そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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孔から見た景色

「今回は歩兵、騎兵、騎兵戦車隊、白百合部隊での共同作戦となる」

 

各科の指揮官を集めての作戦会議。

エレーナは、あらかじめ配られていた作戦概要に目通しながら、作戦指揮官の言葉を聞いていた。

 

「この作戦の目標は、敵補給所の奪取、もしくは破壊だ」

「北部からは歩兵と騎兵、南部からは騎兵戦車隊と歩兵」

「そして中央からは、白百合部隊」

 

エレーナは地図から顔を上げ、作戦指揮官を見据える。

 

「白百合部隊の役割は、敵を引き付ける役割だ」

 

「陽動攻撃によって敵を防衛施設から引き離すと同時に、撤退を装いこちらの防御陣地までおびき寄せる」

「そして、敵を釘付けにしている間に敵の補給所を奪取する」

 

「白百合部隊はあくまでも囮だ、戦闘はなるべく避け損害を最小限にするように」

 

「先の戦闘での撤退戦での行動は見事だった、君たちならうまく出来るだろう」

作戦指揮官からの賞賛とも言える言葉にエレーナの心は少しざわつく。

 

あの撤退は決して成功ではない、自分たちの失敗を取り戻しただけだ。

エレーナには血が滲んだヘレンの顔が浮かんだ。

 

「それでは作戦について各隊指揮官から意見を……」

作戦指揮官からの指示で討議が始まった。

 

「エレーナ中尉、少しいいか?」

声をかけてきたのは、エルンスト中尉だった。

 

「この作戦の成否はお前たちの動きにかかっている」

 

「これが上手くいけば連邦を押し戻し、幾ばくかの時間を稼げるだろう」

「そうなれば戦線を立て直し帝国が優位に戦争を進められる」

 

「俺たちの命、お前たちに預けたぞ」

エレーナはエルンスト中尉、先生の言葉に身が引き締まる思いだった。

 

「と、まぁ脅かすのはこれぐらいだ」

次の瞬間、先生はいつもの調子に戻って豪快に笑った。

 

「いいか?エレーナ、お前たちの仕事は敵の撃破じゃない」

 

「逃げて逃げて逃げまくれ、お前たちを弱いと思い込ませろ」

 

「エレーナ、帝都の楽園を忘れるな、基本に忠実に、だ」

 

そう言って笑う先生に、エレーナは帝都の淑女のように丁寧な一礼を返した。

「先生、ありがとうございます」

 

 

共同作戦当日、薄暗い、まだ地平に陽が昇る前にエレーナ達の作戦は始まった。

 

「始まるわね」

エレーナがつぶやく。

同時に、無線封鎖が開始される。

 

包囲部隊は敵に気づかれずに待機場所につけるのか。

敵は白百合中隊へ食いつくのか。

作戦は成功するのか。

失敗したら戦線が崩壊するのではないか。

 

エレーナの胸の中には様々な不安が渦巻く。

 

それを振り払うようにエレーナは言った。

 

「中隊前進」

白百合中隊は行動を開始した。

 

今までは敵に見つからないように行動していたのに、今度は敵に見つかろうとするとは。

エレーナは、ふふっと小さく笑った。

 

不安、高揚感、恐怖、先生の信頼に答えたい、その様々な思いが胸に渦巻いていた。

だが、エレーナの心は安定していた、むしろ精神が研ぎ澄まされているように感じる。

 

その高まり切った精神が、あるいは今までの経験が花開いたのか、白百合中隊は予定通り作戦開始位置まで到達した。

 

 

エレーナはハッチから身を出し、あらかじめ決めていた符丁を送った。

(敵の前へ飛び出す、一斉射撃、後退)

 

「前進」

操縦手に告げるとエンジンが唸りを上げる。

 

そして、エレーナは藪の中から敵部隊の前に乗り出した。

後続の車両も後に続く。

 

目の前に広がる敵部隊。

 

全速で敵へ近づく、エンジンも履帯も悲鳴のような音を上げる。

 

全速からの急停止、鉄の箱の中で体が振り回される。

振り子のように揺れる戦車が徐々に落ち着く。

 

あと少しで止まる、その直前に主砲が放たれる。

 

砲弾の軌跡が敵戦車に吸い込まれてゆき、徹甲弾が正面装甲に弾かれ火花が散る。

 

予定通り。

今まではどうやって装甲を貫くか考えていたのに、今はこれが成功だ。

 

そして後退する、各自がバラバラになるように。

狼狽したように。

 

無線封鎖解除

 

「後退!後退!」

 

「敵を発見した!」

 

そして敵からの砲火が炸裂する。

 

「撤退!」

 

「損害は!」

 

敵が追撃を開始する。

早すぎず、遅すぎず、撤退しなければならない。

 

エレーナは初めて戦闘が怖くなかった。

楽しい?いや、違う。

 

初めての感情が体を満たしてゆく。

至近弾が炸裂しても心の平穏は揺るがない、頭の中はどこまで行っても静かだった。

 

敵が完全に食いついた。

エレーナは待ちに待った符丁を無線で発信する。

 

