【完結】田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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037:生徒の決意

────ソディア帝国領内、辺境。アゼ村。

 

「なにがいったいぜんたいどうなってんのこりゃもう!!」

 

ありのまま今起こっていることを話すよ!

帝都に向かって魔物の大軍が襲いかかっているのが見えたと思ったら、ついでとばかりにこっちにも襲いかかってくる奴らが来た。

何を言っているのかわかんないと思うけど、あたしもなにが起こってるのかわかんない。

とにかくわかるのは、魔物が大量発生してるってことだけだ。

 

「あーもー次から次へとキリがないなぁ!!」

 

防衛用の大型魔導人形(ゴーレム)が頑張って魔物を退治してくれてるけど、正直言って手が回らない。

最初はお母さんと一緒に避難してたけど、見ていられなくって跳び出して、あたしも魔物退治に回っていた。

せっかく普段から鍛錬しているのだ、こういう時に働かないと。

 

「いやそれにしてもこの槍斬れ味すごいなぁ……」

 

以前マレット王国に行った時、フェイという人から貰ったワザモノの槍。

スパスパ魔物が斬れる上に、いくら刺しても斬れ味が落ちない。

この事をわかっててくれたのかな? と思うほど今の状況には合ったものだった。

 

「てゆーかこんな時に先生はどこにいってんのさ!?」

 

そうだ、その先生は何処に行ったのか。

何処にも姿が見えないどころか、いつもならすごい魔導でドカーンて事態を収めてくれそうなものを、今は何もしてないとは。

もし他の何処かを助けに行ってるんだとしたら、あまりにも薄情じゃないだろうか?

 

「えーん、先生のバカー!!」

 

あたしが半分泣きながら魔物の相手をしていると、辺りの魔物が全部弾けとんだ。

何事?

と思っていたら、後ろから先生の声が聞こえた。

 

「なんで罵倒されたかわからないけど、先生のことをバカというのは感心しないな」

「先生ぇー!? なにしてたの!? 遅いよぉー!!」

「ごめん、ちょっと死んでた」

「なんて?」

 

またなにか意味不明なことを言い出し始めましたよ、この先生は。

死んだ人がこうして無事に話せるわけ無いでしょうが。

……いや、以前オバケと話したことがあるな。

もしかしてこの先生オバケ?

 

「そのへん、どうなの?」

「オバケじゃないよ」

「なんだ、よかった」

 

安心したよ。

 

「で、今までなにしてたの。大変だったんだよ」

「いやそれがな────」

 

 

「────というわけでな」

「はえぇ」

 

えーと、つまり?

先生のふるさとから悪いやつが出てきて?

そのせいで世界中で魔物がボカーン?

 

「大迷惑なんですけど」

「大迷惑なんだ。だから今からぶち殺しに行く」

 

ちょっとびっくりした。

先生が強い言葉を使うとは珍しい。

大抵は“こらしめる”とか“やっつける”とか言うのに。

それほど怒ってるってことなのかな。

そう言われてみると、なんだか静かな物腰ながら、肩が怒っているように見えなくもない。

オーラっていうのかな、それが立ち上っているような気も……。

 

「で、今からそいつをぶっちめに行くところだ。だからアンナはこの村で……」

「ちょい待った先生!」

「どうした」

 

ここで止めないと今すぐに出て行ってしまいそうな気がしたので、先生に待ったをかける。

あたしなりに、思うところがあったからだ。

先生が、世界中をめちゃくちゃにしたやつをぶっちめにいくっていうなら、あたしは。

 

「えーと……あたしになにか出来ること無いかな……なんて」

 

我ながららしくない、と思う。

こういう時は怖がってギャースカ言いながら逃げ惑ってるのがあたしらしいのだと。

でも、なんていうか、言葉にしづらいけど。

黙ってみていることが出来ずに魔物退治に飛び出したように。

やれることがあるなら。

 

「もちろんある。私が不在の間に、村を守っていてくれ」

「そうじゃなくてさ、その、先生が悪いやつをやっつける時になにか手伝えないかなと」

「…………どうしてだ? 危険なんてもんじゃないぞ?」

 

