田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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003:魔導塾の侵入者

「…………」

 

夜明け前、深夜と早朝の狭間の時間。

エルフリーデは唐突に眠りから覚醒した。

自らの置かれた環境を咄嗟に思い出す。

帝国領内アゼ村は魔導師ミナカミの私塾に与えられた寄宿舎であり、今の自分は持ち込んだ寝間着のまま、部屋の隅には愛用している鎧に剣と盾。

さらに向かいの隅には、二体の魔導人形(ゴーレム)がピクリとも動かずに鎮座している。

自分の真横では敬愛すべき殿下が寝息を立てて眠っている。

何故この状況で突如目が覚めたのか。

 

「(殺気────)」

 

すわ魔導師ミナカミのものか、と一瞬思考するが、彼は他でもない皇帝陛下の親書を与えられた人物だ。

内容までは知らないが、陛下のお気持ちに反するような愚かな真似はするまいと、(かぶり)を振る。

では何者から発せられるものか。すぐにそれは思い当たった。

刺客。

皇女という身分であるルチル──、アウレリア・ベッセル・ツ・ソディア皇女殿下がわざわざ田舎の村まで疎開してきた理由がそれだ。

今の帝都は荒れている。

何せ、時期肯定継承権を持つ第一皇子と、その王佐として高名であった第二皇子が、軍事演習中に揃って崩御なされたのだ。

詳しい経緯まではエルフリーデの耳には届いていないが、既に他国に嫁いでいる第一、第二皇女を除き、第三皇子と皇女のどちらもに避難指示が出されたのだ。

何者かの奸計があったのだろうと彼女は踏んでいた。

そして、こうして疎開先でまで殺気を感知した時、その懸念は確信へと変わっていた。

 

「(この村の者へ、何より殿下へ被害が被る前に片付けなければ)」

 

音もなくベッドから抜け出し(というより、作りがしっかりしているため、長身の彼女が多少身を捩った所で異音らしい異音は出なかったが)、そろりと愛用の剣と盾のみを手にし、窓から外へ躍り出た。

疎開先へ選ばれた、ということは、ミナカミという魔導師は無能ではないはず。そう信用しての行動であった。

塾内へ侵入するならば、彼本人が気付くか、魔導的な探知システムが動作するか、そのどちらかであろうと踏んでいた。

ならば護るべきは外部に直接面しているこちらだろう。

若しくは、護衛は二体の魔導人形(ゴーレム)に任せ、刺客を探すか。

 

「(いや、流石にそこまであの人形らを信用は出来ないか……──)」

 

そう思った瞬間のことである。

 

「────────っ」

「!!」

 

小さく、微かにだが、男性の苦悶の声が聞こえた。

近い。

すわ村人に被害が出たかと、部屋の方向を一瞥してから、異常事態に起動するという魔導人形《ゴーレム》に賭けるしか無いと、エルフリーデは声の聞こえた方向へと駆け出した。

 

「おや、お目覚めですか」

「な……」

 

果たしてそこに居たのは、相も変わらぬフードを目深に被り相貌を隠した魔導師、ミナカミと、その足元で彼を睨みつける、全身黒尽くめの細身の男。

一見するとどちらが不審者なのか分からない組み合わせだが、男は身柄を拘束され、手元に短剣が転がっていることから、状況証拠は明らかだろう。

 

「──暗殺者か!」

「恐らくは。まさかルチル君……、殿下がいらっしゃった初日からやってくるとは、少々驚きますけれど」

「尾けられていたのだろう。殿下をお運びするためとは言え、悠々と馬車などで移動していたからだ。……我々の失態だ、申し訳ない」

「お気になさらず。結果論になりますけれども、こうして被害無く捉えられたのですから」

「……そうだな、助力、感謝する」

「いえ、これも勅です」

「勅──? 陛下からの親書か……」

「ええ、まぁ」

 

自分の手前でぺらぺらと会話を続ける二人に対し、暗殺者と断定された男の顔はみるみる青ざめていく。

無理もない、実情を知った自分はこの後消されることが確定したようなものだ。

“殺さないでくれ”そう言葉に出して懇願しなかっただけ、彼はプロフェッショナルだったと言える。

実際、会話が途切れるに連れ、エルフリーデは腰に帯びた剣をすらりと抜いた。

 

「あ、殺すのは少々待って下さい」

「どうした。何か不都合があるのか」

「えぇ。情報を()()()()()()ので」

「ふむ」

 

男の顔が更に青ざめた。

自分が安々と、自主的に任務について話し始めるわけがない。

つまり、拷問。

()()()()()()などという言葉を用いている点からも、魔導的なアプローチをされると見て間違いないだろう。

 

「くそっ……、俺が簡単に口を割ると思うなよ……!」

 

