────ソディア帝国、首都スキャバード
「民間人の避難を優先させろ!!」
「絶対に市街地に入れるな!!」
悲鳴と怒号が響く帝都は、まさに災害の様相を呈していた。
何の前触れもなく、魔物の大軍が押し寄せて襲いかかってきたのである。
戦うすべを持たず、逃げ惑うしか無い市民。
市民を守るため奔走する騎士達。
未だ被害らしい被害を出さずに動くことが出来ていた帝国騎士達は、優秀である方だと言えた。
「クソッ、どうなってるんだ! いきなりこんな量の魔物が発生するなんて聞いてないぞ!」
「文句を言っている暇があったら動け!」
「わかってる! わかってるが……!」
そんな騎士達を翻弄するように、倒されては湧き、斬られては新手が押し寄せる。
対人訓練のみを積んできていた騎士達にとって、一匹二匹ならばともかく、大量の魔物は梃子摺るものであった。
「魔物は囲うようにして相手取れ! 満足に動かせるな!」
「はッ!!」
魔物と戦ったことがある経験を持つ騎士が周囲の騎士にひっきりなしに指示を飛ばす。
エルフリーデだ。
かつての経験を活かすべきは今だと、アウレリアに命じられ、前線へと赴いていた。
護衛騎士という本分を擲ってでも、やらなければならないことがある、と。
敬愛する殿下より命を賜ったエルフリーデは、使命感に燃えていた。
「ソディア帝国騎士が末席、エルフリーデ・アンゼルマ・マルグリット・フォン・ローデンヴァルト、参る! この盾がある限り、貴様ら獣に宮廷は……、否! この帝都での狼藉などさせるものかッ!!」
名乗りを上げ、迫りくる魔物の群れに吶喊する。
宣言通り、盾で魔物の行く手を塞ぎ、剣でその身を斬り伏せ、とにかく突撃を阻止せんと立ち回る。
その姿は周囲の騎士に、そして避難する民に勇気を与えるものであった。
だが、如何とも多勢に無勢。
「…………ッ!!(後ろか……!)」
姿を晦まし、物陰から奇襲する魔物には対応出来ないでいた。
かのように見えた。
「おっとォ騎士さん、ご立派なのは結構だが、魔物の相手は常に注意を絶やしちゃいけねェぜ」
「貴殿は……、風の刃傭兵団の!」
「オレを知ってるのかい? そりゃ光栄だ」
エルフリーデの背後に迫る魔物を、その凶爪が身に届く前にエリンサが逆に叩き斬った。
帝都には
本部を拠点に活動している主だった傭兵団は、今回の騒ぎにうってつけの人材であった。
「傭兵なんて下賤な身ですがね、肩を並べさせてもらいましょうや」
「この様な状況で、身分の差など関係あるまいよ」
「そいつぁ、違ぇねえ」
両者が背中合わせになり、魔物に向けて刃を振るった。
「傭兵諸君、今こそ奮起せよ! 我らの本領を発揮するときだ!」
「魔物の脅威度は暫定ランク3~3+と判定する! 自信のないものは後方に控え支援に徹せよ!!」
その両腕には鉄爪が握られていた。
「魔物どもめ、老体と甘く見れば斃れるのは貴様らの方だぞ……!」
今は一線を退いたとは言え、アレクサンデルは元々優秀な傭兵である。
対魔物の経験も豊富であり、その体捌きは未だ衰えることを知らない。
剛腕から繰り出される爪撃は、魔物たちの変質した分厚い皮膚を容易く斬り裂いて行った。
「ぬおおおおおおおッッ!!」
「ヒュウ、アレクの爺さん張り切ってんねェ!!」
「
力量の差はあれど、何れも魔物狩りの基礎を叩き込まれた、エキスパート達だ。
市内に殺到していた魔物も、次第に市外へと押し出され始めている。
「アウレリア様の……、第三皇女殿下のご出陣! ご出陣!」
混成討伐部隊の士気も高まり始めていた頃に、宮廷から武装した幼い影が、護衛と共に姿を表した。
「(ワタシは、今のワタシに出来ることをするのみ……)」
皇帝へと直訴して、騎士や傭兵の士気を高めるために前線へと参陣したのである。
もちろん彼女一人にできることは少ないだろう。
だが、その存在そのものが混成討伐部隊への力を湧きあげる源になっていた。
「皇帝陛下よりの命を申し上げる! 余の愛する民を死なせるな! 以上! ────皆の者、前へ!!」
「ははッ!!」
「皇女殿下のご覧になってる前じゃあ、無様な真似は見せらんねえなァ!!」
「殿下に、民に魔物を近づけるな! 帝国騎士達よ、奮い立てよ!!」
傭兵が嗤い、騎士が顔を引き締める。
帝都への侵入は阻止出来ている。
だが、殲滅には一手足りない。
その折である。
「……!? 奴らの後方が、何か……!」
「増援、増援です!!
