そして、彼女たちは戦車に乗った。   作:kasyo

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対処不能

「はぁ、はぁ……。くそ!いきなり撃ちやがって!」

 

男は物陰に隠れ息を潜め、悪態をついた。

 

仲間たちと帝国軍の混乱に紛れ要塞群に潜入することに成功した。そこまでは良かった。

弾薬庫と通信施設を破壊して、可能ならば潜伏を続ける。それが男たちに与えられた任務であったが、実際に目標を目にしたときそれは不可能であった。

 

通信手段のない男たちにとって状況を把握することは極めて困難であったが、通り過ぎる兵たちの話を総合すると、どうやら北部へ友軍の攻勢が行われているようだった。

事前に伝えられていない行動計画、それによって男たちの予定は大幅に狂わされることとなったのだ。

 

警戒態勢の強化により、目標周囲の警備が強化され近づくことすら間々ならない。

焦っていた。

 

そして、倉庫から不意に現れた女性。

 

まさかこんな最前線に女性がいるとは信じられなかった。

隊の中の一人から思わず声が漏れた。

 

隊長が男たちを隠すように前に出ると、念のため拳銃の安全装置を外した。

謝罪の言葉を述べ、頭を下げた瞬間に、その女は発砲した。

 

隊長は倒れ、男たちは散り散りに逃げ出した。

 

「……あの女達は何なんだ。子供も……」

 

隊長が倒れ、男たちも銃を抜いた。

すると、後方から別の女が現れ、最初に撃った女に覆いかぶさった。

 

「エレーナとか言ってたか……」

 

銃声に紛れかすかに聞こえた呼び声。

それからは小銃を手にした少女たちに追われた。

 

「俺じゃなくてもいい。誰か任務を……」

 

男がそう考えていると足音が聞こえる。

 

「そこに誰かいるか!」

 

あまりにも幼さを感じさせる少女の声。

男は木箱の影に身を縮こませ、息をひそめた。

 

「名乗れ!手を上げ出てこい!」

 

再三の呼びかけ。

 

男は息を止める。一瞬の静寂、そして、少女の足音が聞こえる。

 

もう駄目だ、やるしかない。

男は覚悟を決め、銃に手を掛けた。

 

少女は撃った。木箱ごと、男の姿も確認せずに。

 

「あぁぁぁぁ!」

 

男はうめき声を上がる、すると、二発、三発と銃弾が放たれた。

そして、駆け寄ってきた少女に銃床で殴られ気を失った。

 


 

「一人いた!早く!」

 

エレオノーラが叫ぶと、後方にいた隊員が駆け寄り、銃を構える。

少女の足元には血流し倒れた工作員と思われる男の姿があった。

 

腰にぶら下げた赤さびた針金を男の手に回すと、銃剣を使い締め上げてゆく。

男の手は赤黒く変色したが、さらに針金を締め付ける。

 

「エクメア!あなたはそこの影を見て!」

 

「わかった!」

 

エレオノーラはエクメアにそう指示を出すと、男の物入れを漁った。

銃に弾薬、爆薬、信管の類は無いか、隅々まで探してゆく。

 

一通りの検分が終わるともう一人の隊員とともに男を物陰から引きずり出した。

騒ぎを聞いたクラリスが憲兵を連れてやってくると、エレオノーラとエクメアは男を憲兵に引き渡した。

 

男の姿が見えなくなると、エレオノーラはその場に座り込んだ。

 

「エレオノーラ、エクメア、怪我はない?」

 

「クラリス様、ありがとうございます。私達は大丈夫です」

 

エレオノーラの言葉にエクメアも頷いた。

その言葉にクラリスは安堵の息を吐く。

 

「よかった……。エレオノーラ、いい判断だったわ」

 

そして、エレオノーラの肩に手を置きねぎらいの言葉をかけた。

 

「これからも隊と自分の身を優先しなさい。些細なことはエレーナ様と私で何とかするわ」

 

エレーナ、そしてクラリスは常日頃から白百合中隊の者に言い聞かせていた。

 

「迷わず、撃て。と」

 