せめてもの強がりを言葉にせずには居られなかったのか、男はそう吠える。

だが、返ってきた言葉は、想像とは違うものだった。

 

「心配するな。貴方が言葉を口にする必要はない」

「はぁ……?」

「どういう事だ?」

「こういう事です」

 

それだけ言うと、ミナカミは左手の手袋を外し、男の額へと手を置いた。

夜闇に紛れ、良く見えなかったが、エルフリーデにはその手が白光しているように感じられた。

そして。

 

「あ、が────!?」

「あまり、こういう手段は使いたくなかったんですけど、まぁ、勅ですし。場合も場合ですし」

 

ミナカミの手が音もなく、男の頭蓋へと沈んでいった。

 

「な……、何が起きている!?」

「シッ。静かに。今()()()()()()()最中ですので、集中したい」

「え、あ、あぁ、…………」

「ガ……ア、ア────………………」

 

かくして、十数秒もしないうちに、ミナカミの手は男の頭蓋から引き抜かれ、急いで手袋が嵌められた。

男はまるで枯れ果てたように頬がこけ、白目を剥き、何も言葉を発さない。

風切音のような呼吸をしているため、生きてはいるのだろう。

 

「……今のは?」

「言ったでしょう、特異体質だと。下手に肌で触れると、“相手の魂ごと”侵食してしまうんですよ」

「────ッ!?」

「頭に触れたのは、単に情報の集積所である脳に近いからと言うだけです。どの場所でも構わないのですよ」

「………………」

 

魂。

生物に備わっている、生命エネルギーの結晶であると、一般常識としてエルフリーデは教わったことがあった。

体内の中心に座し、体内を巡るマナの中枢として働き、死したら体外にマナと共に放出され、また大気を巡り、新しく生物として生まれ変わるものだと。

それを、侵食する。

なるほど、と。ミナカミが自身の身体の一切を隠していることに得心が行った。

事故とやらがどのようなものだったかは知らないが、そのような体質になったのならば、不審者の誹りを受けようが、身体の一切を覆うべきである。

エルフリーデは眼の前の魔導師を不憫だ、と感じながらも、危険だ、と認識を改めた。

が、それは今語るべき事ではない。

 

「……それで? 情報とやらは得られたのか?」

「ええ。立ち話もなんですので、屋内へ」

 

宿の入口へと向かい歩いていくミナカミ。

足元に転がっていた男は、放置したままだ。

 

「ま、待て。この暗殺者は……」

(きょう)が殺したいなら好きにすると良い。最も、今は何も抵抗出来ませんよ」

「何……?」

 

エルフリーデが男を検めると、ひゅー、ひゅー、と風切音のような呼吸を続けてはいるものの、何も反応を示さない。

試しにと、剣を首筋に当てようと、何も変わらない。

ただ白目を剥き、弛緩した口からは呆けたように涎が垂れ流されているだけだ。

その姿は生きる屍にも見えた。

 

「…………。……どう、なったのだ?」

「精神的なショックによるもので、魂の均衡が()()()()いるのです。放っておけば目を覚ましますけどね」

「精神崩壊したわけではないのか」

「えぇ。死んでもいませんし、無事に蘇ります。ただし、今回の件は根深い心的外傷になり、二度とこの件に関われなくなるであろう後遺症が残ります。例え、“そうあるべき”と教育を受けた暗殺者であろうと」

「………………」

「どうぞ、お好きに」

 

行動を促されたまま、抜き身の剣を手に、男を見下ろすエルフリーデ。

この場で殺めるべきか、憐れんで手を引くべきか、判断が付かなくなったようだ。

 

「……貴殿は、止めないのだな」

「えぇ。人々がどのように殺し合おうと、私にはそれに口を挟む権利はない」

「……貴殿が、殺そうと提案もしないのだな」

「私には、その権利もない」

「………………」

 

行き場をなくした剣を、再度強く握りしめると、険しい顔をしてエルフリーデが尋ねる。

 

「……貴殿は、()()だ?」

 

今まで背を向けていたミナカミが、顔だけをエルフリーデに向けると、一言だけこう言った。

 

「一介の魔導師ですよ。ただの、田舎村に派遣された、ね」

 

それだけ口にすると、もう話すことも聞くことも今はない、と言わんばかりに、止めていた歩みを再開させて、その場を後にした。

残されたのは、細い呼吸をして倒れ伏す男と、所在なさ気なエルフリーデだけ。

 

「…………。……嘘をつけ、嘘を」

 

剣を鞘に納め、ミナカミの後について歩き出す。

完全に放置された男は、逃げ出すチャンスにも関わらず、微動だにせず細い呼吸を繰り返すだけであった。

 

