そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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英雄の名

中央回廊連邦軍司令部、その中にある執務室の一室。

そこは連邦の施設でありながら、帝国調にしつらえられた上品な家具が並んでいた。

 

「戦果は旧式の戦車1両か」

連邦の将軍服に身を包んだ男が、報告書に目を通し呟く。

 

「最初に地雷を踏んだ1両です、撤退時に爆破され回収はできませんでした」

部下の男がそう付け加えた。

 

「そして、こちらの損害が……」

「大破1両、中破5両、軽微な損傷5両……」

「戦死2人、重傷5人、軽傷6人……」

 

男は淡々と報告書を読み上げていく。

 

「損害は甚大だな」

そう言うと、男は報告書を机に置いた。

味方が受けた被害であるが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「そのようですね」

部下もこともなげに答える。

 

「旧式相手に随分と被害が出たようだが、どういうことだ?」

 

部下の男は報告書に目を落とすと、かいつまんで説明を始めた。

「まず、待ち伏せしていたこちらの部隊ですが、まだ経験の浅い部隊だったとのことです」

「車体を埋め、防御力と射撃精度を補おうとしたようですが、動きが取れないところを狙われました」

 

恐らくですが、と前置きをして部下は続ける。

「我が軍の照準器は、残念ながら帝国の物より劣ります、彼らに敵の姿は殆ど見えていなかったでしょう」

「特に今回のような雨中、そして低光量下では猶更です」

 

男は無言で頷き、続きをうながした。

 

「そして、地雷に接触してからの反撃、後退までの動きが見事です」

部下の口ぶりから、ここからが本題なのだなと男は察した。

 

「後退し射撃、そしてまた後退」

「動きが止まりません、あのような目標は、我が軍は苦手でしょう」

 

「また射撃精度も高いものですね、打ち上げですから普通なら稜線を飛び越えるものですが、当ててきました」

 

攻撃を受けてからのあまりに鮮やかな動き。

部下の口調は、もはや賞賛とも言えるものだった。

 

「ずいぶんと手練れだな」

男が呟くと、部下も同意するように頷いた。

 

「前に報告された部隊で間違いないか?」

 

「おそらくそうでしょう、中隊規模、第三世代戦車、2か月ほど前から報告に上がった部隊で間違いないと思われます」

報告書を閉じ部下が答えた。

 

その言葉を聞いて男の顔には笑みが浮かぶ。

「相変わらずの戦いぶりだ!」

 

本来であれば将軍である男のもとに、小さな戦闘経過の報告書が届くことなどない。

全ては処理され、全体の戦況報告として伝えられるだけだ。

 

それではなぜ、この報告書がここにあるのか。

 

それは全くの偶然だった。

 

ある日、前線視察中だった男の耳に、「輜重部隊が襲撃された」という連絡が入る。

それは将軍に同行していた者への報告だったが、変化のない前線に退屈していた男が、何気なく尋ねたのだ。

「何が起こった?」と。

 

将軍に聞かれては答えないわけにはいかない、詳細がひとつずつ説明されていく。

 

帝国の強固な防衛線に苦戦していたが、偶然に穴を見つけた。

そして、それを利用して後方に浸透、挟み撃ちにして前線に大穴を開ける、そんな作戦を実行した。

 

攻撃部隊は浸透に成功、あとは燃料弾薬を確保するだけというところまで進んだ。

そして輜重部隊が向かっていたところで車両が故障し、修理を始めるというときに襲われた。

 

そのような内容だった。

 

「最後方の部隊は少し離れていたため、そのまま撤退し、いま報告が上がってきたところです」

 

「ずいぶんと大胆な作戦を考えたものだな」

功を焦った奴が考えた雑な作戦か、男はそう思い興味を失いつつあった。

 

だが、苦笑いしながらこう続ける。

「はは、我らも大胆ですが、奴らも大胆なようです」

「旧式の戦車で我らの車両を踏みつぶし、車ごと物資を奪っていったのですから」

 

それを聞いて将軍の男の顔がぴくりと動く。

 

何かが気になる。

それは長年戦場を見た経験だったのか、それともただの勘だったのか。

 

「それはずいぶん大胆なことだ、面白い私のところにも報告を上げておけ」

そう告げた。

それが始まりだった。

 

それから、部下は輜重部隊を攻撃した謎の部隊について情報を集め始めた。

 

情報はあっさりと集まってきた。

旧式の戦車を集団運用している部隊など、殆どいなかったからだ。

 

その部隊は、前線にも、ときには後方にも現れた。

そして、すべての報告に共通しているのが、「動きが素早い」「命中精度が異常に高い」という類の評価だった。

 

それらはまさに精鋭部隊の特徴そのものだ。しかし、そこで一つの疑問が沸き上がる。

 

「それほどまで見事に動ける連中が、なぜ旧型に乗っているのか、だな」

男が部下に疑問を投げかける。

 

「えぇ、単純に考えれば車両が足りない、ということですが……」

その説明には部下の男も納得がいかないのだろう、それはとても歯切れの悪いものだった。

 

「それは無いな」

男は疑問を断ち切るように、一言で否定した。

 

「帝国は前線にあれだけの新型を送り込んできているのだ、また新しい型も現れたというではないか」

 

少し前に第6世代が現れたと思っていたら、帝国はまた新たな戦車を投入してきた。

連邦はその火力と防御力に手を焼いていた。

 

それゆえに、

「これほど動けるのに旧型に乗せる利はない……」

 

その結論に戻ってしまう。

帝国軍の意図が全く読めなかったのだ。

 

しばらくして、ふぅとため息をつくと考えるのやめた。

目下、それどころではない問題があるのだ。

 

「上からは戦果を上げろ、戦線を押し戻せと矢のような催促だ」

男が椅子の背もたれに深く沈み込む。

 

「ままなりませんな」

部下の男も小さくため息を吐いた。

 

「所詮、我らの連邦なぞ付け焼刃の野合の集だ、少し強くなったくらいでは帝国には勝てんよ」

連邦が弱い、その事実を男はこともなげに口にした。

 

「だが、我らのためにこの戦いは勝たねばならん、それで犠牲になる者には可哀そうな話だがな」

男はうっすら笑みを浮かべる

 

「首都の者の命など勝利に比べれば安いものです」

「我らの悲願を」

部下の男は言った。

 

「そうだな…」

男は遠くを見つめる、その脳裏には先祖がたどりけなかった豊かな帝国の大地が浮かんでいるのか。

 

 

「この部隊については調査を続けろ」

 

「承知しました」

部下の男は報告書へ追記をすると部屋を出ようとした。

 

しかし、将軍の様子が気になり、立ち止まった。

 

「なあ?」

 

「何でしょう?」

机に肘をつき頬を預ける、男の口調は妙に軽いものだった。

 

「この部隊は英雄になると思うか?」

 

その言葉に部下は表情を硬くした。

 

英雄、それは帝国では武に優れたものに付ける称号である。

その名を冠する「英雄皇帝」そして「征伐皇帝」のような者につけられる尊称だ。

 

しかし、連邦にとっては先祖の苦難を象徴する「災厄」を意味する言葉でもある。

 

「私はな、この戦場に英雄は現れると思っている」

 

「そして、新たな英雄を打ち破り」

 

「古からの英雄も打ち破る」

 

「それでこそ我らの悲願が果たされるというものだ」

 

男の姿勢は相変わらず崩れたままだ。

 

 

だが、その目は力強く報告書を見つめていた。

獲物を見つけたように。

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