そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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笛吹猟

「まだ動かんか」

 

戦場は奇妙な静けさに包まれていた。

走り始めればすぐに視認できるほどの距離で、両軍は対峙している。

 

「何か策があるのでしょうな」

 

「マクワイリ。奴ら、何を考えていると思う?」

 

「恐らく、こちらの攻撃を受けてからの切り返しを狙う腹でしょう」

 

「どちらも考えることは同じか」

 

敵の動き出しを捉え、浮ついたところを足を止めてじっと狙い撃つ。

それが、この中央回廊で積み重ねられた戦闘から導き出された戦訓であった。

 

「だが、こちらは待つというわけにはいかんな。干上がってしまう」

 

「悩ましいところです」

 

帝国軍はこの場所まで補給物資を送り続けている。

だが、遠方から届く物資は、現場での消費量にははるかに及ばなかった。

 

「大尉、そろそろこちらの準備砲撃が始まります」

無線手が告げる。

 

「わかった。徹甲榴弾を装填しておけ」

 

装填手が弾薬を込めると、閉鎖機が閉じる金属音が響き、再び静寂が戻った。

 

「これで奴らがどう動くか。向こうの都合で動かされるのは敵わんな」

 

「古今東西、戦場とはそういうものでしょう」

 

「確かにな」

 

エルンストは諦めの混じった笑いを浮かべると、戦車内に身を沈めてハッチを閉めた。

 


 

「おい、まだ動かせんのか」

 

イーセットは副官に、何度目になるか分からない問いを投げかけた。

 

「閣下、帝国は隊列を深く取っております。このまま攻撃を開始すれば、敵中で孤立する恐れがあります」

 

副官の説明はもっともだった。だが。

 

「そんなことは分かっている。 だが、このまま手をこまねいていては帝国に削られるだけだ。前の負けを忘れたわけではなかろう?」

 

その言葉を受け、副官の表情が苦く歪む。

正面から愚直に当たれば、装備と練度の差によりじわじわと削られ、この基地の保持すら危うくなる。

 

「……指揮官を集めろ。作戦会議を行う」

 

「はっ!」

 

副官が応じると、伝令の兵が作戦室を飛び出していった。

 

 

「貴官らはどう思う?」

 

集められた指揮官たちの表情は重く、渋かった。

 

「なぜイーセットの者が指揮を執るのですか」

 

指揮官の一人が不満を隠そうともせずに吐き捨てる。

 

「……仕方あるまい。ダイダ様がおらぬ以上、最高指揮官はあのお方だ」

 

イーセット族出身の中将。いくら連邦軍が各部族の私兵の集まりとはいえ、軍の階級にそれなりの意味はあった。

 

「それに、あながち間違ってもおらん。ここで動かねば無策に兵を失ったと、ダイダ様があらぬそしりを受ける恐れもある」

 

日頃、ダイダは親しい者たちによく漏らしていた。『ままならぬものだ』と。

今、ここに集まった者たちの胸に、その言葉が深く染み渡る。

 

「兵が足りぬが、しかたがない。ダイダ様には急ぎ知らせを送ってある。間に合うことを祈ろう」

 

「では、手順を確認する」

 

机の上に資料が撒かれると、指揮官たちは一斉に身を乗り出した。

紙の上には、帝国軍の隊列、地形、そして基地周辺の地図が記されている。

 

「……帝国は深い隊列を取っている。無策に進めばこちらが飲み込まれるだけだ」

 

一人の指揮官が地図を指で叩いた。

 

「おそらく帝国の準備砲撃が始まる。その前に動くか、砲撃を受けてから動くか……どちらかだ」

 

「砲撃を受けてからでは遅い。 散開する前に潰される」

 

議論はに熱を帯びた。だが、誰一人として取り乱した声を上げる者はいない。

 

副官はゆっくりと地図の上に手を置いた。

 

「帝国は補給が苦しいはずだ。我々でさえ、朝飯に困るほどだったのだからな」

 

副官が口元を緩めると、かつて共に補給不足に苦しんだ指揮官たちも不敵な笑みを浮かべた。

 

「長く待てば飢える。奴らは必ず前に出てくる」

 

「ならば、前に出る瞬間を叩く」

 

副官は地図の一点を指さした。

 

「敵がこちらへ至るには、この渓谷を通らねばならん」

 

「ここで迎撃する、か」

 

「帝国は散開できん。道を外れれば罠があると思うはずだ。ならば、道の上で叩く」

 

「帝国の長所を潰し、連邦の短所を隠す……古臭い戦い方だが、地形が味方をしてくれる」

 