隊員が死ぬとエレーナ様に迷惑が掛かる。

それは避けなければならない。

ならば一般の兵など、ましてや逃げ隠れするものなど、もはや帝国兵では無いと言わんばかりの物言い。

 

それは貴族の傲慢さが見え隠れする言葉であったが、今回はそれが功を奏した。

 

「エレオノーラは戻ってエレーナ様の側に居なさい。奴らが戻って来るとは思わないけど、しっかりとお守りするのよ」

 

「承知しました、エレーナ様をお守りいたします」

 

そう言うとエレオノーラは整備場へ向けてかけていく。

 

「エクメアは私と来なさい。あと二人……もうじき片付くでしょう」

 

「了解いたしました」

 

エクメアはポケットから取り出したハンカチで、手についた男の血を淡々と拭い取った。

 

「エレーナ様に手を掛けたものは一人捉えた。とりあえずはこれでいいでしょう。他の子たちを呼び戻すわ」

 

クラリスのその言葉に、エクメアは微かに背筋を震わせた。

自分たちが危険を冒して連邦の工作員を追ったのは、軍の要請でも治安維持でもない。ただ単に「エレーナ様に銃口を向けた」からだ。

 

やられたままではいられない。

戦う者としての、そして貴族としての体面を重視した結果でしかなかったのだ。

 


 

「連邦の手の者は片付いたのか?」

 

司令部は新たに降って湧いた問題により緊張感が増していた。

今まではこの中央回廊の要塞群に間諜の類は入り込んだことがあったかもしれないが、明確に破壊を目的としたものを捉えたのは初めてだったのだ。

 

それは工作員がいなかったわけではない、事前に排除されたどり着けなかったからだ。

 

「はい。確認された四名のうち一人は白百合中隊のエレーナ大尉が射殺、一人が同中隊により捕縛されております。残りの二名も射殺され、息のある一名を尋問中です」

 

確認された四名は全て確保された、そう副官は報告する。

だが生き残りを想定し、基地の警戒度は最高度に留められていた。

 

「……ただでさえ忙しい時に」

 

司令はため息を吐いた。

 

連邦の北部への侵攻に対し、北部軍を支援するために中央からも兵が送り込まれた。

遠征軍が帰還した前進指揮所にも増援を送り、再編中だ。

 

仕事はいくらでもある。

また眠らない中央回廊が戻ってきていた。

 

そこに現れた帝国の工作員。

手の空いているものなど誰もいなかった。

 

「それで帝都からの荷はどうなった?届いたのか?」

 

「それが……」

 

副官は口ごもる。

 

「帝都は何をやっているのだ!ここでは一発の弾薬でも一樽の燃料でも必要だというのに」

 

司令は憤りを見せる。

 

中央回廊防衛時、そして遠征に先立つ準備にあたり帝都からは潤沢な物資が送られてきていた。

しかし今、その流れが滞りつつあった。

 

「帝都防衛に向け陣地を構築中とのことです」

 

副官はそう伝え、こぶしを握り締める。

そう言ったことに彼自身も深い憤りを覚えていたのだ。

 

「『防衛派貴族』に上層部の半分は靡いていると聞いた」

 

「臆病者どもめ!戦場はここだ!帝都を戦場にするつもりか!」

 

司令は机を強く叩いた。

 

「海軍の物資輸送についてはまだこちら側にあるようです。ですが、内海が荒れ輸送に時間がかかっております」

 

「まるで薄氷を進む様な有様だな。近頃めっきり涼しくなった……冬も近いか」

 

遠征の失敗に加え、綱渡りのような補給状態に、司令は額を押さえた。

 

僅かな沈黙、ふと窓の外へ目をやる。

その時、窓の向こう、遥か西の先が夕日のように赤く光った。

 

「なんだ、あの光は?」

 

司令も副官も窓の外を見つめた。

 


 

陽が完全に暮れ整備場には明かりが煌々と灯る。

白百合中隊は半数の隊員を残し、今だ待機状態にあった。

 

「騒がしくなってきましたね」

 

イザベラは戦車のエンジンを点検するウィシウスに声をかける。

 

