田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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008:種族の授業

我が名はエルフリーデ・アンゼルマ・マルグリット・フォン・ローデンヴァルト。

ソディア帝国騎士の末席を戴く者であり、現在はアウレリア殿下の護衛として、疎開先であるアゼ村に同伴させていただいている身である。

 

「………………」

 

その敬愛するアウレリア殿下が、窓の外を食い入るように見つめていた。

もともと宮廷から出たことがない御身であられる殿下は、こうして外の景色を眺めることは少なくない。

それに、私にはいまいち理解できていないが、殿下自身のご趣味もあられる。

恐らくは、日課である魔導人形(ゴーレム)との戯れを終えて暇になったのか、いつも村を巡回している防衛用の大型魔導人形(ゴーレム)でも眺めているのだろうと踏んでいた。

何がそんなに楽しいのか、私にはいまいち捉えきれていないので、ご趣味の一助にでもなれば、と後ろから覗き込んでみると。

 

「(行商か……)」

 

なんてことはない、眺めていたのは帝都からの行商人であった、

買い物に来たであろう農民と、他愛ない世間話に興じているのか、破顔している様が見受けられる。

それが物珍しいのか、目を丸くしてご覧になられていた。

まあ、濃い血の犬人種(キャニス)は、珍しいと言えば珍しいか。

血統はオオカミだろうか、実にもふもふしている風貌だ。

今はそういう季節ではないが、冬の日は実に羨ましく見えることだろう。

しかし、見かけるか見かけないかで言えば、犬人種(キャニス)は帝都でも見かける方ではある。

ただ犬の耳が生えただけの薄い血の者から、あの者のように濃い血の者まで、多種多様に。

我がソディア帝国は、代々祖人(そじん)が皇帝や貴族社会を築いてきた歴史があるが、国民としては遍く種族を受け入れている。

なので、そう、まぁ、彼(彼女かもしれない。濃い血は我々祖人(そじん)からすれば性別の判別がつきにくい)に忌憚のない言葉を選んでしまえば、まるでその、殿下は珍獣でも見るような視線で見つめているので、あまりその様な目で見つめるのは失礼に当たります、と陳情しようかとも思ったが。

 

「エル」

「はい」

 

先んじて殿下からお声をかけられ、咄嗟に返事をする。

何であろうか。

 

「ワタシ……、他種族、初めて見たわ」

「…………。…………えっ」

 

寝耳に水であった。

そんなまさか、この村にも農民としていくらか他種族は住んでいたはずだ。

それすらも見かけていないのか、とそこまで考え、はたと気がついた。

そういえば殿下はこの塾の寄宿舎に、事実上の軟禁生活を強いられている。

もちろんこの寝室兼私室にもあるように、どこの部屋にも窓はある。

が、そこから見渡せる範囲に他種族の農民が住んでいなければ、なるほど見かける機会はないはずだ。

農民というものは得てして、自らの家と、農地を行き来する生活をしているが故に。

此度のように行商でも来るか、収穫祭などが催さればければ、必要に駆られず生活圏内から出なくても可笑しくはない。

さらに言えば、元来殿下は宮廷にお住まいであった。

我が帝国軍の兵士の中には他種族も混ざっていようが、宮廷を巡回するのは基本的に騎士である。

つまりは貴族、我々祖人(そじん)しか見ないことになる。

考えれば考えるほど、今まで殿下が他種族を目にする機会が無かったことを裏付ける。

 

「…………」

 

今も殿下は、行商人の犬人種(キャニス)をじっと見つめている。

これは、将来の情操教育に、悪影響を及ぼすのではないか。

そう考えさせられた。

 

 

「と、言うことがあったのだ。ミナカミ殿」

「成る程。確かにそれは、よろしくないですね」

 

明くる日。

事態を重く見た私は、塾の授業が始まる前に、恐れ多くも皇帝陛下より殿下の教師を拝命されている、ミナカミ殿に相談することにした。

やはり彼(で、いいのか未だに疑問に思っている)も同意見のようだ。

 

