碇シンジはもう一人の自分(♀)に恋をする 作:崖の上のジェントルメン
参号機の起動実験から、一週間が経過した。
今日も今日とて、シンジはレイのお見舞いに来ている。
「おはよう、レイ」
「おはようシンジくん!」
シンジが病室へ入ってくると、レイはぱっと花が咲いたような眩しい笑顔を見せる。シンジはそれが、いつも嬉しくて仕方なかった。
「今度は加持さんからお菓子を貰ったよ。ほら、あの駅前のパティシエ屋さんの作ったシュークリーム」
「わ!やった!あそこのお菓子って一度食べてみたかったんだよね」
シンジは丸椅子に座り、箱を開けてシュークリームをひとつ取る。
「はい、どうぞレイ」
「……んー」
「え?いらないの?」
「そーじゃなくて、んー」
「??」
「私ね、今は腕痛めてるでしょ?」
「うん」
「食べさせてさせてほしいなー、なんて」
「!?」
「ダメ、かな?」
レイはわざと上目遣いをして、シンジを困らせた。
「じ、じゃあ、その……レイ、口を開けて?」
「『あ~ん』ってゆって?」
「……あ、あ~ん」
「あ~ん♡」
パクッと小さく齧ったレイは、実に満足そうに頬を緩ませた。
「美味しい~!やっぱり人気なだけあるね!」
「そっか、良かった」
「シンジくん、もう一回ちょうだい?」
「あ、あ~ん……」
「ん~!今度は私も買いに行っちゃおうかな~」
「……レイってば、意外と甘えたがりなんだね」
「心を許した相手には遠慮がないの、私は」
「ああ、そう言えば僕も、加持さんにそんなこと言われたな」
「やっぱり、私たちそっくりだね」
「そうだね」
シンジも自分用のシュークリームを手に取り、口へと運んだ。二人で仲良くそれを食べ終わり、「ご馳走さま」という声がハモる。
「でも、マヤさんたちからもチョコレート貰ったし、鈴原くんたちも色々くれたし、最近ちょっと貰うのが申し訳なくなってきちゃったな」
「あ~それ分かるかも。優しくされすぎると、怖くなるよね」
「『私のこと嫌いになったら、もう優しくしてくれなくなるのかな……?』なんてこと、想像しちゃうよね」
「そうそう、僕も同じだ。だからずっと、嫌われることに怯えてる」
「……でも、私は絶対、シンジくんのこと嫌いにならないよ」
「………………」
「この世で一番、私の気持ちを分かってくれる、そして分かってあげられる人だもん。私はいつまでも、シンジくんのそばにいるよ」
「……うん、僕もだよ。僕もレイのそばに、必ずいるよ」
「ありがとう、シンジくん」
彼女の頬が、ほんのりと赤くなっていた。愛を込めた視線を、シンジへとぶつけてくる。
そして……。
シンジの唇を奪った。
「!?」
突然のことに戸惑うシンジ。
心臓が胸から飛び出しそうなほどに鼓動し、全身の体温が一気に上昇する。
「………………」
レイはゆっくりとシンジから離れ、じっと彼の顔を見つめる。そして、恥ずかしそうに、だが幸せそうに微笑む。
「好き……」
……緊張の余り、シンジはごくりと生唾を飲んだ。
彼女も彼女で緊張しているのだろう、布団で口元を隠し、小さな声で独り言を言った。
「へへへ、私、キスなんて“初めて”しちゃった」
「!?」
その言葉に……シンジはドキリとした。
さっきまでの幸福感が一瞬で消え去り、今度は心臓を冷えた手で捕まれているような、嫌な緊張感が生まれた。
「シンジくんも、きっと“初めて”だよね?私たち、一緒だもんね?」
レイの笑顔が、シンジの胸を締め付ける。 彼の脳裏には、『あの時の事』がフラッシュバックしていた。
『ねえシンジ、キスしようか』
あれが、彼のファーストキス。 レイが“初めて”ではない。
「………………」
シンジが貝のように押し黙ってしまった様子を見て、さすがのレイも怪訝な顔をし始めた。
「……?どうしたの?シンジくん」
「あ、いや…………その……」
「キスされるの、イヤだった……?」
「そんなこと!そんなことないよ!嬉しかったよ!ただ……」
「ただ?」
「あの……」
シンジは拳をぎゅっと握り締めて、顔をうつむかせる。その時、レイの直感が全てを察した。
「もしかして……初めてじゃなかったの?」
「………………」
「誰……?」
「何、が?」
「初めての人」
「………………」
彼女は膝を曲げて座り、シンジから眼をそらす。
「……ア、アスカ、だよ」
「………………」
「でも、あれはほんの遊びだったんだ!アスカとは別に付き合ってもないし、向こうから『暇だからキスしよう』って言ってきて、ただそれだけで……」
「暇だからキスしようなんて、あり得ないよ」
レイの声は、震えていた。
眼から二滴、三滴と……涙が頬を伝って落ちる。
「今の私なら、よく分かるもん。好きな人とじゃないと、キスなんて……ましてや暇だからなんて、そんなの……」
「でも本当なんだ!本当にアスカがそう言って……」
「………………」
とうとう、彼女は肩を震わせて泣き始めた。
「お願い、今は一人にさせて……」
「………………」
シンジは言われた通りに、病室から出ていった。
出る直前、一度だけ彼女の方へ振り向いたが、彼はかける言葉が見つからず、そのまま出ていく他なかった。
「……最低だ、俺って」
シンジはぽつりと、そう呟いた。
そんな時だった。
ウウウウウウウウウウ……
……サイレンが響いた。
この第三新東京市に来てから、何度も聞いたこの音。シンジの責務が発生したことを告げるこの音。
なぜ今……こんな時にと、何度も思ったこの音。
「……使徒だ」