『calor ――理想の果てに灯る温もり――』   作:そもゆえに

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第23話 昼休みは戦場です

朝の始まり。

 

calorのキッチンではとんとんとんと、小気味よい包丁の音が響いている。

 

本日の仕込みを行っている。

 

今日はcalor店舗は夕方開店。

 

ただ最近は平日の昼に数量限定の予約注文弁当配達サービスを開始したのだ。

 

そして昼休み。

 

3-Aの教室に入った瞬間。

 

「あ!エミヤさーん、待ってたよーー!!」

 

「来たーーー!!」

 

「今日の日替わり何!?」

 

「エミヤさん!私の分ある!?」

 

「ちょっ、押すな押すなー!」

 

「師父ー!今日は肉多めアルか!?」

 

「古菲、まず並べ」

 

「はいアル!」

 

日替わり弁当の内容は、あえて事前に伝えていない。蓋を開けるまで何が入っているか分からない「どきどき感」が、思春期の少女たちの間で案外ウケているのだ。

 

女子中学生の喧騒に最初は新鮮さを覚えた程だ。

 

「ちょっと、まき絵ずっるーい! 先に受け取るなんて!」

 

「だって早い者勝ちだもん!」

 

「そもそも注文制だから関係ないぞ」

 

「なら追加注文!」

 

「だから予約注文の意味がないから無しだ」

 

「夢がない!」

 

「まき絵、あんたはさっき購買のメロンパンもキープしてたでしょ!」

 

「新体操はカロリー消費が激しいのっ!」

 

「祐奈、人のこと言えないアル。さっき早弁してたの私、見たアルよ」

 

「私はバスケだから!」

 

「あ、そうだ!師父!!」

 

「どうした古菲」

 

「ご飯の『大盛り仕様』とかは無いのアルか!?」

 

「ない」

 

「じゃあ、お得な『おかず増量券』とかは!?」

 

「そんなものは我が店に存在していない」

 

「世知辛いアル……。師父のケチ……」

 

がっくりと肩を落とす古菲を見て、シロウは心の中で苦笑する。

 

再三の熱烈な要求に、今度からオプションで「ご飯大盛り」の注文枠も作ろうかと、シロウは密かに検討を始めていた。

 

そういえば──と、シロウは教室の隅に視線を向ける。

 

「真名」

 

「ああ、代金の回収なら、すでに全員分きっちり済ませてあるよ」

 

「流石だな、助かる」

 

「別に私はエミヤさんの店の集金係になった覚えはないんだがな……。まあ、手間賃として今度美味い珈琲でも淹れてもらうさ」

 

料金回収を任せて配達もスムーズだ。

 

手当てを考えたほうがいいのかもしれない。

 

そんな大人のやり取りを余所に、少女たちは一斉に弁当の蓋に手をかけ、箸を伸ばした。

 

「「「いただきまーす!!」」」

 

パカッ、と一斉に蓋が開く。

 

今日のメニューは、ジューシーに揚げられた鶏の唐揚げ、出汁がたっぷりと染み込んだ黄金色の卵焼き。そして箸休めに添えられた、肉厚な椎茸の大根おろし和え(ぽん酢風味)。

 

「うまっ……!? なにこれ、衣がサクサクなのに中がめちゃくちゃジューシー!」

 

「きゃー! 今日は当たりだー!」

 

「まき絵、それ昨日も言ってなかった?」

 

「昨日も当たりだったの! エミヤさんの弁当にハズレなんて無いの!」

 

「ふむ、今日は和風の味付けなんだね。特にこの椎茸とおろしポン酢の組み合わせ、さっぱりしてて朝練の部活終わりの身体にすごく染みるなぁ……」

 

「私はどちらかと言えば、ハンバーグとかの洋風の方が好きかな〜」

 

「私は、エミヤさんの作ってくれるものなら何でも好きです」

 

「食べ物に好き嫌いはよくないアル! 師父の料理は全部、極上の功夫(クンフー)が詰まってるアルよ!」

 

「拙者も、エミヤ殿の味付けには一切の抜かりがないから安心でござるな」

 

 

それを見て、シロウの口元は自然と、穏やかな優しさで緩んでいた。

店内のカウンター越しに客の顔を見るのも好きだが、こうして、かつて自分が失ってしまった「ありふれた、平和な教室の日常」の中で、誰かの笑顔の理由になれている瞬間も、決して悪くない。