「帝都から新車が届けばまた休みもなくなりますね。イザベラ、十三番の工具を」

 

金属皿に並べられた工具から、一つを手に取り戦車の下にもぐったウィシウスに手渡す。

 

「補充……ですか」

 

イザベラは小さく呟く。

遠征により失われた戦力を補うために帝都から守備部隊の兵器類が送られる手筈となっていた。

 

「本当ならもう着いている予定ですが、荷が遅れているようです。6号の担当が部品が無いと言っていました」

 

ウィシウスは会話をしながらも慣れた手つきで点検を進めてゆく。

カチカチと工具の音が響く。

 

「こちらは大丈夫なのですか?」

 

「……5号は出しませんでしたし、最近はほぼ稼働していませんので、予備は足りています」

 

「それを聞いて安心しました」

イザベラは首を傾げ、戦車の車体をコンコンと優しく叩いた。

 

「それにこちらの補給は海軍の担当ですから、あちらほどは遅れが少ないですね。今は海が荒れて大変だとは聞きますが」

 

そう言うと点検を終えたウィシウスが戦車の下から顔を出した。

 

「お疲れ様です。そろそろ夜食が出ますけどウィシウスの分も持ってきましょうか?」

 

「もうそんな時間ですか、ではお願いします」

 

手を洗って待っていてくださいね。

そう告げるとイザベラは整備所の外へ向かい歩いてゆく。

 

 

「ありがとうございます」

ウィシウスは整備所の片隅に木箱に腰かけ、金属カップに入ったスープとパンを受け取る。

 

「今日は魚のスープですね。これはイザベラの家の?」

スープの中身を確認すると、少しからかうような口調で言った。

 

「さぁ、どうでしょうかね?」

 

「こちらもだいぶ肌寒くなりましたが、領地ではもう秋の終わりのころ合いです。いまごろ領民総出で干し魚を作っているころだと思いますよ」

 

そう言ってイザベラはウィシウスの顔を見つめからかうように笑った。

 

「もうそんなに?私の故郷は秋風が吹くころでしょうか。今頃は葡萄の収穫が始まり村も騒がしくなっているころでしょうね」

 

故郷の村について語るウィシウス。

スープを啜りながら語る彼の横顔をイザベラはじっと見つめた。

 

その時、辺りがにわかに慌ただしくなる気配が漂う。

 

「何でしょうか?」

 

「何かあったのかしら?」

 

二人は辺りを見回す。

すると、大音量の警報音が鳴り響くとともに、基地中の照明が灯り辺りが昼間のような明るさになる。

 

他の隊員たちもあたりの様子を伺い、食べかけのスープが入ったカップを置いた。

皆の顔に緊張が滲み、口を噤んだ。

 

「恐らく……」

 

イザベラが何かを言いかけところで、伝令の兵が駆けこんできた。

そして叫ぶ。

 

「白百合中隊出撃です!前線監視所!急いでください!」

 

イザベラは伝令の兵から作戦指示書を受け取る。

しかし、そこには空欄ばかりで何も指示がない。

 

「敵は?行動指示は?」

 

「追って指示することになっております!お早く!」

 

その言葉を受けて、イザベラの朗らかな笑顔は消える。

 

「マリア!戦車を出して!前線監視所!」

 

「了解!早く乗れ!エンジンかけろ!」

 

その言葉で整備兵たちも慌てて駆けだす。

外部始動機を繋ぎ、順にエンジンを駆けていくと庫内が黒煙に満ちる。

 

「榴弾を装填しておいて。それから発進をゆっくり、回転を上げずに暖気をかけて」

 

イザベラの指示に車内から了解の返事が返る。

その返事を確認すると、ハッチから顔を出した。

 

マリアの方へ顔を向けると、マリアもイザベラを見つめ無言で頷いた。

 

小さく息を吸う。

そして、初めてになる命令を出す。

 

「白百合中隊前進、目標前線監視所」

 

その言葉を受けて戦車が動き出す。

 

「イザベラ様!」

ウィシウスの呼びかけにイザベラはちらりと彼を見たが、無言のまま走り去る。

整備所の床には食べかけのスープが入ったカップが散らばっていた。




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