『calor ――理想の果てに灯る温もり――』   作:そもゆえに

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第21話 大人の背中

あの戦いから、一夜明け───。

 

場所は、学園前駅通りに佇む喫茶店『calor(カロル)』。

不定休を掲げるこの店の扉には、今日も今日とて『Closed』の札が掛けられている。麻麻良の日常が動き出す前の、静謐な朝の時間。

 

しかし、営業時間を迎えていない店内のテーブルには、いくつかの人影が集まっていた。

 

片側には、店主であるエミヤ・シロウ、そしてエヴァンジェリンと茶々丸。話がややこしくなるからと、喧しいチャチャゼロは今日、給仕人形の部屋でお留守番だ。

 

対する席には、ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜、そしてその足元で身を潜める喋るオコジョ──アルベルト・カモミール。

 

ネギと明日菜は、緊張した面持ちのまま、キョロキョロと店内を見渡していた。

 

そういえば、クラスの噂好き連中の間でも「あそこのマスター、超イケメンだよね」とか話題になってたっけ、と明日菜は場違いな記憶を思い出す。

 

「さて。まずは紅茶でも飲んでリラックスしようか」

 

張り詰めた空気を和らげるように、シロウが穏やかな声で立ち上がる。

その背中に、茶々丸が当然のような流れる動作で後に続いた。

 

「お手伝いします、店長」

「頼む」

 

二人が厨房へと消えていく。

 

その、あまりにも「ただの日常」な背中を見送りながら、明日菜はネギの耳元で小声で呟いた。

 

「……ねぇ、ネギ」

「なんですか、明日菜さん?」

「なんか、普通じゃない?」

「何がです?」

「全部よ、全部!」

 

明日菜はがっくりと額を押さえた。

 

昨日まで湖の上で、世界を滅ぼさんばかりの氷結魔法をぶっ放し、命懸けで戦っていた伝説の吸血鬼。

その当の本人が、今はまるで指定席に座る常連客みたいな顔で、退屈そうに爪を眺めている。

 

しかも、この店の店主と給仕人形は、何事もなかったかのように完璧な接客モードだ。

 

戦いの余韻も、魔法使い特有の緊迫感も、ここには欠片も存在していない。

 

「もっとこう……地下秘密結社とか、怪しい悪のアジトとか想像してたんだけど。ただのお洒落なカフェじゃないのよ……」

 

「同感です、明日菜さん。僕も少し拍子抜けしてしまいました……」

 

ネギも小さく苦笑して頷く。

 

やがて厨房から、気品ある香りを漂わせる琥珀色の液体が満たされた茶器が運ばれてきた。通い慣れたエヴァや茶々丸がいつものように口を付けるのを見て、シロウが二人を促す。

 

「温かいものを飲む方が、口も滑らかになる。ネギ君、神楽坂さんもどうぞ」

 

勧められるまま、ネギと明日菜は紅茶を口に含んだ。

 

英国人としての嗜みがあり、紅茶には一言あるはずのネギが「……! 美味しいです」と目を丸くし、明日菜も張り詰めていた肩の力が抜けるように、ほっと息を吐いた。

 

「改めて自己紹介を。私に関しては特に隠すような裏の顔はない。この『calor』の店長兼料理人だ。あとは……そうだな。学園の広域指導員──平たく言えば、警備員としても雇われている」

 

(昨日のあの恐ろしい弓の腕前と魔法で、ただの警備員!?)

 

あまりにもチグハグな説明をサラッと受け、ネギと明日菜は数瞬ほど完全にフリーズした。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 昨日、貴方から感じた魔力は、ただの一般人のそれじゃ──」

 

ネギが思わず身を乗り出して追及しようとしたが、その言葉は、コトン、とエヴァが紅茶のカップをソーサーに置いた小さな音によって遮られた。

 

「話が脱線しているぞ、坊や。さて──まずは『サウザンドマスター』ナギの話だったな。私が戦いに負けたら、知っていることを話すという約束だ」

 

エヴァはどこか遠い時間を眺めるような眼差しでネギを見つめた。

 

「私がこの地にくすぶる羽目になった封印の記憶は、お前に勝手に精神世界(夢)を覗かれたから知っているな? ……だが、奴は10年ほど前に死んだ。私の呪いを解くという、あのふざけた約束を果たさぬままにな。皮肉なものだ。数百年生きてきて、心惹かれたものが居ない時間の長く感じるとは」

