【完結】田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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039:邪竜の最期

【ハハ、ハハハハ……ッ!! 矮小、卑小、弱小ォッ!! 蟻のように小さく見えるぞ、小娘ェッ!!】

「いやデッッッッッッッ……!!」

『化け物が……!』

 

神剣ユグと同化した邪竜は、もはや竜人と呼べる姿ではなくなっていた。

四肢はなく、胴体は長く、のたうつように月面を荒らし回り、光を宿さない瞳は瞳孔すら消え、何処を睨んでいるかすら定かではない。

大きく開かれた口にはただ攻撃のための牙だけが生え揃えられており、舌などの捕食器官すら無く、およそ生物と呼べるものはない。

(ワーム)

そう形容するのが正しい姿と成り果てていた。

 

【カァァァァ……ッ】

「なんか溜めてる!!」

 

上空を向き大口を開けた邪竜の顔前に、マナの光が収束していく。

月面と覆うほどの巨体に集うそれらは小型の太陽にすら見え、異様を示していた。

 

『あれは……不味い!! なんとか起動を逸らしてくれ!!』

「やるだけやってみる……けど……!!」

 

アンナはちらと後ろを振り返る。

青々とした地球が、大きく広がっていた。

もし逸らしそこねたら、と思うと、底冷えするような気持ちになった。

神槍ハールを力強く握り直すと、邪竜を睨みつける。

 

【消えろォォォォッ!!】

「でぇやああぁーーっ!!」

 

発射された光線を、神槍ハールの穂先で受け流す。

結果として、月に着弾することもなく、逸らせず地球に向かうことも、無かった。

無かった、が。

 

「あっば、いった!! いっ……」

 

勢いに負け、尻餅をついたアンナが上空を見上げ、思わず唖然とする。

 

『────……!!』

【フン、それで精々か、小蟻共が】

「なん…………、うそでしょ……」

『余波だけで、これか……?』

 

光線が逸らされた先、宇宙の果てでは、星星が最期の輝きを大きく発していた。

ほんの少し付近をかすめただけで、超新星爆発を起こすほどの損害が起こっていたのである。

その熱量が月に、況や地球に向かえばどうなるか。

同様に宇宙を眺めていた、異形に変じた邪竜は楽しげに嗤った。

 

【ハッ! これはいい! この姿で惑星もろとも破壊し尽くすのもまた一興!! 小僧よ、貴様の故郷ももろとも消し飛ばしてくれるわ!!】

『そうはさせるか……!』

「って言いたいけど……! さっきの何回も止めるのは無理げだよ~!」

『…………』

 

確かに神槍ハールには、先程の破壊光線を逸らすだけの力があった。

だが、肝心のアンナにはそれが足りなかった。

ミナカミのマナを吸収しただけでは、身体能力が足りないのである。

 

「どど、どーすんのさ先生ぇー!」

『これだけはやりたくなかったな……』

「なにかあんの!?」

『あぁ、最後の手段だ』

 

アンナに憑依したままのミナカミは、決心したように瞳を閉じた。

 

【フン、健気なことだ……。対抗手段など、もはやあるまいに……】

 

一方の邪竜は余裕そうにそれを眺めている。

もはや自らの敵はいないと確信したのか、無駄な足掻きを高みから眺める気でいるようだ。

止めに入ることすらせず、悠長に構えている。

 

「なんだあるじゃん、そういうの! すぐやろういまやろうさあやろう!」

『今、私はアンナに憑依している状態だ』

「うんうん!」

『それを、完全に同調させる』

「つまり!?」

『アンナは今まで私が培ってきた技術や肉体の全てを継承することになる』

「最高じゃん! それで────」

『その代わり、アンナは人間ではなくなる』

「────────」

 

地球を発つ前に、ミナカミがアンナへと投げかけた警句。

それが今になって表面化した。

最強の神槍ハールの使い手を生み出す代わりに、その者は人間を辞める。

これが、最後の手段。

これが、今取れる唯一の手段。

 

『どうする、断るなら今だ』

「……それ辞めたら、他になにかあんの?」

『一か八か……、私も神槍ハールをあのクソ馬鹿野郎のように取り込ませてみようと思う』

「先生があんな化物になっちゃうの……?」

『だろうな』

 

アンナは眼前を見やる。

およそ、生き物とは言えない巨体が鎮座している。

発せられる雰囲気は、生物の仇としか言えないソレ。

それに、自らの恩師が、なる。

 

