その日、一人の少女が久しぶりに中央回廊に姿を現した。
白く可憐な、この場には似合わない服を着ている。
すれ違う兵士たちは、皆がその姿に釘付けとなった。
何度も会ったことがあるはずであるが、軍服を着た姿とのあまりの違いに、誰もが目を疑った。
少女はあまたの視線も気にせず、主人のもとへと歩みを進めた。
執務室の扉の前に立つと息を整える。
軽く戸を叩く。
「どうぞ」
小さく声が聞こえる。
少女は扉を開けた。
「エレーナ様、ただいま戻りました」
アンナが中央回廊へ戻ってきた。
「おかえり、まぁそこへかけて」
書類から顔を上げたエレーナはソファーを示した。
「失礼いたします」
アンナは鞄を傍らに置くと腰を下ろした。
「お兄様はお変わりないかしら?」
「はい、日々当主としての役割を務めていらっしゃいます」
「そう」
アンナの答えにエレーナは小さく返した。
「ルル」
エレーナは後ろに控えていたルルを呼ぶ。
「白湯を持ってきて、二人分ね」
承知いたしました、そう告げると少女は部屋を出ていった。
二人の間に穏やかな静寂が流れた。
しばらくすると、ルルが白湯を持ち戻ってきた。
エレーナの前に湯気が昇るカップが置かれた。
アンナの前にもカップが置かれる。
「おかえり、アンナ」
「ただいま」
ルルとアンナの短いやり取り。
そして、ルルは部屋を出ていった。
「しばらく見ない間に綺麗になったわね」
エレーナはアンナを見つめた。
「エレーナ様を前にお恥ずかしいです」
アンナははにかんだ様に笑う。
「…ほんとうに綺麗になったわ」
エレーナの側にいたころは少女らしい可愛らしさを振りまいていた。
だが今では女性らしい美しさを称ええている。
エレーナは少し眉を曲げ困ったような表情をする。
そしてアンナに聞いた。
「…お父様にお伝えしてもよいかしら?」
「はい、よろしくお願いいたします」
アンナは深く頷く。
エレーナを見つめる瞳には強い力が宿っていた。
「しばらく休暇をあげるわ、気負わずに過ごしなさい」
「それからルルをつけるから、何かあったらあの子に言うのよ?」
「エレーナ様、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ」
アンナはエレーナの過保護ぶりに思わず笑ってしまった。
「いいから、言うとおりにしなさい」
エレーナは少しばつの悪い表情をして、そう告げた。
それでは失礼いたします。
アンナはそう言ってエレーナの執務室を出た。
歩きなれた廊下を自室に向かって進んでいく。
部屋の前にはクラリスが立っていた。
「クラリス様……」
アンナの声にクラリスは何も答えない。
その表情は、軽い怒り、はたまた謝罪か、複雑な表情が浮かんでいた。
クラリスはアンナに深く頭を下げると、何も言わずその場を立ち去った。
少し暗い気持ちで扉を開けると、ルルがアンナの荷物を整理していた。
「早かったね?今クラリス様がいらっしゃったのだけれど、ご挨拶はできた?」
「えぇ、ご挨拶できたわ」
アンナはそう答える。
少し暗いアンナに疑問を持ったが、ルルは話を続けた。
「こちらが、エレーナ様からアンナにだって」
ルルが指さしたベッドの上には数着の服が並べられている。
何処で手配したのか上等な仕立てのものだった。
それを見て、先ほどまでのやり取りを思い出し、アンナは思わず笑ってしまった。
「それから、これはクラリス様から」
ルルは楓の印章が捺された小さな包みを手渡した。
「クラリス様から?」
アンナは少し後ろめたい気持ちを抱きながらも包みを開く。
なかには赤い球が詰まったガラスの小瓶が入っていた。
「何それ?きれいね!」
ルルが覗き込んだ。
「これはね、花茶よ」
「お茶?」
ルルはアンナに疑問を返した。
「お茶と言ってもストレガの花から作った物でいつものお茶とは違うわ」
「へぇそうなの」
ルルは納得したように頷いた。
「とても綺麗なの、あとで一緒に飲んでみましょうか」
やった!とルルは喜んだ。
そしてアンナに小声で告げた。
「私、エレーナ様から何も聞いてないからね」
彼女は知らないとは言わなかった。
そして小さく笑う。
アンナは小さく苦笑いした。