白百合中隊が基地へ近づくと、そこには以前とは全く違う光景が広がっていた。
瓦礫が散らばり、もはやどこが道だったのかさえはっきりしない有様に、イザベラは唾を飲み込んだ。
「瓦礫が多い、ゆっくり進んで」
「了解」
戦車が瓦礫を踏み潰しながらゆっくりと進んでゆく。
白い靄のような埃の中を進むほどに、静けさが増すと共に段々と周囲の状況が分かってきた。
「これは……」
言葉にできないような惨状が広がっている。
建物という建物が存在しない。その全てが瓦礫の山と化していた。
「……中隊停止」
イザベラがそう命じ、右手を上げると中隊の縦列は停止する。
「こちら白百合中隊、基地内に入った。瓦礫だらけだ。何も見えない」
そう無線を送る。
もはや見たものをそのまま伝えることしかできない。
「……現状を把握しましょう。マリア、偵察を出して」
「……了解。各車、装填手は外に出て」
各車両から装填手が身を捩りながら姿を現す。
その手には小銃が握られている。
「誰かいるか!」
マリアのその呼びかけに返事はなかった。
作戦会議室にまた混乱が戻ってきた。
もはや何から対処すればよいのかすらわからぬまま、新たな情報を咀嚼する。
「断片的すぎて判断は難しい。だが何かが起こったのだ、対処せねばなるまい」
司令のその言葉に幹部たちは頷いた。
そして、幹部の一人が口を開く。
「……とりあえずは当初の予定を繰り上げる格好で進めましょう。電力と通信の復旧は急務です」
何が起こったのかはわからない。
だが、もともと電力と通信に問題があるため、このような事態が起こっているのだ。それを回復させることは必然と言えた。
その上で、
「連邦の攻撃を受けています。現状では先行した部隊による攻撃ですが、いずれ主力も到着するはずです」
「基地の損害が軽微だったとしても、現状の兵力では防衛は難しいものになるでしょう」
前進基地の兵力は中央から新たに送った兵に、遠征から帰還した疲弊した兵たちを加えた急ごしらえの編成なのだ。
このままでは防戦すらできず、押し込まれる。
しかし、それは以前からわかっていたことだ。だが、帝国からの補充が滞りつつある現状で、その再編成は進んでいるとは言い難かった。
「北部から兵を補充しましょう。あちらからなら、ここからより早く到着するはずです」
北部への連邦からの攻撃を受け、中央から送った兵を前進基地防衛へ転用する。
攻撃を退けた今、その意見に反対するものはいなかった。
「では、そうしよう。北部へ連絡しろ、大至急だ」
「はっ、承知しました!」
司令の言葉を受けて連絡員の兵士が走り出す。
見慣れてしまったその光景を見て、司令はかすかにため息をついた。
「通信と工兵はどうなっている?」
「先発部隊を出発させました。軽装備ですが応急復旧は可能です。残りの部隊も出発を急がせています」
そうか、と司令は小さく答える。
「後はどうする。歩兵部隊を送る予定ではあったが」
「歩兵部隊は明朝までには準備が整う予定です。あとは……」
「後は何だ?」
「……基地に大きな損害が出ている場合です」
その言葉に皆黙ってしまった。
一人は腕を組み、一人は無言で煙草に火をつける。
ここまではあくまで攻撃を受けたが、基地が機能しているという前提に立った計画だ。
『大きな爆発』
『連絡が取れない』
最後にもたらされた情報は司令部を悩ませる。
「定時の補給は二日後の予定ですが、そちらもすぐに出しましょう。増員した兵にも必要です」
「そうだな、物資があれば兵も安心する。進めてくれ」
前進基地には常時より多くの物資が送られていたが、それが無事なのかは不明だ。
新たに増援を送るのであれば、より多くの物資が必要になることは見えている。
さらに、物資の多さは兵の士気に直結するため、これも急務と言えた。
「他にはあるか?」
その言葉に一人の幹部が手を上げる。
「全てとはいきませんが、こちらの増援が到着次第、兵を入れ替えましょう。士気が維持できません」
「報告にもあったが、目に余るものがあるそうだな」
前進基地の兵は半数は中央から送られた兵だが、もう半数は遠征から命からがら帰還した者たちだ。
重傷者こそ後方へ送られたが、帰還した者たちの大半は防衛のためにそのまま留め置かれている。
その者たちの士気の低下については、ここ司令部に何度も報告が送られていた。
「こちらも余裕があるわけでもないが、他の兵に影響があるのは放置できない。そのように進めろ」
「承知しました」
司令はおもむろに立ち上がると窓の外を見つめる。
「もうすぐ夜が明けるな」
徐々に埃の靄が晴れるにつれ、基地の惨状が露わとなってゆく。
一面が灰色の埃に覆われ、色のない世界だ。
「誰かいるか!」
マリアの呼びかけは埃に吸われ消えてゆく。
「イザベラ!戦車じゃ無理だ!私たちが先行する!周囲を警戒して!」
「了解!気を付けて!」
埃は踝ほどまで積もっている。このまま動けばまた辺りが埃に包まれてしまう。
