「連絡が取れない?」
監視所に到着した白百合中隊に告げられた言葉はその一言だった。
前進基地との連絡が不通となっている。
「最初に兵士の官舎より火の手が上がったと連絡があったのですが、その後は……何も反応がありません」
中隊を出迎えた兵士は明らかに動揺していた。
連絡の兵を送ったが、まだそちらも到着していないらしい。
「そんなことないでしょう!有線が四回路もあるのよ!呼び出し続けなさい!」
「はっ!りょ、了解しました!」
珍しくイザベラが声を荒げると、出迎えた兵士は慌てて監視所の中へ戻っていった。
前線監視所は通信の中継施設も兼ねている。長距離遠征に備え、要塞群から有線回路を新たに敷設したのは白百合中隊であり、その記憶も新しかった。
それらすべてが不通になるとはとても信じられない。
何かが起こった。
そう考えざるを得ないほどに。
「イザベラ」
気が付くとイザベラの後ろにはマリアが立っていた。
「エレーナ様とクラリス様は?」
「即応の待機状態に入ったと連絡があったわ」
「了解。わかった」
二人は山陰に隠れて見えない前進基地の方向を見つめる。
脳裏には今日の出来事が過る。
「連邦の工作員が入ったのかしら」
「多分ね」
独り言のようなイザベラのささやきにマリアは小さく返した。
要塞の中で発見された連邦の工作員たち。生き残りに対して尋問は行われていたが目ぼしい成果は上がっていない。
だが、明らかなこともあった。
工作員たちは前進基地からの兵に紛れて侵入していたということは確かだ。
ならば、前進基地の中にも工作員が紛れているのではないか、そう考え警備を強化している最中に今回の事件は起こった。
まだ身動きが取れない。
とっくに日は落ち辺りは闇に包まれつつある。何もわからぬまま動くことは危険だった。
監視所の周囲は不気味な静寂に包まれ、また白百合中隊も戦車のエンジン音が響くだけで、隊員たちはみな無言のまま連絡を待っている。
するとその時、一台の無線が鳴る。
がりがりと雑音をまき散らすそれは、遠征に備え無線機を試験している際に、一台だけ取り付けられた長距離無線機だった。
結果的に使われることのなかったその一台は、取り外されることもなくまだそこにあった。
がりがりという雑音の中にかすかに言葉が混じる。
「こちらは白百合中隊、そちらの所属は?中継を希望するのか?以上送れ」
イザベラは無線機に言葉を投げかける。
「…………隊……が……ない!………た!」
途切れ途切れの声が聞こえる。
「こちら白百合中隊、聞こえない。再送せよ」
雑音に耳を澄ますと、わずかながら聞き取れる言葉が混ざった。
「アリウム!……………!攻撃………もう……!…………!」
聞き覚えのある言葉。
「アリウム中尉?」
イザベラはその名を思い出す。それはかつて共同訓練を行った騎兵戦車隊の少尉の名だ。
「アリウム中尉!攻撃を受けているのか!状況は!」
イザベラは無線機に叫ぶ。しかし無線機からはもう雑音しか聞こえなかった。
「状況を確認する!前進基地と見通し線が確保できるまで前進する!」
「要塞には前進基地が攻撃を受けた模様!白百合中隊は前進して状況を把握する!そう打電して!」
「マリア!」
イザベラは叫ぶ。そして戦車に乗り込むとハッチからまだ見えない前進基地を見つめる。
「中隊前進!」
白百合中隊は動き出した。
「視界が悪い、ゆっくり進んで」
もう既に日は落ち、空には星が輝いていた。前照灯の明かりを頼りにゆっくりと進んでゆく。
丘を登り、本来ならば前進基地を望めるであろう場所までたどり着く。
すると。
「あれは何?」
ハッチから身を乗り出し双眼鏡を覗くと空をぼんやりと照らす明かりが見える。
その先を凝視するがまだはっきりとは見えなかった。
「イザベラ!何か来る!二両!」
足元にいる砲手が叫ぶ。
「敵なの!味方なの!」
「わからない!明かりが見える!」
イザベラは砲の向く先を見るが、まだ双眼鏡ではその姿を捉えることはできなかった。
「無線を開いて!それから発光信号を!」
イザベラの指示ですべての無線回線が開かれるが応答はない。白百合中隊に緊張が走った。
「呼びかけ続けて。照準は前方の不明車両。発砲は待て」
先ほどまでとは違うイザベラの声に、車内はしんと静まった。
砲手の手には汗が滲む。
皆緊張のまま時間が過ぎる。
双眼鏡でも小さな光の点が見え始めた、その時。
「発光信号!味方です、味方です!」
砲手が叫んだ。
「停止!停止!味方だ!撃つな!」
