そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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三通の手紙

「はぁ……。何で私に送ってくるのかしら……」

机に並べられた三通の手紙を前にエレーナがため息をつく。

 

クラリスは無言で手紙を見つめていた。

 

ただの三通の手紙なら何の問題もない、これは「三通一組の貴族の手紙」なのだ。

エレーナは手紙にちらりと目をやった。

 

一通目の封筒には見慣れた白百合の紋章が型押しされ、銀で縁取られていた。

 

「わざわざ、お兄様の所まで回したのね……」

それは当主のみに許された意匠、その下にはエレーナの名が記されていた。

 

二通目には白百合中隊エレーナ大尉、そして

 

「私とエレオノーラ宛ね……」

エレオノーラの家からエレーナとエレオノーラ宛に送られた手紙。

 

三通目には、エレオノーラ、そして白百合中隊には無い名が記されていた。

 

エレーナは何も言わず、その手紙をクラリスに見せた。

クラリスも無言で頷くだけだった。

 

エレーナは頭を振った。

 

「何もここに送らなくてもいいじゃない……」

 

「帝都で伝えれば……」

 

その言葉が執務室にむなしく響いた。

 

意を決して、一通目を手に取り、封蝋をはじく。

 

「白百合の家 当主アリエールが認めた」

エレーナは中を見ずに手紙を読んだ。

 

封筒から手紙を取り出すと、まったく同じ言葉が並んでいる。

ただ、それだけだ。

 

二通目に手が伸びた。

こちらには先ほど違い長文が並んでいる、朝のあいさつで日が暮れてしまうほどに。

たった一言のために、よくこれ程まで言葉を並べられるものだとエレーナは思った。

そして、内容は想像した通りのものだ。

 

そして、三通目。

エレーナにこれを読むことはできない。

だが、何が書かれているのかは全てわかった。

 

エレーナはクラリスを見た。

彼女はどの手紙も読むことはできない、だが、内容は全てわかった。

ただただ俯くことしかできなかった。

 

「……エレオノーラを呼びなさい」

エレーナは俯いたままクラリスに告げた。

 

「よろしいのですか?」

クラリスは珍しく動揺を隠しきれなった。

 

「……お兄様の名がある以上、私にできることは何もないわ」

 

「……承知いたしました、エレオノーラを呼んでまいります」

クラリスは静かに部屋を出て行った。

 

「エレオノーラ参りました!」

先日のお説教の記憶も新しく、緊張した面持ちのエレオノーラがやってきた。

 

「よく来てくれたわね、まぁ座って」

 

「失礼いたします!」

エレーナがソファを指すと緊張したエレオノーラはぎこちなく座った。

 

「最近はどう?何か不便はないかしら?」

 

「エレーナ様よりの補給物資もいただき不便はしておりません」

 

「そう、それならよかったわ」

エレーナはゆったりとほほ笑む。

 

緊張していたエレオノーラは気づかなかった。

いつの間にかクラリスがエレーナの側に立っていたのだ。

 

クラリスが黒い包みをエレーナに手渡す、そして、エレーナの背後に壁を向いて立った。

 

包みがテーブルの上に置かれる。

 

「あなたに渡すものがあるの」

 

エレーナは黒い包みを開いてゆく。一番上に現れたのは白百合の輝く純白の封筒。

 

その瞬間、エレオノーラから声にならない悲鳴が漏れた。

 

悲鳴を無視してエレーナは手紙を並べてゆく。

そして、その内の二通を手で示した。

 

「この二通があなた宛てよ」

 

エレオノーラの顔からは血の気が引き、瞳は指し示す方向を失っていた。

震える手で二通の手紙を手に取った。

 

「今日はもう休んでいいわ」

 

エレーナがそう告げると、エレオノーラはゆっくりと立ち上がった。

退室の挨拶は、声になっていなかった。

 

二人は彼女の顔を見ずに見送った。

 

しばらく執務室には静寂が続いた。

 

「エレオノーラには悪いけど、こんなことは些細な問題よ」

エレーナは意を決したように話し出した。

 

「婚約解消なんて所詮はお茶の時間の噂話。一晩枕を濡らして、領地で休んで、お茶会で慰めてもらえば済む話よ」

 

「でもね、場所が悪すぎる……」

 

「士気にかかわるわ……」

 

「私たちだけじゃなく、兵士全てのね…」

 

エレーナはそう言うと顔を伏せた。

 

「……私たちは有名になりすぎました」

「……ここ、中央回廊で」

クラリスも顔を伏せた。

 

隊に浮ついた雰囲気がある。

兵士たちもこちらも見ている。

 

それは色恋の話だ。

だが確実に士気を維持する要ともなっていた。

 

帝都で華やかな暮らしをしていた少女たちでさえ、自分たちと同じく、泥にまみれ命を懸けている。

それは戦う兵士たちの心の支えとなっていたのだ。

 

泥にまみれ命を懸けて戦う少女たち。

それが、戦いを厭い、華やかな暮らしをするものから切り捨てられた。

 

「エレオノーラが嫌なら……あの子の妹にすればいいじゃない……」

 

「一文を入れ替えるだけで済む……」

 

「それなのに家の問題にまでして……どう転ぶかわからないわよ……」

エレーナは拳を握りしめた。

 

「クラリス、私はこの件には関われないわ」

 

「悪いけど、あとは任せたわよ」

エレーナのその言葉に、何時ものような力強さはなかった。

 

クラリスは頷くでもなくただ下を向いていた。

 

 

エレオノーラは整備場の陰に積まれた木箱の上に一人腰かけていた。

普段ならここは彼女のお気に入りの場所だった。

 

「お?エレオノーラ私服なんて珍しいな、何してるんだ?」

エレオノーラを見つけたレノアが声をかけた。

 