 

どこか投げやりで、けれど隠しきれない寂しさを孕んだエヴァの言葉。

 

対するネギと明日菜は、驚愕に目を見開いた後、弾かれたように慌てて声を大にした。

 

「大人のみんなは、父さんは死んだって……そう言うんです。だけど、僕は確かに見たんです! 6年前の冬の日、僕の村が悪魔に襲われたとき、サウザンドマスター──お父さんが僕を助けてくれて、この杖をくれたんです!!」

 

「っ───」

 

その言葉に、エヴァの身体が明確に強張った。

 

赤い瞳が限界まで見開かれ、息が止まる。

 

サウザンドマスターが。ナギ・スプリングフィールドが、生きている──?

 

「ナギが……生きている、だと……?」

 

エヴァの声が、微かに震えていた。

 

普段の彼女なら、周りに人間がいれば決して見せないような、酷く脆く、取り乱した表情。

 

そこにいたのは、六百年を孤独に生きていた不磨の真祖ではない。

 

ただ、信じて待ち続けた約束を反故にされ、それでもすがりついていた一人の少女の顔だった。

 

「本当なんです!」

 

ネギが必死に頷く。

 

「僕はこの目で、確かに見たんです!」

 

「……ふ、ふふ」

 

エヴァの唇から、乾いた笑いが漏れた。

 

次第に、それは低く、くくく、という歪な笑い声へと変わり───。

 

「生きているか……! あの、大馬鹿野郎は……っ!!」

 

ドンッ! と激しく机を叩いてエヴァが立ち上がった。

 

衝撃で茶器が激しく跳ねる。

 

「マスター、落ち着いてください」

 

茶々丸が慌てて溢れたお茶を拭い、彼女の身体を支えるが、エヴァの激昂は収まらない。

 

「落ち着いていられるか! あいつは、あいつは私をここに放置したまま、のうのうと何処かで───」

 

そんな彼女の、黄金の髪が逆立つ頭の上に。

 

ぽん、と。

 

大きな、無骨な手のひらが置かれた。

 

「っ……!」

 

エヴァの言葉が、ぴたりと止まる。

シロウが、彼女の頭を優しく、宥めるように撫でていた。

 

「良かったじゃないか」

 

「シロウ……お前、何を……」

 

「待ち人が、生きていたんだろう。ならば、お前が15年間ここで過ごした時間も、あいつへの怒りも、すべて無駄ではなかったということだ」

 

「……〜〜〜っ!」

 

向けられた真っ直ぐな言葉が、あまりにも擽ったくて。

 

そして何より、目の前で年下のネギ達にそんな子供扱いされている姿を見られているのが死ぬほど気恥ずかしかったのだろう。

 

エヴァは顔を真っ赤に染め、シロウの服の袖を掴んでいる。

 

「さて、此方はだいたい話した。出来れば次はネギ君達の事を話して貰えないかな」

 

私の質問に神楽坂と顔を見合わせる2人。

 

「えっと、私はネギが担任するクラスの生徒です。色々と巻き込まれたりなんだかとネギの事を協力する事になって…その、最初は巻き込まれて散々だと思ったりしたけど、えとコイツは魔法を使えるくせに中身は本当にタダのガキで。でもコイツなりに頑張ってるのを見て。ガキのくせして、無茶してるのを放おっておけないって感じで」

 

ネギより先に言い出したのは、恐らくだがネギを無意識に庇っているのだろう。エヴァから子供嫌いと聞いていたが不条理な事が我慢できない、不器用ながらも面倒見が良い優しい少女なようだ。

 

次に視線をネギに視線を向ける

 

「えっと、僕は立派な魔法使い(マギステル・マギ)に、サウザンドマスターと言われた父さんみたいになりたいんです。僕の修行内容が日本で教師をする事なんです。エヴァンジェリンさんからは父さんと正反対だなって言われましたが」

 

ネギは少し照れ臭そうに、それでも真っ直ぐな目で言った。

 

「父さんは僕の憧れで目標なんです」

 

私はしばらく黙り、瞑目している。

 

その姿は、どこか昔の自分を見ているようだった。

 

「そうだろうな」

 

静かに頷く。

 

