「何が……!」
イザベラが叫ぶ。だが誰も口を開かない。ただ茫然と見つめていた。
噴煙の中で時折り何かが光り、少し遅れ爆発音が響く。
「無線……!無線を!」
イザベラが口を開くとほぼ同時に無線がにぎやかになる。
「何が起こった!」
「爆発だ!何も見えない!」
「指揮所につながらない!どうなってる!」
行く宛のない無線が飛び交う。
唯々にぎやかなだけの言葉だけが飛び交い混乱に拍車をかけていた。
イザベラは混乱した自分の心を無理やりに飲み込むと無線機を手に取る。
「こちら白百合中隊。西部より爆発を確認した。指揮所と通信が途絶している」
努めて冷静な声でそう送った。
その声を聞き冷静になったのか、ポツリポツリと返信が返ってくる。
「こちら騎兵中隊。基地前部防塁から基地の爆発を確認した。連邦の攻撃は受けていない」
「こちらは……」
次々と現状についての報告が返ってくる。
しかしそれらはどれも基地の外にいる者たちからのもので、内部の通信は沈黙したままだ。
「長距離無線を開いて」
「前進基地で大きな爆発を確認。詳細は不明。基地内と連絡が取れない」
「そう、送って」
繋がるかわからないけどね。イザベラがそう伝えると操縦手は無線機の操作を始める。
何度も何度も言葉を投げかけるが、無線機からは小さく雑音が返るばかりだった。
「イザベラ、どうする?私は中を見に行くのが良いと思う」
中隊無線がなる。マリアからだ。
「行きましょう。中隊前進」
白百合中隊はゆっくりと基地へ向かう。
基地へ近づくにつれ戦場の臭いが強く鼻を突くようになっていった。
「違う!それはもういい!呼び戻せ!」
「監視所についていないぞ!この部隊はどこにいるんだ!」
「命令書がないぞ!誰が動かした!」
中央回廊司令部の混乱は収まる気配を見せず、むしろ混乱は増しているという有様だった。
北部への連邦の攻勢、要塞群への工作員の侵入、そして、前線指揮所の火災発生からの通信途絶。
一つの問題が発生すると、それに対処する間に次の問題が発生し、人を動かす間にまた状態は変わる。
乱発された命令書は、今が何の問題に対処しているのかさえ把握することを更に困難にしていた。
一度立ち止まり、やり直す。
誰もがそう考えていたが、そんな時間は何処にもなかった。
「それで前進基地はどうなっているんだ?」
作戦会議室、司令と集められた幹部たちが討議を重ねている。
「戻った偵察の話によりますと、連邦より砲撃を受け応戦中とのことです。その際に発電施設に被害を受け通信に障害がある模様。まもなく仮復旧の予定です」
司令の言葉を受け、連絡員の兵士がそう答える。
「それから、白百合中隊の一部が前進基地へ向かっています。長距離無線機を所持した部隊です」
『白百合中隊』
その言葉を聞いた幹部たちの顔が一瞬こわばる。
「半数待機の者を送りました。指揮はイザベラ少尉」
「……エレーナ大尉はこちらで即応待機しております」
幹部の表情を察した兵士がそう最後に付け加えると、こわばった表情が少し和らぐ。
「対応は可能なのか?」
「前進基地からの報告ですが、攻撃は散発的で十分に対応可能なようです。通信が不通になり混乱が生じたようですが、現在は落ち着いています」
「そうか」
混乱ばかりの状況の中で、対処可能という報告を受け皆一様に胸を撫でおろした。
だが、立ち止まる余裕はまだない。
「これからの対応はどうなっている」
「それは私が」
一人の幹部が手を上げ話し始めた。
「まず電力と通信を確立する必要があります。そのため通信大隊の整備班と工兵を送る手筈となっております。準備完了次第の予定ですが、明朝には出発できるでしょう」
「それから、歩兵部隊を送ります。こちらは北部へ送る予定だった部隊をそのまま送ります。重装備は無いのでもう間もなく出発できるでしょう」
淡々とこれからの行動をを説明してゆく。
怒声が飛び交っていた状況から一転して対処可能を思わせる雰囲気だった。
「今現在の通信状況はどうなのだ。なんでもいい、繋がる物は無いか?」
「……条件次第ですが、白百合中隊と通信できる可能性があります」
連絡員の兵士が告げたその言葉に、諦めに近い表情が浮かぶ。
遠征の際に散々悩まされた問題にまた悩まされることになるのか。だれも口にはしないがそんな諦めが満ちていた。
「偵察員によればちょうど監視所と基地の中間にいるはずです。送りますか?」
「何もしないよりましだ。増援を送ると伝え、中継させろ」
「承知しました。送ります」
そう答えると連絡員の兵士は側に控えたものに手書きの命令を渡す。
