邪竜は自らの爪で指を軽く切り、血を滴らせる。
血を固め、自らの武器となる剣を生成するためだ。
一滴の血は増幅し、突起だらけの凶悪な形を生し、邪竜の体躯ほどの大きさまで膨らみ、固まる。
それはもはや大剣の域を越えて、巨剣とまで言えた。
二、三度巨剣を片手で振り回すと、肩に担いで、もう片手で挑発するように指を往復させる。
対するは、愛用の長杖を何処からとも無く取り出したミナカミ。
この長杖、普段は何もない場所から取り出しているように見せかけているが、本来はミナカミの身体を形成するマナから生成している得物である。
そのため、分身体の時のマナとは比べ物にならないほどの密度の本体から生成された長杖は、当然強度も比較できないほどに増している。
挑発に答えるよう、同じく二、三度長杖を振り回したミナカミは、槍のように長杖を構えると、その先端から発光する刀身を生成した。
マナで出来た刃である。
両者とも得物の準備を終え、構え合い、無言で睨み合う。
方や楽しげに、方や憎らしげに。
やがて、どちらともなく凶器が振るわれた。
常人には認識できない速度で振るわれたそれらは、大気の干渉を受けること無く、交差する。
響く音も無いのに、高い金属音が轟くような錯覚を感じさせる。
「フンッ!」
邪竜は楽しげに鼻を鳴らすと、巨剣を縦横無尽に振るう。
只人は持ち上げることすら叶わないようなそれを、棒切のように振るい、ミナカミを攻め立てんとするが、尽くが弾かれる。
袈裟に振るえば、起動を逸らされ地面を斬りつけ、その隙に突きを繰り出される。
突きを防がんと巨剣の腹で受ければ、空いた足を薙ごうと槍と化した長杖が振るわれる。
それを巨剣で止め、正中線に沿い斬り上げる。
僅かに身体を反らし回避したミナカミは、牽制のため無造作に邪竜の腕を目掛け長杖を振るった。
刃が届きはしたが、傷をつけるには能わず、お返しと言わんばかりに巨剣が乱暴に振るわれた。
「チッ」
思わず舌打ちをし、反射的に飛び退いて巨剣のリーチから遠ざかる。
当然、そのまま遠ざかったままではリーチ差で不利になるため、すぐに飛び掛かり懐へと潜り込む。
巨剣で思うように斬り裂けない位置を陣取られ、腕や脚を凶器とし、爪で身体を斬り裂かんとするが、器用に避けられる。
一進一退。
どちらもこれと言った攻め手がないまま、何合も打ち合い続ける。
「ハ、ハハハハハハハハッ! 良いぞ良いぞ!!
「当然だ、それだけのために鍛錬を積んでいたのだからな」
よほど楽しいのか、邪竜は呵々大笑する。
ミナカミは何も楽しくないのか、口を真一文字に結んだまま長杖を突き立てる。
突き、払い、薙ぎ、その全てを防がれようと、決して自由に動かせまいと連撃を繰り出し続ける。
それは的確に効果を発揮しており、邪竜は確かにその場に縫い留められていた。
が、時に暴力とは技巧を上回るものである。
多少の傷は構わないと言わんばかりに強引に体を動かされ、長杖を弾かれてしまう。
その姿勢からミナカミが不利と見たか、思わずアンナが声を上げる。
「せ、先生がんばれー!」
「煩いぞ、小娘!」
熱中している所に水を差されたことが癇に障ったのか、邪竜がアンナ目掛けて突進しようとする。
「させるかクソ馬鹿野郎ッ!!」
それを利用したのか、咄嗟だったのか。
結果的に無防備を晒した邪竜の横ッ腹を、先端を大鎌状に変形させた長杖で思い切り斬りつける。
深手には至らなかったが、ここで初めて傷らしい傷を受けた邪竜は、腹部から出血し、軽く苦悶の表情を漏らす。
自らの身体が傷つけられたことを自覚した時、心底楽しげに笑い声を上げた。
「クハッ、ハハハハハハハハ!!」
「ええい笑い声が癇に障る!!」
その一撃を良しと見たか、小手先の一撃では物足りないと理解したミナカミは先端をメイスのように変え、巨剣ごと打ち砕こうと力任せに長杖を振り下ろす。
その目論見は当っていた。
何度も巨大なマナの塊に打ち据えられた巨剣はひび割れ、粉々に砕け散った。
だが、元々は邪竜の血から生成された巨剣である。
それも、たったの一滴の血から。
腹部から大量に出血している血を利用し、更に巨剣を何本も生成し反撃に出る。
両手で巨剣を構え、時に放り投げ、時に同時に左右から振るい、今度はミナカミが追い詰められる番となった。
「叩き斬ってくれるわ!」
「この……ッ!! 斬られるのはお前の方だ!!」
先端のメイス状のマナを打ち砕かれたミナカミは、再び手数が必要になると見るや、薙刀状に先端を変化させ、迫りくる巨剣を縫うように槍閃を翻す。