「文明歴前でもあるまいに、この時代、他種族だからとじろじろ白眼視すれば、それだけで差別だと糾弾される恐れもあります」

「だろう?」

「わかりました。今日は予定を変えて、人類種に関しての授業をしましょうか」

「そうしてくれるか」

 

やはりこの者、全方位何処から見ても不審者である容貌を除けば、話のわかる好人物である。

殿下とアンナ殿の、二人分用意していた教本をわざわざ棚に戻してまで、授業の教材となる資料を探してくれているようだ。

惜しい、既に魔導研究局の公認魔導師でさえなければ、宮廷魔導師として登用するよう、陛下に陳情しようと思ったものを。

そういえば、陛下といえば、この者は陛下から親書を渡され、殿下の疎開先として選ばれるほどの人物であったことを思い出す。

我々がこの村に来た日の深夜に見せたあの特異体質といい、本当にこの者は一体……。

 

「うん、まぁ、こんなもんでいいか。さて、教室に行きましょう。二人が待っています」

「む、あ、あぁ」

 

そこで声がかけられ、思考を強制的に取り止められる。

まぁ、そんな得体のないことを考えるのはいつでも出来る。

本日も殿下の授業を参観させて頂き、護衛に全力を出さねば。

 

 

「はい、じゃあ、今日は人類種について勉強します」

「えー」

「へぇ……!」

 

両極端な反応だな、と思わされた。

あいも変わらずアンナ殿は座学が苦手なのか、見てわかるほどにげんなりしているし、殿下は目を輝かせて喜んでおられる。

殿下の反応はともかくとして、知識を蓄えることは悪ではないので、座学に対しては真摯に向かい合ったほうが良いと思うのだが。

アンナ殿はどうしてそこまで座学を忌避するのか、いまいち測りかねる。

知は力だという考えもあるというのに。

実際のところ、いくら小難しい話でも私やミナカミ殿がわかりやすく噛み砕いた説明をすれば理解はするので、地頭は決して悪くないはずなのだが。

聞けばあの年齢になるまで勉学というものに向き合ってこなかったので、先入観もあるのかもしれないが。

まあ、アンナ殿も直に学習の大切さを学べることであろう。

おそらくは。

 

「まずは基礎的な部分からおさらいするか。アンナ、自分の種族はわかるな」

祖人(そじん)、だっけ」

「それは語源的言い回しだな。帝国訛りとも言う」

「ありゃ」

「まぁ、間違いじゃないけど」

「(………………。……そうだったのか……)」

 

それは、私としても有益な知識であった。

そうか、祖人(そじん)とは、方言であったか。

幼い頃よりそう教えられてきたので、完全に染み付いてしまっている。

騎士として自立してからずっと宮廷勤めであったため、機会はなかったが、他国のものと交流する際に思わず言ったら恥をかいてしまいそうだ。

この機にこっそりと、私も学習させてもらうことにする。

殿下のご相伴に預かるとは、不敬な気がしないでもないが、聞こえてくるものは聞こえてくるものだ。

ついでだろう、ついで。

 

「世界共通言語での言い回しは祖人(ホミネース)。古い言葉で“人類”を意味する」

「えー言いづらい」

「(ホミネース…………か)」

 

祖人(ホミネース)祖人(ホミネース)

古い言葉で人類、か。

うむ、覚えよう。

 

「アンナも、ルチル君も、エルフリーデ卿も、祖人(ホミネース)だな」

「そうよね」

「……うむ」

祖人(ホミネース)は“最も原始的な人類に近い”とされ、祖人(そじん)と言うのはそこから来た言葉だ」

「あー、だから語源かー」

 

成る程。

他種族と違い、祖となった人類だから祖人(そじん)と呼ばれていたのか。

そう考えると、帝国訛りでも恥はかかないとは思うが。

この際だ、新しい知識に更新しておくべきだろう。

騎士としての最低限の教養でもあるといえる。

 

「ソディア帝国は代々祖人(ホミネース)が皇帝となって来たことから、祖人(そじん)が定着しているようだな」

「成る程……、だから宮廷で見かけなかったのね」

「あぁ、帝国の宮廷では祖人(ホミネース)以外の種族は見かけないだろうな」

「はい、先生ー、なんでー?」

「帝国貴族は祖人(ホミネース)ばかりだからだ」

「ははぁーん?」

 

