【Fate×ネギま】正義の味方の在り方   作:そもゆえに

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第10話「剣士の領域」

 

紅い外套が、夜風に僅かにたなびいた

 

───そう思った、次の瞬間だった。

 

激しい剣と拳の応酬という視覚的な狂騒とは裏腹に、事態は恐ろしいほど静かに、そして決定的に動き出す。

 

居合い拳を躱し。

 

 

その衝撃波の塊を紙一重で斬り捨てながら、男は網の目のように敷かれつつあった高畑の間合いを、正面から強行突破した。

 

高畑はすでに、自身の肉体が発する脅威度のギアを最大限にまで引き上げていたはずだった。

 

それでも───。

 

(───此処まで、速いというのか……!)

 

まるで、網の目をすり抜ける一陣の風。

 

居合い拳が作り出す高圧の障壁、その僅かな空気の「隙間」を正確に縫い、紅い影が地を奔(はし)る。

 

一瞬にして肉薄する、剣が届く絶対の間合い。

 

エミヤの両手から、袈裟斬りに振るわれた双剣

 

───しかし、その白刃は手応えなく空を裂いた。

 

「……っ!」

 

瞬動。

 

気功と魔力を爆発的に連動させる、この世界の東洋武術が誇る超高速移動歩法。

 

常人の網膜には「瞬間移動」としか知覚できない神速の回避。

 

気功と魔力を爆発的に連動させる

 

常人の網膜には「瞬間移動」としか知覚できない神速の回避。

 

だが。

 

「ほう。これはまた───魔法使いの退避行動(ステップ)とは思えないな」

 

感心したような、酷く落ち着いた声音が、高畑の耳元で鼓膜を揺らした。

 

次の瞬間。

 

高畑が『瞬動』によって座標を移した、まさにその着地先(未来)へと───待ってましたと言わんばかりに、漆黒の刃が冷徹に振るわれた。

 

瞬動術の欠点。

 

入りと抜けるのが最初に指定した場所になる。

 

肉を断つ、微かな感触。

 

浅い。だが、確かに。

 

高畑の頬から、じわりと、赤い血が滲み出していた。

 

「…………なっ」

 

広場で固唾を呑んでいた誰もが、一斉に息を呑んだ。

 

見えていない。理解できない。

 

否───その場にいた魔法使い(教師)たちは、脳が現実を理解することを拒んでいた。

 

麻帆良学園都市でも屈指の、実戦における最高峰の武闘派。

 

タカミチ・T・高畑。

 

その卓越した神速の体術を───まるで、最初からそこに移動することが分かっていたかのように、先読みして斬り伏せたのだ。

 

「素晴らしい速度と、無駄のない戦術だ。しかし───」

 

エミヤの脳裏を、遠い冬木の夜に交わした『最速の残像』が過る。

 

ルーンを刻み、魔槍を駆る、青い衣装を纏ったケルトの英雄。

 

「───私が知る『青い槍兵』の神速に比べれば、いささか直線的すぎる。あれに比べれば、まだ、十分に捉えられる範疇だ」

 

誓約に縛られ、全力を出すことすら許されなかった状況でありながら、なおこの網膜が追いつかなかった本物の“神速”。

 

あの絶望的な疾さに比べれば、技術体系に則ったこの世界の歩法など、軌道の予測は容易だった。

 

それでも、エミヤは一瞬たりとも気を緩めない。

 

視線は未だ高畑の急所から逸らさず、双剣の切っ先も微塵も下げてはいなかった。

 

まだ、戦いは終わっていない。

 

目の前の男が、自らの敗北を、あるいは終わりを認めるまでは、戦士として手向けるのは冷徹な殺意のみだ。

 

一方の高畑は、自身の頬を伝う血を指先で一瞥し───観念したように、小さく息を吐き出した。

 

(……やれやれ、参ったな。瞬動の欠点すら瞬時に見切られるなんてね)

 

こちらは手加減をしていた。

 

不測の事態を防ぐための、安全マージンを残した上での試験。

 

それでも───。

 

まさか、最初から最後まで、完全にこちらが『試されている側』だったとは。

 

引き出すつもりだった相手の底は、未だに一寸先すら見えていない。

 

「そこまでじゃ───! 勝負あり!!」

 

流石にこれ以上は危ういと判断したのだろう。

 

静寂に包まれていた広場に、近衛近右衛門の老いた、しかし重みのある一喝が響き渡った。

 

その声を合図に、張り詰めていた空気が、ようやく緩んでいく。

 

誰もすぐには声を出せない。

 

 

 

 

ただ。

 

目の前の光景を、呆然と見つめていた。

 

――高畑・T・タカミチが、追い込まれている。

 

その事実を。

 

受け止め切れずに。

 

そして。

 

刹那は息を呑んだ。

 

凄い───。

 

ただ、その一語だけが、桜咲刹那の思考を白く埋め尽くしていた。

 

あの夜。

 

鬱蒼とした森の中で、襲い来る鬼の群れを一瞬にして斬り伏せたあの時点で、彼が只者ではないことなど骨身に染みて理解していたはずだった。

 