打ち合うことを辞め、巨剣は最低限の足捌きで回避し、隙を見つけるなり腕を斬りつけ、的確に傷を増やしていく。
一つ一つは小さい切り傷にしかならなかったが、同じ箇所を斬りつけるなど技巧によりカバーし、次第に出血が増していく。
流石の邪竜もそれらの痛苦を無視は出来ないのか、次第に巨剣を振るう腕の動きが鈍くなっていった。
思わず、と言った具合に苦悶の声が上がる。
それでも邪竜は嗤っていた。
「ぐっ……! ハハハハハッ! 楽しい! 楽しいなァ!!」
「楽しいのはお前だけだろうこのクソ馬鹿野郎が……」
実際ミナカミはまるで楽しくなかった。
むしろ極度の緊張の中にあった。
傍から見れば見事に攻撃を掻い潜り押しているように見えるが、巨剣が一度でもクリーンヒットすればそのまま身体を両断されて終いである。
マナで出来た生命体である以上、“くっつければ”くっつくものではあるが、大きな隙を晒すことになる。
そんな事をしている暇があれば、さらにぶつ切りにされて一巻の終わりだ。
要するに一度でも喰らえば終わってしまう打ち合いを続けなければならないのだ。
何が楽しいというのか、内心反吐を吐きたくて仕方がなかった。
「さァ……、もっと楽しむとしようではないか!!」
「ありゃなんだい!?」
更に邪竜は、巨剣を破棄し、自らの胴体に腕を突っ込むと、中からずるりと大剣を取り出した。
神剣ユグ。
邪竜が
「世界を焼き払う剣」とされており、ハールの対となるように“強制終了機能”とでも言うべき人類の世界を終わらせる装置。
その性質から剣身は常に炎熱を帯びており、単純に武器としての破壊力がある。
本来は巨人が持つもので、その際には単なる片手剣扱いされると言われている。
それを、邪竜は軽々片手で持ち、威圧するように正眼に構えた。
「ユグを抜いてきたか……。アンナ!」
「えッ! はい! 何!?」
神剣ユグを見るやいなや、ミナカミは大きく距離を取り、戦場から離していたアンナの元に駆け寄った。
呆然と戦いを見ていた(正確にはあまりの速度に見ることがあまり出来ていなかった)アンナは、急に声をかけられ驚いている。
「神剣には神槍でしか対抗出来ない。アンナに戦ってもらうぞ」
「えっ、さっきあんな啖呵切っておいて何だけど、今の戦いにあたしがついていけるとは到底思えなくて」
実際アンナは腰が引けていた。
自分が戦える戦場なら戦いたいと自らの意思で付いてきたが、自分が戦える戦場ではないと思っていたからだ。
慌ただしく戸惑っている。
「大丈夫だ。私が憑依する」
「ひょ……? ど、どうやって?」
「まずはそのネックレスを外すんだ」
「そんな事言ったってこの呪われたネックレス外せな……外せたァ!!」
今までどれだけ思い切り引っ張ろうとハサミで切ろうとしようと、うんともすんとも言わなかったアンナのネックレスの止め紐だが、軽く引っ張っただけでアンナの首元から外れてしまった。
アンナが呪いと称した、ミナカミの意思でしか外せないネックレスは、ミナカミが外そうと思った瞬間すぐに外せる代物になっていたのだ。
今ここに、アンナの特異体質の封印が解かれた。
「成る程な……。下らん真似をッ!!」
「わ、わっ、こっち来るよ!」
「説明している時間がない、ぶっつけ本番でいくぞ」
「どーいう……」
事態を察した邪竜が突進してくる。
それを見て、ミナカミはアンナの背中に覆いかぶさるように抱きついた。
アンナの特異体質は“マナを無制限に取り込む”ものである。
それは、地球のマナであろうと、
そして、全身がマナで出来ているミナカミの事は、言葉通り憑依するように全てを吸収してしまった。
その場からミナカミの姿が掻き消える。
「────────……』
「う、うおおおお!? なにこの溢れ出る力はぁ!?」
ミナカミが発していた湯気のようなマナのオーラを、今度はアンナが発し始める。
味わったことのない全能感に、アンナは思わずくらくらしていた。
そこに邪竜が一撃を加えんと振りかぶる。
『来ているぞアンナ、迎撃だ!』
「えひゃいっ!? あれ、思ったより重くない……」
「チッ、小狡い事を……!」
咄嗟に神槍ハールでガードをしたアンナは、邪竜の目論見から外れて、その場から一歩も後退る事無く一撃を受け止めた。
それどころか、軽く押し返しただけで邪竜の巨躯を跳ね飛ばすほどの力を有していた。
神槍ハール。
人類が再び栄える時を見越した、ユグの対となるように“強制調停機能”とでも言うべき人類の世界を支配する装置。
その事はあえて伝えられてない上に、渡された側も気づいていないので使えない。
「決して的を外さない」と「敵を貫いた後に自動的に手元に戻る」二つの特徴を持つ。
