法治社会を象徴する言葉だ。
だが、現実にその言葉が機能しているとは言い難い。
前歴を持つ人間はその過去が一生外れぬ枷となり、日の当たる道を歩くことを難しくする。
それを問題視した誰かが、それは駄目だと言った。
結果、ある法律が制定され。
その結果、ある男の人生が大きく歪んだ。
※この作品はカクヨム、なろうにも載せてます。
罪を憎んで人を憎まず、という言葉がある。
法の精神を体現する言葉だ。
だが実際は、一度でも犯罪を犯した経験がある者は、社会から叩き出されるのが実情だ。
人の口には戸が立てられない。
昔はそれでも、誰も知らない土地に逃げれば、人生を1からやり直すことが出来た。
だが、今ではSNSというものがある。
SNSの発達は、犯罪加害者から逃げ場を徹底的に奪った。
前歴がある者は、その過去の過ちを電脳空間に流され。
永久に消せないデジタルタトゥーとして、社会に晒されるのだ。
裁判を受け、刑罰を受け、それを果たした者は社会に受け入れなければならない。
そうでなければ、犯罪者は再度犯罪を犯す以外の道を断たれる。
だからこそ「罪を憎んで人を憎まず」
決して「罪を憎んで人も許さず」ではないのだ。
だが、人の口には戸は立てられず。
SNSに元犯罪者の前歴に関する情報が流されるのは止められない。
社会は事実上「罪を憎んで人も許さず」である。
それを問題視した者が存在し。
なんとか改善しようと行動を起こし。
そしてこうなった。
「今日の仕事も上手く行ったな」
1人の灰色のスーツの男が定時で退勤し。
今、会社の入っている雑居ビルから出て来た。
彼は元犯罪者である。
彼は高校2年のとき。
闇バイトに参加し、老人夫婦宅に押し入り、老夫婦を撲殺。
金を奪うという重大犯罪を犯した過去があった。
切っ掛けは運び屋だった。
封筒を指定のロッカーから取り出し、それを指定の公園のベンチの下に置いてある石の下に運び込む。
それだけで10万円貰えるというバイトに応募したのだ。
彼は当時、金がどうしても欲しかった。
でもコンビニバイトや土方のバイトなどで、時間や体力を消費するのがどうしても嫌で。
楽に沢山稼げるバイトを探し、そこに辿り着いたのだ。
でも、飛びついたそれは半グレ組織の販売する覚醒剤の運び屋だった。
結果彼は、それをきっかけにずるずる犯罪の道に引き込まれ。
最終的に強盗殺人を犯すに至った。
そして逮捕された。
強盗殺人の量刑は死刑か無期。
だが彼は初犯であり、かつ主犯ではないと判断されたため無期刑。
そして未成年であったため、有期刑。
加えてその反省が重視されたためにかなり短い刑期で出所することになった。
社会に出た彼は自分の人生は終わったと思っていた。
彼は「罪を憎んで人は憎まず」が嘘っぱちである思っていたから。
でも。
諦めるわけにはいかない。
彼は出所した後、すでに成人していたが。
自分の学力レベルで考えれば妥当なレベルの大学を受験した。
かなりハイレベルであった。
ただし、受験には書類審査がある。
無理だと思っていた。
前歴持ちの自分は絶対に通ることはないと。
これはそのことを思い知り、諦めるための儀式――
だが
「
男は逆に呆然とした。
合格発表を見に行くと、自分の番号があったのだ。
こうして彼は、超一流とはいえないまでも。
そこそこ良い大学に入り。
これは神の恵みと思い、必死で勉強をし良い成績で卒業するに至る。
(嬉しい)
彼は卒業式を迎えたとき。
涙を流した。
こんな良い大学に入れただけでなく。
そこから超一流の財閥系大企業「アマノドー」に入社出来たからである。
アマノドーといえば、帝国大学卒が普通に入社している大企業。
そんなところに入社出来るなんて……!
そして卒業後。
彼はアマノドーに入社し。
1ヶ月の研修の後、彼は営業職に配属された。
仕事は忙しかった。
だが、これは身に余るような環境。
弱音を吐かずに頑張ろう。
そう思い、日々努力を続けた。
しかし、ある日。
彼は聞いてしまった。
彼はトイレに入って手を洗っているときに。
トイレの外で、女子社員が話しているのを聞いてしまったのだ。
このことを
「ねえ、知ってる? 営業1課の五味山さん」
「知ってる。あの人、昔強盗殺人をやったことあるんでしょ?」
血が凍った。
とうとうバレてしまった。
もう、自分は終わりだ……!