帝都に侵入せんと犇めく一団が、急に混乱し、弾け飛んだ。
「呼ばれたから来てみりゃあ、オレが居ない間に随分楽しいことになってるじゃあねえか、帝都は」
普段から
「祭りなら、オレも混ぜろやァァッッ!!」
中でもアルマンディンの剣舞は、一挙手一投足が魔物の命を奪い取るものであった。
内部からは傭兵と騎士、外部からは闘技者に攻められる魔物たちは、少しずつ、だが確実に数を減らしていく。
帝都は、激戦の坩堝にあった。
◆
────シルドア王国、首都クラッバ。
帝都と同じく、隣国であるこの王都にも魔物の群れは押し寄せていた。
「ああああ、どうしてこう余の在位の時ばかり、戦争の小競り合いだのこんな魔物の群れだのがやってくるのだ」
シルドア王、ジェレマイア・アラスター・エマニュエル・シルドアは玉座で頭を抱えていた。
彼は、いざ守りに徹し、国土を守ることにかけては定評のある王であったが、イレギュラーな事態に弱い悪癖を抱えている。
今回もそのようである。
側近や近衛に指示を飛ばすだけ飛ばし、一段落したらすぐに弱音を吐いてしまっていた。
そんな彼に、寄り添うものあり。
「あなた」
「マクダレーネ……」
王妃であるマクダレーネ・エルメンガルトである。
元々軍事国家であるソディア帝国の第一皇女である彼女は、夫である王のことは愛していたが、その気弱な部分は癇に障るとも思っていたのだ。
なので。
「えいっ!」
「はぶしっ!?」
思い切りビンタをした。
周囲からどよめきの声が上がる。
それらを一切気に求めず、ビンタした頬を両手でそっと支え、視線を合わせる。
「あなた、あなたが今することはそうして頭を抱えること? 違うでしょう? 民のために出来ることは何?」
「余、余は……しかし、既に兵に指令は出して……」
「今から、あなた自身が出来ることがあるはずよ」
「余に……、前に出ろと言うのか……」
「私の
「マクダレーネの……」
一通りの沈黙の後、ジェレマイア王が勢い良く立ち上がる。
「え、ええいい!! わた、余とてこの国に産まれいでた男児であるのだ! 出陣の支度をせよ! 打って出るッ!!」
そこまで言われては黙っていられない、と、震える足を無理やり抑え込み、王は玉座を後にする。
「やればできるじゃない、あなた」
その姿を、王妃マクダレーネは優しく見つめていた。
いつのまにか、自信も武器を携えながら。
◆
────マレット王国、首都マハン。
「オラァア!! 武器商人ナメんなぁ!!」
「鍛冶師が武器振るえねえ訳ねえだろうが魔物風情がよぉ!! オォ!?」
メインストリートである市街地では、商人たちが暴れに暴れていた。
それはまるで生活の中で溜まった鬱憤を晴らすかのような暴れっぷりであった。
商人は売り物であるはずの武器を惜しげもなく使い捨てては新しいものを振るい、鍛冶師は“とっておき”の一品をここぞとばかりに振るっている。
威勢の良い売り言葉が行き交うこのメインストリートだが、今は威勢の良い雄叫びが行き交っていた。
「はいはい皆の衆、“獅子腕”が通るよーッ!! どいたどいたーッ!!」
なかでもとびきり威勢のいい声が響き、続くように重い足音が通る。
散々暴れていた商人たちも、それにはどよめき魔物の群れへの道を開けていた。
「ダリア」
「はいよッ! 愛用の斧、持ってきてるからね! 思いっきり暴れてきな、フェイ!」
「ああ」
異名通りの獅子のような腕で、自ら誂えた大斧を握りしめると、フェイは魔物にも負けない咆哮を上げ魔物の群れに突撃した。
「ォォオオオオオオオオオオオああああああッッ!!」
魔物が宙を飛んでいる。
端から見たらそうとしか言えなかった。
獅子腕が振るわれる度に、無造作にバラバラにされた魔物が宙を舞い、力なく地に落ちる。
今まで散々暴れていた商人たちも、この光景には唖然とする他無かった。
「はいはい、なにぽかんとしてんの! アタシ達も負けてらんないよ! 兵隊が来る前に全滅させて、驚かせてやろうじゃないの!」