殿下も、しきりに頷いている事から、今まで見かけなかった理由に得心がいっているのだろう。

お気持ちは分かる。

確かに帝国貴族の中にも祖人(そじん)……ではない、祖人(ホミネース)以外の種族も存在はしている。

だが、宮廷の警備を任されるような騎士の位に就いている貴族は、祖人(ホミネース)で纏められている。

何故か、それが帝国の習わしとしか言いようがない。

旧態依然の環境と言われてしまえば返す言葉もないが、歴代皇帝陛下は全て祖人(ホミネース)であられることからも、未だに崩せない慣習なのだろう。

 

 

祖人(ホミネース)は他種族に比べ、これといった身体的特徴のない人類種だけど、強いて言えば他の種族より投擲能力とスタミナに優れるかな」

「つまりどゆこと?」

「他種族に比べ、走れる距離が長い」

「んん、なるほどね~」

「(分かっているのだろうか……?)」

 

アンナ殿はたまに質問しておいて、いざ回答が来たら生返事で返すことがあるので、見ていて心配になる。

特に言葉の末尾を伸ばしている時などは、生返事極まりないと思わされる。

なんとなく目も泳いでいるように見受けられるし、何故か仕切りに頷いているのがどうも“わかっていますというアピール”に見えてしまう。

下衆の勘繰りと言われてしまえばそれまでではあるのだが。

学習はしっかりしたほうが良いと思うのだ。本当に。

 

「次に行くぞ。獣人(ベースティア)と大別される区分がある」

獣人(ベースティア)……」

 

我々祖人(ホミネース)と容貌が大きく異なる種族の事だろう。

先日見かけた、行商の犬人種(キャニス)のように、一目で別種族だと判るのが特徴ではないだろうか。

なんというべきだろうか……。

 

「これは犬人種(キャニス)猫人種(フェレース)などが分類される、爬虫類系・哺乳類系・鳥類系・魚類系・昆虫類系など、いわゆる“動物”混じりの人類種をまとめて呼ぶものだ」

 

そう、動物混じり。

有り体な言い方をしてしまえば、人の顔を動物にすげ替えたような。

いや、より濃い血の者になれば、手足も動物のソレに近くなるのだったか。

専門の知識を持つほど詳しくはないので、私の中の情報はその程度だが。

 

「それぞれの種族に“濃血種”・“混血種”・“薄血種”がおり、順番に獣の外見が薄まっていく。大抵は濃い血か薄い血が生まれ、混血は稀だな」

 

薄い血になればなるほど、動物らしい外見は少なくなるはずだ。

犬人種(キャニス)で言えば、最も薄い血の種族は、耳と尻尾くらいしか外見の差異は無いはずである。

ミナカミ殿が稀だと言ったように、私も混血の種族は目にしたことがない。

どのような外見になるのだろうか。

首から上だけが祖人(ホミネース)で、それ以外は動物そのもの……だとか……。

…………いや、そんなことはないだろう、おそらく、多分。

 

「基本的にどの個体にも“基になる動物”がおり、“血統”と呼ばれ区別される。例えば犬人種(キャニス)なら、“オオカミ”や“ジャッカル”、“キツネ”などだな」

 

先日の行商の犬人種(キャニス)は私にはオオカミの血統に見えたものだ。

実際は本人に尋ねたら、別の血統だったのかもしれないが。

他種族は基本的に他種族から血統を間違えられても“そういうものだ”と認識するケースが多いらしいので、間違ってもそこまで無礼には当たらないと聞いたことがある。

実際私も当てずっぽうで決めつける前に血統を尋ねることから始めるだろうし、そんなものなのだろう。

 

「先生、長いー」

「ん、あぁ、すまん。詰め込みすぎたか」

「いいえ、大丈夫よ。ちゃんと理解できてるわ」

「……だ、そうだけど」

「あたしはついていけてないぞー!」

「(大丈夫なのだろうか……?)」

 

と、ミナカミ殿が一連の説明を終えると、アンナ殿から苦情が入った。

殿下は全て理解しておられたようだが、あまり長話になると頭に詰め込めきれなかったのであろう。

こういう場合、殿下が聡明すぎるのか、アンナ殿がその、あの、なんだ、なのか、わからなくなる時がある。

いや、決して殿下の御学友を馬鹿にしている意図はなく、なんと言えば良いのか、老婆心と言えば良いのか?

