「エルンスト中隊のマクワイリ曹長を呼びなさい」
エレーナは副官のクラリスにそう命じた。
しばらくして、執務室の扉が規則正しく叩かれる。
「マクワイリ曹長、参りました」
「入りなさい」
扉が開くと、小柄だが頑健な体格をした年配の男性が現れた。
「そこに座りなさい」
エレーナが対面のソファを指し示すと、曹長は「失礼いたします」と短く応じて腰を下ろし、姿勢を正した。
「さて……聞いていると思うけれど、大尉が不在の間、私がこの部隊の指揮を執ることになったわ」
「はい。エルンスト大尉から伺っております」
エレーナはこれからどう進めるか考えていたが、結論は出ていなかった。
だが曹長が部屋に入ってきたときに決めた。
ありのまま話してしまおう、今までだってそうやってきたのだ。
エレーナは、自分たちがどうやってここまで歩んできたか、自らの気持ちを整理するようにぽつりぽつりと語り始めた。
「ある日、父様に呼ばれたわ。貴族の令嬢たちを率いて戦車に乗るように、とね」
「最初は何とも思わなかった。ただ、私に務の番が回ってきたのだと、そう思っただけ」
「甘かったわ」
エレーナはにくすりと笑った。
「帝都でエルンスト大尉の……当時は中尉だったわね。あの訓練を受けて、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。でも、あの地獄のような楽園今では少し懐かしいわ」
「それから、パレードで皆と帝国を巡ったの。海を見て、山を見て……初めて領地を出た子たちと一緒にはしゃいでいた。けれど、そんな時間はすぐに終わり」
「父様に呼ばれ、すぐにここへ来た」
「何もわからない。何をすべきで、何をしてはいけないのかすら。ただ必死だった」
「連邦と戦い、そして今ここにいる。……エルンスト大尉には、本当に感謝しているわ」
それは普段の彼女からは想像できないほど率直な独白だった。
近すぎる相手には言えず、遠すぎる相手には伝わらない。
ちょうどよい距離にいる人間だからこそ、ここまでさらけ出せたのだ。
語り終えて、ふと思った。
言葉にしてみれば、自分たちはとんでもないことをしながらここまでやってきたのだと。
エレーナは思わず笑ってしまった。
深く息を吸い、吐き出す。
「いま話した通り、私たちは正規の士官教育を受けていないわ。自分たちの部隊以外を率いた経験もない」
それでも、とエレーナは前を見据えた。
「私は、あの子たちを帝都へ連れて帰りたい」
「あなたの経験を私たちに教えてほしい」
「お願いします」と、エレーナはマクワイリ曹長に深く頭を下げた。
静かな室内に、「くくく……」と抑えた笑い声が響く。
「いやぁ、顔をお上げください、大尉。私のようなものに礼など無用です」
「それにしても……帝都の訓練所でゲロまみれになっていたあのお嬢様が、随分と立派になられましたな!」
豪快に笑う曹長に、エレーナの顔が引きつる。
「……あなた、あの場所にいたの?」
うっすらと怒気をはらんだ声に、曹長は「これは失礼」とおどけてみせた。
「エルンストの坊ちゃんは、それはもう跳ねっ返りのきかん坊でしてね。少尉になってからも一向に昇進しないもんですから、一時期は帝国陸軍最年長少尉なんて呼ばれたものでした」
「それが今では立派になられて、エレーナ様のような素晴らしい指揮官を育てていらっしゃる」
曹長はしみじみとした笑みを浮かべた。
エレーナはどんな表情をすればいいのか分からなかった。自分のしてきたことが最善だったとは思えない。だが、それでも……ここまで来られたのだと思えた。
「それでは、明日から私の戦車に同乗して補佐をしなさい」
「承知いたしました、エレーナ大尉」
マクワイリ曹長は敬礼をした。
翌日から、エルンスト中隊との共同訓練が始まった。
「ここまでの連携はどうかしら!」
エレーナが車上で叫ぶ。
「良い具合です!」
「上り坂は6号が遅いです!歩調を合わせて!」
隣に同乗する曹長が答える。
「わかったわ!」
中央回廊に訓練場はない。
訓練をするといっても、本当の戦場であり、本当の任務なのだ。
定期哨戒任務を終え、混成部隊は無事に基地へと帰投した。
「いつも通り、各自点検と整備、補給を行いなさい。クラリス、後は任せたわね」
指示を出したエレーナは、マクワイリ曹長を呼び寄せた。
