『calor ――理想の果てに灯る温もり――』   作:そもゆえに

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第17話 calor、開店初日の嵐

「───ごちそうさまでした」

 

一粒の米、一滴の出汁すら残さず、綺麗に平らげたお膳を前にして、桜咲刹那は深く頭を下げた。

 

流した涙の跡は少しだけ気恥ずかしかったけれど、胸の奥を満たしているのは、これまでの人生で味わったことのないような、芯からぽかぽかとする圧倒的な幸福感だった。

 

エミヤはそんな彼女の器を満足そうに見つめ、

 

「見事な食べっぷりだ。料理人として、これほど嬉しいことはない。……お茶のお代わりを淹れよう」

 

と、穏やかな手つきで急須を傾ける。

 

張り詰めていた世界から解放され、大切な人の手料理を食べて、彼と二人きりで過ごす静かな時間。

 

(ああ、ずっと、こんな時間が続けばええのに───)

 

刹那がそんな贅沢な夢想を抱き、温かいお茶に口をつけようとした、まさにその瞬間だった。

 

カランカランカランッ!!!

 

静かな店内に、まるで警告音かと思うほど激しくドアベルの音が鳴り響いた。

 

さきほどよりも少しだけ勢いよくドアベルが鳴り、来客を告げる。

現れたのは───ぷるぷると肩を震わせ、今にも噴火しそうな形相のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。

 

その隣で、どこか気まずそうに肩をすくめている龍宮真名。

 

そして、相変わらず無表情でその背後に控える茶々丸の姿。

 

「……空気を読んで食べ終わるのを待つつもりだったが、我慢ならん!」

 

エヴァンジェリンは、暖簾をくぐるなり開口一番に言い放った。

 

先ほどまでエミヤの料理に蕩けていた刹那は、驚いて肩を跳ねさせたが、今のこの涙で濡れた顔を見られたくない一心で、慌ててエミヤの方へと背を向ける。

 

「……空気を読むなら、食べ終わるまで外で待てなかったのか、君は」

 

エミヤがジト目で視線を送る。

 

それがエヴァの逆鱗に触れたのは一瞬のことだった。

 

「エミヤァッ!! お前は店の名前を『私から』とったと言いながら、どうして私が来るのを待てなかった!!」

 

飛び上がってエミヤの肩をガクガクと揺さぶるエヴァ。

 

「しかも何だその出し巻き卵は! 私にはオムライスだったくせに、刹那にはこれか!? あれか、お前は卵で女を落とすのか!? 私のことはもう飽きたのか貴様ァッ!!」

 

一気にまくし立てるエヴァを、茶々丸が「マスター、お落ち着きを……」と事務的に宥める。

 

騒ぎの中心にいる刹那は、後ろで真名が凄く良い笑顔でこの「修羅場(?)」を見物していることに気づき、顔から火が出るほど赤くなって固まっていた。

 

 

 

騒動から数分後。

 

なんとか落ち着きを取り戻し、今はエヴァ、真名、そして茶々丸の三人の前にも食事が並べられていた。

エヴァは先ほどの気恥ずかしさと憤慨から、ツンとした態度でスプーンを動かしているが、目の前のシチューと焼きたてのパンの香りに、その態度は軟化している。

 

当初は遠慮していた茶々丸だが、エヴァの「家族なんだから一緒に食べろ」という有無を言わせぬ命令(という名のツンデレな気遣い)に従い、同じようにシチューを口に運んでいた。茶々丸は、味覚センサーが機能しないにもかかわらず、エミヤの作り出す食事に「不思議な感覚」を覚えているのか、少し首を傾げながら、それでも淡々とパンを頬張る。

そして、そのやり取りを、真名はスパゲッティをフォークで巻き取りながら、実に楽しそうにクスリと笑っていた。

 

「……ふん。まあ、味だけは認めてやる。……明日もまた来てやってやらないこともないからな」

 

エヴァがシチューの器を空にしながら、精一杯の強がりをこぼす。

 

刹那は食後の抹茶と豆大福を食べている。

 

その言葉を聞いて、エミヤは肩をすくめて、カウンターの向こうで小さく笑った。

 

(……やれやれ。静かな店など、麻帆良に期待するのが間違いだったらしい)

 

騒がしくも温かい。

 

「ああ、いつでも歓迎しよう。──君たちのための、居場所だからな」

 

店内に灯る柔らかな明かり。

 

笑い声。

 

食器の触れ合う音。

 

温かな料理の香り。

 

それらすべてが混ざり合い、

『calor』最初の夜は、更けていくのだった。

この小さくて、騒々しいカロルの日常は、こうして賑やかな嵐とともに幕を開けたのだった。

今後の料理店に来店して欲しい人。※項目に無ければその他で、感想で希望する人を。クラスメイト以外でも可。話の流れで直ぐには反映出来なかったりします。

  • 神楽坂明日菜
  • 龍宮真名
  • 長谷川千雨
  • 宮崎のどか
  • 古菲
  • 長瀬楓
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