「……いやだなあ」

『しかし他に手は……』

「だったら、あたしが人間辞める方がマシかぁ」

『…………、……お前……』

 

アンナはそのことが耐えられなかった。

彼女は他者の痛みに敏感だ。

何も考えていないように見えて、その実他人のことばかり考えている。

自分を疎かにするとも言う。

だから、自分のためになる座学は苦手だった。

だから、誰かと触れ合う修学旅行は得意だった。

そんな彼女が、自己犠牲を無視して、誰かが犠牲になるのを眺めているなど、無理な話であった。

 

「ほらさっさとやっちゃおうよ! あんま待ってくれないよ!」

『────……。わかった、やるぞ、アンナ』

「おっしゃあ!!」

【最後の相談は終わったか? ならば────ぬぅっ!?】

 

余裕綽々と言った様子の邪竜が舐め腐った態度を取っていると、アンナの身体がマナによる発光を始めた。

瞳を閉じ、集中しているアンナの身体が微かに宙に浮く。

髪がさっと白く輝くような白髪になり、地につくほどの長さへと変わる。

側頭部の両端から角が生え、天を刺すように隆起する。

両耳が長く伸び、祖人(ホミネース)ではない姿へと変じた。

健康的な褐色肌は陶磁器のように白く染まり、開いた瞳は、真紅に輝いた。

 

『────────────………………」

 

ミナカミの声が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。

 

「…………うん。よし。……行こう、先生」

 

独りごちると、神槍ハールを構え直す。

その構えはまるで、ミナカミが長杖を携える姿のようであった。

 

【貴様、何者……いや、()()()()()!()?()

「さぁね。あたしもわかんないや。でも、これだけは言える。────来なよ、ぶっとばしてあげる!」

【ほざくな小娘ェッ!!】

 

アンナの挑発を受け、邪竜が巨体をうねらせ突撃する。

大口を開け牙を剥き、噛み砕かんとしている。

それを一飛びで避け、宙で回転すると神槍ハールで強かに斬りつけた。

 

「だぁあっ!!」

【ッ!! がッ!】

 

それだけで巨体が月面に沈み、突撃が止まる。

次いで槍身を突き立て、そのまま切り払った。

巨体に対してあまりにも小さい刃であったが、凄まじい膂力で行われた一連の攻撃は深く傷を付け、血飛沫の代わりに肉体を構成しているマナが散る。

 

【ぐあァァッ!? 小娘如きが、このような……!】

 

邪竜は身体の上に陣取るアンナを振り落とそうと身を捩り、軽く跳ね除けられる。

しかし、跳ね除けられた先で宙を蹴るように跳躍し、姿勢を正すと、そのまま投槍の姿勢に移った。

 

「そいやっ!」

【がァァッ!】

 

投げつけられた神槍ハールが、巨体と月面を縫い付ける。

巨体からすれば針ほどの大きさでしか無かったが、開けられた風穴は槍身を遥かに超えていた。

 

【ぐ……ハハッ! 自ら得物を手放すとは愚かな……ぬうっ!?】

 

痛みを堪え、投槍した直後が好機と見た邪竜が身を翻しアンナに牙を剥くが、アンナは既に神槍ハールを握っていた。

神槍ハールは“投げれば手元に戻ってくる槍”である。

その速度は、投げた先から浮いて戻ってくる、というようなものでなく、問答無用で即座に手元に帰る、時空を超越したものだ。

隙を狙っていた邪竜は驚き戸惑い、逆に隙を晒すことになり、顔面を大きく斬りつけられることとなった。

 

「ていやぁ!!」

【ぐあッ! この……調子に乗るなァ!!】

 

再び邪竜の顔前に、マナの光が収束する。

悠長に溜める時間を持つこと無く、即座に光線を放とうとするが。

 

「調子ん乗ってんのはそっちだぁっ!」

【グッ────!?】

 

思い切り顎を蹴り上げられ、邪竜の口が閉じ、破壊の指向性を帯びたマナは口内で炸裂する事になった。

内部から自らの力で破壊を齎され、巨体が悲鳴を上げのたうち回る。

 

【ガアアァァッ!! グ、ガ、おのれ、ェェェ……ッッ!!】

 

桁違いの破壊の規模を一身に受け、流石に参ったのか、そういった器官も無いのに息を切らしたように首を擡げている。

当然、その隙を見逃してもらえるはずもなかった。

傷だらけになった顔面を中心とし、幾度も神槍ハールの攻撃を受ける。

突かれ、払われ、薙がれ、傷口が大きく広がり続けていく。

 