塾にある“ポータル”に向かおうとしていたのだろう、いままで声だけで対応していた先生が、こちらに向き直った。

あたしの雰囲気がいつもと違うことに気付いてくれたのだろうか。

そうなら嬉しいんだけども。

 

「えーとその、今世界中が危ないんでしょ?」

「まあな」

「そんな時何もしないなんて出来ないよ、あたし」

 

自分で言うのも何だけど、単純な発想だなあと思う。

避難場所から飛び出た気持ちの延長上なんだとも思う。

その程度の気持で、危険なんてもんじゃない場所に行くなんて馬鹿らしいとも、思う。

それでも。

 

「生まれ故郷を守ることだって大事な役目だ」

「だから、そうじゃなくって、ううん、なんていうかな……、あたしバカだから上手く言えないけど」

「……」

「世界のために出来ることがあるなら、やりたい」

 

だから、自分の村から、世界まで、気持ちが広がっただけ。

それだけなんだ。

それだけだけど、大事なことなんだと思う。

 

「────…………、立派なことを言うようになったな。先生として誇らしく思うよ」

「じゃあ」

「でも駄目だ。生徒を死地に連れ出すわけには行かない」

「先生がそういうってことは、あたしにも出来ることがあるってことじゃん!」

「こういう時だけ頭が回る……」

「ほらぁ!」

 

死地、なんて言うってことは、少なくとも戦える場所があるってことだ。

そんじゃあ行かなくちゃ。

 

「いいか、繰り返すようだけど、生まれ故郷を守ることも立派な行いだ。お前はそれが出来るようになるだけの実力をつけられた。だから……」

「じゃあ話変えるけど、先生だけでその悪いやつに勝てるの?」

「…………、ここで胸を張って勝てると言えるなら、誇らしい先生で居られたんだろうけどな。分からない。嘘はつけないからな」

「そこにあたしが加わることで勝率が上がったりとかは?」

「…………嘘はつけないな」

「だからさぁ」

 

否定しないってことは、あたしがついて行けば勝てる確率が上がるってことだ。

確率の計算とか、出来ないけど。

 

「下手をすれば、人間をやめることになるんだぞ?」

「えっ……。それは、先生みたいに?」

「あぁ」

「…………」

「そんなことを生徒に強要は出来ない」

 

ちょっと考えた。

先生みたいになるってことは、真っ当に生きることが出来ないってことだ。

そうかあ。

そうなるかあ。

………………。

ちょっとは、考えた。

それでも。

 

「────強要じゃないよ」

「アンナ……」

「自主的だよ、あたしはあたしの意思でみんなを守りたいの」

「……」

 

結局は、そこだった。

守れるものがあるなら守りたい。

その衝動だけで言っているんだ。

 

「ルチルちゃんが留学に来て、修学旅行に行って、世界中を見て回って……。世界はこんなに広いんだって、綺麗なんだって知ることが出来たんだよ。色んな人と知り合えたんだ」

「……」

「まだみんなのことをよく知らない。だから、ルチルちゃんも、色んな人も、守りたいの」

「…………。……そうか……」

「……」

 

しばらく先生は無言のままでいた。

あたしも、先生の言葉を待って無言のままでいる。

本当はこんなコトしてるヒマ無いんだと思う。

でも、それでも先生は考えてくれているようだった。

じゃあ、答えを待たないと。

 

「本当に、立派になって……」

「先生……」

「……わかった、付いてきなさい。正直に言うと、かなり助かる」

「マジすか!」

 

おもわず喜んでしまう。

いやいや違う、喜んでいる場合ではないのだよ、あたし。

これから戦いに行くんだから、気を引き締めなければならないのだからよ。

 

「そうと決まったら、これを持ってくれ」

「え。うわ、なにこのやたらトゲトゲした槍」

 

先生はどこからともなくやけに持ち手がトゲトゲして持ちにくい槍を取り出した。

うっすら発光している気がする。

先端の穂先はどうやって研いだんだってくらい綺羅びやかだった。

とてもじゃないが人間業には思えない。

 

「そいつは神槍ハール。深淵(アビス)に伝わる神話上の槍だ。私には使えない」

「え。そーなの? どうして?」

 

……しんわ、ってなんだろ?

