「感度が悪い、再送せよ」
何度目になるか、エルンストは言うことを聞かない無線機に言葉を投げた。
「……エルンス……ない……もう……よ……」
無線機からは相変わらずざりざりとした雑音が響く。
「おい!この距離で聞こえないのにどうやって戦うつもりだ!」
長距離侵攻に備え、エルンスト中隊では新型の無線機の試験が行われていたが、成果は芳しくなかった。
指揮官車に取り付けられた大型通信機からは雑音が垂れ流されていた。
「……聞こえない……再送……」
「どうやって戦うのかと言ったんだ!」
エルンストは無線機を殴りつけた。
「大尉、エンジンの雑音がそのまま乗っているようです」
無線手がハッチから顔をのぞかせる。
帝国戦車は四人が基本定員だが、無線機とそれを扱う兵のために弾薬庫に当てられていた場所に急遽、席が設けられた。
「くそっ!」
エルンストは苛立ちを隠さなかった。
長距離侵攻のために第6世代戦車は各所に改修が施されていた。
指揮官車の大型通信機に始め、外部燃料タンクの増設、予備部品の追加など内外共に所狭しと詰め込まれている。
「そっちはどうだ!」
第4世代の戦車部隊の指揮官に声をかけるが、指揮官は手をあげ首を振った。
「やめだ、やめ!一度帰投する!」
エルンストがそう告げると戦車は基地へ向かって動き出した。
整備場へ帰投すると、エルンストは戦車から飛び降りた。
「おい、こいつは使い物にならんぞ。短距離無線の方が届く始末だ」
無線機を叩きながら整備兵に愚痴を言った。
「元は通信大隊の機材ですからね、戦車用に作られておりません。電源機材を手配してますが何処に積むか……」
整備兵もお手上げとばかりに首を振った。
その様子を見てエルンストは頭を抱える。
「先生」
その時、不意に背後から声を掛けられた。
「エレーナか、どうした?」
エルンストが振り返ると、そこにはエレーナが一人立っていた。
「あまり改修が上手くいってないようですね」
「あぁ……。全く困ったもんだ」
今回の長距離侵攻に白百合中隊は参加しない。
彼女たちが乗車する5号戦車は、4号や6号とは必要物資が異なる。そのため補給の単純化を図った結果、基地の守備部隊に回されていたのだ。
エルンストは懐から煙草を取り出すと、エレーナに渡そうとするが、はたと気づき自分の口に咥えた。
火をつけ、ため息交じりの煙を吐き出した。
「エレーナ、お前はどう思う?」
エルンストの曖昧な問い。
だがそれが指すものは指揮官には明確なものだった。
「向こうの事情で動かされるのは気が乗りませんね」
「ははっ、確かにそうだ」
エルンストはエレーナのあまりに率直な物言いに思わず笑ってしまった。
奇襲作戦と言えば聞こえは良いが、それは敵の巣に飛び込むということに他ならない。
地の利もない場所で相手の動きを見てから、こちらが動く。どれほどの危険があるのかを推し量ることすら困難であった。
「作戦の概要は出来たが……条件が多すぎる。ひとつ止まれば大ごとだぞ」
「私も拝見しましたが、確かに複雑ですね」
「弾薬はまぁいいが、問題は燃料だ。一台送るのに何台も補給車列を連ねればならん」
「今までのように、行って帰って補給というわけにもいきませんね」
「あぁ、戦い方が違う」
エルンストもエレーナも今までとは違う戦い方に戸惑いを見せた。
帝国は中央回廊以東に興味はない。
連邦がこちらに向かってこなければそれでよい、その程度のものだ。
要塞群を築き、その影響下で戦う。
前線に補給基地を築き、戦線を伸ばしていくような戦い方は想定していなかった。
「……駄々を捏ねても仕方あるまい。もう決まったことだ」
エルンストは最後に大きく煙を吸い込むと、足で煙草を踏み消した。
「お前たちの所も随分と忙しそうだ。便利に使われて着任当時を思い出すな!」
エルンストの悪戯っぽい言い回しにエレーナは苦笑いを浮かべた。
「戦の基本は穴掘りだと祖父に教わりましたが、いま実感しております」
エレーナの実感のこもった言葉を聞いてエルンストは笑った。
「昨日は戦車壕を掘ってただろ?それに通信隊の手伝いもしているようじゃないか!」
「えぇ、久しぶりに3号を見ましたが随分と変わっていて驚きました」
かつての白百合中隊の乗車の3号戦車は、砲塔が外され、排土板が取り付けられ、外観が様変わりしていた。
本来なら工兵の領分だが、手が足りない。
そのため白百合中隊からも操縦手含め、幾人か他科へ手伝いに出ていた。
「その割にずいぶん綺麗な格好をしているな」
エルンストはエレーナの恰好を指した。
今日のエレーナは何時もの野戦服ではなく帝国軍士官の制服を着用していた。
「私の方はこちらでして。一通終わると二通届くような有様で……」
そう言うと紙にペンを走らせる仕草をする。
「貴族のお嬢さんも大変だな」
エルンストは自分のことを棚に上げ、おどけた。
「それじゃあクラリスの嬢ちゃんが見てるのか?」
まぁあいつなら問題ないだろう、そのような意味が滲んだ言葉。
だが、
「……いえ」
「ん?どうした?」
エレーナはいたく話しづらそうな表情をする。
「エレザ様が見ております……」
「……。」
その言葉を聞いてエレーナもエルンストも黙ってしまった。
「……穴掘りが好きなのか?」
「そのようで。毎日張り切っておいでです」
「あの家は本当にわからん。変わり者ばかりだ」
エレーナは「私もそう思います」とは言えず、ただただ苦笑いを浮かべた。
「最近クラリスを見かけないから、てっきりそっちについているのだと思ったが。それからアンナも見かけんな。元気か?」
その言葉を受けてエレーナの表情が曇る。
「あ……。」と、珍しく言いよどむ。
「……クラリスには私の代わりに他の隊員を見させております」
クラリスとアンナが側にいない。
そして言いよどむ。
委細はわからなかったが、エルンストはある程度の事情を察した。
そして、
「貴族の色が抜けてきたようで何よりだ!」
エルンストは指で頬を吊り上げ笑った。
「昔のお前なら凝り固まった笑顔でお上品に答えただろうに」
何かの琴線に触れたのかエルンストは腹を抱えて笑っている。
その様子を見てエレーナはあっけにとられていた。
「いいかエレーナ。お前らは大丈夫だ」
「戦車の乗っちまえば、あとはいつも通りだ」
「川の葉っぱだ。忘れるなよ?」
ひとしきり笑うとエレーナに背を向け歩き出した。
「たまにはアンナにも優しくしてやれ!」
いつも通り、余計な一言を残して。