イザベラは叫ぶ、車内に安堵のため息が満ちる。
他の車両からも停止の返事が返り、そこでやっとイザベラは息を吐いた。
光の点は大きくなり、その姿を確認できるほどまで近づくとゆっくりと止まった。
「第一世代の……」
イザベラが小さく呟くと、小さな車体から人の姿が現れる。
「白百合中隊ですか!?私たちは偵察小隊です!至急中継を願います!」
顔を煤けさせた男たちは白百合中隊を見てそう言った。
「何が起こったの!火災が発生したとは聞いたわ!」
「敵の砲撃を受けてます!現在応戦中です!」
偵察兵の男の口から放たれた言葉に皆衝撃を受ける。
遅かれ早かれ戦闘となることは分かっていた。しかし事前の情報と連邦の行軍速度を考えればそれは数週間は先の出来事だと予想されていたのだ。
「……とりあえず前線監視所までつないで、前進基地が砲撃を受け応戦中、とね」
「それから、私たちも行くわ。そう伝えて」
「……了解」
操縦手が無線機を操作しイザベラの言葉を伝える。
相変わらず調子の悪い無線機に言葉を投げかけては、雑音を問い返すやり取りが続く。
「あなたたちはこの後の指示を受けているの?」
「我々はこのまま要塞まで帰投する指示を受けております」
「それでは私たちの事も伝えて、白百合中隊は前進基地へ向かいます」
イザベラは簡単に今後の行動予定と通信状況について偵察兵に伝える。
その言葉を受け、了解しました、と偵察兵は言い終えると車両に乗り込み白百合中隊が今来た道を進む。
すぐにその姿は闇に溶け見えなくなった。
「それでは行きましょう。中隊微速前進」
その指示により白百合中隊はゆっくりと動き出す。
西の空に橙色の揺らめきが見えた。
闇が包む道をゆっくりと戦車が進む。
最初はぼんやりとした光としてしか見えなかった前進基地の姿がだんだんと明らかになゆく。
そして、臭いがする。
炎の匂い、煙の臭い、油の匂い、そして火薬の匂い。戦場の匂いが満ちていた。
そして、時折砲撃の音が響く。
「こちら、白百合中隊。西から近づく」
何度目かになる無線での呼びかけだが、それに返事は帰ってこない。
「中隊停止。誤射の恐れがある。通信回復まで停止せよ」
「そのまま呼び続けなさい」
イザベラは中隊を止めた。星明りしかないこの状況では敵味方の確認など出来ない。
逸る気持ちを抑え、待つしかなかった。
「イザベラ」
自分を呼ぶ声に振り返ると、手に水筒を持ったマリアが立っていた。
「お茶がはいったわ」
そう言うと金属カップを手渡し、お茶をそそぐ。
カップから湯気が立ち上る。
イザベラは少しぬるいお茶を一息で流し込んだ。
煮だしすぎたお茶の苦みと、軽いディーゼルの香りが口に広がる。
「温まりますね」
味の感想については触れずカップを返す。
排気管の覆いに括り付けられて淹れられる戦車茶。久しぶりに飲むそれは、泥にまみれていた着任当初を思い出させる味だった。
「そう?私は好きだけどね」
マリアはカップにお茶を注ぎゆっくりと飲んだ。
「マリアは……」
そう言いかけた時、無線機が雑音を撒き散らせ始める。
「こちら、白百合中隊。現在西側で待機中。聞こえるか」
ざりざりとした雑音に人の声が混ざり始める。
「こちら前進基地、白百合中隊へ。西側だな、了解した」
急に雑音は晴れ、やっと通信が回復する。
「西側から近づく。敵と交戦中と聞いた。現況はどうか」
「攻撃は落ちついた。発電施設をやられて復旧中だ。この無線もじきに切れる、近づいたら短距離無線に切り替えろ」
「了解。以上、白百合中隊」
前進基地はそれほど大きな被害を受けていないようだった。
その事実にイザベラはひとまず胸をなでおろした。
「通信が回復した。これから前進基地へ向かう、中隊前進」
白百合中隊はまたゆっくりと前進を始める。
夜の闇がだんだんと薄れ、淡い明りが空に広がり始めたころ、やっと基地の全容が見え始める。
焼け焦げた建物からうっすらと煙が立ち上るが全体としては落ち着いているように見えた。
「白百合中隊、これから基地へ向かう」
「了解した。お姫様たちに会えるのが楽しみだ」
無線から聞こえる軽口にイザベラは眉を顰めた。
こんな軽口を叩く相手は恐らく騎兵課の……そう思ったところで突然また無線が切れる。
停電した。
そう思った。
だが、次の瞬間。戦車が大地ごと揺らされる。
先ほどまで見えていた基地は粉塵と煙に包まれ何も見えない。
大音響とともに破片が降り注ぐ。
「何が……!」
イザベラが叫ぶ。だが誰も口を開かない。ただ茫然と見つめていた。