「こちら白百合中隊!援護求む!」

繰り返し無線を発信する。

 

前線の部隊にはちゃんと届いただろうか、エレーナはそう思いながら撤退を続ける。

 

「相互に援護! 射撃を続けなさい! 後退!」

 

エレーナは続けざまに指示を飛ばす。

それは実際の命令というより、自分の中にある戦車教本を思い出せ!という感情に近かった。

 

「先生、あとはお任せします」

心の中で強く思った。

 

敵部隊の引き付けに成功した。

唯一の誤算は、敵が全く引かなかったことだ。

 

白百合中隊は防御陣地まで後退に成功した。

敵車両にも被害が出ている、しかし、全く引く気配を見せない。

 

損害を顧みず攻撃を続けてくる。

台数は減ったが攻撃はさらに増加していた。

 

「第二陣地まで後退する!」

「援護をしながら後退しなさい!」

エレーナの指示が飛ぶ。

 

第二陣地まであと少し。

次の瞬間、エレーナの視界は暗転した。

 

「エレーナ様!エレーナ様!」

雑音まみれの車内にアンナの声が遠く響く。

 

重い瞼を開ける。

見えた光景は、煙に包まれた車内。

 

視界が揺れる

 

音が聞こえない

 

朦朧とした意識を鋭い痛みがつなぎ留めた。

 

「うぅぅ……ぐ……」

エレーナの嗚咽が漏れる。

 

「エレーナ様! ご無事ですか! 攻撃を受けました! 車が動きません!」

 

エンジンの異音は増し、煙が吹き込んでくる。

 

「消火剤……」

エレーナがレバーを引くと消火剤が車内に噴霧される

 

車内を見ると同じように苦痛に顔を歪める仲間たちの姿が見えた。

 

「アンナ……静かに……て、敵はどこ……」

エレーナがペリスコープから周囲を覗く。

 

そして驚愕した。

手を伸ばせば届くような距離に敵戦車がいた。

 

獲物を探すかのように、足を止め、砲塔を動かしていた。

 

「あ……」

言葉は出なかった、声が口からひとつこぼれただけ。

 

私はもうこれまでみたいね。

 

エレーナはそう思った。

恐怖はない、ただただ、これから自分が死ぬのだということが分かっただけ。

 

しかし、いつまでたっても「その時」が訪れない。

 

「死んだと思われている?」

 

火災の煙

消火剤の煙

敵はエレーナ達が火災を受けて沈黙したと考えたのかもしれない。

 

そう思った。

そうであってほしいと思った。

 

そして、エレーナは命令した。

 

「徹甲弾を込めなさい……」

「ゆっくり砲塔を回して……」

「ゆっくりよ……」

 

乗員たちは一瞬、驚愕した表情を浮かべたが、すぐに行動に移った。

 

「この一発だけよ……」

 

砲は生きているのか

 

装甲を貫けるのか

 

敵の反撃はあるのか

 

不安要素しかなかった。

 

「砲は、大丈夫みたいです……」

装填手は顔についた血を皮手袋で拭い徹甲弾を装填する。

 

「油圧が抜けてます……ハンドルが回らない……」

砲手の顔は血と涙でぐしゃぐしゃだった。

 

「ゆっくりよ…」

血まみれのエレーナは砲手と一緒に手動ハンドルを回す。

ギギッという音の後、ゆっくりと砲塔が動く。

 

「照準器が狂ってます……照準線が飛んで見えません……」

砲手がエレーナを見上げる。

 

「落ち着いて……この距離ならあたるわ……」

エレーナは砲の調整孔を覗き込む。

 

「右、右、もう少し……」

孔の中央に敵戦車が近づいていく。

 

そして、

 

「撃て」

 

主砲の爆発音。

帝都の大鐘のような音。

 

一瞬の静寂の後、敵戦車の砲塔が吹き飛んだ

すさまじい衝撃が1号車を揺らし、消えていた火災が再び戦車を襲う。

 

「脱出!脱出しなさい!」

そう命令したが、エレーナの体はもう動かなかった。

煙が車内に充満していく。

 

狭い車内で、砲手も装填手も身動きが取れずにいた。

何とかエレーナを押し上げようとしたその時、ハッチが開かれた。

 

「エレーナ様!お手を!」

アンナがハッチから手を差し出し、エレーナを引き上げる。

 

体を引きずりながら脱出し、戦車の車体から地面に転げ落ちた。

今までいた戦車の車内からは白煙が吹き上がる。

 

そこへ後方からクラリスの駆る2号車が近づいてきた。

「エレーナ様!ご無事ですか!」

 

「なんとかね……」

三人がかりでエレーナを担ぎ上げ2号車に乗せると後退を続けた。

 

揺れる戦車の上から、戦場を見る。

「なぜ追ってこないの……?」

 

エレーナ達が敵車両を撃破してから明らかに敵の動きが鈍くなった。

敵が混乱しているのだ。

 

「どういうこと……?」

エレーナも混乱した。

 

「でも好都合ね……クラリス……第2陣地まで後退を続けなさい……」

そこでエレーナの意識は途切れた。

 

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