そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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精霊に導かれて

白百合中隊の仕事はいくらでもあった。

正規の戦車部隊が前線で戦っている今、後方では全く人が足りなかった。

 

前線の砲声を聞きながら中隊はどんな仕事でもやった。

動けなくなった車両があれば回収に向かい、泥濘と砲火の中でワイヤーをかけた。

 

護衛の任務中は先頭を走り地雷の恐怖と戦った。

 

哨戒任務ではいつ現れるかわからない敵を待った。

 

休んでいる時間などなかった。

食事も揺れる戦車の中で堅パンを齧り、弾薬の隙間で寝た。

 

そうした日々が続く中、皆疲弊していった。

皆の前ではまったく弱音を吐かないエレーナですら、「疲れたわね」とこぼした。

 

自らに課された役割を淡々とこなすうちに、白百合中隊は中央回廊での重みを増していった。

もはや「帝都からやってきた間に合わせ」ではなく「一つの戦力」として認識されていた。

 

その役割の変化により、白百合中隊の居場所は戦線の後方から前線へと動いていった。

 

今までよりも砲声が近い、前線まであと少しというそんな場所。

そこで中隊は歩兵部隊の支援任務を行っていた。

 

白百合中隊は初めて連邦の戦車と接敵した。

 

それは歩兵部隊と中隊が灌木の茂みで簡易防塁を築いていた時だった。

 

連邦の戦車がなだらかな丘の間から姿を現したのだ。

 

「連邦の旧式ね…向こうはまだ気づいていない…」

エレーナはつぶやいた。

 

「旧式」とは言ったが「帝国の最新式に比べて」というだけで、白百合中隊の第三世代戦車よりも新しい型だ。

 

エレーナは戦車隊の指揮官に聞いた言葉を思い出す。

 

「あいつらは目が悪い」

 

連邦の戦車は3人乗りのため、車長が砲手を兼ねている。

 

そのため射撃準備中は周囲の状況把握がおろそかになる傾向があった。

 

先生からの教えも思い出す。

 

「遮蔽と角度」

 

自らの姿を敵に見せず、正面で相対するな、角度をつけて受け流せ。

 

それは防御だけの話ではない。

攻撃時にも有効なのだ。

 

敵に角度をとらせない。

 

敵の横腹を撃ち抜く。

 

戦場の経験から作られた血の教本だった。

 

「クラリス、偶数車を率いて迂回、待機しなさい」

 

「私たちが敵の前に出て、足を止める」

 

「足が止まったら側面から仕留めなさい」

 

エレーナが2号車のクラリスに無線で指示を出す。

 

「了解」

 

クラリスが短く返事をする。

 

相手はまだ気づいていない

「合図で飛び出す、各車全速、正面に向きなさい」

 

奇数車から了解の返事が返ってくる。

 

エレーナは大きく息を吸った。

「突撃!」

 

合図とともにエンジンが唸りを上げ灌木の陰から飛び出した。

 

前方の戦車と向かい合う。

 

「前方!各個射撃開始!」

 

戦車が急停車し大きく揺れる、向こうも気づき足を止めた。

だんだんと揺れが小さくなっていき、あと少しで揺れが止まる。

 

止まる直前、揺れと揺れの間にエレーナの乗る1号車の主砲が放たれた。

そして、敵戦車の正面に命中。

 

だが、弾かれる。

 

「この砲じゃ無理か」

 

それは最初から分かっていたことだった。

 

「射撃と移動!足を止めたら打ち抜かれるわよ!」

エレーナの檄が飛ぶ

 

移動をした瞬間に、自分たちがいた場所に砲弾が跳ねる。

敵の戦車は足を止め、エレーナ達に狙いを定め射撃をする。

 

動いていれば当たらない、そう思っていても地面を跳ねる敵弾の威力に肝が冷える。

 

 

敵がエレーナ達に狙いを定める。

その時、敵戦車の1台が火を噴いた。

 

無防備な側面からの射撃、装甲板に垂直に当たる角度。

敵は明らかに動揺していた。

 

何処から撃たれているのかわからなかったのだろう。

 

クラリスたちを発見し、そちらへ車体を向けた戦車がいた。

その戦車はエレーナ達に撃破された。

 

次々と炎上していく連邦の戦車たち。

 

「敵の動きを見なさい!」

 

「足を止めるな!」

 

エレーナは続けざまに指示を出す。

 

あと少し。

 

あと少しでこの恐怖の時間が終わる。

誰もが心の奥で小さく思った。

 

そして、心と戦場に一瞬の空白。

 

エレーナの左前、3号車から火花が散った。

 

敵が最後に撃った弾。

揺れる車体から撃ち出されたその一撃が、3号車に当たった。

 

3号車は、よろよろと動き、車体が傾き、止まる。

何事もなかった、誰もがそう思った次の瞬間に、ハッチから火柱が噴出した。

 

「まだ動く!」

 

「敵の動きを確実に止めなさい!」

 

3号車が被弾した、燃えている、それを見たエレーナの第一声。

 

先生の教え、

「自分の怪我より敵の位置」

 

その教えを正確に遂行した。

そうして、敵戦車は完全に沈黙した。

 

「3号車を救助する!援護しなさい!」

 

エレーナはそう叫んだ。

 

「3号車から脱出したのを誰か見た!」

 

誰も答えなかった。

 

 

エレーナは燃え上がる3号車を見つめた。

燃料と弾薬を積んだ戦車の火はまだ消えない。

 

 

「歩兵部隊の陣地構築を支援しなさい」

「3両は周辺警戒」

 

エレーナは中隊に命令した。

その声は極めて冷静だった、幼馴染のクラリスだけが動揺を感じ取った。

 

「エレーナ様、後方から友軍です」

クラリスが静かに報告した。

 

 

陣地構築が完了したころ前線の戦車部隊がこちらの陣地に到着した。

先ほどの連邦の戦車は先行部隊であったようだ。

 

後続の主力が到着するまでに陣地を強化し、迎え撃つ。

作戦は変更された。

 

本来ならば最初から主力の部隊が出てくるところだが、帝国の主力戦車は数が足りない。

そのため、白百合中隊に任されていたのだ。

 

当初の作戦では「白百合中隊は歩兵部隊の陣地構築を支援し、騎兵戦車隊が到着次第交代し帰投せよ」

戦闘は予定外であった。

 

別の前線からやってきた戦車部隊の指揮官がエレーナに言った。

「あの嬢ちゃんたち死んじまったのか、、、」

 

ソフィア

 

タリア

 

トリエステ

 

マリアナ

 

3号車の乗員たち。

 

「えぇ、死んでしまいました」

エレーナの声は感情のこもっていない貴族の声だった。

 

「死」という事実だけを肯定する。

もし彼女たちの死に「悲しい」という感情を持ってしまったら、もうそれを押しとどめることはできないだろう。

 

そんな気持ちが胸の中に渦巻いていた。

 

「ここは人が死にすぎる」

 

指揮官の男はぽつりと言った。

 

火が消え熱も冷めた鉄屑、その中で4人の遺体を探した

ほとんど何も見つからなかった。

 

燃料と火薬で焼き尽くされていた。

黒い灰を白い袋に詰め込み、灌木の中の名も知らない木の根元へ埋めた。

 

3号車は回収しない。

彼女たちの墓標はいつまでもここに残るのだろうか。

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