「さて今日は……」
「はーい! 先生はーい!」
「なによ、いきなり大声だして」
「どうしたアンナ」
あたしは授業が始まる前にインターセプトをカマしていた。
朝起きてからふと気づいて、ずっとモヤモヤと頭に残っていたことがあったからだ。
なんらかの授業が始まってからだと聞けないだろうから、授業が始まる前に聞かなければ。
そう、今すぐにでも聞かなければならない。
「授業の前に、ちょっと聞きたいことがありまーす!!」
「なんだい」
「あたし気付いたんだよね」
「何に?」
「ルチルちゃん達、なんでこの村に来たのか、理由ぜんぜん聞いてねーって!」
「あっ」
「……そう言えば」
「…………伝えておりませんでしたな」
やっぱり。
気になってたんだよね。
ルチルちゃんが避難してきたって話は聞いていたけど、なんで避難したのかって聞いてないよねって。
ずっと思ってたんだよね。
なんかあたしだけハブられてるんじゃないかって。
やっぱりハブられてたよね?
ハブられたくないです、あたし。
「気になります!! 気になります!!」
「あのねアンナ、アタシ達は別に遊びに来たわけじゃ……」
「まぁまぁルチル君。帝都の民なら殆ど知っているような情報を、アンナにだけ隠すこともないだろう」
「それは……そうだけど」
「エルフリーデ卿、もちろん極秘情報までは話しませんので、何が宮廷に起こったか、話しても?」
「えぇ、まぁ、構わないでしょう」
「やったー!」
当事者二人のお墨付きを頂けたぜ。
……話してもいいならなんで今まで話してくれなかったのって疑問は残るけど。
それはともかく。
これで安心して話してもらえるね。
ハブられとはおさらばだ。
「まずざっくり言うと、ルチル君らが疎開した理由は、宮廷内での派閥争いが原因だ」
「はばつあらそい」
はば、つ。
なんでしょう、それは。
新手のお菓子かな。
それで争うんだから、きっとそうなんじゃないかな。
わかんないけど。
「……そうか、そこからか」
「アンナ殿、派閥争いというのは、片方を擁立する一派ともう片方を擁立する一派が主張の違いにより水面下で相争うことを指し」
「はて????」
「エル、いじめるのは止めて上げなさい」
「えっ!?」
「え?」
頭がパンクしそうになる勢いで良く分からない情報を目一杯詰め込まれていたと思ったら、いじめられてたの?
いじめ、良くないと思うよ?
少なくともあたしはされたくないよ?
「す、すまなかった」
「いえいえ」
エルフリーデ……なんとかさんは素直に謝ってくれた。
なんだ、いじめられてなかった。
いじめって謝らないからね、やってる側はね。
すぐに謝るのが仲直りの秘訣だよね。
「派閥争いというのは、つまるところ、集団の喧嘩だよ」
「なんだそうか」
派閥争いというのは単なる集団の喧嘩のことだったのか。
良く覚えておこう。
「なんでみんなでケンカしてるの?」
「うん、話の要点はそこになるんだけどね」
先生は黒板に近づくと、チョークでマルを描き始めた。
「まず、ソディア帝国には、次期皇帝となられる第一皇子が
「…………」
「…………」
「? うん」
なんか二人がツラそうな顔になった。
なんだろう。
話しにくいことだったならこれ以上話さなくてもいいけど……。
でもさっき話してもいいって言ったもんな。
どっちなんだろう。
まぁ、ここは場の流れに身を任せよう。
先生のことだから、わかりやすく説明してくれるんだし。
それを聞いていれば良いのだ。
「次に第二皇子。こちらは王佐……つまり、皇帝のサポート役として有能だと名高い方
「ふんふん」
「そんなお二人が、軍事演習中に、揃って崩御、つまり、亡くなられた」
「ふんふ……えっ! なんで!?」
「事故、だと言われている。噂ではね」
「事故……事故かぁ……」
事故は備えていても起きちゃうものだからね。
実際この村でも農作業中に事故でケガをする人は何人もいたのだ。
それが軍事演習なんていうんだから。
それはもう、それなりに危ないんだろうし、アクシデントは付き物なんだろうなぁ。
なんでそんな危ないことするんだろう。
兵隊さんの鍛錬って怖いよなぁ。
「良いわ別に。先生、話しても」
「……良いのかい?」
「えぇ。自国の恥部だけど、隠し立てする方がもっと恥ずかしいもの」
「しかし、殿下……」
「エル。良いと言ったわ」
「……は」
「?」
なんだろう、なにか事情があったのかな。
すっごい危なすぎる演習をしたら当然のように事故った、とか?
