朝日に照らされた少女は、寝間着から覗く白い肌をさらに白くし、妖艶な美しさを称えていた。
「何を言っているのよ!」
エレオノーラはレノアに飛びついた。
「いや、思った事を言っただけだよ」
その言葉にエレオノーラは更に顔を赤くしてレノアの胸に顔をこすりつける。
「なあ」
「なによ」
「俺の家は帝都の南部にある」
レノアは真面目な顔で話し出す、エレオノーラは抱きついたまま顔だけ向けた。
「小さな街だ」
「レノア街、そのなかの小さな雑貨屋、そこが俺の家だ」
レノアの独白のような語り。
「暇だったら行ってみてくれ!安くするぞ!」
レノアはエレオノーラを見つめた。
エレオノーラは何も言わなかった。
ただ抱き合う二人。
「ありがとう……」
レノアは無言で頷いた。
「それにしても、今回は随分長かったじゃない」
エレオノーラは制服に着替えながら言った。
「あぁ、まあな」
レノアはベッドに横になったまま短く答える。
何処へ、何をしに、それを聞かないことはお互いへの配慮であった。
しばらく無言が続き、部屋には服に袖を通す音だけが響く。
「外の荷物みたか?うちの船もそうだが、貨車も随分忙しそうだ」
「えぇ、すごい量ね私もこれから行かないと」
エレオノーラは倉庫に山と積まれた物資を思い出す。
中央回廊には帝国各地から大量の物資が届けられていた。
それは通常の倍ほどもあり、倉庫に入りきらなかった荷物が、あちらこちらに積み上げられていた。
「また、忙しくなるのかな…?」
レノアのちょとした呟き。
それはみなが薄々と感じ取っていたものだ。
「まぁなるようにしかならないわよ、エレーナ様もそうおっしゃっていたし」
着替えの終わったエレオノーラはレノアに口付けした。
「それじゃあ、またね」
「あぁ」
レノアが返事をするとエレオノーラは部屋を後にした。
同じころ、朝日が差し込む部屋一人の女性の姿があった。
「おはようございます」
ウィシウスが目を覚ますと挨拶が聞こえる。
窓辺に置かれた椅子には、すでに着替えを終えたイザベラが手に本を持ち座っていた。
「おはようございます」
ウィシウスは乱れた髪を手早く整える。
「昨日はお疲れのようでしたね、すぐに眠ってしまいました」
寝顔が可愛かったです、とイザベラは悪戯っぽく笑う。
「…お恥ずかしいところをお見せしました」
ウィシウスはゆっくりと起き上がると部屋を見渡した。
イザベラが綺麗に畳まれた制服を手渡すと、軽く頭を下げ背を向けて着替えを始めた。
「実は先日、新車が届きまして」
「新車ですか?」
「えぇ、新車は一度動かして当たりを出すので、その整備が重なっていました」
「そういえば騎兵課のかたが忙しそうにしているのは拝見しました」
イザベラは最近の様子について思い出した。
整備場から戦車が出ていくと、しばらくしては帰ってくる。
それが何台もだ、何をしているのかと疑問に思っていたのだ。
「全て整備をするのですか?」
「はい、殆どは問題ないのですが一度分解しませんと持ちが違いますので」
ウィシウス曰く、届いた時点ではまだ未完成なのだそうだ。
一度、泥の上を駆け、砲を撃つ。
それからエンジンを降ろし、砲塔を吊り上げ、分解整備をして初めて戦場で使えるのだそうだ。
「それほど手のかかるものなのですね…」
知りませんでした、とイザベラは素直に感心していた。
普段から軽整備は中隊でも行っていた。
整備に手間がかかることは知っていたが、まさか新車からそこまで手を掛けるとは思っていなかったのだ。
「あの重さですからね、ただ走るだけでも摩耗します、労わってやらないと」
そう語る姿をイザベラはじっと見つめた。