誰が老婆だ。

婚期を逃している自覚はあるが、そこまで言われる筋合いは……。

……何を自分自身と脳内で格闘しているのだ、私は。

授業に意識を向け直すとしよう。

 

「さて、次にいこうか。祖人(ホミネース)の派生種として、亜祖人(スブル・ホミネース)がいる」

「(亜祖人(スブル・ホミネース)、か……)」

 

獣人(ベースティア)と違い、祖人(ホミネース)と容貌がそこまで離れていない種族であったか。

動物混じりのような姿はしておらず、祖人(ホミネース)の体の一部をどこかだけ弄ったような、そんな姿をしていた……はずだ。

 

「彼らは種の成長と共に、祖人から見た目は大きくかけ離れないものの、体躯や内蔵など、細かな差異が隔たってきた人類種だ」

「細かなってどんな風にかしら?」

「身体の大きさや、四肢の数、顔立ちなんかだな」

「はへー」

「外観は祖人にほど近いが、どこかに明確に違う部分を持つのが特徴と言える」

「例えば?」

「例えばか。そうだな……」

 

殿下は質問攻めにしているが、アンナ殿がまた呆けた顔をしている。

しっかり頭に入っているのか不安になる顔だ。

それにしても殿下がいつもより前のめりに質問をしているのは、やはり他種族について興味が尽きないからなのだろう。

良い傾向だと思う。

 

亜祖人(スブル・ホミネース)の一種に、妖精人種(ディーウァ)という種族がいる。彼らは生まれ付き祖人(ホミネース)の基準で言うところの美形であり、長く尖った耳が特徴だな」

「えっ、生まれ付き美形なの? 羨ましっ」

「……貴女、気になる所はそこだけなのね」

 

いや、まぁ、言葉を選ばずに言ってしまえば、確かに私も羨ましいとは思うが。

生まれ付き美形の種族など、誰から見ても羨んでしまうものだろう。

言わずもがな、殿下は麗しいご尊顔をなさっておられるので、いまいちそういう機微に疎いのかもしれない。

……そういえば私も“顔はいいんだけど”などとほざかれて縁談を断られたことがあったな。

あの時のなんとも形容しがたい感情は今でも覚えているぞ。

名前も覚えているのだからな。

おのれ。

……いかん、また気がそれたな。

 

「とまあ、色々と祖人(ホミネース)以外の種族について話すことは尽きないけど、今日の所はこのくらいにしておこう。あまり詰め込みすぎてもよろしくない」

「はァー、やっと終わった~」

「……。アンナ、さっき言った亜祖人(スブル・ホミネース)の一種はなんだったっけ?」

「え? あー…………えーっと……、で、でば……?」

「誰が出刃包丁の話をしたのよ」

 

アンナ殿は本当に、いや真面目に本当に大丈夫なのだろうか。

ついさっき言われたことを反芻できないとは……。

いや決して馬鹿にする意図はないのだが……。

ただ口頭で説明されても興味が持てないのだろうか?

座学そのものが向いていないのかもしれない。

とはいえ“じゃあ座学はしなくて良い”というわけにも行かないだろうし……。

心配だ。

 

「はい、じゃあ次は実技だから、二人とも庭に出て」

「っしゃー! 待ってましたよ!」

「貴女ねぇ……」

 

喜び勇んで駆け出すアンナ殿の後を追う殿下。

心無しか、教室を後にする殿下の足取りは、昨日よりも軽く見えた。

よい学びが出来たのだろう。

ミナカミ殿にも感謝しなくてはならないな。

……このような穏当な日々が、続けばよいのだが。

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