いやぁ、まさか。
ほかでもない皇子様の演習で、そんなことはないと思うけど。
「そうだな、まぁ、言ってしまえば……、事故死というのはあくまで表の情報操作、つまり、醜聞を避けるために流した嘘だ」
「え。じゃあ本当は事故じゃないの?」
「あぁ。第一皇子、第二皇子は
「ぼーさつ……」
「殺された、ということよ。それも、帝国の臣に」
「…………、……えぇっ!? な、なんで!?」
皇子様が殺されたとな。
しかもお二人とも。
その上、臣って確か部下とかのことだったはず。
部下に皇子様が殺されるなんてそんな。
そんなことってある……?
「ここでさっき言った派閥争いが出てくる」
「集団のケンカ?」
「そうだ。まず、本来は第一皇子が皇帝になるはずだったけど、第二皇子を皇帝にしたい人が居た」
「なんで……?」
「さあ。謀殺の首謀者は、その場で殺されてしまったから、もう分からないわ」
「そ、そうなんだ……」
普通に皇帝になる人がいるのに、他の人を皇帝にしたい人が居て……。
なんで……?
よくわかんない……。
なんでそんなことをするんだろう。
しかもそれで皇子様を殺してまでして。
意味不明すぎる。
「あくまでこれは私の予想だけど、第二皇子を立てることで、何か利益を得られると思ったんだろうな」
「ふぅん……」
「まぁ……、そういった所でしょう。エルはどう思う?」
「又聞き話ですが、よろしければ……」
「構わないわ。何か知ってたのかしら?」
「第一皇子殿下は正室、即ち王妃様の。第二皇子殿下は側室様のお子様であらせられます。首謀者は、側室様の遠縁の者だったとか……」
「お母様を蹴落としたかったのか、お義母様を擁立することで、甘い汁をすすりたかったのか……。駄目ね、推測の域をでないわ」
「はて????」
「二人とも、アンナをいじめるのはやめてあげなさい」
「ご、ごめんなさい……」
「すまない……」
また気を抜けば、頭がパンクするようなとても難しい話が展開されており、あたしはついていけなくなっていた。
頭がいい人って難しい話をするのが得意だよね。
あれ? それじゃあ逆に考えると難しい話をするのが苦手なあたしって……。
いじめられているってそういう意味かい?
いじめられているのか、いじめられていないのか。
どっちなんだい。
謝ってくれたから、いじめじゃないんだろうけど。
まあそれはどうでもいいや。
「事の顛末はこうだ。まず、演習中に、第一皇子が、事故に見せかけて射殺された」
「しゃさつ……」
「弓で射られて亡くなられたということよ」
「えっ、危ないなぁ。ホンモノの弓矢なんか、使うからだよ」
「えぇ、危ないわよ。だから本物の弓矢は演習では使わないわ」
「…………へっ?」
んん?
どういう事ですかね?
本物の弓は演習で使わないのに皇子様は本物の弓で殺されちゃった……。
おかしくないかい?
どういうことだい?
