帝都を発ってから2日、エレーナ達を乗せた汽車は中央回廊に到着した。
初めて見る中央回廊は、まるで活気のある市場のようであった。
常に人が動き回り、喧騒が聞こえる。
色の無い灰色と泥の世界、そして、遠くで轟く砲声が無ければだが。
彼女たちが乗ってきた貨車には負傷兵が運び込まれた。
みな一様に包帯を巻かれ無言で積み込まれていく。
負傷兵を運んだ者も血の滲む包帯を巻いている。
エレーナはその光景を目で追ってしまっていた。
「エレーナ様」
その声に振り返る。
帝都から付き従ってきた武官が声をかけた。
「最低限ですが身の回りのご用意を致しました」
「戦時故、ご不便があるかと思われます」
「ありがとう」
エレーナは武官に礼を言った。
「エレーナ様方はこのあと指揮所にお向かいください、そこで司令官より辞令を受ける手はずとなっております」
武官は簡潔に伝え、エレーナは無言でうなずいた。
「我々はこのまま帝都へ戻り、兵を束ね、アリエール様のもとへ向かいます」
一瞬の間、武官は力強い瞳でエレーナを見つめた。
「お嬢様、ご武運を」
「お兄様によろしくお伝えください」
エレーナはそう言うと武官に遺書の束を手渡した。
中央回廊指揮所、その中は操車場と同じように喧騒のさなかにあった。
無線の音が鳴り響き、誰もが紙の束を持ち走り回っていた。
「エレーナ中尉、よく来た」
司令官は開口一番にそう声をかけた。
「わたくしが中尉ですか?」
エレーナが問いかける。
「帝都から辞令が出ている、エレーナ嬢は爵位から貴族中尉とのことだ」
「他のご令嬢がたは……みな貴族少尉?なんだこの辞令は」
「少尉の価値も安くなったものだな」
司令官は帝都から送られてきた書類を睨みつけた。
「上の考えることはわからん……階級が同じでやりにくかろうが、そのあたりは君たちで対処したまえ」
「また、皇帝陛下より貴官の部隊名を賜っている」
「白百合中隊」
「この名を汚さぬよう貴官の奮闘を期待する」
詳細は専任の下士官から聞くように、司令官は事務的にそう告げると別の書類を手に取った。
「失礼いたします」
エレーナ達は礼をして執務室を出た。
「早く降ろせ!」
荷下ろし場では怒号が飛び交う。
人が、車が様々な物資を運んでいく。
巨大な重機に吊り上げられ彼女たちの戦車が次々と降ろされる。
「移動するわ!付いてきなさい!」
エレーナの指示でみな戦車に乗り込む。
エンジンを始動する。
基地の騒音の中に新しい騒音が加わった。
広大な基地の中は人も車両もひしめき合っていた。
あたりにはもうもうと土埃がたち煙る。
「中尉!あちらが中隊の宿舎になります!お荷物はあちらに!」
戦車の騒音に負けないような大声が聞こえる。
エレーナの戦車に跨乗する専任下士官が指をさした。
指さす方には急ごしらえ、「あばら家」といった風貌の建物があった。
「その先が補給所と整備所です!」
「先ほどの打合せ通り、補給を済ませ、そのまま護衛にあたります!」
エレーナ達の初任務は、中央回廊についたその日に始まった。
補給所で燃料と弾薬を受領し、そのまま補給課の車両を護衛しつつ前線へ物資を届ける。
エレーナは状況についていくのが精いっぱいだった。
走り書きだらけの地図を読み込み、現地状況を下士官に尋ねる。
本来ならば後方待機を行い、それから挑むような仕事だ。
それほど余裕がない。
中隊はその空気を体に感じていた。
補給所にも車両がひしめき合っていた。
次々と弾薬を積込み燃料を補充していく。
「早くしろ!次がきたぞ!」
ここでも怒号が飛び交う。
その怒声に慌てて食事をかき込む兵士たち。
食べかけのスープが入ったカップが散らばり、乗員たちは戦車に駆け込んだ。
「出るぞ!エンジンをかけろ!」
中隊長だろうか、戦車のハッチから身を乗り出した男が手を振り合図を送る。
直ちに始動器が繋がれ、重い音を立ててエンジンが回り出す、あたりには黒煙と焼けた油の匂いが漂う。
補給所から出ていく戦車の乗員とエレーナは目が合った。
相手は一瞬、驚きの表情を見せた。
しかし、直ぐに向き直り自分の任務を果たすため走り去った。
空になった倉庫へ戦車を並べると、直ぐに弾薬を積んだ運搬車がやってきた。
白い布から取り出された弾薬を、1発ずつ車内の弾薬庫へ納めていく。
初めて弾薬庫が満載となる。
燃料も規定量上限だ。
物資受領を確認している最中に、老練な整備兵が声をかけてきた。
「お前ら部隊章はないのか?戦場じゃ精霊に嫌われるぞ」
「精霊」
エレーナはその言葉に家で読んだ本を思い出した。
帝国でもっぱら信じられている死生観。
人は死後、歩んできた人生をもう一度歩み、心が清らかとなれば、精霊に導かれ世界へ溶けるという。
一般的には悪いことはしないように、まっとうに生きるように、という戒めだが、帝国民にとって一般的な宗教観であるともいえる。
整備兵はそのような難しいことを言ったのではない。
「良い死に方をしない」そんな戦場の習わしを伝えただけのことだった。
しかし、エレーナには何故かその言葉が深く浸みこんでいった。
初めて死を意識したからなのか、それはわからない。
「あいにく、今日部隊名が決まったの、何か書くものはあるかしら?」
エレーナが尋ねると整備兵はバケツに入った塗料と刷毛を指さした。
「勝手に使え」
整備兵はぶっきらぼうにいった。
エレーナは塗料の入ったバケツを手に取ると、迷いなく百合の紋章を戦車に描いた。
白百合中隊の百合
エレーナの家紋でもある百合
「あなたたちも書きなさい」
そう言ってクラリスにバケツを手渡した。
各戦車長が自分の戦車に白百合を描いていく。
上等な刷毛ではない、先が潰れた塗料まみれの刷毛。
型もなければ見本もない。
それぞれに少しずつ違う白百合が咲いた。
白百合中隊が中央回廊に現れた瞬間であった。
※今話から週1回更新予定です。