『calor ――理想の果てに灯る温もり――』   作:そもゆえに

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第20話 月下の温もり

 

───月は欠けた光を放ち、世界は静寂(しじま)に支配される。

 

本来は満月が好ましいが、「定期メンテナンスに伴う停電」を逃す訳にはいかない。

 

メンテナンスは、その堅牢な檻を一瞬だけ緩める特別な夜だった。

 

そんな夜、静まりかえったカロルの店内。

 

肉を裂き、熱い血が奔流となって彼女の体内へと流れ込む。

 

その異質な魔術回路と、彼女の真祖の血筋が深く交わる儀式。魂を分け合うその契約は、世界のシステムを侵食し、新たな『仮契約(パクティオー)』の因果を構築していく。

 

そして私の脳内にエヴァンジェリンという存在の記憶断片的ではあるが深く刻み込まれていく。

 

 

彼女から流れてきた情景。

 

それは、数百年前の地獄。

理由も分からず真祖(きゅうけきつき)へと変えられ、孤独と渇きに狂い、世界から拒絶され続けた金髪の少女の、血と絶望の記憶。

 

そして、その泥沼の果てに現れた一人の男──『サウザンドマスター』ナギ・スプリングフィールド。

 

彼を激しく愛し、激しく憎み、そして最終的にこの麻帆良の地に「呪い(封印)」によって縛り付けられた。かつてネギが彼女の記憶を覗き見した以上の、その凄惨な精神世界が私の脳内を駆け巡る。

 

血を吸い終え、潤沢な魔力をその小さな肉体に取り戻したエヴァンジェリンは、妖しく唇を紅く染めて立ち上がる。

 

しかし、エヴァンジェリンはすぐには口を開かなかった。

 

まるで何かを言うべきか、それとも黙っているべきか。

 

珍しく迷っているように見えた。

 

 

闇の福音と呼ばれていた真祖としての十全な状態のエヴァンジェリン。

 

それでも敵わない程の膨大な魔力を用いナギ・スプリングフィールドの呪い

 

その呪いを解呪する事なく亡くなった、ナギに対する悪意。

 

それらを告げられた。

 

私の首筋に冷たい指先を這わせながら、酷く張り詰めた声色で告げた。

 

「私を縛るナギの呪いを力技で解呪するには、単なる魔力では足りん。強固な繋がりを持つ『血縁者』であるネギ・スプリングフィールド。少年を文字通りその命の灯火を削るほどに吸血せねばならんのだ。場合によっては……坊やを殺すことになる。他ならぬお前の血による魔力の供給も含めて、それでも私の味方になるのかな?⋯⋯⋯止めるか、エミヤシロウ」

 

真祖としての最後の誇りと、私という男への試し。

私はそんな彼女の必死な強がりを、ただ静かな、ひび割れた微笑みだけで受け止める。

 

「まさか、行くといい。君の戦いだ、私がそれを止める権利はない」

 

私は首を振った。

 

「そうか……なら、これを渡そう。」

 

微かな魔力の輝きと共に一枚のカードが形成され、それを私に渡した。確かにエミヤシロウと名前が刻まれていた。

 

「パクテイオーカード(仮契約)だ。私がシロウの名前を知った種明かしだ。マスターカードは私が持つので、それはコピーカードだ。」

 

カードの使い方などを簡単に説明するエヴァンジェリン。

 

そしてネギとの戦いに行く為に、私に背を向ける。

 

「なるほど、確かに新たな繋がりを感じる。では、そろそろ時間だ。私はエヴァンジェリン、キミの味方だ。だが」

 

 

その背中に冷徹な、魔術師としての現実を突きつける。

 

「ただし──私からの直接の援護は期待するなよ。数百年を生きる真祖の吸血鬼と、かつて君を縛った英雄の遺児。その二人が正面から激突する不条理な戦いそのものが、呪いの術式を崩壊させる『儀式』として不可欠だ。私が介入すれば、その因果がブレて解呪は失敗する可能性がある」

 

「ふん、言われずとも分かっているさ。お前は、私の勝利だけを眺めていろ!」

 

高笑いと共に、夜の闇へと溶けるように跳んでいくエヴァ。

 

 

 

そう語り其々が別の方向へ歩み始めた。

 

戦いに赴くエヴァ、それを見届けるエミヤ。

 

そして、決戦の刻。

 

停電による結界の綻び(エヴァンジェリンの魔力封印解除までは想定外)を魔法先生や生徒など警備に配置されている。

 

私と龍宮真名の二人に与えられた任務は、結界の最外周ギリギリ。

 

最前線の境界線に位置する防衛ラインの死守だ。

 

結界の綻びに乗じて忍び寄る怪異や式神。

 

それを如く如く愛銃で射抜く真名。

 

そして黒い弓で放たれる正確無比、時には複雑な軌道を描く矢。

 

剣で戦っていた私が弓を用いているのに目を丸くした真名であったが、仕事を優先しているのが彼女らしい。

 

