本来ならば皆が眠る時間だが、戦場は眠らなかった。
昼前から散発的に続いていた戦闘が、日が暮れるほどに加熱し、深夜となった。
戦場は今が夜ということを忘れるほど照明弾に照らされ、燃える車両の揺らめき、煌々と照らす月明かりによって怪しく彩られていた。
当初は後方にいた白百合中隊であったが、今は正規兵が補給のために下がり、代わりに前線で敵と対峙していた。
前線で戦車と対峙するのは3号車を失った戦い以来だった。
「正面から撃ち合ってはだめよ、こちらの砲では弾かれるわ」
「向こうの弾は掠っただけでも致命傷よ」
いつも同じことを言っているな、エレーナは心の中で笑ってしまった。
敵を貫けぬ槍、攻撃を防げぬ盾、その現状にある意味慣れてしまってると言えた。
しかし、この戦車では本来立ち向かってはいけない相手なのだ。
正規兵からのおさがり戦車
帝国第三世代戦車、通称「戦車兵用オーブン」
非力なエンジンを補うために小さく作られた車体。
その中に砲と乗員を詰め込んだ。
車内は極めて狭く、むき出しのエンジンの熱が戦車兵を焼く。
あまりの不快さに、すぐに次の戦車が開発されたほどだった。
生産はされたが訓練用にしか使われず、余っていた。
そのため当時の白百合中隊に回されてきたのだ。
「嘆いても仕方ないわね」
今出来るのは自分たちの数少ない優位性を活かすことだけ。
「こちらの方が姿勢は低い、静かに、静かに近寄りなさい」
車体の小ささからくる低視認性、そして小型ゆえの静粛性
それだけを頼りとするほかなかった。
エレーナの声は無線でもわかるくらい緊張していた。
地形に沿うように静かに進む白百合中隊
森を背にして地形に沿うことで姿をぼかす。
戦車教本に書いてある戦車兵なら誰でも学ぶ基礎知識。
これは実戦で、ここは戦場、知識はあってもそれが出来るかは別だ。
だが、そう思ってもやるしかない。
出来なければ待っているのは死だ。
薄明りしかない灌木と灌木の隙間、白百合中隊はゆっくりと静かに進んでゆく。
そうして、
「…見つけた……。」
エレーナからまるで幼い子供のような声が漏れた。
まるで小さな手で宝物を見つけたようなその声。
真後ろにあるエンジン音がかすむほど、心臓の音が大きくなる。
「前方の土塁に隠れなさい…」
「ゆっくり、ゆっくりよ……」
土塁から砲塔だけを出す形で白百合中隊は停車した。
敵はまだ気づいていない、このまま横を見せたまま通過するはずだ。
そうであってほしい。
もし、そうならなかったらどうするべきか。
エレーナの頭には成功、失敗、様々な場面がよぎる。
覚悟を決める。
「信号弾の合図で発射、奇数車は先頭、偶数車は最後尾を狙いなさい」
「足を止めさせたら、各自で射撃」
「5発撃ったら全速後退、森を抜けるわ」
エレーナが信号弾を構える。
心臓の音が敵に聞こえるのではないかと思うほど鳴る。
敵の声が聞こえる。
石を投げれば届く距離だ。
「大丈夫、大丈夫」
エレーナが小声でつぶやく。
息を吸い、とめる。
信号弾を発射した。
あたりが一瞬だけ昼間のように明るくなった。
「撃て!」
夕日のような発砲炎が上がるたびに敵の姿が浮かび、また闇に消える。
そのうちに燃え上がる炎によって辺りが照らされ始める。
先ほどまで静かだった戦場は、猛獣の尾を踏んだように大騒ぎだった。
「撤退!撤退!」
エレーナが叫ぶ
こちらは発見されれば命はない、速やかに白百合中隊は撤退した。
後方では敵の照明弾が次々に打ちあがり青白い光が照らし始める。
銃声が響き、赤い曳光弾の光が地面を跳ねていく。
息をひそめ、静かに森を抜け、何とか敵に見つかる前に森を抜けた。
「損害を報告しなさい」
次々と帰ってくる「異常なし」の返事を聞き、エレーナはやっと安堵した。
「白百合中隊、敵車両を破壊した、これより補給に帰還する」
司令部に無線で告げた。
車内には焼けた薬莢が転がっている。
装填手が小窓から投棄してゆく。
途中で騎兵戦車隊とすれ違った。
「うちの偵察が確認した、うまくやったな大戦果だ」
「やつらが混乱しているうちにもう一押しだ」
あとは任せろという戦車兵の声を背に白百合中隊は帰還した。
基地の明かりが見え、門をくぐろうとした時に、1台の戦車が白煙を上げる。
撃たれた!こんなところで!
エレーナはそう思ったが、無線が入ってくる。
「冷却水が抜けました!」
慌てた隊員の声。
「エンジンが……」
そこで無線が途絶えた。
「エンジンを止めて!火を噴くわよ!」
途絶えた無線に呼びかける。
その呼びかけは空しく、戦車から炎が噴き出した。
ハッチが開き隊員が飛び出した。
「全員脱出した!?確認して!」
エレーナは全車の無線にそう叫ぶとハッチを開け飛び出していた。
燃え上がる車両に駆けていく。
一人、二人、三人、四人……全員が脱出できていた。
「大丈夫!?怪我は!」
「大丈夫です!皆無事です!」
少し服が焦げた車長のマリアが報告した。
「良かった……無事で……」
エレーナの弱弱しい声が漏れる。
自らの声に、はっとした表情を見せた。
「!」
「誘爆するかもしれない!すぐに離れて!」
「基地に報告して!故障により1台炎上中!」
一転して怒声のような大声。
「5号車は放棄!帰投するわ!」
5号車の乗員は他の戦車に掴り基地を目指す。
エレーナは2号車、クラリスの車両に掴っていた。
「エレーナ様、危険ですので隊員にご命令ください」
クラリスは先ほどのエレーナの行動を諫めた。
だが、エレーナにはクラリスの声は届いていなかった。
弱々しく俯いている。
「もう限界よ」
「人も車も」
エレーナの独り言。
クラリスはかける言葉が見つからない。
一回り小さくなった幼馴染の姿を唯々見つめた。