【Fate×ネギま】正義の味方の在り方   作:そもゆえに

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13話 涙が届く場所

 

 

眼前で繰り広げられる鉄と氷の円舞曲(ロンド)は、もはや私の足が届く領域ではなかった。

 

瞬時に展開される、常識外れの高位魔法。

 

それを紙一重で躱し、陰陽の双剣で斬り払い、あろうことか逆に追い詰めていく冷徹な剣技。

 

どちらも、私が今まで生きてきた世界の『常識』から遥かに逸脱している。

 

未熟ながらも神鳴流の剣を修め、死線を潜ってきたからこそ、嫌というほど理解できてしまう。

 

あの苛烈極まる死線の渦へ、今の私が割って入れば───

一瞬にして肉体を切り刻まれ、戦闘不能になるだろう。それほどまでに、彼らの戦いは生きる次元が違っていた。

 

なのに。

 

どうしても、目を離すことができなかった。

 

男(エミヤ)の振るう、どこまでも実戦的な刃。

 

エヴァンジェリン)の放つ、冷酷にして優美な魔力。

少女(そして、その二人の間に流れる、互いの深淵を確かめ合うような奇妙な空気。

 

(……私は、いつからこんな風に、誰かのことを見つめるようになったのだろう)

 

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるように熱い。

彼と出会う前の私は、きっと、こんな風に他人の在り方に心を揺さぶられることなどなかったはずだ。

 

私の世界は、狭かった。

 

長に拾われ、幼馴染として過ごした幼い日々。

 

けど今はただ、お嬢様(このちゃん)を護ること。

 

そのために、誰よりも、何よりも強くなること。

 

それ以外のすべては、私の人生には必要のないノイズだと思い込んでいた。

 

だから、クラスメイトたちとも明確に距離を置いた。

 

誰かと親しくなれば、心に隙が生まれて弱くなる。

 

情に流されれば、いざという時に剣が鈍る。

 

頑なに、そう自分に言い聞かせて、周囲に心を閉ざしていたのだ。

 

けれど───彼は、違った。

 

あの風変わりな料理店の準備を、ほんの少し手伝った日。

差し出された料理を、一緒に、美味しいと笑いながら口にした日。

静かな珈琲の香りに包まれながら交わした、なんてことのない何気ない会話。

 

そんな、戦いとは無縁の些細な時間の中で。

 

私は彼の背中越しに、少しずつ、周囲の世界を見るようになっていったのだ。

 

今にして思えば。

 

それまでの私は、なんて味気ない、色のない毎日を送っていたのだろう。

 

自分の殻に閉じこもっていたから、気づけなかった。

 

ずっと私のことを気に掛けて。

不器用な私を包み込もうとしてくれていた、このちゃんの優しさにも。

 

屈託なく笑いかけてくれる、クラスメイトたちの温かさにも。

 

そして───今、目の前で獰猛に笑う、エヴァンジェリンという少女の横顔に秘められた孤独にも。

 

吸血鬼。

『闇の福音』。

世界の敵たる、悪い魔法使い。

最初は、噂通りの恐ろしい怪物だとしか思っていなかった。

 

だが、違う。

 

彼女は───間違いなく、私と同じ教室で同じ時間を過ごす、クラスメイトなのだ。

皮肉屋で、尊大で、口を開けば意地の悪いことばかり言う。

けれど、彼女もまた、この麻帆良という温かな学び舎で一緒に過ごす『仲間』の一人なのだと。

その当たり前の大切なことに気づかせてくれたのも。

他ならぬ、異邦人であるエミヤさんだった。

だからこそ。

だからこそ、今の彼の姿は、見ていて張り裂けそうなほどに危うかった。

 

あの鈍色の瞳から、完全に温度が消え失せている。

 

あの日、暗闇の森で絶望していた自分を救い上げ、包み込んでくれた、あの時の優しい眼差しではない。ただ目の前の敵を排除するためだけに駆動する、冷たい、冷たい戦術機械の目だ。

このままでは、駄目だ。

彼を、あんな底の抜けた暗闇に一人で帰してはいけない。

───止めなければ。

頭では分かっている。私如きの技量では、あの二人を止めることなど到底できない。

全身の肌を圧殺せんばかりに押し潰してくる真祖の魔力。

常軌を逸したスピードで交錯する攻防の衝撃波。

あまりの恐怖に、身体が竦む。指先が、カタカタと情けなく震える。

それでも。

彼なら。

自分のような半端者の手を。

真っ直ぐに握り締めてくれた彼なら。

もしこのまま、私のクラスメイトを冷徹に斬り伏せてしまえば───きっと、後から誰よりも深く後悔する。

絶対に。

彼はこんな、誰も救われない結末を望んでなんかいない。

だから───!