「つまりだアンナ殿。皇子殿下を謀殺するため、本物の弓矢を持ち込んだ者が居た、という事だ」
「……そりゃ、悪い!!」
そんな不届き者がいたとは、とんでもない話である。
わざわざ皇子様を殺すために、持ち込んじゃいけないものを持ち込むとは。
そんな不届き者を部下として置いている方も不用心なんじゃないかとすら思える。
あ、でも部下じゃない人が紛れ込んだ可能性もあるのか。
怖いなぁ、怖いよ。
「えぇ、悪いわね。その暴挙に、お兄様の臣下は当然怒り狂った。その勢いのまま、本当の戦争になだれ込んでしまったのよ」
「えぇっ!?」
「もはや軍事演習どころではなく、統率を失った暴徒と逆賊の殺し合いと化し、第二皇子殿下は、戦乱に飲まれ亡くなられたと聞き及んでいる」
「第二皇子様、巻き込まれただけじゃん!」
なんてこった。
別に第一皇子様だけが、って言うわけじゃないけど、第二皇子様が残っていればまだ次の皇帝陛下にも困らなかっただろうに。
いや、それはそれで、第二皇子様が辛いだけになるのかな。
そう考えると、救いのない話だなぁ……。
本当に起こっちゃった事件なんだね、これ……。
しかもルチルちゃんの身内で……。
「そうよ、第二皇子……ジルヴェスターお兄様はただ巻き込まれただけの被害者なの。まあ、ジークヴァルトお兄様も被害者なのだけれど」
「どっちも被害者、かぁ……」
「それと、謀殺の罪で、軍事演習に参加した主だった臣下は、皆処刑されたと聞いたわ。そういう意味では、彼らも巻き込まれただけの被害者ね」
「うぅ……、被害甚大だぁ……」
さっきも考えたけど、もし不届き者が本当に部下じゃなかったら、そんな人を紛れ込ませちゃった罪を償えって事もあるんだろうなあ。
で、もう片方は第二皇子様を巻き込んで殺しちゃった罪で処刑……ってことかぁ。
たくさんの人が亡くなってしまったんだなぁ……。
おいたわしい、おいたわしい……。
誰だよお、最初に皇子様を殺そうなんて考えた人は。
その人が全部悪いじゃないかよお。
ん? 皇子様を殺そうとした人……?
「……あれ、でも狙われたのは実質、第一皇子様だけなんだよね。なんでルチルちゃん達は避難してきたの?」
「いいところ目をつけられた。アンナ殿。コトの問題点はここからだ」
「へっ?」
いや、まあ、皇子様がお二人も亡くなられた時点でどえらい事件ではあるんだけども。
これよりまだ大変なことになる問題があるの?
なんかもうすでに考えたくないんだけど。
「先程言ったけど、本来皇帝になるべきなのは第一皇子だった」
「うん」
「それで、世襲制、つまり、年功序列だ。仮に第一皇子が亡くなられた場合、次に皇帝になるのは第二皇子だった」
「……でも、第二皇子様も一緒に亡くなられちゃったから……」
「次の皇帝の椅子が空っぽになってしまった」
「大変じゃん」
「大変なんだ」
どど、どうするの、それ。
そっかそっか、考えてみれば次の皇帝陛下になる人が居なくなっちゃったんだ。
大変すぎる、これは。
もう皇子様、残ってないのかな。
じゃないと皇帝陛下になる人が本当に居なくなっちゃうよ。
「年功序列で言うなら、ワタシのお姉様方、つまり、第一、第二皇女ね。そっちが該当するんだけど、お姉様方はもう諸国に嫁入りしたから、継承権はないわ」
「あ、お姉さん居たんだね」
「いるわよ、勿論」
「殿下は
「あっ」
……言われみればそりゃそうだ。
第三、なんだからそりゃあ上に二人いるよ。
ついに一桁の算術もできなくなったか、あたし。
いかんいかん、難しい話についていくのがやっとで細かい部分がスッポ抜けている。
気を取り直さなければ。
「それで、ライナルトお兄様……、第三皇子も、帝都に残っているんだけど……」
「え? 皇子様まだいたの? じゃあ、その人が次の皇帝陛下になればいいじゃない」
なんだ、次に皇帝陛下になる人いるじゃない。
思ったよりも大変な事態じゃなかったんじゃないの?
