そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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楽園の入り口

野戦服を手渡された彼女たちは、一部を除いて渋い顔をしていた。

それは帝国軍の標準野戦服を女性用に手直ししたものだ。

 

野暮ったく地味な色をした服。

今まで彼女たちが着ていた野外用のドレスとは比べるまでもない。

 

だが、野戦服を着ることに不満を述べたものはいなかった。

 

帝国軍のすべては皇帝の所有物だ。

すなわち野戦服は「皇帝陛下より下賜された」ものと言える。

 

その事実の前に不満を口にするほど愚か者はいなかったようだ。

エレーナが一瞥すると、彼女たちは渋い表情を取り繕った。

 

着替えも一人で問題なく行えたようだ。

貴族は戦場でたとえ一人となっても、その命が続く限り帝国のために戦わなければならない。

 

それは自分の始末は自分でつけなければならないということ。

 

もし着替えもできないようなら、彼女たちに「お説教」をしなければいけないところだった。

それは彼女たちの「家」も含めて。

 

エレーナは山ほどある問題の砂粒ひとつが解決したことに安堵した。

 

衣替えを終えた彼女たちを待っていたのは「座学」だった。

騎兵戦車隊から派遣されてきた将校による軍事教育。

 

軍の基本教養、軍律、士官教育の基礎、そして戦車の構造について。

それからの3週間は基礎の教養と言えるものだった。

 

だが、みな何かを察し始めたのだろう、明らかに口数は減っていった。

 

そして運命の日がやってきた。

戦車兵教育のための「先生」が派遣されてきたのだ。

 

「おはよう!淑女の諸君!」

「私は君たちを地獄に落とすように言われてここに来た!」

 

それが先生との初めての出会いだった。

それからの半年間はまさに地獄だった。

 

華やかなドレスは、鼠色?土色?今まで着てみようとも思わなかった色の戦闘服へ変わった。

 

レースのついた絹の手袋は油のにおいが染みた皮手袋へ変わった。

 

長い髪を切れと言われたが、それだけは許してほしいと泣きつき、各家からも苦情が入ったことで、固く結ぶことを条件に許された。

 

最初は何も教えられずエンジンのかかった鉄の檻にひと組ずつ投げ込まれた。

経験も、いや想像したことすらない、騒音、熱気、悪臭。

泣き、吐き出し、あらゆるものが出た。

 

順番を待つ少女たちは戦車から聞こえる悲鳴に顔を青くした。

中から汚物まみれになった少女たちが下りてくると、絶望に体が震えた。

 

「よし、次の組だ!」

 

全員が戦車に乗り込み、汚物まみれになった後に先生は言った。

「よし、もう一度だ!」

 

もう何も出ないと思ったがまだ出るものなのだな、とエレーナは思った。

2週目が終わり、生気が抜けた顔になった少女たち。

 

「よし、次は戦車の掃除だ」

自分たちが出したものを泣きながら片づけた。

 

「よし、良い顔だ!みな戦場美人になったな!」

「明日は朝食前に集合だ!」

貴族令嬢のかけらもなくなった私たちを見て、先生は豪快に笑った。

 

その夜は泣き声が出ないほど泣いた。

 

それからは初日が天国に思えるほどの地獄だった。

日が昇る前から演習場を走り、朝食を口に詰め込んだ。

それから座学、戦闘教本を叩き込まれた、これは地獄の中の安らぎだった。

午後からはまた「戦車兵オーブン」に投げ込まれた。

 

焼けたエンジンに火傷し

吐き出される薬莢に殴られ

操縦レバーに弾かれる

 

そんな日々が続いた。

最初は逃げ出す子もいたが直ぐに実家の者に連れられ、顔にあざを作って帰ってきた。

つらいと手紙を書いたものには、貴族の義務を果たせと手紙が返ってきた

 

少女たちは死んだ顔をして戦車に乗った。

 

初めて、笑いが止まらなくなった少女を見た、彼女はどこかへ連れられて行って戻らなかった。

 

指先がなくなった少女をみた、彼女はすぐに戻ってきた。

 

そして半年がたった。

そのころにはそれなりに戦車を扱えるようになった。

絹のようにつややかな肌とお淑やかな微笑みを犠牲にして。

 

みんなを集めて先生は言った。

「よし!いい顔になったな!戦車兵の顔だ!」

 

その先生の言葉に嬉しくないのに嬉しくて泣いてしまった。

そして私たちは戦車兵の入り口に立った。

 

そして、先生はいつもと違う真剣な口調で言った。

「俺は戦場に行く」

「あとの訓練は適当なやつが配置されるが、まぁお前たちなら大丈夫だろう」

「この楽園を忘れるな、そうでなければ戦場の地獄で死ぬぞ」

場が静まった。

 

「俺かお前らか、生きていたらまた会おう!」

また豪快に笑う先生の言葉。

それが先生からの最後の餞別だった。

 

彼女たちは先生の言う「楽園のような地獄の訓練」を乗り越えた。

 

しかし、彼女たちが楽園の地獄を見ることになったのは、必然ではなく、ただの偶然であった。

本来なら「帝都をパレードする」ことにこんな訓練は不要だ。

 

事実、ある貴族の口添えがなければ、騎兵戦車隊将校の訓練のみで終わりの予定だった。

 

「教官には優秀なものをつけよ、貴族の子弟ならばより良い」

それは貴族のわがままといった程度のものであったが、わざわざ貴族の機嫌を損ねたい者などいない。

 

そのため、帝国貴族であり、戦場での活躍が賞賛された「先生」が派遣されたのだ。

 

だが、それだけで終わらなかった。

 

貴族は全てを語らない。

言葉一つで身を亡ぼす、そんな世界で生きる知恵だ。

 

結果的に、彼女たちを預けられた軍は、貴族の一言をこう解釈する。

 

「貴族令嬢を預かる以上、平民の士官ではなく貴族士官を教官とせよ」

 

「技量優秀で戦場での功績があり、兵の教育に長けたものであること」

 

「彼女たちを一般の戦車兵より優秀に教育せよ」

 

そうして、彼女たちは一般の戦車兵教育と、先生から実戦同様の訓練を受ける羽目になったのだ。

 

本来なら受けるはずのなかった不要な訓練。

しかし、ここが運命の分岐点であったことを、彼女たちはまだ知らなかった。

 

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