それはともかく。

先生に使えない?

そんなのどうして持ってきたんだろう?

 

「“人間にしか”使えないんだよ。もっとも、振り回すだけなら出来るけどね。だからアンナないし、人間の協力者が居てくれるのは実に助かることではある……んだよね。正直」

「ほらー!」

 

最初から誰かをアテにするつもりだったんじゃないか。

先生ったらもう、責任とかなんとか小難しいこと考えちゃって、もう。

はなっからそう言えばいいのに。

あたしゃ先生が困ってるなら力を貸しますよ、ほんとに。

 

「はぁ……、先生失格だな、全く。まぁ、決めてしまったものは仕方ない。急ごうか」

 

そう言うと先生はあたしの両肩を掴んできた。

なにをしようとしますかね?

 

「え? いつもの“ポータル”は?」

「必要ない。“直”でいく」

「直って、うわお!?」

 

足元が抜けるような、逆に空に浮かぶような、奇妙な感覚。

それと同時に、修学旅行に行くときにいつも味わっていた、奇妙な視界が真っ白になる感覚。

それらと一緒に、あたしたちの姿は村から消えていた。

 

 

ミナカミとアンナが転移の魔導でアゼ村から姿を消して、次の瞬間。

両者は邪竜ゼメティアの眼の前に立っていた。

 

「ゼメティア……」

「────来たか、小僧。待ちわびたぞ」

 

邪竜はそれを気配で感じ取ると、ゆるりと瞳を開き、立ち上がる。

二人の身長を足しても足りない巨躯が、地を響かせる。

 

「デッッッッッッッッッ……!!」

 

思わず、と言った様子でアンナが一歩二歩と後ずさる。

ただ、その足は震えてはいなかった。

自らの意思でこの場に立っているからか、修学旅行の際に、もっと巨大な生物を目にしていたからか。

もしくは、邪竜が未だ本気の殺気を発していないからか。

邪竜がアンナを見つけると、鼻息を鳴らして小馬鹿にしたような声を漏らす。

 

「なんだその小娘は。余計なものを持ち込むなど、余裕か?」

「教えるわけ無いだろうこのクソ馬鹿野郎」

 

ミナカミがアンナを庇うように一歩前に出る。

少しでも情報を漏らしたくないのか、もしくは単純に嫌いだからか。

多分に侮蔑と拒絶の感情を含んだ応えを返していた。

柳のようにそれを受け流すと、楽しそうにまた鼻息を鳴らす。

 

「フン、あいも変わらず生意気な……。それで?」

「なにがそれでなのか」

 

主語を欠いた言葉にミナカミは苛立たしそうに、質問を質問で返す。

声を荒げてはいないものの、明らかに怒気が含まれた声音である。

誰がどう見ても両者の関係は水と油と言えるものに見えた。

実際、アンナは大丈夫かと戦々恐々と後ろで見つめている。

今すぐこの場で殺し合いが始まったら、自分に何が出来るか心配なようだ。

 

「早く本体を降ろさぬか。分身体のままではつまらん」

「あぁそうしてやるよ、然るべき場所に移動した後で────な!!」

「む────ッ!!」

 

ミナカミが意表をついて転移の魔導を行使する。

まるで突風に身を押されたように邪竜が魔導に吸い込まれ、その場から姿を消す。

これで一件落着なのかと勘違いをしていたアンナの腕を鷲掴み、ミナカミも身を翻し、転移の魔導に飛び込む。

 

「行くぞ、アンナ!」

「え、えひゃい!」

 

悲鳴と答えが一緒くたになったような声を残し、両者の姿もその場から消えた。

残された誰も居ない荒野は、世界中に魔物が散らばっていった中心地だとは思えないほど静まり返っていた。

 

 

「…………此処は……」

 

邪竜は周囲を見渡し、自らが送られた場所を確認していた。

辺りを見る。

何も建造物がなく、地面は凹凸が激しく、植物や生物の痕跡もない。

空を見る。

先程まで明るかったものがやけに暗く、星星が近く感じる。

マナで探知をする。

────マナが無い。

 

