会合の後、屋敷に戻ったヴァレンシュタイン侯爵は使用人に娘を呼ぶように告げた。
最奥の間で手紙を書いている最中、部屋の戸が叩かれる。
「父様、エレーナです」
扉が開き一人の少女が入ってくる。
「そこに座りなさい、こちらは間もなく終わる」
侯爵はそう言うとソファーを示し、書きかけの手紙に目を戻した。
しばらくして手紙を書き終えると侯爵もソファーに腰を下ろした。
「茶を二つだ」
「かしこまりました」
メイドが部屋の隅で茶器の準備を始める。
しばらくすると二人の前に茶が供された。
白いカップから湯気がたち上る。
「こうしてエレーナと話をするのは久しぶりだな」
「たまには親子の会話をしようか」
侯爵が手で合図すると使用人たちは部屋を出て行く。
失礼いたします、最後の一人が声をかけ部屋の扉が閉じられた。
静まりかえる部屋に二人。
たわいない会話が続く。
会話の最中もエレーナは父に呼ばれた理由を考えていた。
今呼ばれた部屋は重要な話をするために使われる場所であり、ただの家人であるエレーナが立ち入ることはなかった。
ただの親子の会話ではない、これから何かが起こる。
エレーナはそう思った。
そして、侯爵が話題を変えた。
「先日、茶会へ行ってきたそうだな、最近のご令嬢方の様子はどうだ?」
ここからが本題なのだなとエレーナは察した。
「実は先ほど会合があってな」
下位貴族の気が緩んでいることに憂慮している
帝国の繁栄により平民が金の力をつけ貴族に迫りつつある
平和の今だからこそ貴族の武の矜持を示す必要がある
そして、大陸東部の情勢がきな臭くなってきている、ということ。
「そこで我々はひとつ手を打つことにしたのだ」
父の話の内容は理解できた。
特別な機密の内容でない限り、軍の動きについても聞かされている。
下位貴族の気が緩んでいる、それは社交の場に出ることが多いエレーナは肌で感じていた。
エレーナの関心は一つに集まっていく。
「「私は何をするのか」」
「そこで、貴族のご令嬢方に軍人の真似事をさせてみようということになった」
「平民に貴族の矜持を示し、たるんだ子息どもに発破をかける」
「征伐皇帝の故事は聞いたことがあろう、それに倣うのだ」
侯爵は淡々と語る
「そのご令嬢方の部隊だが、エレーナ、お前が率いなさい」
心臓が強く打った。
大丈夫、表情には出ていない、落ち着きなさい、エレーナは感情を押し込めた。
ここから先は会話ではない。
父が、いや、侯爵がエレーナに命じているのだ。
「瀟洒な社交界に甘えてるご令嬢方を少し教育してやりなさい、各派閥と話はついてるから多少厳しくしてもかまわん」
「社交界の華が戦装束を見せつければ、腑抜けた子息どもも気合が入るであろう」
侯爵は事もなげにいった。
「副官には伯爵家のクラリスをつける、お前も気心も知れていよう、上手くやるように」
「詳細は書面がまとまったら届くように手配してある、それに従いなさい」
そこまで言うと侯爵はやっとカップに口をつけた。
「騎兵の鉄の馬、、、」
カップから口を離すとそうつぶやいた。
「鉄の馬でございますか?」
エレーナは反射的に言葉を返した。
「いや、お前たちが乗ることになるものだ」
「私もよく知らんが後で武官に聞きなさい」
そしてカップをテーブルに置いた。
「では以上だ、下がりなさい」
侯爵はそう告げた。
当主の決定に異を唱える権利は、ただの家人であるエレーナには与えられていない。
「承知いたしました」
「それではお父様、失礼いたします」
そう告げてエレーナは部屋を出た。
薄暗い廊下を歩いていく、その表情は普段と同じ貴族の顔だった。