その神造武器を、アンナは難なく振るっていた。
『いいかアンナ、奴は神剣をただ棒っ切れのように振り回しているだけだ。それに比べて、アンナは“神槍の使い手に相応しい資格”を有している』
「ど、どゆこと?」
もともと神剣ユグ、神槍ハールは、“人類の武器”として
その由来はとある大神が、人類が滅んだ際に“次なる人類の為に”と残された者に与えたものだと
すなわち、一度人類が滅び、新しい人類として産まれ出たアンナは、所有者の資格を持っていることになる。
『新世界の人類だってことだよ。つまり、神槍ハールを十全に使いこなせるってことだ。それに加え、戦闘技術及び知識は私経由でアンナの脳内に流し込む』
「ぬおおお、頭がパンクするッ!」
憑依しているミナカミの知識・技術を無理矢理脳に送り込まれ、思わず頭痛を抑え込むため吠えるアンナ。
座学など比べ物にならないレベルの知識を一気に流し込まれ、本当に頭が破裂するのではないかという錯覚を覚えながらも、持ち前の特異体質でなんとか食らいつく。
『あとは感覚任せでいけ! いくぞ、アンナ!』
「や、やったらぁー!!」
非常に持ちにくい形状をしている神槍ハールを巧みに操り、邪竜に立ち向かう。
その一撃は鋭利に邪竜の肉体を裂き、避ける暇を与えず神速の攻撃を可能とさせる。
身体能力向上はミナカミのマナが、槍捌きの知識はミナカミの頭脳がサポートしたことによる物である。
二対一、数的有利が、邪竜の身体を徐々に蝕んでいった。
「チィッ……! つまらんことをするな、小僧ッ!!」
『誰を見ている。今お前の前に立っているのは私ではない』
「でやぁー!!」
「ぐ……ッ!?」
ミナカミの言葉通り、神剣ユグを振るうどころか、逆に振るわれている邪竜に対し、アンナは的確に神槍ハールを取り扱えている。
突こうと思った場所を突き、薙ごうと思った箇所を薙ぎ、払いのけようと思えば払いのける。
それに対し、邪竜はただ神剣ユグを振り回すだけ。
本人の膂力や技量もあり、攻撃の体は為しているが、今のアンナに比べれば児戯も同然にしか見えない。
袈裟に振るえば容易に払われ、その隙に刺突を貰う。
使い手としての資格が如実に現れていた。
「ぐがッ……! くそがァッ!!」
「だんだん分かって来たー!!」
「がッ! この……小娘が……っ!!」
『よくその足りない脳に刻んでおけ、お前は私じゃなく、この子に負けるんだ』
「貴様ァア……!!」
もはや邪竜に楽しむという余裕はなかった。
ともすれば、ミナカミがアンナの意思を突っぱね独りで戦いに赴いていたのならば、楽しむ余裕のある戦いになったのかも知れない。
だが、仮定は仮定、今こうして起こっている事態が現実である。
掃いて捨てるほどの、取るに足らない存在だと思っていたアンナに、邪竜は押され続けていた。
愚弄された気分になり、顔を歪める間も、全身に傷が増えていく。
「覚悟しろー!」
「ぐぁ……っ!! おのれ……!? バカな、同じ神造武器同士、使い手次第でここまで差が出るか……ッ!?」
『結局お前はただの人間に負けるのが似合ってるんだよ』
認めたくない、認めたくないが認めるしか無い。
ぎり、と歯ぎしりの音が鳴る。
「とどめだぁーーッ!!」
「さ……せるかァッ!!」
「うわっ! っとっとぉ……、まだやるかぁ!?」
「フ、クク、フハハハ……! 使い手による、か……!」
『何がおかしい』
全身に深手を追った姿で、邪竜は未だ抵抗を続けていた。
そして、吹っ切れたように笑い声を上げる。
その声はまるで、我が意を得たり、というようなものだった。
「そんなに武器を握るものが大事ならば、くれてやろう……! この手、この腕、この身体!!」
「え、なにッ……、うわうわうわ!」
『何を────!?』
邪竜は、自らの胴体に“神剣ユグを突き立てた”。
体内に収納していた時とは違う、明確に武器として神剣ユグで自らの身体を貫いたのだ。
その証拠に、背中側まで貫いており、突き立てた部分からはとめどなく出血している。
そして、その血は次第に神剣ユグに纏わりつくように浮かび上がり、吸収され、肉体もまた同様に神剣ユグに溶け合っていった。
「フフハハハハハハハハ!! さァ暴れろ神剣ユグよ!! そして世界に破壊を齎せ!! 思う存分、
『馬鹿な、神剣に自らの身体を食わせたのか……!?』
「どどどど、どーなるの!? どーなんのこれ!?」
『解らない……! とにかく、とんでもないものが生まれるのは確かなようだ……!』
邪竜は、自らの身体を捨ててでも、勝利をもぎ取る道を選んだ。