だが、まさか。

 

麻帆良でも屈指の使い手である高畑教諭を相手に。

 

ここまで、完全にその戦術の上を行くなど。

 

周囲の魔法使い(教師)たちが困惑と驚愕を漏らす中、群衆の最前線で片時も目を離さずにその光景を見つめていた刹那は、気づけば───自らの愛刀『夕凪』の柄を、無意識に強く握り締めていた。

 

指先が真っ白に変色するほど、強く、強く。

 

剣士として。

 

神鳴流の伝統を継ぎ、今はあの御方を守るべく。

 

ただひたすらに刃を研ぎ澄ませてきた一人の武人として、彼女の魂は、眼前の男が振るう技量(もの)に完全に心を奪われていた。

 

圧倒的な、疾さ。

 

一ミリの迷いすら生じない、研ぎ澄まされた剣筋。

 

大気の流れすら味方につけるような、一切の無駄を削ぎ落とした体運び。

 

どれほどの時間を、どれほどの修練を、果てのない地獄の中で積み重ねてくればあそこまでの“極み”に辿り着けるのか。

 

(凄い……本当に、凄い……)

 

胸を満たすのは、純粋な憧れ。そして、同じ道を歩む者としての底知れない敬意。

 

だが。

 

それらの熱い感情が胸を占めると同時に───刹那の背筋を、冷たい戦慄が駆け抜けた。

 

あの日。

 

死に瀕していた自分を救い上げた彼の剣は、まるで夜闇に舞う月光のように、どこまでも美しく、そして『優しかった』。

 

 

けれど、今。

 

高畑教諭を追い詰め、その頬を裂いた剣は、あの夜のそれとは明らかに違っている。

 

一切の、躊躇がない。

 

一切の、容赦もない。

 

必要であるならば、相手が誰であろうと平然と「断つ」。

 

ただ勝つためだけに最適化された、冷徹なまでの機能美。

 

その剣を振るう男の、鈍色(スチール)の瞳。

 

そこには闘志も高揚もなく、ただ鏡のように冷ややかに世界を映している。

 

(この人は……一体、どれほどの戦いを潜り抜けてきたんやろうか)

 

その正体へと思考を巡らせようとした、まさにその時。

 

刹那の胸の奥が、妙に、激しく騒ぎ立てた。

 

───おかしい。

 

何かが、決定的に狂っている。

 

神鳴流の剣士として、その冷徹な戦士の深淵に「恐怖」を覚えるのは道理だ。

 

だが、今の自分の胸を叩いているのは、そんな単純な恐怖などでは断じてなかった。

 

脳裏に、ここ数日の彼の姿が、灯火のようにチカチカと明滅する。

 

この学園都市の片隅で、彼は小さな料理店を始めると準備していた。

 

そこでの彼は、この恐るべき双剣の代わりに、一本の包丁を握っていた。

 

自分の作った料理を口にし、顔を綻ばせた私の姿を、あの鈍色の瞳をほんの少しだけ柔らかく細めて、静かに見守ってくれていたのだ。

 

まるで、それこそが彼にとっての唯一の救いであるかのように。

 

あの夜の、命を救ってくれた「慈悲の剣」。

 

料理を振る舞い、誰かの幸福を願う「温かな剣」。

 

そして今、目の前で圧倒的な暴威を振るう「冷徹な殺戮の剣」。

 

(なんなんや、この人は……っ)

 

どれが本当の彼なのか分からない。

 

あらゆる表情(ブレード)を見せる『エミヤ』という名の存在に、刹那の心は完全に翻弄されていた。

 

これまで、ただ悪を断つ「退魔の剣士」としてのみ生きてきた。

 

今年で十四歳、もうすぐ十五歳になる。

 

だが、同年代の少女たちが噂するような「恋」だの「愛」だのといった甘やかな情緒など、自分のような半端者にとって修行の邪魔だと一蹴してきたはずだった。

 

人を好きになるということが、どういうことなのか、彼女は知識としてすら持ち合わせていない。

 

だから、分からない。

 

高畑教諭を圧倒する彼の姿から、どうして目を離すことができないのか。

 

どうして、彼の冷たい瞳にゾクリと身体を震わせながらも、同時に、その胸に飛び込んでしまいたいような、狂おしいほどの衝動が暴れているのか。

 

───恐れ、ではない。

 

───かと言って、純粋な憧れ、だけでもない。

 

心臓が痛いほどに鐘を打ち鳴らし、顔がカッと熱くなる。

 

自分の内側から湧き上がる、この名前のない熱。その正体が、あまりにも不器用で、あまりにも純粋な『恋慕』という名であることに───頑なな退魔の剣士は、未だ気づくことすらできずに、ただひたすらに大混乱していた。

 

「そこまでじゃ───! 勝負あり!!」

 

 

近衛学園長の一喝が響き渡る。

その声を合図に、張り詰めていた空気は緩んだが───刹那の胸の奥の嵐だけは、いつまでも、激しく吹き荒れたままだった。

 

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