初任務を終えた白百合中隊はそれから休みなく働いた。
基地に戻っても燃料と弾薬の補給を終えればすぐに戦場を駆けまわった。
そして、その時はきた。
ここは戦場、私たちは戦争をするためにここへ送られた。
エレーナはそう覚悟を決めていた。
そのつもりだった。
その、ささやかな覚悟など補給部隊の護衛中に敵を発見した瞬間に吹き飛んでしまった。
「本当に戦争をするなんて」
その言葉が胸の中を木霊する。
補給部隊を護衛し、補給物資を届けた帰路に会敵した。
休憩中の敵の輜重部隊だった。
本来なら輜重部隊同士が会敵することなどあり得ない。
それが意味しているものは何なのか。
前線が崩壊した。
敵に押し込まれつつある。
そのことを如実に表す事態だった。
戦車の中のささやきさえ敵に聞こえてしまうのではないかと思った。
「補給部隊は停止、周囲を警戒、私たちがでるわ」
エレーナは補給部隊にそう告げた
部隊は灌木の陰で停止した。
エレーナはハッチから顔を出し双眼鏡で様子をうかがう。
「護衛は先頭と最後尾の2台だけ、まだ向こうは気づいていないわ」
荷台に重機関銃を積んだ護衛車両、物資輸送のトラック
「中尉、どうする?」
双眼鏡を覗いたまま補給部隊の隊長がエレーナに聞く
「軽武装ですが背中を撃たれても面倒です、ここでやりましょう」
「いくらか物資も回収できそうです」
「わかった、回収にはうちの人員を使う」
隊長はエレーナの案に賛成した。
そうして、白百合中隊の戦闘が始まる。
「白百合中隊、10時の方向、スロットルを絞って静かに近づきなさい」
エレーナは止まらない心臓の騒音を無視して、中隊へ指示を送る
「偶数車は合図で護衛の車両に発砲、奇数車は先頭車両を踏みつぶしなさい」
「荷を傷つけないように注意、抵抗があった場合は荷を無視して制圧しなさい」
その時がやってくる。
「全車全速!早く!」
エンジンの悲鳴が聞こえる。
敵までの距離が近づいていく。
敵が気付いた。
慌ただしく動くのが見える。
だがここまで近づけば問題ない。
その場で急停止する車両、そのまま敵に突き進む車両。
「撃て!」
エレーナは命令した。
主砲と機関銃が護衛車両に放たれ、車両が燃えがある。
全速の突撃、トラックの運転席を踏みつぶした。
飛び出し逃げる敵の姿、それを機関銃の弾丸が地面に縫い付けていった。
初めての戦闘はあっという間に終わった。
敵は死に、私たちは生き残った。
「早くしろ!すぐに回収できるものだけでいい!あとは爆破する!」
補給部隊に命令と怒号が飛び交う。
「中尉!」
エレーナを呼ぶ声が聞こえる。
「こいつを持って帰りたい!エンジンがだめだ、戦車で曳けるか!」
隊長が1台のトラックを指さす。
「可能です!」
「ソフィア!マリア!こちらに回しなさい!」
エレーナが大声で手を振り戦車を呼ぶ。
「これを持ち帰る!ワイヤーをかけて!早く!」
「お前らも手伝え!早くしろ!」
エレーナと隊長の声が響く。
敵車両の周りを少女と男たちが走り回る。
牽引用のワイヤーを繋ぎ合わせてトラックにつないでいく。
「できました!準備完了!」
しばらくして、牽引準備ができたと返事が返ってきた。
「ゆっくり曳きなさい!出発したら残りの車両は爆破する!」
エレーナの命令とともに部隊はゆっくりと出発する。
主砲が放たれ、敵車両が燃え上がった。
しばらく進み無線が届くようになったところで、エレーナは司令部に報告する。
「こちら白百合中隊、帰投中に敵輜重部隊を発見、撃破した」
「敵車両1台を鹵獲した」
「こちら司令部、敵を破壊したということでよいか」
「敵輜重部隊を破壊、1両を回収して帰投中だ」
「敵輜重部隊を破壊、1両を回収中、司令部了解」
「ありがとう、こちら白百合中隊、交信終了」
報告を終え無線を切るとエレーナは大きく息を吐いた。
初めて殺した。
もっと何かを感じるものかと思ったが、心は波打たなかった。
とにかく、忙しい、慌ただしい、やらなければいけない。
そのようなことしか感じなかった。
自分自身の気持ちに疑問を感じたが、そんなことを考えている余裕はなかった。
今はとにかく基地へ無事に帰る。
基地へ帰る、そして、また前線へ出る。
そのことだけを考えたかった。
無事に基地へ帰投すると持ち帰った車両へ人が集まってくる。
「武器と弾薬だ!念のため工兵を呼べ!」
隊長が命令する。
敵車両には銃と弾薬、手りゅう弾、地雷などが満載されていた。
銃は後方の警備や訓練用、他はまた前線に送られる。
何もかもが不足しているこの中央回廊では、敵の物であろうとなりふり構っていられない。
白百合中隊は補給処へ戦車を入れた、
戦車を降りると、今まではなかった戦闘の傷が目立つ。
塗装がはがれ鉄の地肌が出ている、小銃弾が当たった跡。
赤黒い染み。
「燃料と、弾薬を補充、点検整備をしなさい」
エレーナは隊員に指示すると報告のために指揮所へ向かう。
「敵車両にあった地図と指示書によると、今の前線を押し込んだ位置、この辺りに向かっていたと思われます」
エレーナは地図を指さし、敵の指示書の内容を他の隊長へ伝える。
「それはどの辺りに書いてあるのだ?」
ひとりの将官がたずねる。
「こちらです、戦線の穴と書いてあります」
クラリスが指示書と地図を交互に指さした。
「なるほど、ここか、確かに死角だな」
1人が地図を見て頷く。
「補給が来ない以上敵が来るか不明だ、だが放置するわけにもいかんな」
もう一人が地図をなぞる、東部から指をなぞり、その指は東壁まで届く。
「ごくろうだった中尉、あとは我々が引き継ぐ、少し休め」
「了解しました、失礼いたします」
そう言ってエレーナとクラリスは部屋を出た。
「エレーナ様、補給と整備は終わっております、次の指示を」
マリアがエレーナの元へ報告にやってきた。
「少し休憩できるわ、交代で休みなさい」
「了解しました!」
エレーナが告げるとマリアは他の隊員の方へ走っていく。
「クラリス」
エレーナは自らの制服を見る。
泥とそして、染み。
「あと…身なりを整えるように伝えなさい」
クラリスにそう告げた。
「了解。各員に伝えます」
そう言うとクラリスは隊員の方へ歩いてゆく。
クラリスを見送ると、戦車の陰に腰を下ろした。
「流石に疲れたわ」
ひとりになったエレーナはそう呟いた。
※少し書き溜まったので、しばらく週2本ペースになります。