「でりゃああああぁっ!!」

【ぐああああァッッ!! こ……のッ! ちょこまかとォッ!】

 

眼の前を素早く動かれ苛立ったのか、無造作に頭突きをする邪竜。

巨体によるそれは、特に狙いを定めることもなく、アンナを跳ね飛ばすことには成功した。

 

【く、はは……ッ! ────ッ!】

 

だが、それだけであった。

アンナは既に先ほどと同じように宙で姿勢を制御し直し、投槍の体制に移っている。

対して邪竜は頭突きを放った、体を伸ばしきった体制のままである。

 

「いっけえええっ!!」

 

そのまま、巨体を一直線に貫くように、神槍ハールが突き通る。

顔面から入り、尾まで、一文字に抜けたそれは、巨体の大部分を損耗させることとなった。

 

【ァ、ガ……────】

 

いくら臓器らしいものを持たない身体だとしても、身体の中心に大穴を開けられるのは致命傷に他ならない。

砂煙を上げ、巨体が横たわる。

 

【(このままでは……しかし……! 否、何を戸惑うことがあるか……!)】

 

そのまま死にゆくかと思われた邪竜の瞳に妖しい光が灯る。

傷口がマナにより発光していき、全身が膨れ上がっていく。

破壊の光を収束させること無く、身体全てで放つことにより、自爆を目論む魂胆のようであった。

 

【例え死すとも、独りでは逝かん……! 小娘、貴様も、貴様の惑星(くに)も、道連れにしてくれる……!】

「…………」

 

アンナはただ無言で神槍ハールを頭上に掲げる。

膨張していたマナが神槍ハールに吸収され、逆に槍身がどんどんと巨大になっていく。

 

【な……に……!?】

「……気持ちはわかるけどさぁ、一人で死ぬのは寂しいとか、そういうのはいいけどさぁ」

【なんだと……?】

「ヒトに迷惑かけちゃいけないよねえ……!」

 

とうとう宙を裂くほどに巨大になった槍身が、ゆっくりと降ろされていく。

 

「だから……大人しく一人であっちいけええええっ!!」

【ふ、ふは……ふははははは……! 覚えておけ……! 貴様ら有象無象の矮小な存在が停滞と現状維持を望む限り、必ず滅びは────】

「ごちゃごちゃうるさいっ!!」

 

そして、勢いよく月面へと叩きつけられたマナの槍身は、巨体を完全に両断した。

 

【はは、は────────は………………────】

 

真っ二つに泣き別れにされた邪竜の巨体は、ほどけるように微粒子へと解けていく。

やがて完全にマナへと還った身体の残った後には、月面に突き立てられている神剣ユグだけが残っていた。

地球の世界中を混乱に陥れた邪竜は、ここに絶命した。

 

「……停滞を望んでいるのは深淵(アビス)の人だけだっての。地球には関係ないじゃん。全く」

 

残心を解いたアンナがゆるりと神槍ハールを降ろす。

神槍ハールの槍身は既に元の大きさへと戻っていた。

邪竜の遺言を、ミナカミから譲り受けた知識で理解できたアンナは、ぽつりと吐き捨てる。

お前の恨み節はお門違いだ、と。

最期に無心に吐いた言葉を理解してもらえたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「ふぅ。……終わったよ、先生」

『まだだぞ』

「えひゃいっ!?」

 

遠くを見つめ感慨深げに独り言ちたアンナは、ミナカミへの手向けとして言葉を紡いだつもりだったが、その張本人に返事をされて意味不明な悲鳴を上げた。

完全に同調した際に意識も消えたものだと思いこんでいたのだろう。

まさか返事をされるとは思ってもいなかったようだ。

 

「い、あ、残ってたの!?」

『その言い方だと残りカスみたいでイヤだな』

「だって何も言わなかったじゃん……?」

『邪魔をするといけないと思って、黙ってたんだよ』

「ま、紛らわしいことを……」

 

どうやら邪竜を討伐する際もしっかり意識は残っていたようだった。

げに恐ろしきは深淵人(あびんちゅ)の生命力である。

肉体が完全に吸収されてなお、意識を残しているとは。

そして、それはまた、同じ深淵(アビス)の生命である邪竜にも同じことが言えた。

 

「で、えーと……まだって何? もしかしてこのままだとまた復活するとかそういう……?」

『その通りだ。消し飛ばした奴のマナを全て回収してくれ。じゃないと、また再集結して復活してしまう』

「あ、そーか」

 

