「おはよう、諸君」
ダイダが現れると、指揮官たちは一斉に敬礼した。
ゆっくりと椅子に腰かけると、指揮官たちに着席をうながした。
ダイダを見つめる視線。
「諸君らのおかげでこの戦術は完成した」
感慨深げに指揮官たちを見渡した。
帝国を打ち破り、この手に。
何百年も焦がれた想いを達成する。
そこに達し得るかもしれない戦術、それがこれから日の目を見るのだ。
「くくっ、これはある意味意趣返しということになるかな?」
ダイダは静かに語りだした。
「前進基地、帝国に奪われたあれだ」
「我らが築いたものではなかったが…あれが使えれば簡単な話だったのだがな」
部屋の中に緊張が走る。
帝国の要塞群、そこに手がかかるあと一歩のところにあった基地だ。
「囮につられ出かけて行ったら猛獣の巣だった、という訳だ」
指揮官の表情が苦いものに変わる。
報告書に書かれた顛末は実に稚拙なものだった。
「この度の戦術では我々も囮を使う」
「帝国は囮を引いた」
「我々は違う、囮を押し込む」
ダイダは静かにそう言った。
「これは笛吹猟だ」
「囮部隊には笛を吹いてもらおう」
「縄張りを荒らされた猛獣は笛吹に食いつく、毛皮をいただくのは私たちだ」
そしてダイダは不敵に笑った。
「ここにたどり着くまで時間がかかりました」
ダイダの側に控えたイシイレ少佐はそう言った。
その言葉にみな頷く。
「我が方の兵はなぁ…」
ダイダぽつりと呟く。
皆その呟きの続きはわかった。
「質が悪い」
それは連邦軍士官の共通の悩みだった。
皆と同じに歩く。
右に向く。
左へ向く。
そんなことすら間々ならない。
「士官学校を出て初めて着任した日、私は故郷へ帰ろうと思ったぞ」
ダイダのぼやきに周囲から笑いが起こった。
「拳で上下を叩き込んで、一応は解決したが…」
「それでも帝国には届かなかった」
連邦軍は指揮官の権限が極めて強い。
進めと言ったら、兵は止まれの命令があるか、死ぬまで進むしかない。
「私の代ではかなわぬ夢かと思ったものだ…」
だが、帰郷した際に小耳にはさんだ小話、それを思い出したのだ。
「猟師は使えない弟子に笛を吹かせるというのだ」
「この猟はお前の腕次第だ、と言ってな」
くくく、とダイダは笑う。
「なんともひどい話だろ?」
「駄賃を払う必要もないし、高価な毛皮は独り占めだ」
「どんなものでも使いようということだ」
些細な小話から発想を得た。
そして連邦の有利不利を詰め込み完成した。
連邦軍の新戦術、それは三波攻撃とも波状攻撃とも命名されたが、兵からは「笛吹猟」と呼ばれていた。
あらためて指揮官の一人から戦術の説明が始まる。
「第一波は行進射撃を行います、これは命中を期待するものではありません」
「止まって撃ったところで、どうせ当たらん」
ダイダの野次に笑いが起こる。
「これは笛です、精々帝国軍を引き付けてもらいましょう」
指揮官は友軍を笛と言い切った。
「それから、持てる火器を全て向ける、これは現状の対戦車戦闘そのままです」
連邦軍の対戦車戦術それは極めて単純だ。
「すべての火器で射撃する…か」
ダイダは苦笑いを浮かべる。
「この案が出た時も軍を辞めたくなったものだ…」
「だが、案外うまくいったな」
戦車砲に野砲、小銃に拳銃まで、全ての火器を向ける。
単純な運用、これは意外な効果を発揮した。
「えぇ、意外でした」
「しかし、随伴歩兵を戦車から剥がす、車載機器を破損させ、照準を妨害する」
「これは侮れない効果です」
指揮官の言葉には力がこもっていた。
流れ弾であろうと当たれば死ぬ、それは兵にとって最も重要なことだった。
「続く第二波は、囮に食いつき足を止めたものを討ち取ります」
「流石の帝国兵でも動いていては当てられませんからな」
「それから第一派の尻を叩いてやらねばな」
ダイダの言葉に小さな笑いが起こる。
「えぇそうです、第一波には動いてもらわねばなりません」
尻を叩く、可愛い脅しだが、その実は「止まったら撃つぞ」そんな脅しだ。
「第三波は仕上げです、浮いた敵を討ち取ります」
「そして、ここが最も重要です、部隊の動きを止めさせない役割を持ちます」
「帝国に対応する時間を与えない、これこそが戦術の核となります」
指揮官は説明を終えた。
「それに、お前たちのような優秀な者を失うわけにはいけないからな」
ダイダの冗談にまた笑いが起こる。
しかしそれは全くの冗談とも言い切れなかった。
連邦では優秀な指揮官が不足しているのだ。
そして、ダイダは説明を追加する。
「何度も言うが、この作戦の要所は前進距離だ」
その言葉に先ほどまでの軽さはない。
「敵の真っ只中で補給が切れては何もならん」
笛吹猟、それは大量の物資を一度に使い切る、そんな戦術だ。
普段の作戦に比べ補給の重要性が桁違いだった。
「そう考えれば前進基地を失ったのは痛かったな、あそこからなら一撃で要塞を抜けたものを」
ダイダは遠い目をした。
「えぇ、要塞目前で一度止まらねばなりません」
指揮官は答えた。
前進距離を見誤ると戦術が崩壊する、この戦術の弱点であった
「口うるさいようだがもう一度言わせてもらう」
ダイダは身を乗り出した。
「これは実に単純な戦い方だ」
「だが、簡単ではない」
「それを忘れるな」
指揮官たちは真剣な表情で頷いた。
ダイダは自分の執務室へ戻ると首元を緩め、ソファーに身を預けた。
「たまに真面目な話をすると肩がこるな」
「お疲れ様です」
イシイレはそう言うと、瓶詰と酒をダイダの前に置いた。
「おい、これは連邦のものだろ?」
こんなもの飲まんぞ、ダイダは首を振った。
「中身は帝国の物です、さすがにこちらでは目立ちますので」
いぶかしむダイダを尻目にイシイレはグラスに酒を注いだ。
「確かに中身は本物のようだが…」
それでもダイダは不満げであった。
「グラスもだが…この瓶も何とかならんものか…」
瓶を指でつついた。
テーブルに置かれたグラスも瓶も透明とは言えず濁った色合いをしていた。
そして形も均整がとれているとは言い難かった。
「戦車が作れて、こんな瓶は満足に作れんのか…」
戦時体制に移ってからは日用品の品質は悪化の一途をたどっていた。
「こちらは正真正銘の帝国製です、どうぞ」
イシイレは一冊の書類を手渡した。
ダイダは気だるげに書類を開き、そして、目を見開いた。
「これが…」
そこには新聞の切り抜きが丁寧に収められたいた。
写っているのは純白の軍服を着た少女たち。
「白百合中隊…」
そして、その中央に立つ女性。
「エレーナ・バレンシュタイン」
ダイダの手は震えていた。