マリアは少数の乗員と共に歩いて行った。
「燃料を節約しましょう。一台ずつ回して」
「了解」
その言葉と共にエンジンが止められ周囲は静かになる。
イザベラの乗車のみ、エンジンの鼓動が聞こえる。
ハッチから車長が身を乗り出し双眼鏡で周囲を見渡すが、見える範囲に動くものはなかった。
「誰かいないか!」
「返事をして!」
偵察は進む。
そして、
「誰かいる!」
横たわる人影に急いで近寄る。
しかし、
「うっ……」
既に息はない。
無残にも衣服を剥ぎ取られた遺体に、爆発の大きさを見せつけられた。
その後も息のあるものは発見できない。全てが大きな力で引き裂かれたような姿をしている。
「誰かいないか!」
白百合の偵察隊が進む、するとかすかな声が聞こえた気がした。
「誰かいるのか!返事をしろ!」
小さなうめき声が聞こえる。
「手が動いた!こっち!」
一人の隊員が瓦礫の隙間で動く手を見つけた。
皆でそこに駆け寄る。
瓦礫の中には血まみれの兵士がいた。
「白百合中隊だ!大丈夫か!」
皆で兵士に乗った瓦礫を片付け、なんとか引きずり出すことができた。
しかし、見てわかるほどの重傷を負っている。
「痛み止めを!」
マリアの指示で一人の隊員が腰の物入れから痛み止めを取り出す。
服を捲り、痛み止めを注射する。
そして服をすぐに戻した。
「マリア……」
少女は首を振った。
「大丈夫か、すぐ助けが来るぞ!頑張れ!」
マリアの呼びかけの中、兵士の呼吸は静かになった。
「なんなんだこれは……」
マリアは今、事切れた兵士の亡骸を見つめる。
「そこに誰かいるのか!」
突然、靄の中から声がかかる。
「白百合中隊だ!生存者か!」
靄の中から人影が現れた。
その兵士の顔も軍服も埃にまみれ、灰色に染まっている。
「騎兵二中隊だ!白百合は無事か!こっちに戦友が埋まっている!手伝ってくれ」
「わかった!」
マリアは返事をすると二人の隊員を呼び出す。
「あなたたちはみんなの所まで戻ってイザベラに伝えて。死傷者多数、救援求むと打電。それから水と薬を持ってきて、救助を手伝うわ」
「了解しました!」
二人の少女が駆け、靄の中に消える。
「早くしてくれ!死んじまう!」
「今行く!」
「行くわよ!あなたたち!」
マリアたちは兵士の後を追い、まだ煙る靄の中へ駆けていった。
「まだ見えないのか?」
「もう少しかかるな、あの稜線を越えさえすれば少しは見えてくるだろう」
通信隊の兵士たちは前進基地へ向け進んでいた。
出発したのは夜だったが、今はすっかり日が昇り辺りの光景が見えてきていた。
今までに何度も見た光景。
「ほら、そろそろ見えるぞー。ん?」
運転手の目に映ったのは、朝日を背に見える、立ち上る影だった。
「何だあれは?」
そう呟いた時、無線機が鳴り始める。
まだ雑音ばかりで意味のある言葉は聞き取れない。
「いつまでたってもこいつは使い物にならないな。さて、今日もご機嫌を伺いますか」
通信隊の兵士は手慣れた手つきで操作盤をいじる。
つまみを回し、レバーを上げ下げし、電力盤を調整していくと、次第に音声が聞き取れるようになってゆく。
「こちら白…………傷者多……救援……」
ざりざりとした声が聞こえる。
「こちら通信大隊先遣だ。雑音がひどい。エンジン停止、電源を予備に」
「聞こえるか。エンジン停止、電源を予備だ。以上」
兵士は相手の状況を察し指示を送る。
「届いたか?」
「さあな」
兵士たちは軽口を叩く。
無線は沈黙したままだ。
「こちら白百合中隊、聞こえるか」
「こちら通信大隊先遣、白百合中隊よく聞こえる」
無線機は急に明瞭な音を吐き出す。
兵士たちはひとまず安堵した。
だが。
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む。司令部に中継してほしい」
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む。司令部に中継してほしい」
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む。司令部に中継してほしい」
…………何度も同じ言葉が繰り返される。
今までどれほど通信に苦労させられたかがわかるやり取りだ。
「……了解した」
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む」
「至急中継する」
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む」
「至急中継する」
「前進基地で大規模な爆発。死傷者多数、救援求む」
「至急中継する」
通信隊も同じ言葉を繰り返す。
「ありがとう。通信の支援求む。以上白百合中隊」
「まもなく到着の予定。以上通信大隊先遣」
兵士は無線機の受話器を置く。
「大変なことになったぞ」
そして、そう呟いた。