ぼんやりとした明かり、鼻をつく薬品臭。
エレーナが目を覚ましたのはベッドの上だった。
顔が痛い、体が痛い、気分が悪い。
最悪の目覚め。
「エレーナ様!」
目を開けたエレーナの顔を、クラリスが心配そうに覗き込んだ。
「てきはどうなった……みんなは……」
叫んだつもりだったが、か細い声しか出なかった。
ベッドから体を起こそうとするが、体が動かない。
全身に走る激しい痛みに、エレーナの表情が再び苦痛に歪む。
「エレーナ様!落ち着いてください!作戦は成功しました!」
クラリスはエレーナの肩を抑え、そう告げた。
「成功……」
エレーナはそれだけ呟くと、ふぅと息を吐いた。
エレーナが安堵したのを確認すると、クラリスはエレーナが気を失った後の経緯について静かに語りだす
「あれから敵が目に見えて混乱を始めました」
「どうやら、エレーナ様が撃破した車両が、敵の指揮車両だったようです」
「残された戦車たちの動きを見て、そう判断いたしました」
連邦軍では、指揮官の権限が極めて高い。
無線機で発信ができるのは指揮官車のみであり、他の一般車両は受信専用として運用されている。
今までに鹵獲した車両や、回収した運用指示書などから、帝国軍ではそう分析していた。
だからこそ、
「私たちが、目の前にいても、動かなかったものね……」
エレーナは意識を失う直前の光景を思い出す。
自分でもそう判断するだろう、そう思った。
「ええ、その通りです」
「私がエレーナ様の救援に向かった際も、敵は何も反応を見せませんでした」
「その後は、混乱しながらも動き出しました」
「詳細は分かりませんが、当初の命令がそのまま優先されたのでしょう」
クラリスはその後の動きについて説明していく。
「そのまま後退を続け、防御陣地まで引き付けることにしました」
「エレーナ様もですが、他の車両にも故障が目立っていましたので」
「その後は……防御陣地の友軍の砲撃で撃破しました」
「すべて……? あの数を……?」
エレーナは驚きの表情を浮かべる。
なぜあの数がいて全滅するのか。
「私たちには考えられませんね……」
クラリスの表情は困惑と言ったものだった。
「戦術について聞いたことはありました……連邦は一度動き出した作戦は止められない……」
「まるで全滅するために戦っているようでした」
クラリスは自分たちとあまりに違う戦い方に動揺したと語った。
そして、一拍置いてから中隊の被害状況を報告にする。
「我が中隊の損害は、エンジン火災で破棄した1両、履帯が切れた1両、そしてエレーナ様の1号車の計3両です」
「1号車以外に怪我人は出ていません。エレーナ様が一番の重症で、他は全員、軽傷です」
その報告を聞いて、エレーナは胸をなでおろした。
「本隊の方は? 先生は?」
「そちらも成功したと連絡が入っております」
「敵の輜重部隊を壊滅させ、敵軍を大きく押し戻すことに成功したと」
「奪取した陣地は、そのまま前進基地として運用するようです」
「大勝利ですよ」
落ち着きを保ちながらも、クラリスの声には少しだけ高揚していた。
「良かったわ……本当に……」
エレーナは静かに微笑んだ。
しかし、クラリスの口調が急に厳しくなる。
「エレーナ様」
「あんな無茶はもうなさらないでください、あんな近距離で主砲を撃つなんて……」
「1号車が燃え上がった時…わたくし、心臓が止まるかと思いました……」
クラリスは手を強く握り、顔を伏せた。
「わかったわ、もうあんなことはしないわ」
エレーナが静かに微笑み言った。
しかし、クラリスの苦言は続く。
「お体の傷をみたら侯爵様がなんとおっしゃるか……エレーナ様を支えるように言われた私の立場がございません……」
クラリスは手鏡を取り出すと、エレーナの顔に向けた。
エレーナは鏡を覗き込む。
額には包帯がまかれ、頬をガーゼが覆っている。
「幸いにも傷は浅いものでした。ですが……軍医の診断によると、傷跡は残るだろう、と」
「お体の方にも……」
そう言われ、エレーナは改めて自分の体を見回した。
薄い病人着だけの体、胸や腕のあたりの包帯には、うっすらと血が滲んでいる。
傷だらけだ。
「お父様は、私の嫁の貰い先に苦労しそうね……」
エレーナはそう呟いた。
「エレーナ様」
クラリスの呼びかけはさらに鋭いものになっていった。
「エルンスト中尉もお見舞いにいらっしゃいました」
「先生が?」
エレーナは驚いた。
「わたくしが戦闘の経緯についてお話しすると頭を抱えていらっしゃいました。」
クラリスの表情はどんどん険しくなっていく。
「あのお転婆の手綱をしっかり握れ!そうお説教を受けましたわ」
「…………。」
エレーナは言葉か浮かばない。
「エレーナ様」
「しばらくは絶対安静です」
「決して動かないように」
クラリスの圧力にエレーナはただ頷くことしかできなかった。
そこまで言い終えるとクラリスはふぅと息を吐いた。
「エレーナ様を他の怪我人と一緒にするわけにはいきませんので、個室を用意いたしました」
「傷が癒えるまでこちらのお部屋をお使いください」
エレーナは辺りを見渡す。
今までの隊舎ではない、病院の一室のようだった。
「アンナ」
クラリスが短く呼ぶと、静かにドアが開き、アンナが部屋に入ってきた。
「エレーナ様……」
エレーナを見つめる目には涙が滲んでいる。
「隣室にアンナを控えさせております、ご用があればお呼びください」
その言葉を聞いて、アンナは深々と頭を下げた。
「アンナ、またしばらく、世話になるわね」
エレーナがそう声をかけると、アンナは顔を上げた。
「お任せください、またエレーナ様のお世話をすることが出来て光栄です」
やっとアンナの顔に笑顔が戻ってくる。
「アンナ」
その笑顔はすぐ消えた。
「決してエレーナ様を外へ出さないように」
「エレーナ様もよろしいですね?」
クラリスの鋭い視線が二人に突き刺さる。
「それでは私は報告へ行ってまいります」
クラリスは椅子から立ち上がると、流れるような所作で一礼し、病室から出ていった。
残された二人は無言で顔を見つめあった。