「父の背中を追うことは悪いことじゃない」

 

ネギの表情が少し明るくなる。

 

だが。

 

「ただしキミの父親のような英雄になる、というのは容易いことではない」

 

その言葉にネギは僅かに身を固くした。

 

「私もね。父親のようなものだった人の背中を見て、その想いを継ごうと決めたのは君とそう変わらない年齢だった」

 

遠い昔を思い出す。

 

炎の中で見上げた背中。

 

誰かを救おうとする在り方。

 

その果てに待っていたもの。

 

「だから質が悪い」

 

苦笑が漏れる。

 

「一度決めてしまうと、簡単には引き返せない」

 

ここでネギが

 

「でも、僕は――」

 

と反論しかけたが──シロウが続ける。

 

「構わないさ」

 

「人の歴史にはそういう話がいくらでもある」

 

「ある少女は聖剣を抜いて王になった」

 

何かを思い出すかのように

 

「ある少女は神の声を聞いて聖女となった」

 

座には様々な伝説や伝記に名を連ねる英霊が居た。

 

「子供の頃に選択した道が、そのまま生涯を決めてしまうことも珍しくない」

 

ネギは黙って聞いている。

 

話を聴きながら思い耽っている。エヴァもなにか思うところがあるのだろう。

 

 

「君もそうなるかもしれない」

 

「後の時代に語られるような、マギステル・マギになるかもしれない」

 

 

「だが今は違う」

 

「ネギ君」

 

「はい」

 

「君は父親に会いたいか?」

 

「もちろんです」

 

即答だった。

迷いなどない。

 

シロウは頷く。

 

「なら探しなさい」

 

ネギが目を瞬かせる。

 

予想外だったのだろう。

 

「会いたい人を探すのは悪いことじゃない」

 

「……はい」

 

「父親の背中を追うのも構わない」

 

そして。

 

少しだけ声を低くした。

 

「だが」

 

店内の空気が変わる。

 

「それを理由に今を疎かにするな」

 

ネギが息を呑む。

 

「未来ばかり見る人間は足元で転ぶ」

 

「過去ばかり見る人間は前に進めない」

 

「英雄ばかり見る人間は、隣で手を伸ばしている誰かを見失う」

 

静かな声だった。

 

だが妙に重い。

 

まるで経験談だった。

 

ごくり、と喉をならすネギ。

 

あの冬の日の夜。

村の皆が石にされ。

スタンおじさんが身を挺して守ってくれて。

でも石になったのを見て、泣きながら逃げるしかなくて。

お姉ちゃんが僕を庇ってくれて、お姉ちゃんを守るのに怖くて。

そんな僕が見た父親の背中は恐慌していた事もあり、瞬きほどであったが瞼に焼き付いている。

 

そして、人伝に聞くのは千の呪文を修めて、世界を救った偉大な偉業。

 

だけどエヴァンジェリンさんの夢で見た。初めて動き、喋っている父の姿は予想とは懸け離れていた。

 

始めは格好良かった父がエヴァンジェリンさんを罠にはめ、覚えている呪文が少ないことや中退している事。

 

本当かどうかは分からないけど。

 

凄く意外で、少し肩の力が抜けた。

 

周囲が偉大な父親を持つネギの後ろに、ナギの姿を重ねている事が誇らしかった。

けど、それは時に重圧でもあった事をエミヤの話で気づいた。

 

父さんみたいになりたい。

 

その気持ちは変わらない。

 

だけど。

 

父さんの背中ばかりを見ていたら、

きっと教師として失格なのだろう。

 

だって今の僕の前には、

明日菜さんがいて。

木乃香さんがいて。

刹那さんがいて。

3-Aのみんながいる。

 

だから。

 

いつか父さんに追いつくためにも。

 

まずは今、

目の前にいる生徒達の先生になろう。

そう思えた。

 

 

ネギの表情のをみて、私に向かってエヴァがニヤリと笑ってくる。私も肩を竦めて笑い返す。

 

今後の料理店に来店して欲しい人。※項目に無ければその他で、感想で希望する人を。クラスメイト以外でも可。話の流れで直ぐには反映出来なかったりします。

  • 神楽坂明日菜
  • 龍宮真名
  • 長谷川千雨
  • 宮崎のどか
  • 古菲
  • 長瀬楓
  • その他
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