幼稚園から大学までを内包し、学生だけで数万人を超える巨大教育機関。
だが、それだけではない。
都市内部には巨大な樹木がそびえ立ち。
学園敷地内を巡る電車。
研究施設。
商業区画。
そこはもはや“学園”という言葉では収まらない、一つの独立都市だった。
そして今。
その女子中等部エリアにて。
異邦の英霊は、奇妙な老人と向かい合っていた。
「――解析、開始」
癖だった。
初対面の相手を前にすると、無意識に観察してしまう。
基本骨格。
身体構造。
魔力反応。
対象は高齢男性。
年齢相応に肉体は衰えている。
だが――
「……」
魔力が異常だ。
底が見えない。
衰えを補って余りあるほどの蓄積。
加えて。
隙がない。
ただ穏やかに座っているだけ。
それだけの筈なのに、妙な圧がある。
老練。
――強者の気配。
戦闘能力は不明。
だが。
油断できる相手ではない。
解析、終了。
男――いや、老人は笑っていた。
白い髭を撫でながら。
まるで好々爺然とした笑み。
……いや。
「ふぉっふぉっふぉっ」
笑い声すら胡散臭い。
そんな失礼な感想を抱きつつも、表情には出さない。
「まずは礼を言わせてもらおうかのぅ」
老人――学園長は穏やかに言った。
「大切な生徒を救ってくれて、ありがとう」
座してはいるも、頭を下げる老人。
アーチャーは短く息を吐く。
そして、真っ先に確認した。
「――彼女は?」
老人は目を細める。
「ふぉっふぉっ。刹那君なら問題ない」
髭を撫でながら頷いた。
「治療が早かったからのぅ。しばらく安静にはなるじゃろうが、命に別状はない。普通の生活には支障ない。」
「……そうか」
小さく安堵する。
無意識だった。
助けた以上、死なれるのは寝覚めが悪い。
それだけだ。
――そういうことにしておく。
だが。
警戒は解かない。
目の前の老人。
見た目だけなら温厚な学園長。
しかし。
その内側に何かがある。
長年、組織を率いてきた者特有の“重さ”。
ただの教育者ではない。
「ふむ」
老人がこちらを見た。
「エミヤ君……じゃったかな?」
「ああ。それで構わない」
まずは情報は相手に小出しにする。
そもそも。
この状況では、何を信用すべきかも分からない。
学園長の説明では、この都市全域に巨大な結界が張られているらしい。
監視。
索敵。
侵入検知。
それらに優れた結界。
にもかかわらず。
転移反応も前兆もなく、自分は突然現れたという。
だからこそ。
こうして事情聴取を受けている。
当然だろう。
立場が逆なら、自分でも拘束する。
「先ほども言ったが」
アーチャーは静かに続ける。
「私にも分からない」
嘘ではない。
ただ、全てを言っていないだけだ。
「気づけば森にいた。状況確認中に、刹那が襲撃されている場面に遭遇した」
それだけ。
少なくとも、事実ではある。
――聖杯戦争。
――英霊の座。
――帰還途中の介入。
おそらく、誘因はそこだ。
だが。
どういう理屈で、何故ここに来たのか。
分からない。
分かるのは。
ここが、自分の知る世界ではない可能性が高いということだけ。
窓の外。
異常なほど巨大な樹。
学園都市。
魔術体系の違い。
もし、これが平行世界だとしたら――。
(……いや)
思考を止める。
情報不足だ。
推測に意味はない。
「……みや君」
不意に声が飛んだ。
「エミヤ君? 聞いておるかの?」
「ああ」
わずかに目を伏せる。
「済まない。少し考え事をしていた」
呼びかけられるまで気づかなかった。
……らしくない。
焦りがある証拠か。
老人は静かに笑う。
だが、その目だけは笑っていなかった。
「組織の長としてのぅ」
穏やかな声音。
しかし。
その言葉は重い。
「君の話を、全て鵜呑みにするわけにはいかん」
「当然だ」
即答だった。
疑われるのは当たり前。
むしろ信用された方が困る。
その時。
――コン、コン。
扉がノックされた。
直後。
静かに開かれる。
そして、一人の男が姿を現した。
扉を開けて入ってきた男は、三十代半ばほどだった。
無精ではないが整えられた髭
眼鏡越しの理知的な視線。
そして。
「……煙草か」
微かに鼻を刺す匂い。
長年染みついたものだろう。
男は一瞬だけこちらへ視線を向ける。
値踏みするように。
だが何も言わず、学園長の耳元へ歩み寄った。
小声で何事かを告げる。
学園長は頷き。
そして。
「済まんの、高畑君」
穏やかな声音のまま、こちらへ向き直った。
だが。
先ほどまでとは空気が違う。
「さて、エミヤ君」
一拍。
「君の言っていた“冬木市”と“深山町”じゃが……」
嫌な予感がした。
「存在しとらん」
「……」
「戸籍も調べさせてもらった。該当者は無しじゃ」
――ビンゴ、か。
表情は動かさない。
だが内心で、静かに確信する。
ここは違う。
少なくとも、自分の知る世界ではない。
冬木が無い。
深山町も存在しない。
平行世界。
異世界。
呼び方は何でもいい。
だが。
帰る方法すら不明な以上、厄介極まりない。
「真名君の報告によれば」
学園長が続ける。
「君は魔法使いの従者――ミニステル・マギかの?」
聞き慣れぬ単語。
「あるいは」
目を細める。
「マギステル・マギ――立派な魔法使い者を目指す者か?」
「真名君の報告を聞くに、魔法を使わない何らかの流派か」
……分からない。
恐らく、この世界における“魔術師”の分類だろう。
だが。
知らない単語に適当な返答をするのは悪手だ。
アーチャーは小さく息を吐いた。
「悪いが」
わざと、言葉を選ぶ。
「学園長」
“翁”と言いかけて止める。
余計な不興を買う必要はない。
「以前にも言ったが、気づけばここに居た」
そして。
少しだけ目を伏せる。
「……どうも、記憶も曖昧でな」
嘘ではない。
全部が全部。
というわけでもない。
「何らかの影響を受けた可能性もある。良ければ、その辺りを教えてもらえると助かる」
かつて。
遠坂凛に召喚された直後。
記憶喪失を装った時と同じ手口。
相手の情報を引き出すには有効だ。
学園長の目が細まる。
完全には信じていない。
当然だ。
だが。
完全否定する材料も無い。
「ふむ……」
やがて学園長は語り始めた。
そして。
アーチャーは、驚愕することになる。
1つは助けた少女が使っていた、神鳴流のような剣術。
そして――魔法使い。
この世界における術者の在り方。
それは、自分の知るものとあまりに違っていた。
魔法を使い。
人を救う。
社会の裏側で活動し。
災厄を祓う。
さらには。
一般人には秘匿しながらも、国連所属の支援組織すら存在するという。
(……正気か?)
思わずそう思った。
自分の世界の魔術師とは、真逆だ。
根源へ至ること。
神秘の探究。
血脈の継承。
そのためなら。
他者の犠牲も。
時には、自分すら犠牲にする。
魔術とは、そういうものだった。
少なくとも。
衛宮士郎が嫌悪し。
英霊エミヤが呆れ果てた連中の大半は、そうだった。
魔術協会。
封印指定。
知識保存のためなら、人間一人を標本扱いする世界。
殺し屋まがいの執行者すらいる。
だが。
こちらは違う。
“世人のために力を使う”。
まるで――。
(……正義の味方、か)