「今日はあなたが先生みたいね」
にこりとほほ笑むイザベラを見て、ウィシウスも口元を緩めた。
「イザベラ、そろそろ行きましょうか」
ウィシウスが声をかけると、イザベラは本を置き立ち上がった。
二人は部屋を出るとまだ人のいない廊下を歩いてゆく。
そして廊下の角で一人の少女と行き会った。
「…おはよう、イザベラ」
「…おはようございます、エレオノーラ」
二人はぎこちない挨拶を交わした。
「イザベラ様、私はこちらで」
いつの間にかイザベラの後ろに控えていたウィシウスがそう告げると、イザベラは無言で頷いた。
「失礼いたします」
足早にその場を離れたウィシウスの背中をイザベラは目で追った。
「この後は部屋に?」
「えぇ、エレオノーラもですか?」
「そうよ」
そして、二人は自分たちの部屋に向かい歩き出す。
お互いに何か話をしようかと思っていたが、無言のままだった。
何処へ、何をしに、それを聞かないことはお互いへの配慮であった。
官舎の外へ出るとちらほらと人影があった。
二人は無言のまま歩いていた。
「あ、私ちょっと寄るところがあるから」
エレオノーラは唇に指を当てた。
「私も行ってみていいかな?」
エレオノーラはイザベラの言葉に一瞬驚いた表情を浮かべた。
「いいけど…匂いがついても知らないわよ?」
「えぇ、大丈夫」
そして、二人はエレオノーラの定位置、木箱の上に腰かける。
エレオノーラは煙草を取り出すと、とりあえずイザベラに向けた。
イザベラが手を振り断ると、それが分かっていたように、すぐに口に咥え火をつけた。
ゆらゆらと紫煙が立ち上る。
「いつも思うけど、本当に美味しそうに吸うね」
イザベラは煙草の煙を興味深げに見つめていた。
「そうよ、これが私の見つけた美味しいものだもの!」
「何よそれ?」
あまりに自信満々なエレオノーラを見てイザベラは思わず笑ってしまった。
「イザベラこそいつも楽しそうにやってるじゃない」
エレオノーラは向こうの木陰を顎で指した。
「妙に人気が出てしまって…」
イザベラは苦笑いを浮かべる。
最初は一言、二言ちょっとした質問に答えるだけ、それがいつの間にか教室になってしまったのだそうだ。
そろそろ話すことがなくなりそうで困っていると内情をばらした。
「へー、でも良いこともあってよかったじゃない」
エレオノーラはにやにやと笑う。
「エレオノーラもね」
二人は笑いあった。
そろそろ行きましょうか、そうね、そんな会話をしていると、二人に声がかかっる。
「おはよう、こんな時間にどうしたの?」
朝の運動を終えたエレーナが現れたのだ。
「「エレーナ様、おはようございます」」
二人は慌てて立ち上がった。
「いいから、楽にして」
エレーナも木箱に腰を下ろした。
「二人でいるなんて珍しいわね、何処かに呼ばれていたの?」
エレーナの質問にイザベラとエレオノーラは曖昧な笑みを浮かべた。
あなたが答えてよ、そんな雰囲気を醸し出して。
「あ!」
「あ?」
エレオノーラは思わず出てしまった声を慌てて塞ぐ。
その視線の向こうへエレーナは視線を移す。
そこにはこちらを凝視し、緊張した面持ちのレノアが立っていた。
エレーナはレノアとエレオノーラの顔を交互に見る。
そして、全てを察したようだった。
レノアは無言でその場を立ち去った。
生ぬるい緊張感がその場に満ちた。
「エレオノーラ」
「…はい」
「今日は忙しくなるわよ」
「…はい」
お説教の雰囲気を感じたエレオノーラは縮こまった。
そして、エレーナは気づいてしまった。
「イザベラも?」
エレーナのその問いに、イザベラはにこりとほほ笑んだ。