「連邦が兵を集結させていると情報が入った」
急遽、司令部に集められた指揮官たちは、そう伝えられた。
「入ったとは?どこからの情報だ?」
エルンストが聞き返した。
「泥棒貴族、具体的に言うなら杉の家の三男坊だ」
部屋に緊張が走る。
司令のその言葉にエルンストとエレーナは不快感を隠さなかったからだ。
「あんな奴らの何を信じると言うのだ」
エルンストはそう言い放ち、エレーナもまた頷いた。
「私もそう思う」
「だが、同じ情報が他からも入った、回廊貴族からだ」
それを聞くとエルンストは考え込んだ。
「…少なくとも調査はするべきか」
回廊貴族と泥棒貴族はその出自から特に仲が悪い。
それが、同じ情報を持って来る。
放っておくには不気味だった。
「そして、泥棒貴族の情報はやけに具体的だ」
司令は指揮官たちに情報の写しを渡す、静かな部屋に紙をめくる音だけが響いた。
そこには連邦の動員予想、おおよその作戦開始時期について纏まられている。
さらに、その根拠ともいえる資料まで添付されていた。
あまりに具体的な内容に作戦室はざわついた。
「確かにこれは詳細な情報ですね、ですが目的は何でしょう?」
エレーナはそう述べた。
「直接接触した人員からの報告ですと、帝都へ繋ぎを作りたい様子であったとのことです」
「書状がこちらに、お二方が読まれましたら帝都へ送ります」
情報部の人員は書状をエレーナに手渡した。
エレーナは無言で書状に目を通す。
「わかりました」
短く告げるとエルンストへ書状を回すした
エルンストも無言で書状を読み進めると「事情はわかった」と言い書状を返した。
二人の間に沈黙が続く。
集められた指揮官も貴族の事情に口を出すわけにもいかず、作戦室は静まり返っていた。
「簡単に言えば帝国に戻りたい、と言ったところか」
エルンストはあきれたように言った。
「私もそう読みました、しかし、そんなことが可能でしょうか?」
「わからん、エレーナはどう思う」
エレーナは口元に手をやりしばらく考え込み、それから口を開いた。
「難しいですね」
難しい、その言葉を受けエレーナを見る顔に疑問が浮かんでいた。
その様子を察したエレーナは言葉を足してゆく。
「難しいと言うのは、どちらに転ぶか、というところです」
「奴らはあくまで『泥棒』ですから」
その言葉を受けて、エルンストはエレーナの考えを理解した。
「そうだな、奴らは陛下の財を盗んだ、だがそれだけだ」
「弓を引いたわけではない、だから『泥棒』なのだ」
二人はそう述べたが、周りを囲む者の表情にはまだ疑問が残っていた。
「もし陛下に弓を引いたのなら奴らはこの世にいない、我々が許さないからだ」
「つまり、奴らの罪などその程度のことだ」
エレーナも頷き肯定した。
「まぁこの感覚は貴族の水に漬かった者しかわからんな」
エルンストは説明を諦めた。
これは肌で感じる感覚に近い問題だったからだ。
「だが、これを持ち込んだ理由は分かった、これを『武功』としたいのだろう」
エルンストはそう述べた。
「私もそう思います」
「当時の者は誰もいない、先祖の罪を雪いだというのなら陛下も無下にはなさらないでしょう」
エレーナがそう付け加える。
此処まで話を聞いて周りの者たちも一応の納得はしたようだった。
「……こちらが回廊貴族家からの情報になります」
少し重くなった雰囲気を切り替えるように新たな情報が手渡さた。
「こちらは単純だ」
「彼らは直接見に行ったようだ」
司令の言葉を裏図けるように報告書には数枚の写真が添付されている。
そして誰もが驚いた。
「よくここまで……」
エルンストの言葉に情報部の者が反応した。
「えぇ、私たちも人員を送り込んではいますが、戻った者は多くありません」
帝国軍も情報収集を怠っていたわけではない。
しかし、中央回廊の先はかつては蛮族の住処と呼ばれ、現在でも連邦の庭であった。
言語も文化も違う地へ溶け込み、探る。
それは困難を極めた。
「始まりは書かれておりませんが、大した情報ではなかったでしょう」
「少なくない犠牲を払ったと思われます」
その言葉に、今度はエレーナとエルンストが黙ってしまった。
今回の情報に、回廊貴族家はなんら報酬を受け取っていない。
真偽不明の情報のために命を捧げる。
彼らの帝国への忠誠心は恐るべきものがあった。
「……回廊貴族家の矜持とは凄まじいものがありますね」
本音が漏れた。
エレーナも貴族として命を懸ける覚悟はある。
しかし、それには打算的なものも含まれているのも事実だった。
「これで情報は揃ってしまったな」
「それでどうする?」
現場指揮官と貴族を呼んでこれで終わらないだろう?
エルンストはそんな口調で言った。
「私は奇襲作戦を提案したい」
司令はそう告げた。
「まだ情報収集は続けるべきだが、この規模を放置することは看過できない」
写真に写っていた基地の規模は、共同作戦で奪取したものよりはるかに大きかった。
「騎兵隊を指揮するものとしては素直に賛成できない」
「遠すぎる」
エルンストは意見を述べた。
連邦の新たな基地はあまりに離れており、作戦行動距離をはるかに超えていた。
他の指揮官たちからも次々と意見が上がる。
どうやってそこまで向かうのか。
補給はどうするのか。
通信の確保は。
各科から様々な問題が指摘された。
しかし、共通している意見もあった。
「このままではいけない」
連邦の動きは脅威だった。
また東壁が抜かれるのではないか、そんな恐怖があった。
「ひとつづつ解決していくほかあるまい」
司令のその言葉に皆頷き、会議は深まっていった。