 

そんな、胸の奥に灯る新たな温もりを噛み締めていると───。

 

「おい、エミヤ。これから屋上に行くぞ。ここは騒がしくて敵わん」

 

不意に、背後から冷ややかな、けれどどこか拗ねたような声が響いた。

振り返れば、腕を組んで不機嫌そうに佇むエヴァンジェリン。その隣では、茶々丸がペコリと丁寧にお辞儀をしていた。

 

「食後の飲み物は、こちらで特製の緑茶を用意しています。さあマスター、エミヤさんと……こっそりと二人きりに『なれる場所』へ移動しましょう」

 

「むはー! 茶々丸、言い方ーーー!!」

 

「あ、またエヴァさんの独占欲が始まった!」

 

「エヴァさん、エミヤさんの独占禁止法違反です!」

 

「ふん、知るか。私を誰だと思っている」

 

すっと刹那が立ち上がりエヴァンジェリンの前に立った

 

「待って下さい、エヴァンジェリンさん。エミヤさんは今日は私たちと食べる予定です。教室で一緒に食べる事を提案します」

 

「そうアル! 食べることもまた重要な修業アルよ! だから師父、私たちと一緒にここで食べるアル!」

 

 

「はぁ、君たち私には選択肢はないのかな」

 

 

賑やかな喧騒に自分がこうして包まれている事が擽ったくて、皮肉気に肩をすくめていう───が。

 

ぴたり、と。

喧騒が止む。

本能が警鐘を鳴らす。

そう直感して音もなく踵を返そうとした瞬間、がつり、と背後から鋼鉄のような力強さで、茶々丸に両肩をガッチリと掴まれた。

「……スミマセン、エミヤさん。これもマスターの『命令』ですので、逃亡は許可できません」

 

 

 

「───それで? エミヤさんは、結局『誰』を選ぶんだい?」

 

 

クラスの輪の中から、真名がニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべて追い打ちをかける。

その言葉を合図に、教室中の女子中学生たちの視線が、一斉にシロウという一点へと集中した。

 

逃げ場を完全に塞がれ、シロウは思わず乾いた笑顔を浮かべたまま、静かに天(天井)を見上げるしかなかった。

───どうして、こうなった。

 

 

 

 

「───まったく、この唐変木め。結局誰も選べずに、うやむやにしてこの有様か。この、優柔不断の裏切り者」

 

「すまない、エヴァ。そう睨まないでくれ」

 

思わずため息をこぼす。

 

結局、折衷案として「一緒に食べたい人が屋上へ移動する」ということになり、現在の屋上には不機嫌全開のエヴァンジェリンの他に、古菲、刹那、まき絵、そして茶々丸がシロウを囲んでいた。

 

「エミヤさん」

 

「ん、どうした刹那?」

 

「やっぱりエミヤさんの作る卵焼きは、甘さと出汁のバランスが絶妙で、うち、大好きです!」

 

「そうか、そう言って貰えて作り甲斐があるよ」

 

シロウがふわりと柔らかい笑顔で談笑に応じる。

 

それを見て、エヴァの眉間のシワがさらに深くなり、チッと盛大な舌打ちが響いた。

 

「本当なら、静かに二人きりで過ごすはずだったのに……残念ですね、マスター」

 

「ばっ、ば、馬鹿を言うな茶々丸! 私はただ、あんな喧しい教室じゃなく、静かな場所で優雅にお茶が飲みたかっただけだ! なのに、余計に喧しくなりおって───」

 

「それで師父!」

 

「古菲、おかず増量券の話なら本当に無いぞ」

 

「その話じゃないアル! 今度は唐揚げの隠し味についてアルよ!」

 

「だーー!だから喧しくて嫌なんだよ、私は!?」

 

エヴァの絶叫が、昼下がりの屋上の空へと吸い込まれていく。

 

 

 

その頃、主を失った3-Aの教室では、残された女子生徒たちによる、さらに過激な『ガールズトーク』が繰り広げられていた。

 

「ねぇねぇ、みんな」

 

「なーに、柿崎さん」

 

「エミヤさんってさ……やっぱり、お付き合いしてる恋人とかいると思う?」

 

「あはは、また始まった!」

 

「でも気になるよね〜。あれだけ格好よくて、おまけに料理の腕前はプロ級でしょ?」

 