「手紙を読んでた」

「実家と婚約者から」

エレオノーラはいつになく暗い。

 

「おぉ!良かったな!エレオノーラの手紙ちゃんと届いてたんだな!」

レノアの笑顔、エレオノーラは力なく笑った。

 

「なんだその顔は?嫌なことでも書いてあったのか?」

 

「そんなことないわ楽しい事ばかり書いてあるから、あなた読んでみなさいよ」

エレオノーラは手紙を手渡した。

 

「え?俺が読んでももいいのか?」

レノアは手紙を受け取り狼狽えた。

 

「大丈夫よ、字は読めるでしょう?」

 

「あぁ、わかったよ、読めないところは教えてくれよな?」

レノアがそう言うと、エレオノーラは少し震えながら頷いた。

 

「えーと、これ何処までが挨拶なんだ?もう一枚目が終わりそうだぞ?」

レノアは一枚目と二枚目をめくりながら読み進めていく。

 

「その先よ」

 

「わかってるって!平民に貴族の手紙が簡単に読めるわけないだろ!」

 

「あー、何となくわかったぞ!」

 

「エレオノーラの活躍が帝都まで伝わって皆で喜んでいる、そんな感じだな!」

 

レノアは続きを読み進み、核心に近づいていく。

 

「最近は妹がエレオノーラを見習って努力しているだって。え?妹居たのか?」

 

「とても頼もしくなって嬉しい限りだ。へー、妹も頭いいんだな」

 

「家のことも任せられることが多くなり私も楽が出来そうだ。へー、若いのにすごいもんだな」

 

「エレオノーラも家のことは気にせず己の矜持に従いなさい。あー、この辺は貴族様って感じだな」

 

レノアは手紙の核心を踏み抜く。だが、まだその意味することに気づいてはいなかった。

 

「どうだ?大体あってるか?」

 

「大丈夫、あってるわ、ちゃんと読めるじゃない」

 

「?」

 

もう一通ある。

レノアはエレオノーラの様子がおかしいことに気づいたが、促されもう一通を読み始める。

 

「あー……。こっちは何というか爺さんの本って感じだな」

 

「季節の巡りの?これ挨拶だよな?さっきのと読みづらさが全然違うぞ?」

 

「うちよりも上位の貴族家だからね、格式があるの」

エレオノーラは俯いたま答える。

 

レノアはその様子が気になったが手紙を読み進めた。

 

「えーと、古い英雄?みたいにすごいって書いてあるのか?」

「あっ、エレオノーラが英雄みたいにすごいって書いてあるのか!良かったな!エレオノーラ!」

 

その言葉にエレオノーラは肩を震わせた。

 

「きれいな手で子供を持ち上げる時がたのしみだ、かな?エレオノーラのこと気にいってるんだな」

 

「帝都を守りその日を待ちます、これは普通だな、俺でも読めるぞ」

 

こっちの手紙は難しいけど短めで助かった!そう言ってレノアはエレオノーラに向き直った。

エレオノーラは肩を震わせ、今にも泣きそうな様子だった。

 

「おっ、おい!なんか間違ってたか?」

レノアは慌てた。

 

「……違うの。あなたはちゃんと読めた……」

「でも、意味が違うの……」

 

エレオノーラの瞳には涙が滲んでいた。

 

「つまらない話だから飽きたら帰ってもいいわよ」

 

服の袖で涙を拭う。

そして、手紙の意味について語りだした。

 

レノアは真剣な表情でエレオノーラを見つめた。

 

「あなたが最後に読んだ手紙が始まりなの」

 

「婚約者からの手紙か?」

 

「えぇ、そうよ」

 

「あの人はね、女らしい女が好きなのよ」

 

レノアの表情に疑問が浮かぶ。

 

「古の英雄のように、血と泥にまみれて戦う女じゃなくてね」

 

「それで、その汚れた手で自分の子供を抱くなですって」

 

「あとは、自分は帝都にいるからさっさと戦争を終わらせろ、といったとこかしら」

 

エレオノーラの瞳を滲ませていた涙は、もうそこに留まってはいられなかった。

 

「家からの手紙はね、私に帰ってくるな、と言っているの」

 

「せっかくの良縁だから、妹が嫁ぐことになるみたい」

 

「せめて戦場で武勲を上げて家の役に立て、そんな感じね」

 

エレオノーラの語る手紙の意味。

 

「ね?楽しい事しか書いてない手紙でしょう?」

「でも意味を間違えると生きていけないの」

 

そのあまりに非情な意味に、レノアは言葉が出なかった。

 

エレオノーラはレノアの手から手紙を奪い取ると握りつぶした。

 

「こんな手紙がなくたって!私には家のために戦う覚悟はあった!」

 

「帝都を出た時に二度と戻ることはないと思った!」

 

「こんな場所で血と泥にまみれている女なんて!結婚できないと覚悟した!」

 

それは貴族令嬢という仮面を剥がしたエレオノーラという少女の叫びだった。

 

帝国、家の名誉のために、自らの人生、命をなげうち、血と泥にまみれてさえ、その覚悟を疑われる。

それは少女にはあまりに過酷な仕打ちだった。

 

レノアは黙って聞いていた。

そして懐から煙草ケースを取り出すと、一本の煙草を差し出した。

 

「これって……」

それは連邦製の煙草だった。

 

「あれが最後じゃなかったの?」

 

レノアは何も言わずマッチで煙草に火をつける。

そして何時ものように残り火をエレオノーラに差し出した。

 

「秘密はな、特別な相手にしか教えないもんだ」

 

エレオノーラは顔を近づけ、煙草に火をつけた。

そして、今日はじめてわらった。

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