心臓の痛いほどの鼓動を置き去りにして。

私は、自らの内側から溢れ出た衝動のままに、喉を張り裂けんばかりに叫んでいた。

 

 

「あかん───エミヤさん!!」

 

 

必死だった。

 

自分でも、今の戦況に何を言っているのか、その理屈など分かりもしなかった。

 

けれど、このままでは、あの二人が「こちらの世界」の手の届かない領域で、互いを壊し合ってしまう。

 

そんな得体の知れない恐怖が、頑なな彼女の心を突き動かしていた。

 

その彼女の叫びに応じるように───青年の冷徹だった剣先が、ほんの一瞬だけ、微かに揺らいだ。

 

「エヴァンジェリンさんは、今は違います! 貴方が警戒しているような、恐ろしいバケモノなんかやない……っ!!」

 

叫ばずにはいられなかった。

 

彼にあの冷たいスチールの瞳のまま、私の知る優しい世界を壊してほしくはなかったから。

 

「彼女は───彼女は、うちのクラスメートなんですっ……!!」

 

凍てついた夏の空間に、少女のあまりにも純粋で青臭い拒絶の言葉が響き渡る。

 

その、言葉の裏に隠された「エミヤへの届かぬ想い」に───刹那自身も、未だ気づかぬまま。

 

 

 

 

「──そうか。すまない、刹那」

 

小さく息を吐く。

 

「まさか我を失い、かつての私に戻りかけるとはな」

 

鈍色の瞳から熱が消えていく。

 

「危うく、大事なことを見失うところだった」

 

刹那の魂を込めた慟哭と涙をみて、急速に意識が切り替わっていく。

 

かつての私でなく、口福をもってして歩もうと決めた私。

 

この世界で悪い魔法使いや真祖の吸血鬼がいたとしても、あまりにも冷静さを欠いた。

 

よく考えれば解ったはずだ。

 

真祖である吸血鬼、だとしても

 

おかしかった。

 

アチラでの吸血鬼のあり方を知り、屠ってきたなら尚更だ。

 

このやさしい魔法使いのいる、麻帆良学園の学生として通っている。

 

その時点で察するべきであった。

 

【真祖の吸血鬼】というワードと、少女の発言で思考を放棄してしまっていた。

 

「助かったよ刹那。そして済まない、そんな表情をさせてしまうなど」

 

途端に殺気が霧散する。

 

戦闘態勢を保ちつつも、彼が纏う空気が変わった。

 

 

 

それに対してエヴァンジェリンが苛立ち叫ぶ。

 

 

「いいだろう──採用試験だったな!コレに耐えられれば文句は言わない。あぁ、ただ加減を間違って死んだら済まんがな!!」

 

言葉とは裏腹に明確な殺意。

こちら噛み砕かんと牙がむく。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!来たれ氷精、大気に満ちよ!白夜の国の凍土と氷河を!!凍てつく大地(クリスタリノス・タポス)」

 

 

先ほどの詠唱よりも力強く謳う。

周囲に満ちる魔力と冷気が放たれる魔術の威力を物語っている。着弾地点より瞬時に地を這いがら迫る氷。

いくら聖骸布の概念武装の外套で身を固めていても、直撃すれば私の抗魔力では拙い。

 

だが、自分は敗けない。

 

あんな泣きそうな顔をした少女の前で、敗けてやる訳にはいかない。

 

スッと干将・莫耶を構える。

 

私を貫き、氷像に変えんと今まさに迫ってくる。

 

「私の実力を見極めるのだったな?これが私の切り札だ──壊れた幻想《ブロークン・ファンタズム》」

 

刹那を抱き紅い聖骸布、赤原礼装を被せながら瞬時に距離をとり、干将・莫耶を投げつける。

 

如何な神秘を秘めた剣でも、氷の濁流に呑まれるだけだと思われた。

 

しかし、短い詠唱と共に閃光が周囲を埋め尽くした。

 

視界を埋め尽くしていた白煙が、ゆっくりと晴れていく。

地面には巨大なクレーター。

砕けた氷片が陽光を受けて煌めいていた。

「な───」

思わず刹那が息を呑む。

あれほどの魔法を。

正面から相殺した。

いや。

相殺などではない。

魔法そのものを吹き飛ばしたのだ。

 

そして。

爆心地の中央。

そこには変わらず立つ金髪の少女の姿があった。

「くっ……!」

忌々しげに舌打ちするエヴァンジェリン。

真祖の再生能力によって身体に傷はない。

だが。

どこか様子がおかしい。

ひらり。

風が吹く。

「……ん?」

違和感に気付いた刹那が首を傾げる。

黒いドレスの裾が。

やけに短い。

というか。

無い。

沈黙。

数秒。

 

エヴァンジェリンがゆっくりと自分の身体を見下ろした。

 

そして。

 

固まった。

 

「…………」

 

黒いゴスロリドレスは爆風で無残に吹き飛び。

 

辛うじて最低限だけが残っている状態だった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

その場の誰もが言葉を失う。

 

そして。

 

ぷるぷると肩を震わせながら。

 

エヴァンジェリンは顔を真っ赤に染めた。

 

「き、貴様ァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

絶叫。

 

「待て待て待て!今のは私のせいじゃないだろう!?」

 

「まっ、まって!うち、エミヤさんに抱きかかえられとるぅぅぅ」

 

「うるさい黙れ死ねぇッ!!」

 

暫くの間、三者三様の叫び声が響いていた。

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