帝国調の重厚な装飾でしつらえられた執務室。
その落ち着いた雰囲気似つかわしくない、男の怒鳴り声が響き渡った。
「ダイダ中将! これは貴公ひとりの問題ではないのだぞ!」
「せいぜい、今後の身の振り方を考えておくことだな!」
捨て台詞を残し、男はドアが壊れんばかりの勢いで部屋を飛び出していった。
静まり返った室内。直後に「失礼します」と、先ほどまで罵声を浴びていた男の部下が、入れ替わるように入室してきた。
「まったく、上の連中はうるさくてかなわんよ」
ダイダ中将は制服の首元をに緩め、ソファーへと深くもたれかかった。
机の上には、無数の手紙や報告書が散らばっている。そのどれもが雑に封を引きちぎられ、読み捨てられていた。
「イシイレ、お前も座れ」
促されたイシイレ少佐は、ソファーへと腰掛けた。
「……先の戦闘について、ですか」
「そうだ」
帝国軍による、連邦軍の前進基地に対する急襲作戦。そして、それに伴う鮮やかな陽動作戦。連邦軍の現地部隊は、帝国の罠にまんまとはまった。
ダイダはソファーから立ち上がり、部屋の隅にある戸棚へと歩いていく。
「戦車部隊、壊滅」
「歩兵部隊、壊滅」
「輸送部隊、壊滅……。前線基地は、防衛施設や集積された資材もろとも奪取された」
先日の凄惨な戦闘結果を、まるで他人事のように呟きながら、ダイダが戻ってきた。
その手には、上等な酒瓶とふたつのグラスが握られている。
「端的に言って、大敗北だな」
ダイダはソファーへどさりと腰を下ろし、酒をグラスに注いだ。
「まぁ、飲め。連邦のまがい物じゃないぞ。帝国製の本物だ」
「では」
イシイレは静かにグラスを傾けた。
それを見届けたダイダは、自らの酒を一口で煽り、グラスをテーブルに置く。
グラスを置く鈍い音が、静かな部屋に響いた。
「まさかここまでの大敗になるとは思わなかったぞ! 首都のじい様方は、寿命が縮まっただろうな!」
ダイダは声をあげて笑った。
「閣下、さすがに不敬ですよ」
イシイレは口先だけで咎めたが、その口元には同じような冷ややかな笑みが浮かんでいる。
「あのじい様方がさっさとくたばってくれれば、若い兵どもも死なさずに済んだろうに、可哀想なものだ」
口では同情してみせるものの、ダイダの目は笑っていた。
首都から送られてくる若い兵士の命など、彼にとっては些細な駒に過ぎない。
暗にそう告げているようだった。
「前線の兵も哀れなことだ。弾もなければ、飯も届かん」
ダイダの笑いは止まらない。
先の戦闘で奪われた基地は、連邦軍にとって極めて重要な「物資集結点」だったのだ。
遥か東方の本国から運ばれてきた莫大な物資を一度ここに集め、分配し、前線へと送り届ける。
前線が西へ進むにつれて移動させてきたその要衝が、ついに「帝国の壁」を望む位置にまで到達していた。
今回の基地は、帝国本土へ攻め入るための先兵となる最重要拠点だったのだ。
その戦略的価値は、帝国側が思っているよりも、遥かに大きかった。
「それで今回も例の部隊が出てきたんだな?」
上機嫌なダイダが尋ねる。彼のグラスには、すでに次の酒が満たされていた。
「ええ、黒百合部隊が確認されました」
イシイレは鞄から書類を取り出し、一通り目を通す。
「状況が混乱していたため、正確性を欠く部分もありますが」と前置きし、淡々と報告を始めた。
「我が軍の部隊は、ちょうど威力偵察の準備中だったとのことです。首都から新しい士官が着任したため、その慣熟訓練を兼ねて、帝国の門を叩いて様子を見る予定でした」
「ほう」
「戦車隊を組織し、進軍を開始したその瞬間、突如として黒百合部隊が現れ、戦闘が勃発しました。現地部隊は帝国側から激しいを受けましたが……こちらの損害は、ほぼ皆無だったそうです」
「まあ、旧式な第3世代では装甲は貫けんだろうな」
ダイダが報告に口を挟む。
「ええ、その通りです。ですが……こちらの指揮官は、そうは捉えなかった。帝国軍は自分たちの攻撃が通用しないことに狼狽し、敗走を始めたと思い込んだようです」
イシイレは感情を交えずに戦況を分析していく。
「『帝国軍など恐るるに足らず、練度も低い、ならばこのまま追撃し、撃破する』ということになったのでしょう」
「現場の指揮官は喜んだであろうな」
ダイダは天井を見上げ、愉しそうに語りだした。
「首都で散々戦果を挙げろと脅されてきた新米の前に、突如現れた弱卒の群れだ」
