「いよいよ始まるな」
「そうですね」
エルンストとエレーナの前には戦車に砲、そして様々な補給物資を満載したトラックが並んでいた。
「この前進基地を発って、順調にいって七日か」
順調に。
この言葉を信じている指揮官はいなかった。
「まぁ仕方がない。ほっとくわけにもいかんからな!まぁうまくやるさ!」
エルンストはいつものように豪快に笑った。
「お土産はいりませんので、ご無事にお戻りください」
これがどれほど危険な作戦か、それを肌身に感じているエレーナは素直に笑うことが出来ない。
その沈痛な表情を見てエルンストは、また豪快に笑った。
「笑わせるな、エレーナ!そんなのは好いた男に言うもんだ!」
そう言うとエルンストは戦車の群れの中へ歩いてゆく。
「俺たちがいない間に壁を抜かれるなよ!」
その一言を残して。
「クラリス、私たちは私たちの仕事をしましょう」
クラリスは無言で頷く。
急襲作戦が実行されているが、それはこちら側の都合だ。
敵は攻め方選ばせてくくれない。
万が一の際には少数の兵で守らなければならないという緊張感があった。
白百合中隊は戦力を分散させていた。
前線の要所となる場所へ配置し、敵の動向を早めに察知することに注力している。
「あれの出番がないことを祈るわ」
エレーナは防壁の向こうを顎で指した。
「あれには乗りたくないね」
クラリスは苦笑いを浮かべる。
あれ、と呼ばれているのは鹵獲された連邦の戦車だ。
砲塔を白く塗られ、戦車壕の中にたたずんでいた。
今は訓練が終わったばかりの兵がその中で留守番をしている。
事が起こった場合、中隊のものが乗り込んで砲台となるのだ。
「今どのあたりかしらね」
エレーナは東の空を見つめた。
「マクワイリ、調子はどうだ?」
「大尉、まだ出発したばかりですよ?」
急襲部隊が前進基地を出発して一日が経った。
進むべき道はわかっている、連邦がかつて切り拓いてきた道を辿っているからだ。
「もう一日だ。やつらよくこんな所に道を作ったもんだ」
エルンストは道路脇へ目をやる。そこには力尽きた鉄の塊がいくつも佇んでいた。
「中隊へ、各車状況を報告せよ」
「2号車問題なし」
「3号車……」
エルンストが無線を送ると、中隊の各車から「問題なし」の返事が返る。
「まだ、大丈夫か……」
これから先は未知の領域になる。
それはまだ踏み入れたことのない場所、そして、交戦距離としても。
「マクワイリ、車の状態に気を配れ。ここから先は戻ることもできんぞ」
「了解しました、大尉」
マクワイリは各車に作戦開始前に告げた注意点について、改めて説明していく。
油音、水温、燃料、それに変速機に異音は、回転数に注意。
耐久試験ではこの作戦以上の距離を走ったことはある。しかし実戦はまた勝手が違う。
壊れたら直す、そんなことは不可能だ。
エルンストは車内に身を沈める。
「こっちはどうだ?」
「問題ありません。大丈夫、行けますよ」
操縦手はそう答えた。
「通信は?」
「まだ、大丈夫です前進基地からの通信は聞こえています」
無線手は狭い車内に置かれた機材を操作しながら答える。
「問題があるとすればこの不味い飯だな」
エルンストが葉の折れそうな堅パンを齧ると車内に笑いが起こった。
「お前たちさっさと動け!時間を無駄にするな!」
マクワイリの怒号が飛んだ。
基地を発って三日目、あと少しで野営地へ着くというところで、履帯が切れた。
他の車両の乗員も集まり、重く太い鉄の塊を地面に引き出していく。
「くそ!動輪に食い込んでやがる」
ひとりの乗員がそう吐き捨てた。
「手の空いている者は自車の点検をしろ!同じ目にあうぞ!」
マクワイリの怒号は止まらない。
行軍も三日目にいたり、小さな問題が散見されるようになっている。
泥にまみれ戦車に群がる乗員をエルンストは静かに見つめていた。
「大尉」
「マクワイリか、状態はどうだ?」
エルンストの問いかけにマクワイリは苦い表情を浮かべた。
「まだ大丈夫でしょう。しかしあまりよくありませんな」
「疲れてきたな」
人も車も。エルンストはそう呟いた。
ここは既に連邦の勢力圏であった。
例の基地に籠っているのかは不明だが、連邦兵の姿を見ることはなかった。
