そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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長い夜

エレザは手早く手紙を書きあげ、封蝋で封印する。

貴族の手紙が検閲を受けることはないが、見られてしまっても中身は「季節の話」だ。

 

「さて、エレーナ様のところへ行こうかしら」

そう呟き部屋を出た。

 

ランプの明かりがぼんやりと浮かぶ執務室

 

「今日は冷え込むわね」

エレーナは書きかけの手紙から顔を上げずに言った。

 

「帝都ではやっと秋風が吹くころでしょうか」

クラリスも報告書から顔を上げずに答えた、

 

帝都よりはるか北にある中央回廊はすでに冬の訪れを感じさせていた。

 

「少し早いけど寒冷始動の準備をしましょうか」

エレーナがそう言うとクラリスは報告書を閉じた。

 

「そうですね、今は待機しているはずです、準備してきます」

クラリスは立ち上がると部屋を出ていった。

 

静かな部屋にさらさらとペンを走らせる音が小さく響く。

 

窓の外からくぐもった音が聞こえる。

エンジンに火が入ったようだ。

 

部屋の扉が小さく叩かれ、開けられた。

 

「クラリス早かったわね、こちらもすぐに終わるわ」

エレーナは手紙から目を離さずに答えた。

 

「あら?お忙しかったですか?これは失礼いたしました」

 

クラリスではない。

凛と鈴を転がしたような声色。

 

「……失礼いたしました、エレザ様」

 

精霊の家、エレザがそこに立っていた。

 

 

ぼんやりとした明かり、向かい合ってソファーに座った二人。

 

「今日知った仲ではないのです、私のことはどうぞエレザとお呼びください」

わたしもエレーナと呼びますから、エレザはにこにこと言った。

 

「エレザ今日は何か御用でしょうか」

エレーナの声に緊張が滲む。

 

「特に用事といわけではないのですけどね。なかなか二人でお話すことがないものですから、ちょっと遊びに来ました」

 

相変わらずにこにことほほ笑むエレザ。

まるで子供がふらっと遊びに来たような、そんな言い方だった。

 

エレーナは内心は逃げ出したい気持ちでいっぱいであった。

しかし、逃げ出すこともできない。

 

「エレーナは私の家のことをどれくらい知っているかしら?」

エレザの無邪気な問い。

 

エレザの家のことと言えば帝国の歴史そのものだ。

「何も知りませんし知る立場にありません」そう正直に言ってしまいたかった。

 

「恥ずかしながら歴史について研鑽を怠っておりまして……」

エレーナは苦しい言い訳をする。

 

「あら!そうなのですね!では私が知ることをお話ししましょう!」

 

エレザがそう言うと、エレーナは顔が引きつりそうになるのを必死にこらえた。

 

エレザが話すことは貴族なら皆知っているような噂話と同じものだった。

古くから皇帝へ仕えていること

女系で子は当主となる一人しか生まれないこと

エレザには妹がいること

 

エレーナは帝国の暗部を知らされるのではないのかと戦々恐々としていたが、少し心が落ち着いた。

次の言葉を聞くまでは。

 

「そしてですね、わたくしの妹が当主になりました。とてもかわいらしい妹なのですよ」

 

エレーナは首に剣をあてられた気持ちになった。

 

精霊の家に関する最も暗い噂。

子は一人。

エレザ姉妹、先に生まれた子の定め。

 

「エ、エレザ、様は、その、怖くはないのでしょうか……?」

エレーナはその一言を発するのに永遠ともいえる時間を感じた。

 

「そうですね、怖くはないかもしれません」

あっけらかんとエレザは答える。

ほら!口調が戻ってますよ?とけらけらと笑う。

 

「それでも痛かったり苦しいのは嫌なんですよ?」

最初の戦車は暑くて大変でしたと笑いながら答えるエレザ

 

エレーナは次の言葉をつなぐことができない。

 

「わたくしの家はみんな変わってるのですよ」

にこにことほほ笑むエレザ

 

「それでも私と同じ戦車に乗る皆さんはちょっとかわいそうですね」

これも内緒ですよ?ほほ笑むエレザにエレーナは絶句する。

 

「私の妹は本当に可愛くて愛おしいのです」

 

言葉をなくしたエレーナを置き去りにエレザは語りだす。

 

「私たちが生まれたあの日」

 

「母も、家の者も誰も喜びの声を上げることはなかったそうです」

 

そして、初めて顔を曇らせた。

 

「あの子に大変な役目を背負わせてしまいました……」

 

いつもにこにこと笑うエレザはそこにいなかった。

 

「エレーナは妹を見たことがあったわよね?」

 

エレーナは無言で頷く。

ただ一度だけ。父に連れられ向かった宮殿、皇帝陛下の背後に立った少女を見た。

 

漆黒の髪に暗色のドレスを纏った姿は決して忘れることが出来なかった。

そして、目の前にいる白銀の髪に軍服を纏った少女。

 

「ふふっエレーナったら、あの子と私が似てないって思ったでしょう?」

 

「そう、似てないの。あの子はお父様に、そして、私はお母様に似ていた」

 

「だからお母様の目を曇らせた」

 

そう語ったエレザはいつの間にかいつもの笑顔を取り戻している。

しかしその表情に込められた感情は諦めを示していた。

 

「母は自分に似た私を諦めきれなかった、今際の際にそう聞いたわ」

 

「私たちは一緒に育てられたの」

 

「一緒にお勉強をして、一緒に遊んで、一緒に寝て」

 

「とても仲の良い姉妹だったわ」

 

「この家の歴史を知るまではね」

 

笑顔から放たれる言葉の威力に息をすることを忘れてしまう。

 

「私はそれほど驚かなかったわ。変わり者の一族だからかしら?」

エレザはくすっと笑った。

 

「でもあの子は違った。私はくすっと笑ってあの子の顔を見たの」

 

「あの子はなんて言ったと思う?」

 

「『ひとりにしないで』そう言ったの」

 

「その時の表情は今でも夢に見るわ」

 

重い沈黙。

エレーナは沈黙を嫌い言葉を紡ごうとするが、それを体が拒否した。

死地に踏む込む様な恐怖感があった。

 

「私はあの子の側にいてあげられない。それは死ぬよりつらい」

涙が一粒だけ手に落ちた。

 

そしてエレザはエレーナの手を握った。

 

「エレーナ、あの子は今皇帝陛下のお側におります」

 

「あなたなら同じ側に立つこともできるでしょう」

 

「身勝手なお願いですが、あの子のことをお願いします」

 

エレザは深く頭を下げた。

エレーナは言葉なくエレザを見つめる。

 

ふと、手を握る力が弱まった。

 

「あら?クラリスさんが戻られるようですね」

 

「私はこれで失礼しますね。おやすみなさい、エレーナ」

 

先ほどまでの沈痛な表情を捨て去り、にこにこと部屋を後にするエレザ。

 

「エレーナ!どうしたのですか!顔が真っ青ですよ!」

入れ替わりに部屋に入り、エレーナの様子に驚くクラリス。

 

「なんでもないわ」

エレーナからは、それ以外の言葉は出てこなかった。

 

 

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