「覚悟を決めろ。このまま敵の壁を突き破るぞ」

 

指揮官たちの目が鋭く光り、古の戦士のように、その顔が変わっていった。

 


 

 

帝国軍の砲撃が始まる。まさにその瞬間、連邦軍の砲撃が開始された。

 

「くそっ! 間が悪い!」

 

期せずして、互いの砲兵による激しい撃ち合いが始まる。

 

「動いたぞ! こちらも行く! 全速前進!」

 

砲声が轟くなか、両軍が一斉に動き出した。

 

「全速だ! 角度と遮蔽を意識しろ! いつも通りだ!」

 

エルンストが叫ぶ。

 

「足を止めるなよ!」

 

「足を止めたやつから狙え!」

 

それは聞き慣れたいつものやり取りだった。自らの利点を最大限に生かし、戦いに臨む。

 

両軍の距離が急速に詰まる。

 

「真正面から向かうな! 角度をつけろ!」

 

今までは、それで良かった。

しかし。

 

「何だ!? 奴ら、止まらんぞ!」

 

連邦軍の先頭車両は、主砲と機銃を乱射しながら、一切足を止めることなく突き進んできたのだ。

 

そして、先頭同士がすれ違う。

 

通り過ぎていく連邦戦車の後背を狙おうと、何台かの帝国戦車が足を止めた。

 

「待て! 止まるな!」

 

エルンストの制止も虚しく、目の前には足を止め、狙いを定める連邦軍の姿があった。

 

そして、中隊の戦車が火を噴き、砲塔が吹き飛んだ。

 

無線は混乱を極めていた。

損害を顧みずに突入してきた戦車によって隊列を乱され、照準の定まらない砲火によって歩兵部隊が戦車から引き剥がされていく。

 

「先頭は後続の友軍に任せて無視しろ!」

 

「足を止めた奴から狙え! 正面ならこちらの方が硬い!」

 

中隊は第二波の戦車群に狙いを定めた。

だが砲は火を噴けずにいた。

 

間髪入れず、第三波の連邦軍が現れたのだ。

彼らは第二波を追い越し、帝国軍の奥深くへと突撃していく。

 

「くそっ! 我々を戦わせないつもりか!?」

 

「数を減らせ! まずは一両でも多く潰すんだ!」

 

歴戦のエルンスト中隊ですら、混乱に陥っていた。

何と戦えばよいのか、敵が見えない。

 

第二波の部隊を撃破しようとした矢先、今度は別の方向から砲撃を受けた。

通り過ぎたと思っていた第三波が、大きく回り込んで背後をとっていたのだ。

 

そして狙いを定めていた第二波も動き出し、帝国軍を追い抜いていく。

 

「動け! 狙われているぞ!」

 

エルンストの指示が飛ぶ。しかし、中隊の戦車は一両、また一両と撃破され、数を減らしていた。

 

「後方の状況はどうなっている!?」

 

「……わかりません! 混信でほとんど聞き取れません!」

 

無線手の悲痛な叫びを聞き、エルンストは悟った。

もはや、この戦いに勝ち目はない。

 

あとは、どれだけ被害を抑えられるかだ。

 

「お前たち、俺についてこい! 時間を稼ぐぞ! 中隊、前進!」

 

「前進ですか!? 敵は後ろに」

操縦手から驚愕の声が上がる。

 

「放っておけ! こっちは奴らの腹の中を荒らす!」

 

中隊は連邦軍が突き進んできた進路を、全速で駆けた。

 

「あれだ!」

 

視界に飛び込んできたのは、歩兵の群れと、うずたかく積まれた大量の物資だった。

 

「あれを潰せ! 何としてもだ!」

 

全速力の勢いのまま車列を踏みつぶす。逃げ惑う兵を車載機銃が薙ぎ払った。

 

連邦とて、こんな無謀な突撃を永遠に続けられるはずがない。いつか必ず足を止める。

その時にやってくるのは。

 

「歩兵のいない戦車など、ただの鉄くずだ!」

 

邪魔な歩兵を散らし、

 

「弾と燃料が無ければ戦えまい!」

 

敵の補給線を断つ。

 

「選り取り見取りだ! 各個の判断で自由に狙え!」

 

主砲が火を噴く。

 

「左前方! 対戦車砲陣地を潰せ!」

 

エルンスト中隊は敵の後方を徹底的に荒らし回った。

その時。

 

遠くに見える光、音が遅れて聞こえた。

 


 

「榴弾だ! 早くしろ!」

 

装填と同時に引き金が引かれ、砲弾が放たれる。前方にいた帝国車両が燃え上がった。

車長はすぐさま照準器から目を離し、狭い視界の中で必死に次の目標を探す。

 