 

「得た情報の開示をしましょう」

 

塾内の応接室らしき部屋に入った二人は、机を挟んでソファーに腰掛けていた。

方やゆったりと、方や肩肘を張って緊張を隠さないまま。

 

「まずは、先程の不審者のことです」

「不審者は貴殿もだろう」

「違いない。私ではない不審者の方ですけどね」

 

本気か軽口かわからない言葉が交わされる。

 

「卿の予想通り、帝都からお二人を尾行していたようですね」

「やはり……」

「ただ、その役割は、お二人を監視して逐次動向を報告すべきと命令された、斥候だったようです」

「何? 暗殺者ではないのか」

「えぇ。あの短剣も特に毒物ではなく、ただの護身用。それが、お二人の隙を見て、功名心が上回ってしまったらしいですな」

「独断専行か……」

「首を上げれば昇進出来ると踏んだのでしょう。殺気が漏れて勘付かれてしまった、と」

「ふむ…………」

 

今も表で気絶(と言って良いのか判別はつかないが)しているあの男のことを殺せば良いのか、放せば良いのか、エルフリーデはさらに分からなくなってきた。

いや、皇帝陛下の親書で疎開しているという事実が割れると面倒なのだから、殺すべきではあるのだが、心情として、同情がやや勝っているようだ。

 

「出自は第三皇子擁立派の、重鎮の者。名前は“ダミアン様”としか分かりません。第一皇子と第二皇子が御崩御なさった件の事件にも関わっている人物のようです」

「な──、そんなことまで分かるのか……」

「魂から抜き出した情報ですのでね」

 

思っても居ない情報に目を丸くするエルフリーデ。

男の個人情報が分かれば御の字、と思っていたのだから、無理からぬことではある。

そして、再度目の前の男の危険度を再認識することになった。

それはそれとして、この情報は皇帝陛下へ早馬を出すべきか、と思案したが。

 

「とりあえず、陛下への陳情は私からしておきましょう」

「……貴殿は読心も出来るのか?」

「いえ? ただ話の文脈を読んだだけです。伝えるべきでしょう?」

「それは、まぁ、そうだが……」

 

本当に心を読まれているのではないだろうか、と、じとりとミナカミを睨めつけるも、どこ吹く風と言わんばかりに話を進められる。

 

「斥候は今のところ、彼以外は送られていないようです。文字通り手探りなのでしょうね」

「ふむ……」

「これは確定した情報ではないのですが、彼が帰還しなかった場合、もっと多くの斥候が送られる可能性もありえます」

「…………」

 

さて、と。

エルフリーデの中で、殺さないべきかという選択肢が勝ってき始めた。

同情心からではなく、より面倒事を呼び寄せるべきではないという判断からだ。

 

「聞くが、心的外傷と言ったな。後遺症とも。それはどの程度のものなのだ?」

「そうですね。大体、この一連の一件について関わろうとすると、口に出すのも覚束無くなり、震えが収まらなくなるくらいですかね」

「……………………」

 

エルフリーデは思わず“うわ”と言いそうになったのを必死に抑え込んでいた。

顔には出ていた。

 

「それは……、文章にしたためるのもか?」

「同じでしょう」

「……」

「どうします? 彼は」

「……。そうだな……。とりあえずは、生かそう」

「その心は」

「無事にその……ダミアン殿、だったか。残念ながら私は詳しく存じ上げないが、重鎮の方の元に戻したとして、尋常ならざる状態を見れば、ある程度の脅しにはなるだろうさ」

「成る程。合理的ではありますね。良いんではないでしょうか」

「そうか。では、そのようにしよう。…………」

 

第三皇女護衛の一介の騎士とはいえ、宮仕えの自分が知らない重鎮とは、と思案するエルフリーデ。

最も、皇帝陛下に賊を送り込んだ者がいると知られれば、それなりの下知は賜られるだろうと考え、今は頭にしないことにした。

 

「それで、他には?」

「あぁ、すみませんが、抜き出せた情報は以上になります。どうしてもと言うなら、彼自身の生まれなど、個人情報などお伝えしますが。好きな食べ物とか」

「そ、そうか。いや、それは結構だ」

「では、卿は殿下……ルチル君の元へ戻って差し上げるとよろしい。もし万が一目を覚ましていたら面倒になりましょう」

「そうだな、そうしよう。貴殿は?」

「陛下への書状を書こうかと」

「…………(目は、通さなくていいか。これでも陛下からの親書を託される人物だ)」

 

それだけ話すと、二人はそれぞれ寝室へ、研究室へと戻っていった。

ルチルは何が起きたのか知りもせず、安眠を続けていたままであった。

その後、塾の研究室には、ペンを走らせる音だけが響いていた。

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