そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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知ること知らないこと

「よくこれだけ揃えられたものね」

エレーナは執務室に積み上がった箱を見て呟いた。

 

先生に「お願い」していた帝都土産が届いたのだ。さすがに生菓子などは無理だったようだが、それ以外のものはほとんどが揃っていた。

 

「これで少しは息抜きできるわね」

エレーナは胸をなでおろした。

 

「そうですね。皆も喜ぶでしょう」

クラリスも安心した顔をしている。

 

今でこそ戦況が安定し、物資が届くようになってはいたが、それは軍事に偏重したものだった。

ここ中央回廊には女性兵士がほとんどいない、そのため、女性用の物資は極めて不足していたのだ。

 

「早速、皆に取りに来るように伝えなさい」

エレーナはクラリスにそう告げた。

 

だが、

 

「補給課から、エレーナ様宛ての荷物がもう一つ届いているんです」

クラリスが答えた。

 

「補給課から? 私は何も頼んでいないわよ?」

 

「確かにエレーナ様宛てです。発注はエルンスト中隊となっていますが」

クラリスは伝票を手渡した。

 

確かにそこには「白百合中隊 エレーナ大尉」と記されていた。

 

「先生から私に?」

エレーナは怪訝な顔をしながらも、箱の封を切った。

その中には、さらにたくさんの小箱が詰まっている。エレーナはそのうちの一つを手に取ると、蓋を開けた。

 

「これは、何かしら」

エレーナの頭に疑問が浮かんだ。

中に入っていたものを一つ、つまんで広げてみる。

 

その光景を見て、クラリスが驚きの表情を浮かべた。

 

「何? クラリス。これは何なの?」

エレーナはクラリスに尋ねる。

 

「えーと、エレーナ様、それはですね……」

 

「いったい何なの?」

 

「えーと、あっ! 箱の中に手紙があります! 先生からです!」

あたふたとしたクラリスは手紙を見つけ、エレーナに手渡した。

 

「先生から手紙?」

エレーナの疑問は解決されていなかったが、手に持ったものを置き、手紙の封を切った。

 

『先日相談された問題の解決策を送る。うちの中隊の連中には使うなよ』

 

ただそれだけ、書かれていた。

 

手紙を置き、先生からの贈り物を再び手に取るエレーナ。

「クラリス、それでこれは何に使うものなの?」

 

「エレーナ様、それは男性が……」

クラリスは口ごもる。

 

「クラリス」

エレーナは語気を強めた。

 

観念したクラリスは、説明を始める。

「それは、避妊具です」

 

エレーナの動きが止まった。

 

「エレーナ様には必要がないものですから、ご存じなくても問題ありません」

クラリスはそう言うと俯いた。

 

エレーナは、手に持っていたものをそっと箱に戻した。

 

しばしの沈黙。

 

「……それで、先生はこれをどうしろというのかしら?」

エレーナは少し上ずった声でクラリスに聞く。

 

「先日、エレーナ様が先生に、隊の風紀についてご相談なさいましたよね? おそらく、その、お答えだと、思いますが……」

クラリスが言葉を詰まらせながら答える。

 

「そう」

エレーナは机の小箱を凝視しながら言う。

 

またしても、しばしの沈黙。

 

「中隊に、配る、の?」

珍しく歯切れの悪いエレーナ。

 

「おそらく、そういう、意図なのでは、ないかと……」

同じく歯切れ悪く、クラリスが言う。

 

「クラリス、後は任せたわ」

 

「恥ずかしながら、わたくしも経験がありませんもので。エレーナ様に御教示願いたく存じます」

クラリスは引き下がらなかった。

 

「…………」

 

無言のエレーナとクラリスの睨み合いが続く。執務室に重苦しい沈黙が満ちた。

 

「……アンナと……そうね、イザベラを呼んで。今すぐよ」

 

「承知しました」

クラリスはエレーナが言い終えるや否や、休憩室へ駆けていった。

 

しばらくすると、アンナとイザベラがクラリスに連れられてやってきた。

理由も知らない二人は、これから何が起こるのかと緊張している。

 

「急に呼んで悪かったわね」

そこには、沈着冷静な、いつものエレーナがいた。

 

「エルンスト大尉から帝都のお土産が届いたの」

部屋の隅を指さすと、アンナとイザベラは「わっ」と歓声をあげた。

 

「ありがとうございます、エレーナ様! 皆も喜びます!」

イザベラは嬉しそうに頭を下げた。

 

