「───ごちそうさまでした」
一粒の米、一滴の出汁すら残さず、綺麗に平らげたお膳を前にして、桜咲刹那は深く頭を下げた。
流した涙の跡は少しだけ気恥ずかしかったけれど、胸の奥を満たしているのは、これまでの人生で味わったことのないような、芯からぽかぽかとする圧倒的な幸福感だった。
エミヤはそんな彼女の器を満足そうに見つめ、
「見事な食べっぷりだ。料理人として、これほど嬉しいことはない。……お茶のお代わりを淹れよう」
と、穏やかな手つきで急須を傾ける。
張り詰めていた世界から解放され、大切な人の手料理を食べて、彼と二人きりで過ごす静かな時間。
(ああ、ずっと、こんな時間が続けばええのに───)
刹那がそんな贅沢な夢想を抱き、温かいお茶に口をつけようとした、まさにその瞬間だった。
カランカランカランッ!!!
静かな店内に、まるで警告音かと思うほど激しくドアベルの音が鳴り響いた。
さきほどよりも少しだけ勢いよくドアベルが鳴り、来客を告げる。
現れたのは───ぷるぷると肩を震わせ、今にも噴火しそうな形相のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
その隣で、どこか気まずそうに肩をすくめている龍宮真名。
そして、相変わらず無表情でその背後に控える茶々丸の姿。
「……空気を読んで食べ終わるのを待つつもりだったが、我慢ならん!」
エヴァンジェリンは、暖簾をくぐるなり開口一番に言い放った。
先ほどまでエミヤの料理に蕩けていた刹那は、驚いて肩を跳ねさせたが、今のこの涙で濡れた顔を見られたくない一心で、慌ててエミヤの方へと背を向ける。
「……空気を読むなら、食べ終わるまで外で待てなかったのか、君は」
エミヤがジト目で視線を送る。
それがエヴァの逆鱗に触れたのは一瞬のことだった。
「エミヤァッ!! お前は店の名前を『私から』とったと言いながら、どうして私が来るのを待てなかった!!」
飛び上がってエミヤの肩をガクガクと揺さぶるエヴァ。
「しかも何だその出し巻き卵は! 私にはオムライスだったくせに、刹那にはこれか!? あれか、お前は卵で女を落とすのか!? 私のことはもう飽きたのか貴様ァッ!!」
一気にまくし立てるエヴァを、茶々丸が「マスター、お落ち着きを……」と事務的に宥める。
騒ぎの中心にいる刹那は、後ろで真名が凄く良い笑顔でこの「修羅場(?)」を見物していることに気づき、顔から火が出るほど赤くなって固まっていた。
騒動から数分後。
なんとか落ち着きを取り戻し、今はエヴァ、真名、そして茶々丸の三人の前にも食事が並べられていた。
エヴァは先ほどの気恥ずかしさと憤慨から、ツンとした態度でスプーンを動かしているが、目の前のシチューと焼きたてのパンの香りに、その態度は軟化している。
当初は遠慮していた茶々丸だが、エヴァの「家族なんだから一緒に食べろ」という有無を言わせぬ命令(という名のツンデレな気遣い)に従い、同じようにシチューを口に運んでいた。茶々丸は、味覚センサーが機能しないにもかかわらず、エミヤの作り出す食事に「不思議な感覚」を覚えているのか、少し首を傾げながら、それでも淡々とパンを頬張る。
そして、そのやり取りを、真名はスパゲッティをフォークで巻き取りながら、実に楽しそうにクスリと笑っていた。
「……ふん。まあ、味だけは認めてやる。……明日もまた来てやってやらないこともないからな」
エヴァがシチューの器を空にしながら、精一杯の強がりをこぼす。
刹那は食後の抹茶と豆大福を食べている。
その言葉を聞いて、エミヤは肩をすくめて、カウンターの向こうで小さく笑った。
(……やれやれ。静かな店など、麻帆良に期待するのが間違いだったらしい)
騒がしくも温かい。
「ああ、いつでも歓迎しよう。──君たちのための、居場所だからな」
店内に灯る柔らかな明かり。
笑い声。
食器の触れ合う音。
温かな料理の香り。
それらすべてが混ざり合い、
『calor』最初の夜は、更けていくのだった。
この小さくて、騒々しいカロルの日常は、こうして賑やかな嵐とともに幕を開けたのだった。
今後の料理店に来店して欲しい人。※項目に無ければその他で、感想で希望する人を。クラスメイト以外でも可。話の流れで直ぐには反映出来なかったりします。
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神楽坂明日菜
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龍宮真名
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長谷川千雨
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宮崎のどか
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古菲
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長瀬楓
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その他