「おっ、あっ、おう! そ、そーだそーだ!」
「やってやろうぜ!!」
ダリアに物理的にも声的にも背を押され、商人たちが再び暴れ出す。
王国の兵が到着する頃には、全滅とまでは行かないものの、どう参戦すればいいか困るほどには乱戦になっていた。
◆
────
「何処から湧いて出た、化生どもが!」
「おのれ、化け物め! 武士の名にかけて此処から先へは通さぬぞ!」
国軍というものが存在しないこの国では、民間の強者が魔物の討伐へと応っていた。
普段からそうして自然発生する魔物に対処をしていたこの島では、有り触れた光景ではあった。
だが、数の多さに対処する者の数が少なすぎる。
このままではジリ貧で押し込まれる。
誰もがそう危惧した時、晴天に
「
「雷狼様ァ!!」
「獣姫様がお越しになられたぞーーッ!!」
何処からとも無く飛び掛かり、轟音と共に着地した雷狼は、周囲をぐるりと見渡すと、咆哮を一つ上げた。
「一匹残らず、無事で帰れると思うな──!」
空には雷雲が立ち込め、辺りには幾つもの
鉄製の武器を振りかざして士気旺盛に歓声を上げる民兵には一切落雷せず、魔物だけを的確に仕留めていくさまは、まさに
「(避雷針になりそうじゃから下がってて欲しいんじゃがのう……)」
内心は、喜ばしいやら困ったものやら、複雑な支配者であったが。
◆
────鳳凰信仰国バルゥードゥ、首都アルドバ。
【ヒャッホーーゥ!! 自由に動けるってサイコーーッ!!】
「鳳凰様、鳳凰様! 少しはご自重なさって下さい! 鳳凰様!?」
首都に押し寄せる魔物を、鳳凰が好き放題にぶっ飛ばしていた。
その巨躯で羽ばたく度に魔物が吹き飛び、雄叫ぶ度に炎が上がり、地に降りる度に地面は抉られ、それにただ巻き込まれ命を散らすだけの魔物たち。
蹂躙しているのはむしろどちらか、という有様であった。
信託啓示役であるフォートは、外聞などを気にしてあまり暴れすぎないよう声を掛ける始末。
そんなことまで気にかけられるほどには、魔物は余裕で散らせていた。
「……もうあのお方お一人でいいんじゃねえかな」
地上では、討ち漏らした数少ない魔物をちまちまと狩る騎士団の姿があった。
◆
────魔導国家マナディエール、魔導研究局本部。
他国と違い、殺到していたはずの魔物の群れは、とうに全てが抹殺されていた。
手練の魔導師が常に駐屯している魔導研究局の本部ならではの光景である。
新手の魔物が現れても瞬殺されては、また少数が現れを繰り返すのみ。
むしろ本部は、自国より他国への救援の事を会議で思案していた。
なにせ、世界中に支部があり、そこへ移動するための“ポータル”がある。
ここで動かずに何が魔導師か、という声も上がっていた。
事実、会議はすぐに収束し、世界各国へと手練の魔導師が散っていく。
少しでも世界の力となるべく、尽くすべきだと各々の思いを抱いて。
国の中枢である本部には、防衛に必要な僅かな人員だけを残し、救援へと旅立っていった。
「さて────、世界では何が起こっているのか、情報収集も必要ですね。ラウ」
「はあい」
分厚い魔導書を手にした本部局長、レベッカ・キルビヴァーラ・ヨハンネスが、点滴スタンドを支えにふらふらと歩くラウの本体に声をかけた。
どれだけ久しぶりに本体を動かすのか、体感がかなりブレていて、かけた眼鏡もよれているが、声だけはしっかりしているようだった。
やおら、ラウは魔導具に手をかけると、溌剌とした声を投げかけた。
「はいはあい、こちら、魔導研究局本部のラウでえす。支部の魔導師のみなさあん、緊急指令を下しまあす。現状報告をどうぞお。繰り返しまあす、現状報告をどうぞお。大至急お願いしますねえ」
それから、本部に備え付けられているいくつもの念話機に受信音が殺到した。
残された人員がそれに対応しては、ペンを走らせて行く。
「頼みますよ、同士」
レベッカ・キルビヴァーラ・ヨハンネスは、どこか遠くを見つめ、誰にでもなく独り言ちた。