それを受けとると兵士は敬礼をし、足早に会議を後にした。
「やれやれ、休む暇もないな」
司令はぼやく。煙草に火をつけるとため息交じりの煙を吐き出した。
作戦会議室ではまだ会議が続いている。
「北部は落ち着いたようだ」
北部への連邦の攻勢に当初は混乱も見せたが、そちらは落ち着きを見せていた。
連邦の侵攻経路を考えると、一番の要衝となるのは司令部のあるこの場所で、実際に一時侵攻のさいに最も被害を受けた場所だった。
それに対して北部は急峻な地形が天然の要害となっており、一次侵攻の際にもあまり被害を受けていない。
ここ中央回廊よりも兵の状態は良好であると言えた。
「重要なのは前進基地の維持だ」
幹部の言葉に皆頷く。
元は連邦より奪取した基地ではあるが、今の帝国軍には最重要の拠点と言えた。
それは基地が作れた経緯にある。ここは連邦軍が再度、この中央回廊を突破するために用意した基地であるからだ。
連邦軍の後方基地に対する遠征が失敗した今では、その重要度はさらに増した。
ここを失えばこの要塞群を維持できないのではないか。そのような懸念があったのだ。
「北部から兵を抽出し、守りを固める。やはりあの案が良いのではないでしょうか」
本来は帝国本土から新たに送られてくる兵をもって、前進基地の強化を図る予定であった。
しかし、帝国軍が予想したよりもはるかに早く、連邦による攻撃を受けた。
「我々の忘れ物を使われたな」
遠征の失敗からの後退。
その際には多くの兵器を失った。本来ならば破壊されるはずが、混乱により置き去りにされている。
その兵器をあちら側に使われたのではないか。
現地調達を行う、古の時代のような戦い方だが、軽装備の兵で足を稼ぐには最適であると言えた。
実際に後退してきた兵の調書には『こちらの砲の音を聞いた』と言うものが少なくなかった。
今回の前進基地襲撃も似たような手段を使われたと予想されている。
「我々に対処する時間を与えない腹なのでしょう」
遠征失敗の教訓ともいえる兵士たちの言葉。
曰く『何もできずに逃げた』。それと同様の状況を引き起こそうとしている。
「だからこその強化だ。奴らの攻撃を受け止め、押し返さなければならない」
退けば討たれる、そう半ば確信していた。
北部から兵を抽出して強化する。
その案が採用され、それについての詳細を検討していた時に会議室のドアが開き一人の兵士が入ってきた。
それは先ほど白百合中隊への打電を命令された兵士であった。
「前進基地と通信が繋がりました」
「白百合と繋がったか」
連絡員の男がそう尋ねる。
だが。
「いえ、前進基地と有線が繋がっております。現状についての報告がここに」
兵士が報告書を取り出すと、幹部たちから、おぉ!と言う歓声のような言葉が上がる。
待っていたものがやっと手に入ったのだ。
「やはり威力偵察程度と言ったところですね」
それは偵察などによりもたらされた情報から推測されるのとほぼ同じ状況だった。
皆から安堵のため息が漏れる。
「復旧は出来たのか?」
「いえ、あくまで今は車両を繋いで仮に復旧した状態だそうです。このあと一度切って仮設回線を整備するとのことです」
「そうか。では切れる前に増援を送ると伝えろ。それから白百合中隊が偵察に出ているともな」
「了解しました。送ります」
そう言うと兵士は再び足早に会議室を去った。
「何とかなりそうですね」
幹部の言葉に司令も皆も安堵の表情を見せる。
一人、また一人と煙草に火をつけ、部屋に紫煙が漂う。
皆これで一息つける、そう思っていた。
突然廊下が騒がしくなる。
何か起こったか、またかといった表情を皆が浮かべていると勢いよく扉が開かれる。
「前進基地と通信が途絶えました!」
それはありふれた報告に思えた。
「切り替え中なのだろう?先ほどの指示は繋がってからで良い」
みなそう思っていた。仮設回線の切り替え、そしてそれによる不通。報告通りだと。
「白百合中隊から通信です!」
そこまで聞いてもまだ誰も理解が及ばない。
だが。
『前進基地で大きな爆発を確認。詳細は不明。基地内と連絡が取れない』
「途切れ途切れではありますが、そのような連絡です!」
雑音に紛れた言葉、だが何度も送られてきた言葉を繋ぎ合わせると、この一文が出来上がる。
「なんだと!敵の攻撃か!詳細は!」
幹部の一人が勢いよく立ち上がりそう叫ぶ。椅子が音を立てて倒れた。
「以後不通です!呼び続けています!」
不通、不通、不通。
何度も繰り返される言葉。
「くそ!またか!」
繰り返されるその言葉、苛立ちを隠さずに机に拳を打ち付けた。