「曹長、あなたの目から見て、今日の動きはどうだったかしら?」
曹長は顎の手を当て、今日の行軍を思い返すように話し始めた。
「そうですね。詳細は後ほど報告書にまとめますが、気づいた点をいくつか」
エレーナは頷き、言葉をじっと待った。
「まず、エレーナ大尉の指揮ですが、これは他所でも十分に通用する思います。指示は簡潔ですし、周囲もよく見えている。兵の動かし方がエルンスト大尉に似ているので、うちの隊員たちも動きやすそうでした」
「これまで3号車に乗っていた癖なのか、5号車の大きさに少し振り回されている印象はありますが……まぁ、これは慣れの問題でしょう」
どうやら及第点はもらえたようで、エレーナは胸をなでおろした。
「他の三人はどうだった?」
「マリア少尉は、少し前に出すぎるきらいがありますな。今までは大尉の指示で戦闘していたので、自分が攻撃に参加する意識が強いのだと思います。一歩引いて周りをよく見るようになれば大丈夫だと思います。兵の統率には慣れてますね」
マリアへの評価は、エレーナの認識とほぼ一致していた。曹長は言葉を続ける。
「エレザ少尉は、周囲の状況把握も部隊指揮も的確です。ただ……あの声色のせいか、無線が少し通りにくいのが難点ですな。エレーナ大尉くらい大声が出せるのが理想なのですが」
エレーナの眉がピクリと動く。
先生といい曹長といい、この中隊の人間はどうしていつも一言多いのだろうか。
しかし、意外な問題点があったことに少し驚いた。
「イザベラ少尉は副官としてつけるなら問題ありませんね。根が真面目なのでしょう、手堅い動かし方をします。もし副官につけるなら、マリア少尉がよろしいかと」
「大体わかったわ、中隊全体の動きについてはどう感じたかしら?」
外から見た中隊全体の印象について尋ねると、曹長は頷いた。
「全体の動きは洗練されています」
「あとは他兵科との連携をみるだけですが、そちらもすぐに順応できるでしょう」
「ただ……」
そう言って、曹長は少し考え込んだ。
「何か問題でもあった?」
「いえ、白百合中隊自体に問題はありません。ただ、5号と6号が一緒に動くとなると、やはり6号車の足の遅さがきになりますね」
エレーナもそう言われると思うところがあった。
平地では差は出ないが、不整地に入ると六号の速度の遅さが気になっていたのだ。
「まぁこの辺りは運用でなんとでもなるでしょう。こちらは火力で勝りますし」
曹長はそう結論づけた。
「それにしても練度が高くて驚きました」
「それに加え、白百合中隊はやはり華がありますね!こちらの隊員もいつもよりやる気がある!」
曹長は笑ったが、エレーナは難しい顔をした。
「大尉、どうされました?」
「そのことについて悩んでいるのよ」
エレーナは、先日から隊員たちが男性兵士を気にして浮ついているのだと話した。
「それはしょうがありませんな。命の危機にある男女の仲が深まりやすいのは戦場の習いですので」
「中央回廊には有名な故事もありますでしょう?」
有名な故事
元々は大人しく奥手だった男が、戦場の昂りにより、この中央回廊まで妻を連れてきて子を成したという話だ。
かの「征伐皇帝」の逸話であるため、あまり大っぴらに語られることはないが。
「そうも言っていられないのよ……あの子たちはただの兵士にあげるほど安くないわ」
「万が一何かあったら、私が何を言われるかたまったものじゃない」
エレーナはため息を吐いた。
「ははぁ、貴族様もなかなか大変ですな」
曹長は同情するように言った。
「確かに腹を膨らまして帰ったら大騒ぎですな」
「まぁ、うちの隊には貴族のご令嬢に手を出すような馬鹿者はおりませんのでご安心ください」
あまりに直接的な物言いに、エレーナは眉をひそめた。
「このことは坊ちゃんには?」
「まだ先生には話してはいないわ」
「それならば、坊ちゃんが戻られたら一度相談されるとよろしいでしょう」
「貴族には貴族の作法があろうかと思いますので」
曹長はそう助言した。
帰投し整備にあたる隊員たち。
どこか浮ついたような、楽しげな雰囲気を見て、エレーナはまたため息をついた。
「戦場の昂り、それは殿方だけのことかと思っていたけれど……」
「女でも変わらないのね……」
そう言って、エレーナは深くため息をついた。