『第三波、前進しろ! 援護する!』

 

車長が無線機に向かって怒鳴る。

 

『……了解……第三波、前進する……』

 

ザリザリとした激しい雑音に混じり、応答が返ってきた。

 

連邦軍は帝国軍の隊列のただ中を突き進んでいた。

 

連邦軍は帝国軍の隊列の中を前進していた。

正面からはとても帝国には敵わない。ならばどうするか、その果てに生まれた戦術。

 

『笛吹猟』に例えられたその戦術に帝国は嚙みついた。

そして、毛皮を剥がされようとしていた。

 

車長は次の目標を捉え、照準を合わせる。

 

「徹甲弾装填! 急げ!」

 

狭い視界に敵戦車の姿が大きくなる。

3波の部隊が自分たちを追い越していくさなか、砲が放たれ、命中した。帝国戦車の砲塔は力なく項垂れ火を噴いた。

 

「次は……!」

 

次の獲物を探す、その時だった。

 

「少尉! 距離半分! 中止限界点です!」

操縦手が叫んだ。

 

「後続は!?」

 

「通信途絶! 応答ありません!」

 

「くそっ、呼び続けろ!」

 

「ここまできて……!」

少尉は唇を噛みしめた。

 

『笛吹猟』における三波突撃の要は、徹底された『作戦距離』の順守にある。

指定された前進距離を守り、補給を受けつつ進軍を継続する。

もし補給が途絶する恐れが生じた場合は、即座に前進を中止し、陣形を再編して戦線維持態勢へと移行しなければならない。

 

今、連邦軍はその境界線上にいた。

 

「第一波! 第三波! 止まれ! 維持態勢へ移行!」

 

少尉は叫んだ。苦渋の決断だった。だが、ここで判断を見誤れば、二度と帝国に手を掛けることすらできなくなる。

 

『……第三波了解……維持態勢に入る……』

 

無線機から途切れ途切れの返答が届く。

 

「第一波! 聞こえるか! 維持態勢だ! 停止しろ!」

 

何度も叫び続けるが、返ってくるのは雑音だけだった。

 

「届いていないのか!? 第三波、そっちからも中継しろ!」

 

『……了解……中継します……』

 

第一波、停止せよ。維持態勢へ移行せよ。

無線の呼びかけが空しく戦場に溶けていく。応答はない。

 

「くそっ! 信号弾を撃て! 第二波と第三波だけでも維持態勢に入る! 散開しろ!」

 

連邦軍は足を止め、獲物を仕留めるための最終段階に入った。

 


 

「前線が崩壊した!? なぜだ!」

 

帝国軍の指揮官が怒声を発する。

 

「連邦の突撃に押し破られたとのことです! 我が方は後退し、再編を図っております!」

 

「何ということだ……」

 

だが、頭を抱えている時間すらなかった。

 

「至急、司令部に連絡を送れ! 情報をかき集めるんだ!」

 

「前線を固めろ! 何としても敵の侵攻を喰い止めるんだ!」

 

指揮官は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

現場は壊滅的な混乱に陥っていた。

本来ならば、次の攻勢に備えて待機していた部隊に対し、突如として防御命令が下されたのだ。狭い回廊には逃げ惑う車両と進軍しようとする車両が入り乱れ、ひしめき合っている。

 

そこへ、更なる悲鳴が重なった。

 

「連邦軍、突っ込んできます!」

 


 

帝国軍司令部は揺れに揺れていた。

 

『これより攻撃を開始する』

 

その報告が届いたのは早朝のことだった。

定時連絡が順調に続いていたが、昼を過ぎてしばらくした頃、突如として連絡が途絶えた。

 

次に舞い込んできた情報は『連邦の攻撃を受け、後退中』。

 

それ以降届く報告は、極めて不明瞭なものばかりとなり、司令部では前線の有様を何一つ把握できずにいた。

 

「何を使っても構わん! 現状を報告させろ!」

 

通信兵が慌ただしく行き交う作戦室に、司令の怒号が空しく響く。

 

「前進基地には異常ありません! 第四、あるいは第五の中継施設付近で何かが起きている模様です!」

 

「だから、その『何か』を聞いているんだ!」

 

報告を受けた司令は、机を叩いた。

 

「途中の中継施設から伝令を送ったか!状況の把握に努めろ!」

「総員に戦闘待機を出すんだ!」

 

要塞群に、重々しい警戒警報が鳴り響く。

 

中央回廊に漂っていた仮初の平穏は、いま終わりを告げた。

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