そう思った。
しかし。
「えっ、やっぱりそれ本当なの?」
「本当らしいよ?」
外で女子社員は続けた。
「じゃあなんでそんな前歴持ちがこの会社の居るの? この会社って社員の過去を調べないの?」
「それなんだけどね……犯罪加害者保護法って知ってる?」
「何それ?」
女子社員は不快そうに話した。
犯罪加害者保護法という法律があって、そのせいで彼はこの会社に入れたのだと。
犯罪加害者保護法とは?
……それは元犯罪者が更生する道を阻まれぬように、前歴由来で不利益を与えることを一切禁止するという法律で。
具体的には元犯罪者の前歴を吹聴した者に刑事罰を科すというもの。
あと、前歴を理由に就職や入学に関して不利益を与えることも違法とするという内容。
どうも彼は「前歴があるという理由で会社を落とされた」と訴えられるのを嫌い、このアマノドーに入社することが出来たらしい。
(そうだったのか)
彼は新聞を取っておらず、元犯罪者である負い目でそっち方向の法律を調べようとしなかった。
なのでそんな法律の存在を知らなかったのだ。
全てを知った彼は……
その後、変わった。
「えっと、このお話を受けていただけないのは僕の前歴のせいでしょうか?」
「いや、そんなことはないですよ」
営業で顧客回りのとき。
彼は顧客をそう言って脅迫した。
無論「気になったから訊ねただけ」という立ち位置を崩さず、脅迫なんてしていないという体裁は崩さない。
それなりのレベルの商談を持っていき、相手が即断してくれないときに前歴を持ち出す。
すると面白いように商談が成立した。
……営業マンの前歴で差別的待遇をした。
そういう訴えを出されることを嫌い、余程の無茶ぶりで無い限り、彼の営業は成功するようになった。
結果彼は、ボーナスが増加した。
「美人田さん、僕と結婚してください」
「えっ、どういうことですか?」
そして収入が増加した彼は、会社で一番の美人である女子社員に求婚した。
彼女が今、ちょうどフリーであるという話を聞き、即実行したのだ。
「だから結婚しましょう。好みなんです」
「でも私、そんないきなり」
彼女はウンと言わない。
彼は苛立ち
「……結婚を断るのは、僕の前歴のせいですか?」
その言葉を発したとき。
彼女は青褪めた。
……こうして。彼の今がある。
彼は今では営業職のトップエリート。
しかも会社で1番の美人を妻にし、今はその妻との間に1人の息子がいる。
2才の息子は彼に「パパ、パパ」と可愛く懐いてくる。
なんて僕は幸せなんだろうか。
高校のときに闇バイトに巻き込まれ、最終的に強盗殺人を犯して。
そして逮捕されたとき。
もう自分の人生は終わった、詰んだと思った。
だけど、全然そうじゃなかった。
あれは僕の華々しい人生の幕開けだったんだ。
嬉しい。
この世はこんなに平等で、美しくて。
幸せに満ちていて……
意気揚々と、彼は一戸建ての家に帰り。
「ただいま!」
そう言って玄関ドアを開けた。
家の中は静まり返っていて。
玄関の電気は点いているけど
誰も出迎えに来なかった。
息子もだ。
(おかしいな)
内心そう思った。
けれども
まぁ、何か理由があるんだろう。
そう思いつつ
「ただいま」
そう言ってリビングに入ったとき。
そこにあるテーブルの席に、見たことも無い人間がいた。
それは高校生くらいの男子で。
「やっと帰って来てくれましたね。五味山さん」
何故か、彼の名前を知っていた。
少年はそう言って彼に笑みを向けて来た。
……ただし。
目は全く笑っていなかった。
その目に彼は……
言い知れない恐怖を覚えた。
「な、何だ君は?」
「何だ君はって……
少年は名乗った。
知らない名前だ。
「……誰だ?」
そう思わず訊ねると
少年は言った。
ニヤァ……と笑いながら。
「覚えてませんか……? あなたが16年前に強盗殺人で殺害した老夫婦の孫ですよ」
そこで繋がった。
あのときに殺した老夫婦に、孫がいた。
その孫が今、ここに居る……!