隣に立つ真名が、愛用の狙撃銃を肩に担ぎながら、遠くの湖上で激しく沸き立つ魔力の奔流を見つめて呟く。

 

「始まったね、エミヤさん」

 

そして橋の上で魔法の煌めきと爆発音が轟く。

 

夜空を引き裂くような黄金の雷光と、それを迎え撃つ圧倒的な絶対零度の闇。

真祖・エヴァンジェリンと、英雄の遺児・ネギ。二人の世界から隔絶された壮絶な死闘が、遠く離れた私たちの視界にも鮮烈に焼き付いていた。

 

 

 

───その戦闘の最中。

 

吹き荒れる暴風の中で、エヴァの心中は、激しい感傷の渦に呑み込まれていた。

 

私は……このクソガキ、ネギを通して私をここに封じたサウザンドマスター、ナギの背中をずっと思い出していたのかもしれない。

 

あの男は言った。私を裏の世界の悪事から足を洗わせて、この平和な学び舎で、平穏に暮らすことを望んでいる、と。

 

───あの男のやり方が、正しかったとは到底言い難い。だがあの時の、不器用な男の想いだけは本当だったのだろうと、今なら分かる。

 

───だから。

 

呪いを解きにくるというのを私は待っていた。

馬鹿みたいに。

何百年生きた中で、実際に会った時間は短い逢瀬だった。

 

だけど、アイツは約束した。

 

だから、約束した期間をこえてもあの男が迎えに来るのを待っていた。

 

……思うに、私はこの15年間、呪いを『解けなかった』のではない。

 

本当は、解きたくなかったのかもしれないな。

 

歪ではあるが、この呪いこそが、私とあの男(ナギ)を繋ぐ、地上で唯一の最後の糸(繋がり)だったからだ。

 

それを自らの手で解くということは──あの男が本当に死んだのだと、もう二度と、私をこの場所に迎えには来てくれないのだという現実を、私の心が完全に認めなければならなくなる。

 

だが──待てど暮らせど現れなかったあの男の代わりに、今、目の前に現れたのは、酷く泥臭く、けれど真っ直ぐに自分へ立ち向かってくるあの男の息子(ネギ)だった。

 

ヤツは私に『光の中で生きろ』と言った。確かに、この麻帆良での暮らしは、かつての血生臭い日々に比べれば、比較的穏やかで、退屈で、平穏なものだった。

 

だが、やはり無理なのだ。

闇の中にしか居場所のない、汚れきった私には──光の中で生きるなど、最初から不可能なのだ……!

 

戦闘は、ついに最終盤を迎える。

 

エヴァの全身から、この世界そのものを凍結させんばかりの、絶望的な規模の魔力が溢れ出た。

 

吹き荒れる暴風の中で、エヴァの心中は、激しい感傷の渦に呑み込まれていた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック来たれ氷精闇の精!!」

 

この一撃に着いてこれるか、坊や?

 

否───ネギ・スプリングフィールド!!

 

「闇を従え吹雪け常夜の氷雪──闇の吹雪!!」

 

坊やも同種の魔法、恐らく坊やの一番強力な魔法を詠唱している。

 

詠唱完了は同時。

 

拮抗する雷の暴風と闇の吹雪。

 

───アレだけ魔力を消費して尚コノ威力。

 

とても10歳には思えない、血は争えないか。

 

一瞬、まさに瞬き程であるが昔日に想いを馳せ拮抗が───崩れた。

 

「───しまっ!?」

 

視界が閃光で染まり、爆音と衝撃に包まれた。

 

爆音と閃光が晴れる。

 

殆どは障壁でレジストしたので、ほぼ無傷ではあるが───

 

纏っていた服は欠片も残っていないという有様。

 

屈辱と羞恥で頬が引き攣る。

 

「随分ヤルじゃないか?流石は奴の息子だけは在る」

 

そろそろ終演といこうか。

 

魔力、不死、経験によって研ぎ澄まされた技術。

 

感傷を棄て、今度こそ坊やを砕く。

 

空中に浮かび、怒気と共に膨大な量の魔力を込めて──

 

「いけないマスター!戻って下さい!」

 

茶々丸が叫ぶ。

 

──何故?

 

先程とは違う灯りが視界を染める──コレは!?