「私たちが隊に配ってまいりますね」

アンナもにこにことしながら言った。

 

それでは早速、と動き出そうとする二人を、エレーナは呼び止める。

 

「実は、もう一つ渡すものがあるの」

「あなたたちは、これを知っているかしら?」

エレーナは素知らぬ顔で、もう一つの木箱を開けさせた。

 

「避妊具ですね。こちらも皆にお配りになられるのですか?」

アンナはさも当たり前のように答えた。

 

エレーナとクラリスは、一瞬だけ目を見合わせる。

 

「……ええ、そうよ。察しが良くて助かるわ」

 

それからエレーナは、なぜこれを配るのか、その理由をとうとうと説明していった。

そして、

 

「隊の中には知らない者もいるでしょう。そこで、あなたたちから説明してほしいのよ」

私やクラリスから直接配ると、勘違いをする者や、緊張してしまう者がいるかもしれないから、と言い訳のような理由を付け加えて。

 

「承知いたしました。私とイザベラで隊の者に説明いたします」

「エレーナ様のご配慮に感謝いたします。ここは戦場ゆえ故事も思い出されますので」

アンナとイザベラはそう答えた。

 

 

エレーナとクラリスは、これで大丈夫だと一息ついた。

 

「それにしても驚きました。エレーナ様はご存じないかと思っておりましたので」

油断したエレーナに、アンナの言葉が突き刺さる。

 

「聞きづらいことですのに、皆のためにエルンスト大尉に相談してくださり、ありがとうございます」

アンナは満面の笑みで感謝の言葉を述べた。

 

「いいえ、大したことではないわ」

後はよろしくね、そう言ってエレーナは冷や汗をかいた。

 

では後ほど引き取りに伺います、と二人は執務室を出ていった。

 

残された二人。

先に口を開いたのはエレーナだった。

 

「私は、何も知らないのね」

だが、その声は先ほどまで恥じらっていた乙女のものではなかった。

 

「あの子たちと私、何も変わらないわ」

エレーナがぽつりとこぼした。

 

「夫ではない男性と寝所を共にする……どんな気分なのかしらね」

ふふ、とエレーナは力なく笑う。

 

「エレーナ。私たちには関係がないことだから」

クラリスはエレーナの疑問を、一言で断ち切った。

 

数日後、隊員休憩室に白百合中隊の面々が集められた。

 

「エルンスト大尉のご厚意により、皆から要望のあった品を調達することが出来ました」

エレーナのその言葉を聞いて、少女たちはわっと盛り上がった。

 

「それから、中隊に衛生用品を配給します」

しかし、続くエレーナの口調はまるでお説教のようだった。

 

「では、クラリス。説明を」

そして、クラリスに丸投げする。

 

「今回、エレーナ様のご配慮により衛生用品を配布することになりました。これから配布する用品を用いて、貴族子女として恥ずかしくないように身の回りを整えるように」

クラリスの言い回しは、あえてエレーナの主導であることを強調したものだった。

 

「それでは解散。内容についてはアンナとイザベラから説明があるわ。各自、部屋で確認するように」

クラリスを鋭く睨みつけるようにして、エレーナは言った。

 

部屋で支給品を確認する隊員たち。

 

エルンスト大尉からの贈り物には、それぞれが待ち望んでいた帝都の物品が入っていた。

そして、エレーナから送られたという小箱には

 

石鹸

歯ブラシ

歯磨き粉

上等な綿のガーゼ

香水の小瓶

 

どこから手に入れたのか、前線ではなかなか手に入らない貴重なものが詰まっていた。

隊員たちは久々に少女を取り戻したように、歓声をあげながら小箱の中身を取り出していく。

 

そして、一番底に入っていた品物。

 

その正体を知る者。

知らない者。

 

そこかしこの部屋で、少し前の執務室でのエレーナとクラリスと同じようなやり取りが行われていた。そして、エレーナがなぜこれを渡したのか、皆に少なくない混乱をもたらしていた。

 

「皆、静かに。これはエレーナ様のご配慮です」

アンナとイザベラは、なぜこれが配られたのか、エレーナから聞いた理由を説明していく。

 

「ここは戦場です。皆もあの故事を知っているでしょう?」

「エレーナ様にご迷惑が掛からないように」

 

アンナとイザベラはそう言って、少し浮ついた中隊にしっかりと釘を刺した。

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