彼はその場で土下座した。
「わ、悪かった! あのときは気が動転してて、半グレに逆らえなかったんだッ!」
誠心誠意の謝罪。
そうしたつもりであった。
だが少年は語り出す。
「……両親にずっと教えられて来ました。僕が生まれたとき、おじいちゃんおばあちゃんがどれだけ喜んでくれたのかを」
両親の思い出。
それを語る彼の目はとても懐かしそうで。
そしてそれでも拭えない、深い怒りを湛えていた。
「そんなおじいちゃんおばあちゃんが強盗に殺されて……その犯人が何食わぬ顔で人生を謳歌している……その苦しみがあなたに分かりますか?」
「だから悪かったって言ってるじゃ無いか! 反省してるさ!」
少年の言葉に悲鳴のような声を返す。
そんな声で返される彼の謝罪。
それに
「……白々しいですよ。本当に反省しているなら、僕らの前に謝りに来る、謝罪を続ける。そんなものは一切無かったッ!」
少年は大声を出した。
そして大声で
「あなたは反省していないッ! それどころか、自分の武器に使ってる! 許せないッ!」
怒りの形相でそう呪詛の言葉を吐く少年。
彼は土下座しながら黙って耐えた。
何を言っても通じない。
どうすればいいんだろう……?
どうすれば、ここを切り抜けられる?
そう思ったとき。
「あなた」
妻の声がした。
彼は反射的に
「強盗だッ! 逃げて通報してくれッ!」
そう叫んでいた。
声はリビングの外からした。
今自分はドアの前で土下座している。
邪魔になって追跡できないはず。
……流石に彼にも分かる。
この少年は復讐に来たのだ。
未成年の間に自分に復讐をするためにここに来たのだ。
未成年の間なら罪が軽くなる上、今なら犯罪加害者保護法がある。
誰かを殺したとしても、将来が潰れることはない……!
だから強盗と言い切った。
今少年の手に凶器は見えないが、見えないところに隠しているのかもしれない。
だから逆らわなかった。
でも、妻がリビングの外に居るなら話は別。
警察が到着するまでの間、何とかこの少年から逃げ回ればいい。
そうすれば助かる……!
「本性が出ましたね」
少年はそれをせせら笑う。
だが彼はそれを無視し
「ママ頼む!」
そう言って立ち上がろうとした。
逃げるためだ。
だが
バチッと
強烈な電撃が彼の首筋を襲った。
それがスタンガンの一撃であることを彼は
倒れたときに背後にスタンガンを握った妻がいることを目にして。
彼は知るに至った。
「……なんで……?」
あり得なかった。
愛妻が自分に何故こんなことを……?
結婚はちょっと強引にしたけれど、これまで何不自由ない生活を与えてやったじゃないか……!
何故の嵐。
理解できない。
だが、彼の妻は倒れた彼に冷たい目を向け
「……ざまあみろクズ野郎……!」
驚くほど冷たい声を掛けてくる。
彼女は。
彼の妻……妻だった女は
「……法律を盾に脅されて、好きでもない男と結婚させられ、子供まで産まされた……その苦しみがあなたには理解できないのかしら?」
呪いに満ちた声でそう言い放つ。
彼女は言った。
「彼には私が連絡したのよ。今なら犯罪を犯すことが人生プラスに働くから、ウチの人を殺してくれないかって」
その言葉で彼の目が真っ暗になった。
彼が彼女に注ぎ込んだ愛情は、全く意味が無いものだったのだ。
ボロボロと涙が出た。
そんな彼を見て
「……そういうのをね、ヘドロの涙って言うのよ。クズ野郎」
吐き捨てるように、元妻。
「レイコさん、そろそろはじめましょう。時間無いですし」
そこに少年がそう穏やかに言い。
自分の足元にあった鞄を開いた。
中から出てくるのは……
肉切り包丁。
鋸。
ペンチ。
アイスピック。
ハンマー。
……それを目にしたとき。
彼は自分が脱糞したことに気づいた。
(い……いやだ)
涙と鼻水、そして大小便が洩れる。
「クサッ」
元妻が鼻を摘まんだ。
少年は「怖すぎて洩らしたみたいですよ」そう言って嗤う。
少年は彼の前に凶器を並べながら。
「これからあなたのアキレス腱と手の筋を切ります。調べたんですよ。うまいやり方」
そう言って、彼がこれから辿る未来を口にする。
彼は恐怖のあまり気が遠くなり
「今度は僕の番です」
少年のその言葉で彼が意識を失う寸前
元妻にこう言われた。
「あなた。あの子にはあなたが最低の人間だったと教えるから」
心配しないで、って。