その第三皇子様が皇帝になれば問題ないでしょ。
「…………そう、よねぇ。普通は、そう思うわよねぇ……」
「えぇ、普通は、そう思われますな……」
「え、え? ち、違うの?」
「アンナ、良いかい」
「は、はい」
「
「………………ふぁい」
…………ええーと。
先生がそういうってことは、なんというか、そのう。
な、なんとなく、すごくおっかないことだけはわかった……。
大変なんだなあ、国って……。
「ここで、さっき言った派閥争いが、また出てくるわけだ」
「集団の喧嘩……? どことどこの?」
本来皇帝陛下になるはずだった第一皇子様を殺してでも、第二皇子様を皇帝陛下にしたい人がいるって事はわかったけど……。
その人は処刑されたんだから関係ないんじゃないの?
まだ何か集団の喧嘩があるの?
「まず集団その一。“次期皇帝は第三皇子である。当たり前だろう”という派閥」
「うん」
ふむ。
「次に集団その二。“いや、次期皇帝は聡明な第三皇女がなるべきだ。過去に女帝の例もある”という主張をする派閥」
「う、うわぁ、うん……」
そんな集団もいるんだ……。
ふ、ふむ。
「最後に集団その三。“世襲なんかやめて、優秀なウチの子を皇帝にしたらどう?”という主張をする派閥」
「ひえええ」
なんで関係ない人が首突っ込んでくるの……。
わかりたくないけど、なんとなくはわかったので、ふむふむ。
「その三つの集団がケンカをしているのが、今の帝都、宮廷内というわけだ」
「そんな中に居たら、いつ第一皇子殿下のように謀殺されるかわからない」
「だから、それを危惧したお父様によって、疎開させられた、というわけ」
「…………な、なるほどぉ~~…………」
よくわかった。
すごく、よくわかった。
そりゃあ逃げますわ。
あたしだって逃げると思う。
どっか田舎の村に引っ込むと思う。
あ、だからこの村に来たのか。
よ~~くわかった。
「きっと今頃、ライナルトお兄様も、どこか信頼できる場所に避難なさっておられるんじゃないかしら」
「だよねぇ、そうだよねぇ」
第三皇子様も大変だ。
次の皇帝陛下候補としてまず真っ先に挙げられる立場なんだもんな。
どっちかっていうとルチルちゃんよりも大変なんじゃないだろうか。
お安らかに、お安らかに。
「というわけで、殿下は、殿下を害さんとする逆賊が討たれるか、派閥争いが治まるまで、こうしてここに居られるというわけだ」
「うーん……? それだと、ルチルちゃんはいつまでこの村にいることになるの?」
「さあ? 明日までかしら、それとも、死ぬまでかしら」
「えぇ……、あ、そっか、いつまでなんてわかんないのか……」
「その通りだ。アンナ殿」
集団の喧嘩がいつ終わるのかなんて誰にもわかんないしなぁ。
でもいつまでも喧嘩してるなんてよくないよ。
早く終わるべきだと思うんだけどなぁ。
「まぁ私としてはいつまで居てくれても構わないけれど、できるだけ、帝都の動乱は速く治まって欲しい所だな」
「そうね、それは同感だわ」
「政治争いに苦しむのは、いつだって民草ですからな」
「そうなのかぁ」
知らないままだったら、多分、ずっとノンキに眺めてたであろう、帝都で起こった事件。
片田舎の農村に住んでいたら、知りもしなかったであろう大変な事態。
改めて聞かされると、とんでもない事が起こったものだと実感させられる。
ルチルちゃんも大変な立場にいるんだなぁ、と。
改めて考え直すあたしなのであった。
お姉さんとして、しっかりしなければならないよね。