとも何か関わりがあったんじゃないの?」
「当時の私は、帝国に居なかったからなぁ」
「あ、そうなの……」
「えぇ、余もこの方とは面識ないですねぇ……」
頼りになるんだかならないんだかわからなくなる先生である。
「それで? えーと……オスヴァルト一世陛下」
「またまた、そんな、もっと気安く呼んでくれていいですよ」
「……あぁ、では、陛下。何故に我々に、というか、ここを訪れる人々に手当り次第声掛けを?」
「良くぞ聞いてくれました!」
オバケさんは嬉しそうに両手を叩いて合わせていた。
オバケだからか、音は鳴っていなかった。
「余はね、心残りがあるんですよ!」
「そりゃまあ、
「それを誰かに聞いてほしくて……それはもう、何年も何年も彷徨って!」
「そりゃまあ、
先生のツッコミが冴え渡っている。
若干げんなりしているように見えるのはあたしだけではあるまい。
「で? 何が心残りなんですか?」
「それです、それ! 聞いてくれますか!?」
「まあ、成り行き上……」
「聞かざるを得ないよねえ」
「それはありがたい!」
ここで“聞きません”なんて言ったら祟られそうだし。
どんな風に祟られるのか、知らないけど。
「余はね、この陵墓、ぶっ壊してほしいんですよ!」
「……ほう」
「……はぇ?」
今なんて言った?
このでっけえお墓を、壊してほしいって?
◆
「余はね、国のために、身も心も捧げるつもりで居ました」
オバケさんがぽつりぽつりと話し始める。
身の上話だった。
「生前は、実際にそうであろうと振る舞ってきましたし、身も心も捧げられていたと思います」
「ふんふん」
「余がしてきた行いだけが、国として残れば良い。それだけが望みだったんです」
「ふむ」
相槌を打ちながらあたし達はオバケさんの話を聞く。
どうでもいいけど、端から見たらものすごい異様な光景だと思う。
「だからこそ、余は遺言にも残したんです。余の死後は慎ましやかなものにしろ、余のために使う資材があるのなら、国のために使えって。そう言い残したのに……、なんですこのでっけえ陵墓は! 死んでから薄れる意識の中、いそいそと“これ”を建設し始めるのを見た時ゃ、一気に意識が浮上しましたよ! 何やってんだお前らって! しかも副葬品だの、死後も余を護衛するための兵士だのまで周りに埋めだして……ああもう! もったいないったらありゃしない!!」
「あぁ~……」
「成る程……」
「その場で辞めろと命じたんですがね、どうにも誰にも声も届かないし姿も見えない、仮に見えても朧げでしか無かったのか、オバケとして怯えられるのがオチでした!」
「そうなの?」
「当時はあまり、魔導に素養があるものは帝国に居なかったと言われているから……」
「そうなんだ……」
それは、可哀想に。
「だからね、余はいますぐにでもこの陵墓を壊して、清貧なる我が帝国のため、少しでも資材を活用してほしいんですよ!」
「それで彷徨ってたんだ」
「そういうことです、お嬢さん! わかってくれますか!」
「わかりましたけども……」
わかったけども。
そう、わかった所で、気になることがある。
先生もそうだったのか、少し考えてからオバケさんに質問していた。
「あの、陛下」
「はい?」
「今の帝国の姿はご覧になられたことは?」
「いえ? 余、ここから離れられませんから。いわゆるひとつの地縛霊ってんですかね。死んでから陵墓しか見てませんよ」
「そうですか……」
先生は言うかどうか迷っているようだ。
気持ちはわからなくもないけど……。
「言っちゃえば?」
「うん……、そうだな」
「? なんです?」
オバケさんに向かって、先生は意を決したように口を開いた。
「陛下」
「はい、なんでしょう」
「今の帝国には、この程度の資材、有り余るほど有るのです」
「……………………。……はい?」
「当時はほんの少しの石材でも大変貴重なものだったのかもしれませんが、現在の帝国は領土も広がり、帝都にはこの陵墓を遥かに超える大きさの建造物が軒並み連なっております」
「…………、というと……」
「ハッキリ申し上げましょう。陵墓の解体など、人材と時間の無駄です」
「……」
オバケさんは目を丸くして黙ってしまった。
いや、まあ、気持ちはわかるけど、ねえ。
確かにこのお墓も、お墓としてはでっかいけど。
帝都の宮廷とか、目じゃないくらい大きいし。
「それじゃ……、余が長年訴え続けてきたことは……」
「今となっては無意味ですね。正直な所」
「オオウ……」
顔を覆って悲しんでいるオバケさん。
か、可哀想に……。
「余はなんのために地縛霊に……」
「まぁいいんじゃないですか? 見える人に観光案内でもすれば」
「そんな無責任な!」
「申し訳ありませんけど、それくらいしか言えませんので」
「オオウウ…………」
地面に溶けてしまいそうなほどうなだれている。
なんて声をかければいいか分からない……。
「…………しばらく一人にさせて下さい……」
「えっあっ……、消えちゃった……」
「マナに解けてはいないだろう。まだ気配がある」
「これからどうするのかな、オバケさん……」
「さぁ……、そればかりは自分で解決するしか無いんじゃないか」
「そっか……」
あたしからは何を言えば良いのか分からないけど。
オバケさんの今後に幸あれ。
死んだ人に幸あれってのも、変な話だけど。
◆
「はぁ……。余のしてきたこととは一体……。はぁ……。
しかし……。余の築いた帝国は、そこまで大きくなっていたのか……。
これほどの大きさの建築物を立てるなど、当時は一苦労だったというのになぁ……。
………………。
ううむ……、一度、帝都も見に行くべきなのかもしれんなぁ」
◆オスヴァルト・ソディア一世
【性別】男性
【種族】
【身長・体重】174cm 0kg
【年齢】享年61歳
【好きなもの】墓地に来た人に声を掛けること
【嫌いなもの】墓地を観光に来た人が墓地を荒らすこと
【特技】下手に出ること
【食事の嗜好】久しく食事を取っていないため不明
【性格】元々は豪放磊落だったが、小物になった
【一人称】余
【武器】ポルターガイスト
・ソディア帝国を建国した始皇帝。
民に優しく、時に苛烈な為政を敷き、建国の父と慕われた人物だったが、本人はその扱いは不平があるようで、生前から過剰に敬われることを嫌っていた。
それは死後にも表れており、豪華すぎる(当時基準)陵墓を建てられたという不満一つで
陵墓を崩して少しでも国のための資材として欲しかったが、現代ではそれに使う人材のほうが無駄になると知って、意気消沈。
今はなにもやることがなくなった単なる地縛霊と化したため、ひまつぶしに観光に来る人に声をかけては案内まがいのことをしている。
いつ成仏できるかは不明。
死因は当時の流行り病。