「絶対にモテるよね〜。大人の色気っていうの?」

 

「ん〜、だったら『好きな人』とかはどうなんだろ? もしフリーなら、私たちにもチャンスがあるかも知れないし!」

 

「ねえ、最近よくお店を手伝ってるっていう龍宮さんはどう思う? 確か、放課後はいつも『calor』でアルバイトをしてるんでしょ?」

 

不意に、全く予想していなかった方向から水を向けられ、談笑の輪を静観していた龍宮真名の身体が、ぴしり、と完全に硬直した。

(……チッ、シロウさんをからかい過ぎたツケが、まさかこんな形で回ってくるとはね……)

 

真名は心の中で舌を打ちながら、極めて冷静を装ったポーカーフェイスで答える。

 

「さあね。私はただ、時給をもらって店を手伝っているだけのただのアルバイトだ。プライベートのことまでは、知らないな───」

 

「え〜、怪しい! もしかして、実は二人ですでに付き合ってたりして!? 年齢はともかく、外見の雰囲気は十分お似合いだしさー! そこんとこ、新聞部として突撃取材しても良いかな!?」

 

「ぐふぉっ!?」

 

「おっとー? これは『ラヴ』の臭いを感じるねぇ〜、真名姉さん?」

 

「パルは少し黙るですよ。いくら龍宮さんの外見が年齢離れして落ち着いているとは言え、私たちはまだ中学生なんだから……付き合うとか、そういうのは流石に不健全というか……?」

 

周囲の騒ぎに、鳴滝風香や史伽までもが乗っかってくる。真名は健康的な褐色の肌をしているため分かりづらかったが、その耳たぶまでが、明らかに真っ赤に染まり、激しく火照っていた。

 

「ば、馬鹿なことを言うな、お前たち。私とシロウさんの年齢差を考えろ。そんな浮ついた関係であるはずが──」

 

「あ、龍宮はん。今、エミヤさんのことを『シロウさん』って名前で呼んどる。うち、初めて知ったわ〜。それに、年齢のこと言うたら、高畑先生をずっと一途に追いかけとる明日菜も変わらんしなぁ〜」

 

首を傾げながら、ぽやぽやとした口調で、しかし最大級の致命傷を叩き込む近衛木乃香。

 

「っ───!!」

 

これ以上この場にいては、自らの『裏の顔』のプライドまで木っ端微塵に粉砕される。

 

そう確信した真名は、弾かれたように椅子から立ち上がると、一目散に教室の扉へと向かって逃げ出した。

 

「あ! 逃げたー!」「怪しいー!」「これは特ダネの臭いがするぞー!」「みんな、追いかけろー!」

 

朝倉を筆頭にした一部の元気な生徒たちが、本当に楽しそうに、全力で真名の後ろを追いかけていく。

 

(……ああ、本当に、何故こんなことになったんだ……!)

 

廊下を全力で疾走しながら、真名は心の中で頭を抱えていた。

奇しくも、屋上で女子中学生たちに揉みくちゃにされているシロウと、廊下を敗走する真名が思った感想は、完全に一致していた。

 

 

 

 

───だが。

そんな平和で、あまりにも賑やかな教室の光景を。

普段の陽気な笑顔とは決定的に違う、どこか凍りつくように冷徹な、機械的なまでの双眸で見つめている少女がいた

 

「ふむ……。これは些か、計算外だったネ」

 

中国からの留学生───超鈴音(チャオ・リンシェン)。

 

自らのデバイスに何らかのデータを打ち込みながら、静かに呟いた彼女の、その不穏な視線と呟きに気づく者は、まだこの教室には誰もいなかった。





誤字脱字報告ありがとうございます。

昔書いた小説からcalorの意味合いを、より大切に描いていきます。
これから投稿頻度も緩やかになります。
賛否あると思いますが、私の小説での解釈です。
答えを得て、そこから新しい歩みを始めた物語です。

良ければ感想や評価を頂ければ執筆の励みになります。

今後の料理店に来店して欲しい人。※項目に無ければその他で、感想で希望する人を。クラスメイト以外でも可。話の流れで直ぐには反映出来なかったりします。

  • 神楽坂明日菜
  • 龍宮真名
  • 長谷川千雨
  • 宮崎のどか
  • 古菲
  • 長瀬楓
  • その他
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