前線後方の哨戒任務にあたっていた白百合中隊。
中央回廊に赴任した当初は全ての戦域で連邦に押されていたが、今は帝国も反撃をしていた。
ただ、そのせいで戦線が入り乱れ、何処に敵がいるのかわからない複雑な状況となっていた。
以前に敵部隊が監視の穴をついて侵入したことから、後方の警戒もおろそかにできない。
白百合中隊はエレーナ班、クラリス班に分かれ警戒中であった。
いつもの哨戒任務、だが今日は少し違った。
「戦線が入り乱れている、稜線の左側、灌木の…」
そうエレーナが無線を送った時、何かが光ったように見えた。
次の瞬間に、エレーナの乗る1号車に凄まじい轟音が響き、巨体を揺さぶられるような衝撃が襲った。
同時に照明が消え、煙が充満し、のぞき窓のかすかな明かりしか見えない。
やられた
「敵はどこ!」
エレーナが叫ぶ
「…いた!稜線のむこう!野砲がいます!4門見えます!」
「無線が…使えません!」
先ほどの轟音が嘘のように車内は静かだった。
砲手がそう言うと、エレーナは頭上のハッチを押上げ身を乗り出した。
車体からは白煙が上がり、火薬のにおいが鼻についた。
大声と手信号で後続車両に指示を出す。
指示が伝わり、中隊が攻撃を開始するのを確認すると、車内に戻った。
「損害は!どこに当たった!」
「砲盾に当たったみたいです!駐退機が下がってます!」
漏れ出した油を被った砲手が答える。
「エンジンまわせ!」
「後退!後退しなさい!」
操縦手に命令するが反応がない
「アンナ!どうしたの後退よ!」
操縦席から返事は聞こえない。
車内の温度が下がった気がした。
「アンナ!」
その声に操縦席からやっと反応が返ってくる。
しかし、
「ああああぁぁぁ!」
耳が痛くなるほどの叫び声。
「助けて!助けて!」
「ハッチがあかない!どうして!」
「でられない!」
「熱い!」
帰ってきたのは少女の叫び声だった。
「アンナ!落ち着きなさい!大丈夫!かすっただけよ!エンジン始動!後退しなさい!」
「だめ!出られない!たすけて!」
アンナに声は届かず叫び声が大きくなっていく
エレーナは狭い車内に潜り込むと、連絡孔からアンナの髪を掴んで引きずり寄せた。
「敵が殺す前に私が殺すわよ!さっさと動かしなさい!」
その怒声にアンナがひぃ、と小さく悲鳴を上げると戦車は不快音を響かせながら後退を開始した。
整備場に着くと、真っ青な顔をしたアンナが操縦席から引きずり出された。
地面に力なく座り話し始める。
「もう…無理です…帝都にかえりたい…」
「エレーナ様…殺してください…死んだら…帰れる…」
「家…お屋敷のお墓に…」
「帰りたい…」
「エレーナ様…お願いします…」
アンナが死んでもいいから帝都に帰りたいと懇願する。
「ここで死んでも弾薬袋に包んで泥に埋めるだけよ」
エレーナが冷たく言い放った。
「帝都に帰りたいなら乗りなさい、出撃よ」
青白い顔をしたアンナの頬を叩き、予備機の操縦席に詰め込む。
「…アンナは大丈夫ですか?」
小声でエレーナに声をかける副官のクラリス
「耳が聞こえないの!大きな声で言ってちょうだい!」
珍しくエレーナは不機嫌だった。
「殺してくれと頼むくらいならまだ大丈夫よ」
いつもと同じ静かな声で言うと、エレーナは戦車に乗り敵へ向けて走り出した。
「エレーナ中尉!」
エレーナが先日の戦闘で損傷した乗機を確認していると声がかかった。
「エルンスト中尉、お久しぶりです」
帝都でエレーナ達を「戦車の楽園」に叩き込んだ先生がそこにいた。
「お前たちの噂はいろいろ聞いているぞ!」
「この前は怯えた乗員に拳銃を押し付けて戦車に詰め込んだんだって?」
「俺の授業を覚えているようで結構結構!」
先生が豪快に笑う。
「誰がそんな噂を流したのでしょう?」
「わたくしは震える彼女の手を優しくとっただけですわ」
エレーナは上品に笑う。
実に結構、そう言って先生は話し出す。
「それで、アンナは大丈夫そうか?」
「休みなく出撃させてます、もう死にたいなんて思わないでしょう」
「……。」
「…さすがに頭に拳銃はやりすぎだぞ」
「…決してそのようなことはしておりません」
先生は「そうか」とだけ返事をする。
煙草を差し出し、エレーナが断ると、自分の煙草に火をつけ、静かに話し出す。
「エレーナ、なんとかあいつらを連れて帰ってやれ、お嬢様はサロンでお茶を飲んでるのがお似合いだ」
「俺も貴族だからな、お前らがここにいなきゃならない理由はわかる」
「だがな、あのお嬢ちゃんたちは若すぎる」
「もう4人死んじまった」
先生は顔を伏せながら言った。
「あの楽園を忘れるな」
「角度と遮蔽」
「自分の怪我より敵の位置」
「俺が教えられるのはそんなもんだ。
先生は静かにエレーナの目を見つめた
「先生も生きて帰りましょう」
そう、声をかけようとした。
しかし、先生は笑った。
「俺はお前らより年寄りだ、それにこの戦争の後始末をつけなきゃならん」
「だが、お前らは違う、帝国の未来のために生きろ」
エレーナは先生に深く感謝した。
帝都の「楽園」で戦車兵の心構えを叩き込んでくれたこと。
もしパレード用のお飾りの訓練しか受けていなければすでに全滅していた。
「先生、ありがとうございます」
エレーナは先生に深く礼をした。
「エレーナ、お前もだぞ?」
お前も生きて帰れ、そう言って先生はもう一度笑った。