「手柄とするには十分すぎる。そして、まんまと罠に誘い込まれる……。じい様方に焦らされていた指揮官の心中は察するよ」
イシイレに向き直ったダイダの顔には、相変わらず笑みが浮かんでいる。
帝国の反撃を受け、前線が後退を余儀なくされている中、連邦にとって戦力の増強は急務だった。
そのため、本来の規定を無視した、強引な戦力補充が行われていた。
後方で軍務にあたっていた者、士官学校の教官、卒業したばかりの新兵。
それらが「連邦の悲願」という名のもとに、最前線の何も知らされぬまま、この中央回廊へと送り届けられていた。
イシイレは手元の資料に目を戻し、報告を続けた。
「我が軍の戦車隊が先行し、他の部隊もそれに続くよう準備を開始しました。そのため、通常の防衛体制を一度解き、追撃のための布陣へと組み替えたのです」
そして、
「戦闘態勢が崩れたその一瞬の隙を突かれ、帝国軍による挟み撃ちを受けました。防衛体制を再編成中だった我が軍は、まともな抵抗すらできずに蹂躙された模様です」
流れるような、完璧な伏撃。報告は淡々と締めくくられた。
ダイダはグラスをテーブルに置いた。
「敵ながら、見事なものだ」
小さく、拍手を打つ。
「その後の戦車隊は?」
イシイレはページをめくった。
「戦車隊はなおも黒百合部隊を追撃し、敵車両を3両撃破したとのことです。その後の動きは通信の混乱により不明瞭ですが……指揮官車が撃破された後、敵の強固な防衛陣地に誘い込まれ、各個撃破されたと推測されます」
「くっくっく、まったく、旧式戦車でよくやるものだ」
ダイダは報告をつまみに酒を煽った。
イシイレはさらに資料をめくり、そして、追加の情報ですが、と前置きをする。
「黒百合部隊は、どうやら女性兵士のみで構成されているようです。戦闘時の無線傍受、および撃破された戦車から脱出する搭乗員の目撃情報から、ほぼ間違いありません」
「らしいな」
ダイダはすでにどこかで耳にしていたのか、驚きもせず頷いた。
「美しい女たちが、その可憐な指先で鉄の猛獣を操り、我が軍を翻弄する……。実に素晴らしい歌劇じゃないか」
心底愉快そうに、ダイダは目を細める。
「ですが、ひとつ不可解な点があります」
イシイレが声を低くした。
「不可解な点?」
ダイダの顔に疑問が浮かぶ。
「通信の傍受内容と、入手した資料によるものですが……どうやら、黒百合中隊、そしてそれとは別に白百合中隊という、ふたつの部隊が存在しているようなのです」
イシイレはその事実に何か引っかかるものがあるのか、複雑な表情を浮かべていた。
「名前から察するに、双子の部隊のようだが……」
ダイダの言葉に、イシイレ考え込む。
「はい、その可能性は高いですが……現状ではまだ、確認はとれておりません」
ダイダは深く息を吐き出し、背もたれに体を預けた。
「いつもままならないことばかりだ……」
「……それにしては、随分とご機嫌が良いように見受けられますが?」
イシイレがクスリと、皮肉交じりに笑う。
「もちろんだとも」
ダイダは身を乗り出し、目をぎらつかせた。
「白と黒! 女が率いる戦車隊だと? 面白い! こんなものは、どの戦記にもなかったぞ!」
彼の瞳には、野心と好戦的な光が宿っていた。
より強い敵、それを打ち破り名をあげる、それこそが男の悲願であった。
ダイダは手にしたグラスを、今度は静かに置いた。
ふぅ、と大きく息を吐き出す。
「そろそろ、わしらも動かねばならんな」
先ほどまでの笑顔は消え失せ、冷徹な軍人の顔でイシイレを見据えた。
「我々の『計画』の状況は?」
「おおむね予定通りです」
イシイレもまた、軍人の顔に戻る。
「あと4ヶ月もあれば、すべて準備が整うでしょう。ただ……少々資材が不足しております。あの『泥棒貴族』どもから
の貢献が必要ですね」
「わかった。せいぜいあの泥棒貴族どもから搾り取ってやれ。すべては、我らの悲願のためにな」
イシイレは無言で、深く頷いた。
「さて、優しい俺は首都へ行って、じい様方を慰めてやるとするか」
ダイダは再び、腹の底を見せない笑みを浮かべた。
「ついでに、あのじい様たちの財布からも、いくらか頂戴してくるとしよう」
立ち上がったダイダは、上着の襟を正す。
「首都へ行く準備をしろ。詳細はすべて任せる」
「承知いたしました」
ダイダ中将はイシイレ少佐に静かに命じた。