月面には大気がない、即ちマナが大気に乗り物質と結合し、何かと同化することがない。

純粋な邪竜のマナだけが充満している月の重力圏内では、マナが霧散することなく、そのうちまた纏まってしまうことだろう。

それは避けなければならない事態だった。

 

「でもあたしが悪影響受けたりしないかな?」

『アンナの特異体質はマナを全て吸収して自分のものにすることだ。元々の持ち主がなんだろうと関係ないだろう。今の私のように』

「そっか。じゃあ、全部吸っちゃうかんね」

『ああ』

 

両手を大きく広げたアンナが手のひらに気を集中させると、マナがそれに吸い寄せられるように集まっていく。

しばらくアンナの身体が発光していたが、全てのマナを吸収し終えたのか、発光が収まるとともに両手は降ろされた。

ミナカミは内心“もしゼメティアの野郎の意識体が残っていたらえらいことになるな”と思っていたが、確信が持てなかったので口にはしなかった。

実際、絶命した際に意識は掻き消えていたので、その心配は杞憂に終わることになるのだが。

 

「ふー。終わった終わった。ところで……、今先生ってどうなってんの?」

『アンナの記憶領域に間借りして、意識だけを保っている状態だな。とりついたオバケみたいなものだと思ってもらって良い』

「あぁ、意識体だけが憑依しているのね。了解」

 

いつものようにアンナのために噛み砕いた説明をしたミナカミだが、アンナは難しい方の意味で容易に解釈していた。

 

『……小難しい話が容易に伝わるようになったな……』

「あれ? そういえばそうだ。なんでだろ」

『まあ、私の肉体も全部取り込んだからなあ』

「知識も丸々貰っちゃったってこと? なんか悪いなぁ……」

 

今も細かい説明もせず、知識を丸ごと貰い受けたことを理解している。

まるで自分が自分でないような錯覚を覚え、少しの間アンナは戸惑っていたが、別にそれがどうなるわけでもないと考え直し、特に気にしないことにしたようだった。

 

『分離しようと思えば出来るはずだけど』

「そうなん? ……ん、んん~……! むぬぬぬぬ……! 離れろ~……! できません」

『マナの操作そのものは慣れていないのか。そこは自分で習熟するしか無いんだな』

「面倒なことになったなぁ」

 

先ほど周囲のマナを吸収したときと逆の原理をすればなんとかならないかと試行錯誤してみたが、上手く行かない。

恐らく真面目に真逆の事をしたら、無造作にマナをばらまく事になってしまうため、無自覚に身体側がブレーキを踏んだのだろうとミナカミは当たりを付けていた。

その辺りは練習をしてなれるしか無い、とも。

 

『まだ面倒事は終わっていないぞ。私に変わって神剣と神槍を深淵(アビス)に返還してくれ』

「あ。そーか。先生は出来ないからあたしがやるしかないんだ」

『そういう事だ。頼めるか』

「やるしかないでしょうよ。えっと、神剣は……」

 

あたりを見渡すと、少し離れた場所に神剣ユグが突き立てられていた。

まるでそれは邪竜の墓標のようにも見えて、アンナはほんの少しの黙祷を残した。

気持ちを切り替え、神剣ユグのもとに駆け寄り、月面から引き抜く。

アンナの身長を遥かに超えていた大剣は、なんの抵抗もなく引き抜かれ、肩に担がれる。

 

「よいしょ、と。で、えーと、次元の開け方は……、こうか」

『そういうのは感覚で出来るんだな』

「ね。不思議」

 

二振りの神造武器を両手に持ったアンナは、造作もなく次元の狭間を開き、深淵(アビス)への道を作る。

しっかりと、マナが流入しないよう、逆流防止のような機構を取り付けての、高度な魔導の行使である。

それを完全に感覚でやってのけたのだから、元々のミナカミの技術と知識の影響は非常に大きいものと言えた。

特に気にすることもなく、アンナは次元の狭間を潜って深淵(アビス)へと足を踏み入れる。

 

『そういえば、誰とも面識がないアンナが、何も言わず深淵(アビス)に行って大丈夫かな?』

「あ」

 

そういう事は先に言って欲しかった、とアンナが言い終わる前に、次元の移動が完了する。

彼女が居た月面、即ち地球からみた月の裏側、その逆。

月の表側では、遥か昔に立てられてなお劣化せずに保ち続けられていた一つの墓が、ぽつんと残されていた。

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