しかし、油断をすることは出来ない。
何処に敵の目があるか。
狭い車内でに詰め込まれ、常に敵の影に気を払いながら進む。
確実に疲労が溜まっていた。
「野営地に着いたら酒を出してやれ」
「了解しました。飲みすぎないようきつく言っておきます。」
マクワイリは薄暗くなる中、中隊へ向かって走っていった。
連邦軍司令部
その中の一室、そこは帝国製の家具が並ぶが、それはどれも連邦調にしつらえなおされていた。
「何だと!帝国軍がこちらへ向かっているだと!」
部下から報告を受けた男は机を叩いた。
「前哨から情報が上がったばかりなので詳細は不明です。ですが、かなりの大群の模様です」
「イーセット様どういたしましょうか……」
走ってきたのだろう、報告をに来た兵の額には汗が浮かび、それを袖で拭った。
「くそっ!何とも間の悪い……」
イーセットは苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべた。
「ここにいるのはディフェンダの兵だ……。私が動かしたら越権と取られるやも……」
「ダイダはまだ戻らんのか!」
「兵の受領に本国へ戻っております。まだ数日はかかるかと……」
「くそっ!」
その部下の言葉にイーセットは再び机を叩いた。
連邦は族長制の果てに連邦という構造に至ってはいたが、軍事力の統合は進んでいない。
それぞれの武力を手放すことを嫌った五大部族、それぞれの私兵が大半を占めていた。
俯き、しばらく机を睨みつけていたが、イーセットは目をつぶり深く息を吸った。
そして、目を開けると先ほどまでの動揺は消え去り、歴戦の将の顔が戻っていた。
「うちの手のものを集め、指揮をとらせろ」
「イーセット様!それでは……!」
イーセットは動揺した部下に手を向け制止した。
「良いか、これは好機なのだ。これから行う侵攻作戦、その手柄をディフェンダだけにくれてやるものか」
「ディフェンダは相当無理をしている。我々からも金を借りた。そう簡単に手出しは出来まい」
「本国へ連絡しろ。決してディフェンダに悟られるなよ」
イーセットは部下を睨みつけた。
「承知いたしました!」
部下は緊張した表情で足早に部屋を出ていった。
扉が大きな音立てて閉まる。
イーセットは静かに立ち上がると窓の外に並ぶ車列を見た。
「奴らの悲願を私が叶えてやろうではないか」
そう小さく呟いた。
「見つかってしまったか」
双眼鏡を覗きエルンストは呟いた。
基地を発って五日目、連邦の偵察部隊と戦闘になった。
それらはすぐに蹴散らしたが、こちら側の偵察からも連邦の動きが伝わってきた。
「坊ちゃん、ここまで良く見つからなかったと思いましょう」
「そうだな。最高ではないが、最悪でもない。作戦通りいこう」
敵軍発見の報せが伝わると、あたりはにわかに騒がしくなった。
指揮官たちが集まり、事前の情報に加え、偵察から上がってきた情報をもとに討議を進める。
「奴らやけに固まっているな。何を考えている?」
一人の指揮官から声が上がる。
それは待機車列のようには見えず、このまま戦闘に移行する、そう思えた。
戦車ではありえないほどの密集体型。それはまるで古の合戦のようでもあった。
「わからんが、足を止めての撃ち合いという腹でもないだろう」
エルンストの言葉に皆頷いた。
「こちらは侵攻路のせいで隊列が制限されるのが痛いところだ……」
これから直線に進み、敵にあたる。
地の利のない帝国軍には選択肢は少ない。道を外れれば何が仕掛けられているか、わかったものではないからだ。
「幸いこちらの状態は悪くない。今まで通りやれば十分に勝機はあるだろう」
「司令部に連絡はついたか?」
「はっ!先ほど通信が繋がりました。現場指揮官の判断を支持する、とのことです」
電文を持った兵が答えた。
エルンストは覚悟を決めたようににやっと笑った。そして。
「大佐、ここの最高位は貴官だが、私が決断してもよいかな?」
エルンストは肩に星が輝く男にそう告げた。
「あぁ、よろしく頼む」
大佐はエルンスト大尉の顔を見据えた。
その言葉を受け、エルンスト大尉は頷く。
「帝国貴族楠の家次期当主エルンストが認める。作戦を開始せよ」
そして、戦いが始まった。