「無知なお前に教えてやろう。月面だよ。月の裏側だ」

「大気がない……。これは……」

 

数秒遅れてやって来たミナカミにより伝えられた、この場所の名称。

邪竜は知る由もなかったが、地球の衛生である月の上に三者は立っていた。

邪竜の所業により、マナの惑星に成り果てたのは地球だけ。

その衛生たる月には被害が及んでいなかった。

マナは“大気に乗り”物質と結合する微粒子である。

元から大気のない真空であれば、マナは何処にも定着出来ない。

宇宙に多少は散布されるかもしれないが、無害な微粒子が辺りを漂う、ただそれだけである。

 

「マナは空気中の成分に結合する微粒子だ。大気がないここなら、マナが漏れる心配もない。お前がマナを吸収し、体を癒すこともない……」

「……フン、小賢しいことを考えたな、小僧。被害を広げないためか?」

「当然だ」

 

当然、ミナカミが邪竜が本気で戦おうと、大気のない場所にマナが漏洩する可能性はない。

マナを吸収し傷を癒すことが出来る深淵(アビス)の生命体も、吸収するマナが無ければそれは出来ない。

ミナカミが決戦の場所を深淵(アビス)にしなかった理由がそれである。

本来なら、深淵(アビス)に叩き込んで、皆で袋叩きにする作戦も考えた。

だが、それでは互いに千日手。

また封印するに留まり、いつ復活するか分かったものではない。

ミナカミはこの際、邪竜を根本から滅すると考えていた。

 

「え! ここ空気ないの!? あたし呼吸出来ないじゃん!? でも出来てる!? なして!?」

「アンナの周りだけ結界を張ってるから。出ちゃ駄目だぞ」

「あ、はい」

 

ただ一人だけ普通の人間であるアンナが宇宙に放り出されて無事な理由はそれだった。

予め地球の大気と結合したマナで結界を張り、呼吸できるドーム状の場を作り上げている。

無論、そこから出れば只では済まない。

その事に気付かされたアンナは思わず気をつけの姿勢になり気を引き締めていた。

 

「随分と過保護なことだな。(これ)との決戦に連れて来るにしては相応しくない」

「お前には関係ないことだ」

 

そのことが気に入らないのか、邪竜はアンナを睨めつけている。

しかしミナカミは何も漏らすつもりはないのか、にべもない。

 

「ほう、そうか。なら、こうすれば関係あるか────」

「えッ」

 

それに業を煮やしたのか、邪竜がアンナを害さんと腕をふるい爪を立てようとする。

とっさのことで反応できなかったアンナの前にミナカミの長杖────ではなく、腕が差し込まれた。

巨躯から振るわれる剛腕を、単なる人間サイズのミナカミは腕一本で留めて見せた。

 

「そう焦るな」

「フン……ようやくか」

「殺し合いがしたいなら、いくらでもさせてやる……!!」

 

アンナが気づいた時、ミナカミが普段着ていたローブはいつの間にか消滅していた。

今の彼はインナーだけになり、手袋は破れ落ち、角が膨れ上がり天を刺すように尖り、白亜の髪は地に付かん程に伸び切っていた。

その双眸からは閃光にも似た紅い光が瞬くように溢れ出ている。

深淵(アビス)で眠っていたミナカミの本体。

それを降ろした姿である。

全身から湯気のようにマナが溢れ出し、揺らめいている。

それはまるで殺気が目に見える形となって現れているように見えた。

 

「せ、先生……。髪伸びた?」

「感想はそれだけかい?」

 

初めて見る教師の姿にアンナは呆然として感想を口にしていた。

もっともその内容は呑気すぎるものであり、思わずミナカミも邪竜に向けた怒気を霧散させてしまうものであったが。

彼は普段からジト目気味だが、より一層ジト目になりアンナを首だけ向けてみていた。

正直なところ、こんな状況でも本質は変わらない生徒に安堵していたとも言う。

 

「本体のお出ましか……! せいぜい(これ)を楽しませるが良い!」

「楽しんでもらうつもりはない」

 

深淵(アビス)の住人同士の殺し合いが、異邦の地で始まった。

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