 

「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!?マスター!」

 

茶々丸の悲痛な叫びが聞こえるが、既に身体を満たしていた魔力が抜ける。

 

──下は湖面。

 

システムが、大気中の膨大な魔力を強制的に遮断していく。同時に、エヴァの身体を満たしていた、あのシロウから得たばかりの極上の魔力までもが、強引に底の抜けたバケツのように急速に霧散していく。

 

高さは──ふん、高層ビルから紐無しバンジーする程度か。

 

全く、いい加減な仕事を…

 

毒づくも身体を結界に妬かれ傷みに意識を飛ばしかける。

 

走馬灯の様に頭をよぎるのは──サウザンドマスター。

 

 

そして、あの馬鹿だった。

 

皮肉屋で腹が立つ、だが私たちを家族だと言った。

 

私と茶々丸、更にチャチャゼロと一緒に食卓を囲むなんて考えもしなかった。

 

昔の私が視れば人形遊びだと嘲るだろう。

 

私は弱く為ったのかもしれない。

 

──家族の団欒。

 

──その光景は眩しかった。

 

──あぁ眩しいな。

 

罪深く、咎を背負う私には眩しくて傷みだけを伝う。

 

「マスタァァァァァッ!!」

 

茶々丸が背中のブースターを限界まで吹かし、必死の形相でこちらに向かって手を伸ばして飛行してくるのが視える。

 

手を伸ばしても届かない。

 

私は何をしたかったのだろう?

 

頭に浮かぶのは銀色の髪に、鈍色の瞳。

褐色の肌色で赤い外套を纏う男。

 

 

──私は。

 

助けを求めたかったのだろうか。

 

それとも。

 

ただ、あの男に会いたかっただけなのか。

 

分からない。

 

ただ―――

 

現在(いま)はシロウに手を伸ばしたかった。

 

胸にあの男からの吸血で得た魔力の灯を感じ

 

最後に、掠れていく意識の真ん中に浮かび上がったのは。

 

くすんだ銀色の髪に、すべてを諦めたような、けれどすべてを受け止めるような、あの鈍色の瞳。

 

逞しい褐色の肌に、夜の風に鮮やかにたなびく、血のように紅い外套を纏った、あの男の背中だった。

 

真祖の吸血鬼でも走馬灯をみるのだろうか?

 

(シロウ。お前と出逢えたの本当に───)

 

「───凄い格好だな。そんな恰好で夜風に当たっていては、風邪をひくぞ」

 

心の独白に応えるにはあまりにもな言葉をかけながら。

 

不意に、全身を包み込んだのは、凍えるような夜の冷気では

なく。

 

あの『calor』のカウンターの奥で、いつも私を迎え入れてくれていた、あの圧倒的な───『温もり』だった。

 

「……え、?」

 

エヴァが恐る恐る目を開く。

そこには、まるで偶然通りかかっただけだと言わんばかりの、いつもの呆れたような、けれど底切れない優しさを湛えたシロウの顔があった。

 

彼は、何も身に纏っていない私の身体を、その頑丈な両腕で、自らの紅い外套(コート)ごと優しく、包み込むように隠し、抱きしめていた。

 

私の肌を包む、彼の胸の確かな鼓動と体温。

差し向けていた自分の細い手が、いつの間にか彼の大きな手のひらによって、ガッチリと、けれど決して離さないという強い意志を込めて握り締められていることに、彼女は遅れて気がついた。

 

視線が、真っ正面から交わる。

 

シロウの鈍色の瞳が、彼女が無事であることに心底安堵したように、ふわりと柔らかい笑顔を向けた瞬間───エヴァの幼い顔が、羞恥とは全く異なる熱によって、爆発するように真っ赤に火照った。

 

「な、な、ななな何でお前がここに───っ!?」

 

呆然と混乱しているエヴァを腕に抱いたまま、シロウは背中に魔術の残光を散らしながら、静かに、何事もなかったかのように湖畔の橋の上へと駆け上がり着地した。

 

「マスターっ!!」

 

「エヴァンジェリンさん!!」

 

上空から慌てて降下してきた茶々丸や、戦闘の衝撃でボロボロになったネギ、そして神楽坂明日菜も心配そうな表情で一斉に駆け寄ってくる。

 

「……言っただろう、エヴァ。私はキミの味方になると。そもそも、窮地にある『家族』を助けるのに理由は必要ない。まぁパクテイオーカードで喚びだしてくれたおかげで間に合ったんだが」

 

 

そうか、あの時の魔力の灯火。

私はあの時にシロウを想って無意識に召喚していたのだろう

 

──視界がぼやける。

 

あぁ───なんだ。

 

そうか。

 

私が求めていたのは自由ではなかった。

 

呪いの解放でもなかった。

 

──calor《温もり》。

 

ただ、それだけだったのかもしれない

 

店の名前を私から命名したと言ったのは的を得ていた訳だ。

 

呪いはまだ解けていない。

 

ナギとの因縁も終わっていない。

 

それでも。

 

今夜だけは。

 

焦る必要など、ない気がした。

 

そう思って見上げた宙には穏やかな月が在った。

 

月明かりに照らされながら想いを馳せた。

 

もう少しだけ。

 

この学園で。

 

この店で。

 

この家族と共に。

 

待つのも悪くない。

 

此迄と

 

此れからに。

 

今後の料理店に来店して欲しい人。※項目に無ければその他で、感想で希望する人を。クラスメイト以外でも可。話の流れで直ぐには反映出来なかったりします。

  • 神楽坂明日菜
  • 龍宮真名
  • 長谷川千雨
  • 宮崎のどか
  • 古菲
  • 長瀬楓
  • その他
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